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転職を考えるということ


「田舎に……帰ろうかな……」


「……いや、ヤマナカのおっちゃん……芋の皮むきぐらいでさ……」


 違うんです。


 場所はいつもお世話になっている宿屋の厨房。二人並んで山となった芋の皮むきをしているところ。


 アッド君と二人で女将さんの手伝いを申し出たところ、水くみやら洗濯物の回収やらの力仕事までは良かった。しかし包丁を持たせるところから悪かった。俺が悪かった、だから帰ってきてくれ。芋の身の部分。


 俺が丁寧に剥いたはずの芋の身は、リンゴの芯のようになっているのに対し、アッド君は存外に手先が器用なのかクルクルと芋の皮を剥き、また一つピカピカの綺麗な芋の山にそれを積む。あ、アッド君、それ俺が剥いた芋の山だよ? 皮の残骸置き場じゃないよ?


「俺は決して芋の皮が剥けないから田舎に帰りたいわけじゃないよ」


「どうだか。おっちゃんのそれ見たら、カディさん、今日の飯抜くぜ」


 あ、それだけなら全然。


「まあ、その前に食べ物食べれる顔の形してたら、だけどな。……歯がなかったり」


 …………。


「一本?」


 そのくらいなら甘んじる。なんせ回復魔法がある異世界。安心安全ファンタジー。


 しかし俺の場を和ませるような笑顔に、アッド君は皮の残骸置き場にチラッと目をやると、そのままの流れでこちらを向き、笑いの欠片もないシリアス顔で首を振った。


「全部」


「さーてと、そろそろ換金に行ってこなきゃな。じゃあアッド君、あとはよろしく」


「あ、ちょっと! ヤマナカのおっちゃん! きたねーぞ!」


 失礼だな。俺はどちらかと言えば綺麗好きだ。


 そそくさとアッド君の声が追いかけてくる厨房を後にして、混み合う食堂を抜けて外に出る。


 また罪を重ねてしまった。でも危なくなったら逃げるが本能。どうしようもなく自分を動かす我が身の可愛さよ。


 幸いカディさんはまだ気づいてない。最近、この宿はすこぶる評判が良くて大忙しのせいだろう。思わず手を貸しちゃうほどだ。勿論それだけが理由じゃないが。


 とにかく、この間に、尊い犠牲となりその身を晒す芋の代わりを買ってこよう。ついで美味しいフルーツとか代わりの食材とかも付けよう。


 卑怯? いや、これは大人の処世術だ。私事で長期休暇を取った後の職場へのお土産と一緒だ。多分。


 アッド君に仕事云々で出てきた手前、冒険者ギルドにも顔を出して薬草の換金を行っておこう。


 人目の無い路地をズタ袋を膨らませつつ抜ける。そのまま人が溢れる大通りに出て、冒険者ギルドまで歩く。


 この街に着いて三週間ほど経った。街の隅々までは分からないが、流石にギルドまでの道は覚えたよ。ただ、昼と夜で出店の配置とか変わるから、そこはちょっと……。いやでもそれは仕方ない。誰だっていつも通る通勤経路が様変わりしていたら迷う筈だ。


 冒険者ギルドの前で次元断層を発動。ズタ袋を対象外にしたため、途端に袋が軽くなる。


 よく分からないけど次元断層中は重いものを運ぶのに便利。一回だけ生身で大剣を持ち上げようとしたら、腰が抜けるかと思った。そんな実験を寝がきにやっているのは内緒だ。あれだ、その、恥ずかしい。プレゼンの途中にウィットに富んだ面白いネタをたった今思い付いたかのように挟みつつ実は昨晩練習していたといったものと同じだ。


 相も変わらず賑わいを見せる冒険者ギルドの食堂。飯時というのも合わさってだだ混みだ。まあ換金が目的だから俺には関係ない。そそくさと小さくなりながら買取カウンターへ急ぐが、どうしても脇にあるテーブルのそばを通ることになる。


 するとどうだ。豪快な笑い声を上げていた冒険者の方やニヒルに笑って応えていた冒険者の方が、こちらに気づいてギョッとした後、声量を抑えてチラリチラリ。


 俺には分かってる。


 これは……完全にイジメだわ。


 宿屋の手伝いを申し出たのも、ここに原因がある。


 向いてないんだよ冒険者。


 転職、考えてます。










 浅黒い肌のマッチョたちとのイザコザの翌日からこんな感じだ。いつものように薬草の換金をしている最中に気づいた。


 別に前の街のように、俺がギルドに入ってきたから会話が止まる、なんてことは無いが、あっちでヒソヒソこっちでヒソヒソ。しまいには指を差されることもあった。きっとオッサンを揶揄しているに違いない。君らもあと十年もしたらこうなるんだぞ、と言いたかったが、正にオッサンの所行なので自重。


 時には熱い視線を貰うこともあった。きっとモテ期に違いないと思ったが、出所を慎重にさり気なく気づかれないように探ったところ、青い髭のマッチョだったので、それ以降は視線を辿らないようにした。ごめんね、俺に告白されたくて堪らない内気な美女たち。譲れないことってあるんだ。


 そんな訳で、薬草の査定時間は、待ち席用のソファーに座って地面を凝視。何故か俺が席が空いてないかと探すと、座っていた人もそそくさと席を立って行ってしまうのだ。まるで加齢臭勘弁とばかりに電車で席を立つ女子高生の様に。ううむ、実に興味深い石造りの床だなー。偶にできるポツリポツリといった染みが哀愁を感じさせるわ。


 針のむしろだわ。どこかにないかな俺の天職。すると転職。みんな幸せ。CMがくるかも知れない。まさか、それが天職なんだろうか? 駆け上がっちまうか異世界。目指せCM貴族。


「ああ、ヤマナカさん。こんにちは。買取ですか?」


 本人的にはハードボイルドな哀愁を漂わせる背中を見せていた思うが、実際にはオッサンの哀愁漂う背中に声を掛けてきた人物に向き直る。


 イケメン騎士だ。名前はウリタラスさん。ウィズかラスと呼ばれているらしく、そう読んで欲しいと言われた。多分、イジメ被害のオッサンを見かねたのだろう。クランに入らないかと言われた事もある。イケメンは性格もイケメン。こうして見掛けたら声を掛けてくれる。


「ああ、ウィズさん。こんにちは。まーね。俺の代わりに散っていった芋の費用を稼ぐ必要があってね……」


「……すいません。どういう状況かよく分かりません」


 だよね? 俺も無駄に格好つけたくなっちゃってね。イケメンが近くにいるとどうしてもねー。引き立て役感が半端ないから、せめて渋さで対抗とか、その考えが既に負けてる。しかし男には、負けると分かってても行かなきゃならない時があるんだ! 今がその時じゃないのは流石に分かる。


 困った顔のウィズさんに、誤魔化せてない誤魔化し笑いを見せつつ、薬草の査定待ちだと告げる。するとウィズさんが考え顔になって聞いてきた。


「ヤマナカさんはランクを上げたりしないんですか?」


 ………………………………………らんく? えー、らんくらんくらんくらんくー。


 駄目だ分からない。分からない事は素直に聞こう。よく言うだろ? 聞くは一時の恥、聞けば一生恥じるって。まあ、うろ覚えだったけどニュアンスは合ってると思う。


「えー、らんくというのは? ……つまり?」


 なんなのかな? オッサンに言ってみな?


「別にヤマナカさんの考えを否定するつもりではないんですが、ランクGの依頼は、いくら受けてもFランク冒険者以上には上がれません。だからあまりランクにこだわってないのかと……」


 あ、ああ! ランクね。ランクランク。いやだなー、分かってたって。


「そうですね。私にはあまりこだわりとかは無いです」


「……でも冒険者なんですよね?」


「はい、冒険者をやっています」


 近々辞めようかと考えている最中ですが、今はまだ。


 俺の答えが腑に落ちないのか首を傾げるウィズさん。なんだろう? 何か変なこと言ってるだろうか? 今、会話が噛み合ってない気がする。


「ヤマナカさん、査定が終わりましたよー」


 ウィズさんが疑問を口にする前に、内心で汗が濁流のオッサンに受付のお姉さん(年下)がお声掛けだ。


 素晴らしいタイミングだ。一生付いていきたい。ストーカーで逮捕されなければ。


「おっと。急ぎの買い物もありますので、これで失礼しますね」


「ああ、はい。それではまた今度。……今度は、うちのクランホームにお招きしますよ。ヤマナカさんとは、じっくり話してみたいので」


 ななななななんだろ。なんか怪しんでないだろうか? のこのこ付いていって家に着いた途端、掛かったな! 罠だ! な展開もあるね。実際ボコにされかかった経験もあるしね。


 ここは大人な定形文でお返事だ。


「そうですね……機会があれば、また」


 この返事をされて機会が訪れたことはない。実績においても百パーでモダンな返事だ。女性から言われたなら二度と顔を見れない自信あるよ。「あ、…………はい。そうですね」と返して逃げるのが限界だ。経験があるわけじゃないよ? ただ、もし……も・し! 言われたならだ。その後の休憩室でうっかり俺の陰口とか聞こうもんなら転職チャンスだね? 新しい君が見つかる。


 背中に視線を感じながらも、笑顔で買取代金を受け取る。銀貨十枚、確かに。そそくさとポケットに突っ込んでアイテムボックスに収納。そのまま焦らず、だが素早く外に出る。


 大通りに沿って歩けば西門に行けるので、そのまま人の流れに乗る。前の街と違って道幅に余裕を持たせているので、こちらの街の大通りは馬車がすれ違っても歩行者の邪魔にならない。


 商人の荷馬車や移住してきた人の荷車や冒険者パーティーが推す獲物が乗った手押し車を、見るともなしに見ながらのんびり歩く。


 最初はビビったけどね。誰も騒いでないってことは常識なんだろうね。


 そんな馬車道を、白馬が牽く黒塗りにしたてられた豪奢な馬車が通り掛かる。


 その馬車の前後は大分スペースが空けられ、道行く人は壁際に跪いて頭を垂れ出す。


 周囲に溶け込むのが社会人。幼き頃より仕込まれた右にならえが発動。慌てて壁際に下がって頭を垂れる前にいた若者に倣う。


 へへー、どなたかは存じませんが、ノリですいません。


 静かに通り過ぎていく馬車に、先程までの喧騒が嘘のように息を殺す街人たち。なんだろう、やはりお貴族様かな? 異世界の封建社会を垣間見た瞬間だ。今の若い子が言ってるスクールカーストとやらだ。日本の学校の異世界感がヤバい。現代のファンタジー。


「公爵様だ……」


「黒塗りとか初めて見たよ……」


 既に馬車は見えなくなっているというのに、小声で話す若者たち。なになにー? 黒塗りってベンツ並みにヤバいパターンなの?


 覚えておこう。


 ようやく立ち上がったり普通の声量で話し出したりする街人が出てきたので、俺も立ち上がって膝についた土を払う。


 そのまま再び西門へ流れながら途中で芋を買う。ちょっとびっくりする程お買い上げだ。なにせ異世界。ちょっとコンビニ感覚で食料が手に入らないので、見つけた時にあるだけ買うのが習慣になりつつある。ある時に買わなきゃ、戻ってもないのだ。何度泣かされたことか……。


 芋は袋に入れて背負ったまま西門へ。人目が凄いので、街を出るまで収納はしない。


 西門の門番の人へギルドカード。既に顔見知りになりつつある渋い顔の俺より少し上ぐらいの男性が笑顔を見せつつ、行け、とサイン。


 格好いいわ。俺もあんなダンディーになりたかった。なれなかった。日本人の顔でダンディーは無理。


 門番になるにはどうすべきか考えながら森へ。


 歩くこと三十分。


 川が見えてきた辺りで周囲を確認。


 …………よし、モンスターしかいないな。アイテムボックス発動。


 巨大版カマキリの顔が横に広過ぎだろ! ってモンスターに斬りつけられつつアイテムボックスに芋を入れる。


 最近はいっつもこうだ。


 アッド君なんて最初はキャーなんて男らしくない悲鳴を上げつつ足にすがりついてきていたが、自分に怪我が及ばない事を理解すると斬りつけられながら、赤い斑点のキノコが食べられるか聞いてくるぐらいになった。子供ってドライ。俺なんて慣れるのにどれだけ掛かったことか……。


 考え事に集中していたせいか、ピギャー! と悲鳴を上げたデカ顔カマキリがカマをボロボロにしながら仲間を呼ぶを無視してしまった。


 あっという間に取り囲まれる俺。降り注ぐ無数のカマ。弾け飛ぶカマ。阿鼻叫喚。


 ……しかしモンスター増えたなー。いやでも灰色犬の群れもこれくらいいたことを考えると普通か。ここまでの行程に余りモンスターを見掛けなかったから、ついね。そういえば、家を借りた村でも猪がこれぐらいいたし……つまり今まで運が良かったってことか。危険一杯ファンタジー。戦国時代の日本レベル。斬り捨てといてゴメンで済ませられる可能性。


 カマや牙をへし折られ、そんな気は無かったのに心すらへし折られたデカ顔カマキリがそそくさと森の奥へと撤退していくのを見ながら、とりあえず一言いっておいた。


「ごめん」


 いや、ほら、日本人だから。受け継がれる遺伝子。何刀斉とか呼ばれないようにしたいものだ……。


 まあ、まだ逃げてくれるだけいい。逃げずにトコトンな奴ならこちらもそれなりの対処をしなきゃならないからなー。


 カマキリを見送った後、とりあえず薬草を探し始めること一時間。


 違う、これじゃない。


 ようやく本来の目的を思い出す。七本目の薬草を取り上げた時だった。


 素敵なフルーツとか新鮮な獲物が目的だった。カディさんの怒りを納めて貰うための――。


 貢ぎ物だ。違った。お土産だ。


 しかしこの森に素敵なフルーツなぞ見当たらぬ。肉は論外だ。夕食に出かねない。


 それなら魚を取ることにしよう。幸い、川が近い。それに魚なら食卓に登っても抵抗感ないしね。胃もたれを知ってから肉から魚にシフトチェンジするのが三十代。異世界に来てから丈夫になった体だが、嗜好までは変わらない。


 刺身とか煮付けとか食いたくなってきた。


 魚を捕るためのモチベーションを上げつつ、ひとまず川に魚がいるのかを確かめるためザバザバと水を掻き分け川底へ。次元断層が万能過ぎてもうね。


 目の前に、アクアリウムも目じゃない世界が広がる。


 ……こ、これは凄いな………………。


 精神の起伏が薄くなる中年を驚かすとか、やるな次元断層。シュノーケリングも顔負け。


 しばし見入ってしまったが、魚はいるようだ。しかし……これはいいものだ。もし海とか行くことがあれば海底でもやって見よう。楽しみが広がるな異世界。ありがとうファンタジー。


 ……さて問題は、どうやって釣るかだが……自慢じゃないがネットの掲示板でも釣果を期待出来ない俺がリアルでやれるとは思えない。


 川から上がって考える。水から上がっているのに濡れていないというのも妙な感覚だな。スキルの便利性よ。


 とりあえず他のスキルで魚を捕らえられるかやってみる。何事もチャレンジが大事。


 本当ならアイテムボックスを使って新鮮な魚を大量ゲットといきたいところだが、件のスキルの収納を行う時は触れた物に限定される。魚の素早さ的に無理だ。


 それならば魚に視界跳躍を掛けてウェルカムしようかと思ったが、実は視界跳躍の効果は自分限定であることが判明。魚にも嫌われたのかと一瞬焦ったよ。


 最後の希望は空間振動だ。くたばれ(?)。


 轟音と共に激しく上がる水しぶき。弾けるように打ち上げられる魚たち。ピチピチとハネるならまだしも、ビクンビクンと今にも死にそうな勢いだ。


 これはいかんわ。魚は鮮度が命。


 せっせと魚に触れてアイテムボックスへ収納するオッサン。


 ここで閃き。神降臨。


 漁業…………天職じゃね?


 魚を収納しつつ、その可能性を考える。


 積載量が無限とも言えるアイテムボックスがあれば、海に出てこれだけしか捕れないといった制限も無視できる。あえていえば組合の存在が待ったを掛けるかもしれないが、また漁業ギルド的な云々に登録しておけば揉めることもないだろう。


 これは感触を掴んでおく必要があるかもしれない。


 目指すか、海。


 しかしそうなってしまうと、この街とはお別れの憂き目に遭う。ちょっと愛着が湧いていただけに少し残念だ。急に決まってしまうのが異動。出張や転勤は働き人の定め。


 ……仕方ないのかもなー。


 一月以内に住むところをと考えていたのだが、アッド君の案内で向かった不動産はなかなか条件に折り合わなかった。やはりどこの世界だろうが高いのが住宅。現実感押し寄せるファンタジー。


 ……アッド君ともお別れになってしまう。


 これまでオッサンがいなくても元気に暮らしていたのだろうが、少なからず情が移ってしまっているので、このまま放って街を出ていくのは罪悪感がある。別に日本にも生活に困窮しているホームレスや孤児っているんだけどね。オッサンはコンビニの募金箱で満足してしまう程度の優しさしか持ち合わせていない。いないんだがなあ……。


 どうしたものかと考えつつも、魚を収納し終えたので街に足を向けた。










 素敵フルーツを露店で購入して宿屋に戻った。フルーツはケバケバしい紫色の洋梨のような形のフレワルフィアという物を買った。いや、鑑定した結果、これが一番良さそうだったんだよ? 俺は鑑定先生を信じてる。ああ信じてるとも。


 鑑定先生を信じてる筈の俺は、ドキドキしながら宿屋の入り口をくぐると、忙しそうに清算を済ませているカディさんを見つけた。


 どうやら食事のみの客も流石に捌けた時間に戻ってきたらしい。


 しかし仕事中にお声掛けするのも悪い。ここはそっと厨房に引き返すのがベター。別にもしかしたらまだバレてないとか考えている訳じゃなくね? 邪魔しちゃ悪いという大人の遠慮的な精神を発揮させてるだけで……。


「まちな」


 厨房にそろそろと近づいていた俺の肩をカディさんが掴む。


 ……ですよね。


「あの、えと、食材は弁償し……」


「あんた、あの子を専任で雇ってんだよね?」


 食材の弁償を引き換えに命請いをしようとしたのだが、どうやらカディさんは別のお話がしたい様子。是非もない。血で血を洗う肉体トークじゃないというのなら、オッサンは大歓迎です。


「あの子…………と、いうのはアッド君のことですよね?」


「……アッド? あの、あんたがサポートに付けてるスラムの子だよ?」


「はい、アッド君です」


 じゃあ合ってる。サポートに付けてるって良い言い方だな。今度から俺も道案内じゃなくサポートって言おう。


 笑顔を浮かべ、このまま円満にトークを進めていきたい俺に、カディさんは「……アッドねぇ……」と考え深げに呟いて話を続けてきた。


「まあ本人が言ってんならいいさね。そのアッドなんだけど、うちの方で雇いたいんだけど……こういう言い方はなんなんだが、譲っちゃくれないかい?」


 …………これは、世に言うヘッドハンティングではあるまいか? マジかよアッド君……。俺もヘッドハンティングとかされる人材に成りたかった。今のオッサンじゃ、街中で若者にヘッドをハンティングされかねないレベルが限界だというのに……これが若さの違いというやつだ。伸びしろを考えれば当然の帰結だ。そもそも仕事の途中で逃げちゃ駄目。


 内心のショックを押し隠し会話を続行する俺。番長に呼び出しをくらったら、実はクラスメートへの告白の橋渡し役に選ばれただけだったぐらいのショックがあるわ。


「あ、アッドくんを、ややや雇う、と?」


「……えっらい動揺だね? そんなに重宝してんのかい?」


 動揺? 馬鹿言っちゃいけない。こちとら異世界に来てからというもの鋼の精神に磨きを掛けてんだ。


 ……しかしアッド君が就職か。これはお祝いするべきだろうなぁ……。会社で目を掛けて育てていた若手が栄転を決めた時も似たような感慨を抱いたものだ。嬉しいような寂しいような悔しいような切ないような……まあ、そんなに器が大きくないからなぁ、俺。


 これは俺も本格的に手に職を持つべきだろう。目指すわ。漁師。


「カディさん!」


「な、なんだい……大声出して……」


「アッド君を、よろしくお願いします!」


 頭を下げる俺に、カディさんは優しく笑いながら吐息を漏らす。


「まあね。やっぱり目を掛けてやってだんだねえ……。そらそうか。街の案内に三週間も掛けやしないよね。長くても二、三日ありゃ覚えちまうってもんなのに……」


 そ、そうですよ。二、三日あれば充分ですよ。勿論ですよ。


 じんわりと汗を掻くオッサンの肩に、ポンと手を置き頷くカディさん。


「任せときな。うちに置く限り無責任に放り出したりはしないからさ。……なにより旦那があの子のこと気にいっちゃってねぇ……。下拵えを手伝わせたら、覚えがいいやら飲み込みが早いやら絶賛してね。スラムの子だって言ったら、住み込みで働かせたら悪さもしないだろうって、そりゃ囲い込みの手口だって言ってんのに……」


 はあ、と疲れたように息を吐くカディさん。


 旦那さん、なんかやり手感ほとばしってんな。無口に見えたけどね。芋の皮むきの時にあった印象だとさ。だって、籠に積まれた芋を目の前にドンと置いてナイフ差し出してくるんだよ? オヤジぃ、誰を殺ればいいんですかい? とか聞きそうになったよ。


「さて」


 肩に置かれたカディさんの手がギュッと握りこまれる。あの、カディさん? 痛い痛い、俺の肉も握りこんじゃってますよ?


「あんたが無駄にしたうちの食材の話に入ろうか……」


 俺は再び、先程より深く頭を下げた。


 じ、事情を聞いて下さい!










 二発で勘弁して貰えた。


 貢ぎ物もしっかりと取られたよ。それでも食材が無駄になった事実と職場放棄の件で一発ずつという訳だ。次元断層は使用しなかったよ。めっちゃ冒険者してる俺氏。痛みなんてどんとこい。


「ふう、腹減ったなー。ねえ、ヤマナカのおっちゃん?」


「確かに」


 信用回復のために宿の仕事の手伝いにリトライ。


 現在、ようやく飯時を終えて片付けをしつつアッド君と雑談をしている。ポジションは、俺が皿を洗い、彼が野菜の皮むきやら千切りやらのサポートだ。


 実力と信用の差だと言っておこう。


 洗う皿は大量にあるが、アッド君は下処理の時に出たゴミを片付けるだけだったので、今は暇している。


「この後どうする? 食堂閉まっちゃったけど……」


 そう。賄い飯を食べようとしたアッド君に待ったをかけたのは、何を隠そうこの俺よ!


 ごめんね。俺の仕事の方が片付いてないね。


「早く終わらせて飯食べようぜ。俺、カディさんからハムの端っことパン貰ったから、ヤマナカのおっちゃんにも分けてあげるよ」


 アッド君はそう言うと、俺の隣に踏み台を持ってきてその上に立ち、ジャバジャバと洗い物を手伝ってくれだした。


「まーだ終わってなかったのかい?」


「あ、カディさん」


「うっ……すんません」


 テキパキと洗い物を処理するアッド君が厨房の入り口から顔を出してくるカディさんを見つけて話し掛ける。俺は面目ない気持ちで一杯です。


「今日はもういいよ、ご苦労さん。大体あんたは報酬も出ないってのに物好きだねえ? ほら、用意してくれてるよ」


 そうでした。それもあったからアッド君にご飯を食べずに待つように言ったんだった。


「用意?」


 事情を知らないアッド君が首を傾げる。含み笑いを漏らすカディさんが引っ込むのと入れ違いに、旦那さんが厨房に戻ってくる。


「あ、すんません、ありがとうございました」


 色々と手伝ってくれた旦那さんに感謝の言葉を投げかけると、気にするなと言わんばかりに掌を向けられた。


 ……マジ渋いな。さり気に皿洗い用の布をアッド君から持っていくとか見習いたいわ。


「え? え?」


 未だに混乱しているアッド君を引っ張って食堂へ。


 食堂の隅のテーブルにはランプが掛けられ、テーブルの上に置かれた豪勢な料理を照らしている。


 脇ではカディさんが冷やした飲み物をジョッキに注いでこちらに笑い掛けてきた。


「言っとくけど、今日だけだからね」


「はい。ありがとうございます」


「ま、あたしからもってことさ」


「うわっ、すげー料理。なにこれ、誰の?」


「君のだよ」


「……え?」


 テーブルに駆け寄って涎を垂らさんばかりに目を輝かせていたアッド君が、俺の一言で振り向きポカーンと口を開けた。


「え、な、え、だっ……なん、ななにが?」


「君の就職祝い、かな?」


「ふふ、じゃ、ゆっくり食べな。アッド、今日はご苦労さん。明日からも頑張るんだよ」


 カディさんがアッド君の頭を一撫ですると奥に引っ込んでいく。


「じゃ、座って食べようか」


「…………食べ、食べて……」


「いいよ」


 アッド君が最後まで言い切る前に答える。


 並んで腰掛けるとアッド君がボロボロと泣き出した。


 おおおおおい!? どうした? 感受性高いな一桁年代! ぶっちゃけこんなサプライズぐらいで泣く奴とか日本にはいないよ? だからあのごめん悪かった許して。


「ち、ちがっ、う、嬉し、くて」


 しゃくり上げながらも大丈夫だというのように首を振るアッド君。混乱するオヤジ。


「ふっ………ふぅ……へへへ。ありがとう、ヤマナカのおっちゃん」


 涙目ながらも笑顔を見せてくれた少年にようやく人心地つく。


「ふふ、やたら細い芋の炒めものがある……」


 ちょっとカディさん!?


 少しばかりの意趣返しを含んだ料理に二人で舌鼓を打ちつつ、その夜はアッド君の就職を祝った。アッド君、こう見えて十三歳らしい。うっそ!? 若く見えるって言われない?


 久しぶりに年下の有望株が自分を追い抜いていく感覚を味わいつつ、俺も危険のない仕事探さなきゃなと思った。


 ひとまずは海を目指す。



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