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納品するということ

ネタばれ含むので、知りたくない方は次のお話へ。別に構わないという方は、それも次のお話へ。ある程度予想されていた方は、じゃあ見なくても大丈夫ですよ次のお話へ。次ページから社畜さん、始まるよー。













遺跡(ダンジョン):異世界ビィアースに住む人の知識


・古代魔法帝国期に造られた建造物の数々。用途、目的、共に不明だが、大抵は魔物の住処となってしまっている。しかし発掘される今の水準を超える魔道具や魔物の素材が有用なため、国やギルドで管理されている。攻略には多大な時間が掛かるため数日から何ヶ月もの食糧や替えの装備を用いることが基本。低階層と呼ばれる1〜3の階層でも帰還に数日を要するほどに広く、何故か階段から階段への『近道』(ショートカット)と呼ばれる最短距離が存在するが、大抵、階層攻略のレベルに合わないモンスターやトラップが出現するため避けて通られる。『近道』突破のために必要な能力が一概に力だけではないと言われているため攻略は困難とされている。



遺跡(いせき):社畜さんの思考 入る前


・(意外とワクテカするな。男の子だもん。こんなことなら生前に長期休暇の折りにマチピチだかパピプペポンだかに行きゃ良かったなぁ…。中でお土産買えるかな? あ、渡す人いねーや、うはははは、はぁ……)



前回のあらすじ


:少女を泣かせた上に巧みな話術で食事に誘う事案発生。闇に紛れて背後から笑顔で美少女に近づくわ、ヌルヌルした液体の中に飛び込むわ、やりたい放題。誰か止めて。社畜さん? いいえ私を


 …………はい、おはよう。


 挨拶っていうのは虚空にやるもんだ。目を閉じるか開く時に言うもんだ。これが一人暮らしの常識。


 ベッドから体を起こしお目覚め。昨日、得体の知れない唐揚げを投げやりな気分で食べたから、もう少しグロッキーかと思ったがいつも通りの時間だ。


 ……酷くショックだったのに体は正直みたいだ。例えて言えば、自分では華麗な泳ぎを披露していると思っていたのに、友人に「カナヅチか」と疑問符も無しに断定された時のよう、とでも言っておこうか……。ハンマークラスの衝撃だった。


 でも言い訳させて欲しい。言い訳? いや違う。理論に基づいた正当な理由を理解してほしい。つまりこの世の『理』(ことわり)と言えるだろう。


 いきなり異世界に裸で放り出されて道なんて分かるわきゃねーんですよ。ほんと部下の人は服をありがとうございます! 大変お役に立ちました。まあ、つまりだ? 土地勘のない場所で一発で道を覚えられる者ならもはやエスパーですわ。こちとら社会の歯車を自負している踏み台には荷が重いときてる。


 家に帰る時にタクシーを拾うでしょ? だから道案内を頼むのも普通。それが、昨日帰る時に手を引いてるつもりだったのに「こっちだよ、ヤマナカのおっちゃん」「あ、はい」と立場が逆転していた少年だとしても。この歳になると涙もろくなるらしい。だから泣いてもいいんだ。


 …………なんか長いな? 頭の中で言い訳してる内に終わるかと思ったんだが……回復魔法継続中。日課の魔力放出の割の悪さと来たら……。室内蛍火も同時進行してみよう。あ、水魔法覚えるかな? いざというボヤの時のために。


 燃え盛る家屋、絶望に伏せる未亡人、そこに現れる水魔法を操る俺、大丈夫ですかぁ!(真犯人)。いけるわ。全力でマッチポンプしてるわ。覚えよう水魔法。


 片手間に蛍火と回復魔法を続けつつステータスさんをお呼び立てしよう。


 というわけでお願いしますステータスさん。まだスキルポイントあったよね?




氏名 山中 賢

年齢 35

性別 男性

種族 人族

職業 モンスタースルー


Lv  27


HP  389/389

MP  87/671


STR 231

VIT 198

DEX 304

AGI 201

INT 564

LUK 157


固有スキル

・言語翻訳

・空間自在 Lv2


スキル

・鑑定

・回復魔法 Lv3

・火魔法  Lv4


残スキルポイント 17




 げえ。


 レベルが爆上がりしている。原因はまあ、昨日の遺跡訪問の件だろう。


 猪無双時も上がっていたが、今回はその時よりも多く上がっている。


 レベルって上がれば上がるほど、次のレベルに至るにはより高い経験値が必要。ロープレの常識だ。より優待される株主になるためにお金が必要なのとよく似ている。社会ってロープレ。


 となれば、遺跡の魔物は猪より経験値を持っていたことが自明の理。ドワーフこのやろう。なんちゅう危険な仕事を持ってくんだよ。危険手当て含むなら含むって事前に説明してくれなきゃ。カラビナ無しで高所作業に挑んだようなもの。マジ危険。


 新しい標語が出来てしまうわ。


 遺跡、ダメ、絶対。


 命の危険が危ないという意味では大体合ってる。いい仕事した。


 スキルを覚えようとステータスさんにお越し願ったが、先にあのダルさがやってくる。一日の始まりの合図だ。スキルはまた今度だ。


 昨日と同じように部屋に鍵をかけて一階へ降りる。食事の時間まであと一時間ほどあるのが分かっているので、足はそのまま食堂を通り過ぎ外へ。なんとなくである。


 これが現代日本なら、ちょっとコンビニまでからの立ち読みのコンボに繋がるのだが、いかんせん異世界。コンビニが無い。


 どうしようかと途方にくれるオッサンの目に通りの向こうから歩いてくる少年を発見。


 アッド君だ。


 向こうもこちらに気づいたのか少し照れくさそうにしながらも小走りで近寄ってくる。


「ヤマナカのおっちゃん、おっはよ」


「はい、おはよう。今日はまた随分早いね?」


 これが若さってやつだな。いくら体が丈夫になろうとも、俺からは永遠に去っていってしまったものだ。ラジオ体操とかやれない、それが大人になるということ。


「…………いやぁ、ヤマナカのおっちゃんに言われてもな……」


 ああ、そうね。俺も早起きさんでした。しかしこんな早朝にパーティーメンバーが顔を突き合わせたならやることは一つだ。


 体操だ。違った。仕事だ。


「食事時まで少し時間がありますから、ドワーフのザッグさんに納品に行きますか」


「おっ、道案内だね。任せなよ!」


 こっちだ、と先導される道案内役の後を大人しくついていきながら、虚空よりパンを取り出しお裾分けだ。朝だから閑散としている街並みを見るに大丈夫だと判断。堂々とスキルを使う。


「すげぇ! そっか、ヤマナカのおっちゃんは魔法使いだもんな」


 ……大丈夫、勿論、計算に入っていたとも。


「凄いかい? なんてことない手品(マジック)だよ?」


「ああ、やっぱり魔法(マジック)か。魔法って凄いんだなー」


 ふふん、子供ってチョロい。


 口止め料にパンを渡しつつ、食べ歩きながらドワーフの元へ。


 待っててねスーツ(大剣)。冒険者スタイル。










「うるせえ! ガンガンガンガンガンガン! まだ店開けてねぇのが分かんねーのかあ! その顔についてんのが飾りだってんならオレがくり貫いて鍛え直してやらあ!」


「すんませんっしたっ!」


 思わず深く謝り過ぎて九十度だ。土下座への移行も可能な平謝りだ。


 店に着いたはいいが木戸が閉まっていてやってない雰囲気。そういえばまだ早朝。開いているお店などない。


 現代日本でも二十四時間以外は開いていない時間だ。迂闊だったとしか言えない。どうする? ラジオ体操にする?


 しかし問い掛ける間もなくアッドが木戸に寄っていく。見るともなしにそれを放置。しからば、


 ガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガン


 叩き過ぎじゃね!?


 呆気に取られて魂が戻ってきた時には既に遅く、アッドを木戸から引き離した瞬間に鬼降臨。謝罪の流れに至ったわけですね、はい。少年には後で、ノックは片手で軽く数回と教えておこう。サンドバックじゃないんだよ!? と悲痛な叫びを上げそうになる程のラッシュだったからね。


「ああ? なんだてめえか。どうした? 遺跡に潜るパーティーが見つかんねーのか? まあ最悪他の冒険者にお鉢回してもいいが……」


「あ、いえ。納品に伺った次第でして、はい」


「……………………あ?」


 どうやら何故かは分からないが怒りが収まっている今が好機。ここぞとばかりにまくし立てる。


 遺跡内でのあれやこれだ。文句? まさかアル訳ナイ。ドワーフは一昨日見た時よりデカいハンマーを持っている。登場時にハンマー装備がデフォルトの短気な方にクレームとか、勘弁願いたい。


 一頻り説明し終わりカンテ鉱石を手に入れたから持ってきたことまで告げた。だからオコんないで下さい。


「……ほんとか?」


「本当です」


 内心はビクビクしながらも、ここは疑いの目で見つめてくるドワーフから目を逸らさずに答える。重要な商談では誠意を伝えることが大事。ホストがよくやってる。


「……信じてやりたいが、物が見えねぇ。仮に遺跡に潜ったのが」


「ここに」


 切り札はとっとくもんだ。魔界の狐も言っていた。うまい話の運びにドヤ顔をかましたくなるが、なにが逆鱗に触れるか分からない。鼻をヒクヒクさせるだけで我慢だ。


 虚空からカンテ鉱石をパンパンに詰めたズタ袋を二つ取り出す。まだまだあるが、鉱石を取ってこいと言われただけで量の指定はされていない。少しくらいは生活費の足しにしたいと思うのがセコい人。宝石と違って二束三文だろうが、薬草を最近採集していないので、補填費用ぐらいにはなるだろう。


「なんだ、今のは!? てめぇ、どっからこれ取り出した!?」


「………………」


 ………………。


 おおおおお落ち着け。まだばばばば挽回可能だ。霊圧を解放すればいいんだ。刀との対話が肝心。こ、こここここから汚名を挽回して巻き返しを繰り返せば希望が…………。


「すっげーだろ? おっちゃんの魔法(マジック)は。俺もビビったけど、おっちゃんはすげーんだ。パンも作れんだ!」


「あ? ああ、そう言えば魔導師か。オレらドワーフは魔法にゃ詳しくねーからな。なんだビックリしたぜ。次からは魔法使うなら使うって言え。じゃなきゃ叩き潰すからな?」


 脳内を高速回転させていたところ、アッドが胸を張りつつ自慢げにドワーフにご説明を試みていた。


 ……え、そんなんで納得すんの? 便利な言葉だな手品。今度からスキルの説明で困った時には多様させて貰おう。もしかしたら手品師の方って異世界出身なのかもしれない。言い訳に「だからぁ! 種も仕掛けもないんだって!」と必死に言葉を積み重ねていたのに、科学万能の世界ではトリックと受け取られただけなのかもしれない。


 あり得るな。


「しっかし…………また、えれー採ってきたな…………これじゃ料金に……」


 万事丸く収まるかに思えた納品だったが、ドワーフがズタ袋の紐を解いて渋い顔だ。すわ、足りない?


「あの、不足分があるなら穴埋め出来ますけど……」


「ああ? 違うわい。これじゃ物が多過ぎて、こっちが貰い過ぎになっちまう。どうしたもんか……」


 おっと、供給過多でしたか。


「じゃあ、多い分は引き取りましょうか?」


「馬鹿言え! こんだけいい素材を逃すドワーフがいるかってんだ! 全部貰う! だが代金が足りねぇだけだ!」


 それが問題だろ。全部見せなくて良かった。根こそぎいかれるところだった。


「じゃあ、全部お譲りしますよ。元々そういうお約束でしたし」


 総量の一割ぐらいだし。


「なに、全部か?」


「え、ええ。全部」


「むむむむ」


 何が気に入らないのか、顰めっ面を維持して唸り声を上げるドワーフ。アッド君は話し合いに飽きたのかパンの残りを食べ出した。


「そうだ!」


 ハタと思いついたとばかりに顔を上げるドワーフ。


「大剣はやる。料金ももういらねぇ。だが、それじゃこの鉱石の量にゃあ見合わねえ」


 グッとズタ袋の紐を引っ張って鉱石を露わにするドワーフ。まあそこまでは聞いたな。


「だから残りは、オレの仕事で払うことにした。てめぇが新しい武器や防具を買う時はその代金を貰うが……武器防具のメンテや修理、補修、改造、その他はこれから全部タダで引き受けてやる。どうだ?」


 ……おいおい、いいのかよ。それはこちらとしては嬉しい。最終的にはこっちが絶対儲かるという仕組みだ。途中からプラスにしかならない。維持費無しとか全社会人の夢じゃないか。貰ってみたかった年間フリーパス。母さん、異世界で夢が叶ったよ。


「お願いします!」


「そうこなきゃよ!」


 いつぞやのように堅く握手を交わすのを、アッド君がどうでもよさそうに眺めている。ふっ、子供にはこの凄さは分かるまい。強いて言うならおかわり自由だ。


「あ、鐘」


 アッド君が呟くと同時に鐘が鳴る。……え? 今一瞬、台詞の方が早くなかった? 音になる前の音が分かる系?


「おい、速く入ってこい。大剣持ってくんだろ?」


「あ、はい」


 気になったが質問する前にドワーフに呼ばれて店の中に。アッド君は遠慮をみせたのか店の外で待つと言う。


 兎にも角にも、こうして晴れて冒険者の仲間入りを果たした。ガッツポーズも出るわ。今日は薬草も売りに行こう。










 大剣を手に入れること数日。


 今やアイテムボックス内の肥やしと化してしまったマイ大剣。あれ背負ってうろつくと注目度が半端ないんだもん。よく考えたらアイテムボックスに入れておけば何時でも取り出せるのだから背負う必要もないとスキルを発動。TPOを考えて出し入れしようと思っていた。


 使うことがないよ。


 こちとら自炊もしない独り者よ。包丁すら握らないのにどこで大剣使えってんだ。モンスターにですよね、分かります。


 しかし遺跡に潜ることが危険と分かった今、俺は本来の戦場に戻ってきていた。


 薬草は森に。


 ということで、日がな一日、街の外に繰り出しては薬草を探すことに専念している。アッド君が付いていきたいと言うので、彼にも次元断層を掛けて二人で薬草を求めて森でウロウロ。


 いやー、薬草があることあること。


 ここら辺の冒険者は薬草を採らないのか比較的簡単に発見できる。一時間で十本前後。銀貨一枚、時給一万円である。チョロいぜ異世界。薬草採集ってファンタジー。


「ヤマナカのおっちゃん! これは?」


「あー、まだ小さいね。やめとけ」


「うん、わかった。あ、時間がもうそろそろだ。今日はもう帰る?」


「そうだね、帰ろうか」


「うん!」


 全力の笑顔を見せてくれる少年。なんだろう、息子がいたらこんな気持ちになるんだろうか。


 連れ立って西門に歩く。勿論手ぶらだ。アッド君の前では普通にアイテムボックスを使っている。手品で問題がないため。あと彼が採った薬草も纏めて冒険者ギルドで売るためだ。自分じゃ買い取って貰えないとのこと。


 ギルドカードが成人御用達らしいので仕方ない。カードがないと買取不可なんだそうだ。


 連日の道案内代金に加え、彼が採った分もきちんと換金して渡している。それで服を買いに行った時に、彼も安い子供服を買っていた。


 前の世界でも買取して貰うのに、未成年だと保護者のサインがいったなぁ、と考えながら歩いていたら、ブラブラとしていた手をギュッと握られる。


「……えへへっ」


 何事かと視線を下に向ければ、少年が照れ笑いしていた。なんでも男親は誰か分からず女親は去年死んでしまった身の上だという。グッときたわ。涙腺決壊だわ。


 スラム街出身だというのも聞いたが、なんせこちとらそんなに社会的身分は高くない、無力な自分。せめてもの足しにと連日の道案内の代金を割増、薬草採集を教えるくらいだ。


 握られた手をギュッと握り返し門を抜け宿屋に向かう。今日は奮発して夕食にマンガ肉でも出してみようか。


 道の途中で冒険者ギルドにお立ち寄り。今日の換金を行う間、いつものようにアッド君は外で待つ。


 段々と慣れてきたカウンターに着くと、ギルドに入る前に腰に結んだズタ袋に転送し終えていた薬草を取り出す。少し膨れるくらいなので気づかれることはあるまい。


「すいま……」


「てめえええぇ!!」


 すわ買取をお願いしようかと思ったら、食事をしているであろうテーブルから怒声が上がる。


 酔客か? 喧嘩か?


 チラリと興味を引かれ目を向けたところ、飛び込んできたのは、眼前に鈍く光る刀身。なんてこったい。


 もはや見飽きてきた刀身が砕ける様を目の前に突きつけられるが、事情がさっぱりだよ。異世界こえー。


「全員警戒しろ! 幻獣クラスの変化系の魔物だ! 前衛は守りを固めろ! メーネ! リーダー呼んでこい! アルラ、オール、時間を稼ぐぞ!」


 ……あ、ああ! 遺跡で見た浅黒い肌のマッチョじゃないか。良かった。生きて遺跡を出れたんだな。


 しかし向こうは再開を歓迎している雰囲気はなく、辺りは騒然とし出す。緑髪ストレート美女が走ってギルドから出ていき、テーブルを埋めていた冒険者の半分が手に手に武器を持ちオッサンを包囲しつつある。


 しかしオッサンは余裕だ。なんせこれは誤解なのだから。


 笑顔を浮かべてプレゼンだ。直ぐに騒ぎは収まり文句を垂れつつも食事に戻られることだろう。


「あの、前も」


「シル・カッサム(氷の散弾)」


 さあ演説だ、清き一票を、と思われたところで、まさに氷を刺される。誤字じゃなく。人の腕ほどある尖った氷柱が幾本もオッサン目掛けて突っ込み、砕ける。


 だ、ダイヤモンドダストだ! すげー……。


 砕けた氷の欠片がオッサンの周りを舞い、溶けたように消えていくのが新鮮で思わず見とれる。


 …………はっ! なんて巧妙な罠なんだ。あの銀髪の子だな? いつも感動をありがとう。


「かーーーっ、あいっかわらず効きゃしねえ! また自分は冒険者ですってか? まず人間かどうかも怪しいわ! オール!」


「あいよ〜」


 助走を充分にとった盾役のデカい人が突っ込んでくる。浅黒いマッチョの体に視線を遮られて走っていたことに気づかなかった。相変わらずのコンビネーションの良さだ。銀髪が補助魔法なのか、盾役に魔法を掛け、盾役が薄く光を帯びる。


 しかしこのままぶつかれば盾役が無事で済みかねない。避けるかな。


「は、ひぃ、あっ……」


 視界跳躍を発動する直前に背後から声が、あ、しまった。カウンターのお姉さん(年下)。避けるわけにはいかないぞ。


 仕方ないと溜め息を吐き出しつつ、眼前に迫った盾役にお声掛けだ。


「痛いですよ、覚悟してください」


「なっ!?」


 衝突。


 驚愕の声を上げ盾を突き出してきた盾役の盾が砕かれ、支えようとしていた腕も折れ、鎧に俺がめり込んだところでようやく止まる。どんだけ勢いつけてきたんだよ。


「――――がぁっ!?」


 血反吐をぶちまけ後ろに倒れる盾役。おおぅ!? 肋骨までいかれたか? ヤバい! 速く回復しないと!


「させねえ!」


 盾役に手を翳したところでマッチョが距離を詰めてくる。気づけばマッチョ以外の目の細い優男やら赤毛のワイルドなお姉さんやらが同時に攻撃を仕掛けてくる。即興のコンビネーションとか憧れる。


 でも気にせず回復魔法を発動だ。肋骨が肺に刺さっていたりしたらヤバい、一刻を争う。


 盾役が緑色の光に包まれると同時に刃物が俺に殺到する。遺跡内部で争った時のように、片手剣を横様に振るう浅黒いマッチョ、その後ろから横に飛び出しすれ違いざまに長さの違う剣を滑らせてくる細目、鞭の先端に付いた三角形の刃物を重りのようりしならせ視界を防がんと目を狙ってくる赤毛の美女、三者三様の攻撃は、結局いつも通りの結果に。室内のランプがバラバラに砕け散る刃物を照らしキラキラと光る。


 …………いろんな武器があるな異世界。遠距離から攻撃してきた赤毛の人とか完全に女王様だわ。武器の名前は分からなかったけど、今や只の鞭と化している皮装備赤毛冒険者の武器。


「う〜〜〜、き、きいたぁ〜」


 ぼんやりと周りが動くのを観察していたら盾役が起き上がる。


 良かった。傷は治ったみたいだ。


 ホッとしたのも束の間、盾役は囲みを作っていた中から出てきたガタイのいい冒険者二人に脇を掴まれズルズルと運ばれていく。血糊やらまだ付いているので、まだ瀕死だと思われたみたいだ。


「ウルっ!」


 さて、どうやって人間の証明をしよう、と考えていたらマッチョパーティーにいた緑髪ストレートが冒険者ギルドの入り口から飛び込んできた。その後ろには鋭い目つきで周りを確認する金髪の男性。


 おう、騎士って感じするわ。最高にかっこいい。


 整った顔立ちをしているせいか着ている服は完全に村人服だが気品に溢れ、編み上げの使い込まれたブーツが前に出る度に人垣が割れる。肩で切りそろえられた金髪が揺れ、真剣さを宿した緑の瞳がこちらを見据える。


「リーダー!」


「やれやれ……助かったッス。正直この街捨てて逃げるかどうか真剣に悩んでたとこッス」


「マシレ。あんた後でシメる」


「逃げてないッスよ!?」


 即興のパーティープレイをかましてくれた細目と赤毛には、イケメン騎士が現れると同時に弛緩した空気が流れ出す。


 説得のチャンスじゃね? 俺も軽口に口を挟んでいこう。俺のボギャブラリーから若者トークできる語彙を検索。見つからない。なんてこった……まさかこんなところに落とし穴。


「メーネ」


「ええ、分かってる」


 しかし俺が軽口を挟む間もなく、遺跡内で出会った方のマッチョパーティーはアイコンタクトを交わし警戒を解かない。緑髪ストレートが俺の視界から外れるようにゆっくり動く。マッチョが再び新しい剣を背中から抜く。


 そんなマッチョに後ろから近づくイケメン騎士。…………マジかよ。これはいわゆる新人いびりってやつじゃないの? ほんとは気付いてるんでしょ? 俺がオッサンだって。アルバイトでこういう先輩ってよくいたよな。仕事を完璧にこなしても勝手なことするなとオコられ、ならば言われたことだけやっていると、お前に頭はついてないのか? となじられ、進むも戻るも地獄な状況。とりあえず殴りたいだけなんでしょ? ねえ? 流石にこんなにモンスター扱いされるとは考えてなかったよ。ますますスキルは人に明かせられないね。


 それとも顔か? 顔なのか? と絶望に襲われていると、イケメン騎士は浅黒いマッチョの隣で立ち止まり溜め息。


「ウル」


「リーダー、油断しねえでくれ。多分、過去最高の強さを持った……」


「馬鹿やろう」


 拳一閃。


 まばたきしてなかったのに霞んで消えたように見える拳をイケメン騎士が放った。


 浅黒いマッチョに向けて。


 二回転してテーブルに突っ込んでいくマッチョを、殴った本人以外の誰もが目で追った、もち俺も。


 マッチョがどうなったのか一瞥もしないイケメン騎士がスタスタと無造作に近づいてくる。


 ビクる俺。


 逃げ出したい気持ちと謝り出したい衝動がフィフティ。


「すまなかった!」


 俺じゃないよ?


 目の前で頭を下げるイケメン騎士にみんな呆然としている。


 良かった、騎士さん。話せるイケメンっぽい。










「看過できねえ問題だ」


 場所を移して応接室。いつの世も付きまとうのが責任。乱闘を起こした主要なメンバーが一同に会していた。


 口火を切ったのは頬に縦の傷を持つ威厳満点過ぎる渋いイケメン。


 ギルド長さんですって。


 いやー……おうちに帰って布団にくるまりたいほどのプレッシャーを放ってるわ。各員。俺以外。場違い感すげー。


「なにがッスか?」


「マシレ」


「質問してるだけッス。自分には看過できないことがあるようには思えないんで」


 返答したのは細目。それをイケメン騎士が抑えようとするが、どこか惚けたように茶化す細目。


 ただし目が薄く開いている。怖い。


 みんなの立ち位置は、ギルド長が上座のデスクに座り、俺が少し離れた一人掛けのソファーに座り、イケメン騎士がテーブル脇に置いてある三人掛けのソファーに座り、残りがその後ろに立っている。


 メンバーは、ギルド長、イケメン騎士、細目、盾役、赤緑銀の女性の方々、ついでに俺。浅黒いマッチョはまだピクピクしているらしい。彼が一番ハッスルしていたというのに……。


 怖い表情で威圧感を出したままギルド長が続ける。


「うちのギルドを本拠地にしているクランが、登録したばかりの新人をギルド内で殺しかかったんだぞ? 問題にならんとでも思っているのか?」


「へえ。殺しかけられた当の本人はあそこにいますけど……俺って目が薄いんで見間違いだったら悪いんスけど、かすり傷一つ負っていないように見えるんスけど?」


 薄目がこちらを親指で指してくる。やめて。巻き込まないで。


 俺は泰然と我関せずを貫きながら微笑んでいるように見えるだろうが、背中の汗と心中のビクつきが酷い。今度はストレスで死んじゃう。


「マシレ」


「傷を負わなければいいという問題ではない。行動そのものに問題がある」


「魔物の振りして弁解しない方にも問題はあるんじゃないっスか? 街を魔物から守るのは冒険者の仕事っス。それが街中に……」


「マシレ」


「っ……」


 先ほどから薄目の発言を止めるべく呼びかけ続けていたイケメン騎士から冷たい空気が発せられる。ギルド長の威圧感を塗り替えて肺を凍らせそうな空気は全員に伝わったようで、薄目の発言も止まる。


 ほらぁ、無視し続けるからオコっちゃったじゃん。


「言い過ぎだ。謝罪する立場だというのに、この上、本人を侮辱するような発言まで見過ごすことは出来ん」


「…………すいませんス」


「俺にじゃない」


 場を凍てつかせていた空気が霧散すると共に、薄目がこちらを向いてくる。薄目が何かする前に片手を上げてその行動を止める。


 ここだ。ここで言うんだ。


「あの、俺って帰ってもいいですか?」


 俺の発言に、室内にいた人の注目が一気に集まる。ああ、嫌だな嫌だな嫌だな。中、高校とステージに上がる時に集まる注目に似ている。表彰の時とか卒業の時とかに上がるのだが、なんで教室でやらないんだろうね? 教室の隅が定位置だったクラスのモブとして居たたまれなさが半端なかった。


 つまり、お家帰りたい。


「か、帰るのは……構わんというか……いや、だが、処遇を決めなければそちらとしても納得いくまい? そのための意見は、勿論取り入れるというか……そもそも文句の一つもあろう?」


「ありません」


 めっちゃ歴戦の傭兵然としているギルド長の困惑しつつ聞いてくる問い掛けに喰い気味に答える。


 アッド君を待たしているからね、急いでんだよハリーハリー。


「しかしうちのクランの奴が迷惑を掛けたのは間違いないことだ。事は謝罪だけでは済まない」


「いえ、大丈夫です。謝罪もいいです。問題とかないです」


 はぁ〜〜〜事なかれー事なかれー、を合い言葉に道の隅っこを歩く俺たち社会人としては、問題が起こった場合には、まずどうやっていつも通りの生活に戻るのかを考える。


 泣き寝入りするのが小心者。


 ほんとにね、世の中にこういう事ってよくあると思うんだ。納得のいかない不条理な事だけど、人間として産まれて生きていくなら必ずしもぶつかる。酔っぱらいに殴られても警察は取り合ってくれなかったり、理不尽な勘違いが後々解けたとしてもその間の疑いを謝罪してくれなかったり、誰しも胸のモヤモヤを抱えて生きるのが社会人。ここってファンタジー?


 俺のモヤモヤとアッド君を待たせる事を天秤に掛ければ、圧倒的に後者に傾く。


 俺の返事に呆気に取られているギルド長とイケメン騎士の顔色を、これ以上は何もないね? いいね? いくよ? といった確認の意味で伺っていたが、続きを話し掛けてこないのでゆっくりと席を立ち扉に近づいていった。勿論、笑顔で。誤解されないことが大切。


 引き止めがないので黙認されたのだろう。扉を開けて出て行く。失礼しますと軽く断りを入れて扉を閉める。


 超早足だ。


 食堂の前を通る時にやたら視線を集めたが、気にせず早足。換金は明日纏めて行うことにして、今日の分は俺が立て替えてアッド君に払っておこう。


 冒険者ギルドを出て周りを確認。いないよ!? 帰っちゃったか?


 目を皿のようにして辺りをうろついていたら、道の隅っこで木製のお椀を啜っているスラムっ子を発見。


 アッド君だ。向こうも俺を見つけたのか手を振ってくる。


「ごめん、待たせたね」


「ううん、いいよ。これ食べてたし」


「夕食入らなくなるぞ? 残したらカディさん怒るよ」


「ヤマナカのおっちゃんじゃないんだし……俺はマドバの葉だけ取り除いたりしないよ」


 いや、あれ酸っぱいんだよ。味が濃すぎるのが問題でね? 嫌いなわけじゃないんですよカディさん。


 木製のお椀を屋台を出していた店主に返して銅貨を受け取り、俺の腕に抱き付くようにすがってくるアッド君。


「へへっ、じゃー飯食べに行こうぜ」


「そうだな……なんか今日は疲れたよ」


 アッド君と雑談しながら、宿屋の道を歩いていく。


「ヤマナカのおっちゃん、こっち」


「あ、はい」










 閉まる扉を、誰もが呆然と見ていた。


 無罪を主張していたアシレでさえ、一連の出来事に呆気に取られたように軽く口を開いている。


「リーダー」


 どう声を掛けようか迷っていたら、珍しい奴が話し掛けてきた。話し掛けられたら答えるが、自分から能動的に話しかけたりしない奴なのに。


「なんだい? アルラ」


 光を反射して輝いているように見える銀髪と、誰もが振り返るような整った顔の持ち主は、視線を扉から離さず話を続ける。


「ほんとに人間?」


 その言葉に思わず眉根が寄る。本人がいないからといって言っていい言葉じゃない。なにより彼の気遣いに対して誠意に欠ける。


「ほんとに人間?」


「アルラ……」


「いや、多分確認ッスよ? 俺も驚きなんで聞きたいッス。リーダーを疑うわけじゃないッスけど……」


「そうだねえ。あたしも根拠を聞きたいわ」


 窘めようとした俺にマシレが待ったをかけ、ネルがそれに乗っかってくる。


 なんとなくギルド長に視線がいく。この部屋にいるランクがB以上の実力者は、俺とギルド長だけだ。ギルド長はまだまだだなと肩をすくめて笑い返してくる。俺はそれに溜め息で応えた。


「……波長だ」


「「「「波長?」」」」


 アルラとギルド長以外が聞き返してくる。アルラは視線を未だ扉に向け、その紅い瞳には伺い知れない感情を宿しているように見える。ギルド長は子守は大変だなとばかりにニヤニヤしている。ほっといてくれ。


「波長っていうのは、経験と言い換えてもいい。冒険者のランクがBになってくると、魔物の出す波長と人間の出す波長が分かるようになってくる。Bに成り立てだったり実力が伴っていなかったりしたら分からないだろうがな」


 未だに首を捻るクランメンバーに仕方ないと説明を続ける。最近Cランクに上がったばかりのメーネなんかには、まだ遠い話だが、知っておいても損はないだろう。


「この波長は生物でいる以上は必ず出している命の息吹だ。長い事戦っていると、ある時ふと分かるようになる」


「つまりあの人からはそれが出ていたんですね?」


 メーネが確認のように問い掛け、


「でも〜、それなら魔族とか〜、エルフとかでも〜、波長ってあるんですよね〜? それぞれ別の波長なんですか〜? それとも……」


 オールが素直に疑問を口にしてくる。


「そうだな。魔族やエルフやドワーフなんかの多種族だろうと、人間と波長は同じだ。見分けが効くのは魔物か人間かだろうな」


「それなら……」


「いや、種族は魔力で見分けがつく。エルフは自然界のを使うが、人間と魔族と魔物は体内の魔力を使うだろ? 特に魔族の魔力は質が違うというか……色が違うなんて言い方もされるな」


「あの魔力は人か魔物」


 視線を扉から外さずアルラが答えてくる。それならと結論を俺が引き取る。


「だからあれは人間、というわけだ」


 それでも納得が難しいのか戸惑うクランメンバーにギルド長も注釈を入れてくる。


「本来なら変化系の魔物は、強い相手から自分をやり過ごしたり弱い相手の隙をつくためにこれを行うが、真に実力がある者なら見破れるのは常識だ。しかし魔物のAランク以上の知能持ちがこれを使ってくるのは、からかいというかお遊びの側面がある。何故なら変化している間は能力が下がるからな。こんな事にも気づかないのか? っつーな。それなのにウリタラスが出てきたのに変化を解かないわけねーだろ」


 ギルド長と俺の説明を受けても、まだ納得がいってないクランメンバーにこちらも困惑してくる。


 なにがそんなに引っかかっているんだ?


「魔法を放った」


 一堂を代表するようにアルラが話してくる。


 魔法を? 彼にということ?


「……いや、そりゃ褒められたもんじゃねーだろ?」


 ギルド長が苦々しげに呟く。俺も同意だ。しかし話が繋がらない。それで何故彼が人間だと納得できないのだろう。


「無傷」


 アルラが説明を続けるが、……正直、短すぎて迷う。魔法を放ったが無傷ということか?


「あー……、魔法を放って避けられたってことか? いや、良かったとしか言いようがないんだが……」


「……いや、当たってたんスよ」


「そうね? あたしも当たったように見えたわ。流石にあんな光景を見せられたら魔物と疑うのも……ねえ?」


 マシレとネルが説明に補足を加えてくる。


「障壁じゃないのか?」


「魔力は完治できなかった」


 直ぐさま思いついた可能性をアルラが否定してくる。


 そこでようやく何がそんなに納得いっていないのかが伝わってきた。


 彼の実力の高さが認められないのだ。


 俺にも向けられた覚えのある羨望に嫉妬。時にそれは理不尽な思想に取り憑かれ害をなすことがある。


「彼の手法を知りたがるのはマナー違反だぞ。彼の防御力が高いからといって、それでお前たちの行いが許されるわけじゃない」


「いや、あれは防御力っていうか……だって俺、散々斬りつけたんスよ? 至近距離で。でも服にほつれも出来ないどころかこっちの武器がイカレちまうし」


「まあね〜、前衛で守り役としては〜、憧れるものもあるけどね〜」


「しかしリーダーが確信を持ってますし……」


 ……一体何を見たらそこまで不信感が募るというのか?


 沈黙に落ちるクランメンバーの気持ちを代表するように、アルラが再び問い掛けてくる。


「ほんとに人間?」


 俺はそれに深い溜め息を吐き出した。



異世界から来た社畜さんは化け物か!?(赤っぽい彗星とか呼ばれるマスクの人口調で)

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