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新しい生活ということ


 おお、着いたよ。


 街道を進めばどこかの街に着くだろうと転移しまくること丸一日。結構な速度で進んでいるはずなのに、全くつく気配がない。


 この目視って条件なかったらなぁ……だいぶスピード上がるんだが……。間に何回も休憩を挟んだり気分転換に歩いたりしたりしながらの丸一日。そろそろ体調が悪くなること覚悟でもっとスピード上げるべきか一考していたところ、ようやく次の街が見えてきた。


 街があって良かったと思う気持ちより、これ以上は転移し続けなくていいんだって気持ちの方がデカい。……酔うんだよね、これ。


 何回かまでは我慢できるけど、出来れば使いたくない技だ。ほとんど体を動かさないから健康にも悪いしね。オッサンにはキツい技だ。


 封印だ、封印。


 こうして俺の右目だか左目だかに封印される視界転移。


 俺の封印されし邪眼ってやつだ。いつでも使用可。


 ……最近少しハッちゃけ過ぎてないだろうか三十五歳? 野盗の殲滅に猪の駆除と、異世界にくる前の俺からは考えられないアグレッシブさだ。


 野盗はびびったねー。遠距離じゃなきゃ立ち向かうのとかほぼ無理。平気って半ば分かっていた一撃を喰らっただけでガクブルだったからなー。やっぱり治安って大切。


 猪も焦ったなー。森で薬草を探してただけなのに、暴走車よろしく突っ込んでくるんだもん。俺よりデカい図体で、地面を轟かせながら。


 最初は折れた角やら凹んだ顔やらに回復魔法を掛けてあげてたんだけど……恩を徒で返すを地でいく猪どもは、治ったとみるや突進してきたからね。


 終いには群れと言っていいほど仲間が出てくるし、どこの一戸建てなの? ってほどデカいのが吠えたけるし、夜中に騒音とかマジ焦る。思わず空間振動連発して無双しちゃったよ。


 灰色犬って例があるから話し合いが通じるのかと思えば、後から村にいた冒険者に聞いたところ、知能の高い魔物はめったにいない上に、そういうやつはだからといって人間の事情を考慮してくれたりしないそうだ。


 ……灰色犬、いいやつだったんだなぁ。


 しかし、乱獲して根絶やしにした猪が村の生命線的な話をし出した時は焦ったね。ヤバ、捕まるんじゃね? と思って、早々に捕った猪を譲ったんだけど、随分村の人たちはハシャいでたなぁ。あれだ、やっぱり肉が嬉しかったんじゃね? ハンナちゃんも肉料理喜んでたしねー。


 ……ハンナちゃんのお母さん……美人だったよなぁ……はぁ。


 回復魔法で顔の形が元に戻ったときは、少しドキドキしたぜ。しかも俺ったらピンチにヒーローしてお食事に誘ったりとこれは長年諦めるしかなかったフォーリンなあれが御光臨か……と思いきや。


 彼氏がいたっぽい。


 うん、分かってた。可愛い子ほど意外と彼氏いないっていうのは都市伝説だって。


 その後のハンナちゃんとの話は、あんまり覚えてないや……。


 ああ、チップが実はないってことぐらい? リーズナブルだなファンタジー。異世界すげー。


 ちょうど予約していた期間だったから、朝、ハンナちゃんのお母さんと顔を合わさないよう早くに出たけど……もうちょっと次の街の情報とか聞けば良かった。まさか一晩掛かるとは……。


 あなどれん。やるな異世界。


 そんな異世界で第二の街に。


 デカい。前の街の二……いや三倍はあるな。


 俺が歩いてきた街道は斜面になってて、ちょうど丘の上から街を一望できる。前の街が全体的にどんな感じだかは分からないが、たぶん角ばってたのに対して、今回の街は丸だ。真ん中をデカい川が流れている。北からきた俺に対して、向こう側、つまり南側の建物が随分綺麗で瀟洒な作りになっている。


 あれは……もしかして御貴族様とかお偉いさんが住んでいたりすんのかな? だとしたら近寄らない方が、いいね。


 俺だって流石にそれぐらいは分かる。こういう時の常識だ。封建社会も真っ青なほど封建している異世界法権。パンなきゃ菓子食えぐらいの無理を言われるであろう上流階級に関わって良いことなど何もない。


 別に異世界に限らずだけどね。二ランク上の稼ぎしている人と食事に行くと分かるよ。奴らは一食十数万の飯を平然と食らうからね。こちとらガクブルよ。しかも味は分からず食った気がしないときた。ああ、ただなんか、しょっぱかったのは覚えてる。


 あの悔しさを二度と感じないためにも、あの南側の区画は避けるが無難。


 考えをまとめつつ街に近づく。走り出したりはしない。歳考えて。


 この街は東門と西門に別れているみたいだ。東門の方に近づく。活気が凄い。俺の通ってきた街道と大違い。人っ子一人いないんだもん。そら野盗やら猪やら出るわ。


 東門の前、列に並ぼうと思ったんですけど、どっちかな?


 馬車を引いている人と徒歩の人で、それぞれ別の列が出来ている。俺は徒歩だからこっちだな。


 徒歩の列は消化が速く、あっという間に俺の番に。ポケットに手を突っ込んでギルドカードだ。


 手渡したギルドカードが速攻返ってくる。実にスムーズだ。


「おっちゃん、この街初めてだろ?」


 かと思ったらお声掛けだ。なにかな? 俺は家屋を壊したりしない普通のサラリーマンだが?


「え、ええ。わ、わかりますぅ?」


「ははっ、毎日毎日似た顔ばっかなのに、おっちゃんの顔は特徴あるからな」


 おうミステイク。そういや私、東洋人でした。周りが西洋風なお顔立ちばかりなので、てっきり私も西洋風イケメンなのかと。うん。違うのは分かってた。でも希望が欲しかった。


 俺が曖昧に笑うのを、ニッコリとした笑顔で打ち返す、幼さの残るブロンド短髪イケメン細マッチョ。


 歯がキラリ。


 目が妬ける。


「ようこそトルーカへ。ゆっくりしていきな」


「ああ、どうも。お邪魔します」


 おお、ようこそ丸々だ。やっときたなファンタジー。始まってしまうのか冒険。いや始まらないで。


 人の流れにのままに入街。


 とりあえず新生活だな。










 ちょっと待とうか新生活。


 最初はとにかく拠点を作るのが大切だ。何はともあれ住処が必要。そう思ってアパートを探し歩くこと一時間。


 アパートなんかないことに気づく。


 いや、いくら俺でもファンタジーにアパートがあるとは思ってない。でも人が集まって街が出来ているんだから住むとこぐらいあるはず。


 つまりアパート的なところを探したんだが………………ないね。


 ここって賃貸? 的な空き家っぽいのがあるにはあるが、連絡先も受付やっている人もいない。不親切だな異世界。


 検索エンジンに慣れきった現代人の限界だ。なんでも分からないことは手元で聞けた。ケツ的な名前のあんちくしょうが答えてくれた。


 それが今やない。


 いかん。意外と深刻な問題だぞこれは。


 食べログもなけりゃ掲示板もない。情報を共有する場所がないということだね? それはつまり、行き当たりばったりのお店に入り、当たりか外れかを自分で見極めなきゃいけないということですね。


 なんて博打なんだ異世界。ざわざわする。


 こういう時に活躍する、味はアベレージ・ファーストフードもないのは痛い。まだスマイル頼んだこと無かったな。


 とりあえず、情報が大事だということを再認識。しばらくは宿に泊まりながら情報収集に勤しむとするか。


 具体的には、あれだ、住宅情報と安くて健康的で近い定食屋さんの情報が必須。


 また街行く人に聞いてもいいが、精神的なダメージが酷い。ここは自分が所属する組織に助けを請おう。


 そんな訳で冒険者ギルドを探し歩くこと更に二時間。


 食料の補充とか必要雑貨の買い出しをついでにしたため、結構な時間掛かってしまった。特にお酒のストックが切れてたからね。前回買ったのと似たような種類のを樽ごと買った。人と人が交渉する時、接待が生まれる。マジで切っても切れない酒の席。断れないのが社会人。……飲めないって……。


 アイテムボックスのお陰で手ぶらのまま冒険者ギルドへ入店。


 竜と交差した剣の紋章を掲げていたので間違いないはず。そう思ってもあれだ、ちょっとドキドキする。恋かな?


 ここの冒険者ギルドは入り口が二つある上に二階建てで、前の街のよりデカい。縦もだが横も。


 緊張しつつ観音開きの扉を押して入る。


 …………おお、活気すげえな。


 前の街の冒険者ギルドと比べて、まず誰も俺に気づかない。入ってきた奴を気にかける奴はいないようだ。


 それもそのはず、冒険者ギルド内は食堂も兼ねているのか、等間隔に置かれたどのテーブルにも食べ物や飲み物が置かれ、各所の話し声で活気に溢れていた。


 一部抜粋すると、こんな感じ。


「アトランテの討伐か? じゃ、儲かったろ。なんせ数がいるし素材は肉以外捨てるとこなしだ」

「バカいえ。防具が駄目んなっちまって大したもんじゃなかったよ」


「スエルクトで護衛じゃないっスかね? 俺も今日帰ってきたばっかなんで」


「昇格受ける前だからよしときゃいいのに。ほんと真面目なんだから」


「ワイバーンの素材採集に金貨一枚だぜ? やってられるかよ」


「そもそもCじゃねーだろお前」


 そんな意味不明な会話があちこちを元気よく飛び交っている。


 街も変われば人も変わるもんなんだなー。


 とりあえず入り口を塞いでいると迷惑だろうし、受付カウンター的なところを探す。


 おっ、発見。なんかソファーとか置いてある空間に窓口がある。多分あそこだ。もし違って料理頼むとこだったら、そのまま注文して流れていこう。いや、だって、ハズいじゃん?


 そんな考えでカウンターにお声掛け。メニューとかよく分からん時はオススメだ。ボーナスが出て今日はちょっと気分変えたいな、とかいう自爆思考で格調高めのお店に入った時に、メニューが英語表記で出てきた時の必殺だ。


 必ず殺す。やってやる。


「すいません。ちょっとお尋ねしたいんですが……」


 殺気を悟らせまいと下手に出る俺、マジ暗殺者(アサシン)。そんな俺に受付に座ったお姉さん(年下)が笑顔を返してくれる。


「はい。依頼ですか、達成報告ですか?」


 にっこり笑顔で定型文だ。ここにあったかファーストフード。やるな異世界。


 俺の答えは、そのどちらでもない、だ! なんて迷惑なんだろう。


「すみませんが、この街に着いたばかりでして……出来れば安価な宿屋を紹介して頂けたらと」


 ヘコヘコとお願いする俺は、後ろが詰まってないかチラチラ確認する小心者。コンビニでレジが詰まってる時に宅配便をお願いしにきちゃった時の感じだ。


「分かりました。旅行者の方でしょうか? 一時的な物で……」


「いえ冒険者です」


 変なこと聞くね? 冒険者ギルドだよ、ここ。ああ、あれか。食堂も兼業しているから、一般の人も入ってきてお尋ねしたりするのか。親切だな冒険者ギルド。


「……冒険者の方、です、か?」


「ええ、まあ」


 そうそう。忘れそうになるけど、僕、冒険者。


 受付のお姉さん(年下)の笑顔が若干固まったが、宿屋は紹介してくれた。鍵付き一部屋一泊二食で銅貨七十枚だそうだ。歩いて十分。


 情報の対価はいくらか聞いたら、お金は貰っていないと訝しげな顔で返された。冒険者ギルドのサービスすげー。


 これが街に座っているお爺ちゃんなら銅貨五枚は掛かるというのに……。やはり組織に属するというのは安泰を意味していると思うね。税金や年金の計算を自分でしなくていいんだもん。明細見て、うわぁ……と思うのぐらい我慢しなきゃな。


 丁寧にお礼を返して冒険者ギルドを出ると、宿屋にやってきた俺。


「あいよ! いらっしゃい!」


 扉を開きつつ中に入ると、早速飛んでくる、いらっしゃいませ。筋骨逞しい女主人が笑いかけてくる。


「あ、あの、宿泊をお願いしたいんですが」


 満室じゃありませんように。


「泊まりだね! うちは飯付きだと銅貨七十、無しなら銅貨四十五だ! 無しの場合は体拭く湯もつかないからね。追加で取る場合は割高だよ」


「あ、じゃあ有りでお願いします」


 情報通りだな。


「食事付きで、何泊だい?」


「とりあえず一ヶ月お願いします」


「いっか……」


 そこで女主人が俺を上から下にジロジロと見出す。


 おっと。やはり一ヶ月は宿泊し過ぎだろうか? おいおい、こいつ住む気じゃねーだろうな? とか、漫喫の定員のような目線だ。連続で一週間行き続けるとこういう変化になるよね。


「……料金は先払いだよ? 途中変更も返金は無しだ」


「ああ、はい」


 当然。異世界でも客商売ならそうだ。途中で帰る時は返金しろよ、とか思ったりしないから大丈夫。その間に来た予約とか全部断ってんだから店側の損失を考えたら普通。


 ポケットに手を突っ込みアイテムボックス。一ヶ月なら銀貨二十一枚だが、こっちの一ヶ月が何日なのか分からないため金貨を一枚取り出してカウンターに置く。


「……旅行者かなんかに見えたけど……収穫明けかなんかかい?」


 金貨と俺の顔を見比べて驚く女主人。


 さっきもそれ言われたな。やっぱりこの村人ルックがいけないのか? ……でも防具も武器も高いからなー。次元断層が下手な防具よりいい仕事するから防具を買う気が起きない。


 つまり全部部下の人が悪い。有能なスキルをほんとにありがとう。


「いえ冒険者でして」


「はぁー、あんたその格好(なり)で冒険者かい!? 無手に防具も無いようだけど?」


 驚いた顔を見せつつも、カウンターからお釣りを取り出してくれる女主人。どうやら契約成立らしい。


「ああ、自分は薬草専門でして」


「……専門、……薬草の?」


「はい」


 首を傾げつつもお釣りが返ってくる。銀貨八十枚。あれ? 一ヶ月二十九日? 半端だな異世界。


「ああ、朝飯が既にないからね。残りは切りよくサービスしとくよ。二階の角部屋だ」


 疑問が顔に出てたのか、女主人が笑顔で鍵を渡しながら答えてくれる。


 サービスとか嬉しい。もしかして俺に気があるんだろうか? 夜は鍵を掛けないようにするべきか?


「カディネラだ、カディさんかウィネルさんでいいよ。一ヶ月も居るなら見飽きるだろうけど、こんな美人が毎日見れることに感謝しな。ただ、旦那がいるからね、口説いても無駄だよ?」


 ついでとばかりに伸ばされてきた手を掴みハンドシェイク。既婚者でしたか。


「あ、ヤマナカ サトシです。よろしくお願いしますカディさん(年下)」


 言われた通りに呼んだのに変な顔された。いや待てよ。よく見る顔だ…………もしかして異世界流、歓迎の印的な、わけないよね、はい。


 多分名前がおかしかったのだろう。異世界っぽくない。


 深く突っ込まれる前に適当に会釈して二階へ。角部屋って嬉しい。隣人トラブルの危険が二分の一になるからね。


 鍵を突っ込んで捻る。部屋はベッドと簡単なテーブルがあるだけの六畳ぐらいの部屋だった。


 ベッドにダイブして天井を見上げる。


 知らん天井だわ。


 見知らぬ部屋に入る時の儀式も終わり、今日はこれからどうするか考える。


 んー、いつもなら、体を満たす疲労を感じつつ、意識が飛ぶまで全開で重力に負け続けるのが休日の在り方だが。異世界に来てから調子が良すぎるこの体。一度死んで生き返ったから耐性でもできたんだろうか。部下の人の気の利かせ方が半端ない。そんな人の元で働いてみたかった。


 休みにちゃんと休むのも社会人の条件だと思うのだが……大して動いてないので、お目々ぱっちり。


 おい、どうするよ?


 こうしよう。


 寝転んだばかりだが早々にベッドから起き上がり部屋を出て行く。鍵をちゃんと掛けて一階へ。


「カディさん、少し出掛けてきます」


「あいよ! ……って、あんたかい。別に文句はないけどさ、夕食は閉門の鐘が鳴ってから三時間内にしかやってないからね。昼飯なら別料金になるけど、うちで食べれるよ?」


 どうやら遅い昼食だと思われたらしい。確かに食べてないのでそれもある。


 それもあるが。


「カディさん、ここら辺で武器や防具を売っているとこって分かります?」


 TPOって大事。学生の間は制服あったけど、社会人になったらスーツなんだよ。私服で面接に行こうもんならどんなに能力があろうが落とされるのが社会。間違ってノーネクタイで行っちゃった時に咄嗟に「クールビズです」って言っちゃってお祈りされたのも、今となってはいい思い出さ……。


「ああ、装備買いに行くのかい。そうだねー……安いのならエイクのとこがいいけど、しっかりした物を買いたいならザッグっていうドワーフがやってる鍛冶屋が……」


 懇切丁寧に教えてくれるカディさんの道案内を頭に叩きこんで、軽く御礼を述べつつ宿屋を後にする。


 前の街より通りは賑わっていて活気があった。


 出店の数も雑多だ。思わず串焼き屋を探してしまうぜ。


 いざ、トルーカの街探索へ!


 ふふふ、始まってしまうぜ冒険の一ページ目が!


 俺は誘われるように足を踏み出した。


 迷いました。


 おかしいな。ちょっと寄り道しただけなのに……多分こっちの道を斜めに突っ切って次の道を道なりに歩けば合流するはずなんだが、はて?


 こうなってくると現在地は勿論、自分が何をしたかったのかもあやふやになってしまう。


 いかん。目的の確認だ。


「俺はザッグというドワーフがやってる鍛冶屋に向かっている。武器と防具を身に付けて冒険者らしくするため、俺は……」


「おっちゃん、鍛冶屋に行きてーの?」


 ブツブツと目的の再確認をしていたら、やたら下の方からお声掛けだ。


 視線を下に下げると、ボロボロの服を着た七、八歳ぐらいの黒髪の男の子がこちらを見上げていた。


 おいおい、ブツブツ喋っている人に話し掛けたりしたら駄目だぞ? 親に言われたりしなかったのかな? 俺は服や家電を買う時にこの技で店員を回避し続けた実績がある男だから大丈夫だが、頭がおかしいオッサンだったらどうする気だったんだ全く。


「まあね。ザッグっていうドワーフがやってる鍛冶屋さんらしいんだけど」


 答えないのもあれなので呟いていた情報を少年に伝えると、少年はニッコリ笑った。


 あ、呟いていたのがおかしいとか思われたのかな? 違う違う。日常的にツイートが蔓延している世界から来たから変に見えただけで普通だから。


「俺、知ってるよ! 案内したら駄賃くれるかい?」


 おっと。どうやらビジネスチャンスに笑顔を浮かべていたらしい。働き者が多いな異世界。ならしょうがないね。ほんとは道なんて分かるけど、子供に御駄賃を上げる理由付けのために、道案内を頼もうかね?


 ポケットに手を突っ込んでアイテムボックス。


 銅貨を五枚ほど喚びだし少年に手渡しだ。


 少年は俺が手を突き出すと、条件反射のように手を皿のように前に出してきた。


 ほいよ。


「……え。あ、……な……」


 手の中の硬貨を目を見開いて見つめる少年。視線が俺と硬貨をいったりきたり。口がパクパク。


 ふふ、少ないことに驚いているな? 俺の異世界生活ももう一ヶ月近い。もはや異世界初心者を脱しつつある俺はちゃんと分かっている。ハンナちゃんがチップを知らなかったのに銅貨を普通に受け取っていたということは、恐らく洗濯や掃除の適性価格だったためだと思われる。


 つまり情報は五枚、一仕事は十枚の銅貨が掛かると予測される。


 道案内は銅貨十枚が妥当だろう。俺の推論を後押しするように驚いている少年の顔が物語っている。


 じゃあなんで五枚かって?


 前金だ! こういう仕事の場合は全額渡さない方がいいって、ハンナちゃんも…………言ってたような言わなかったような……?


 まあいい。多分大体合ってる。


 未だに手の中の銅貨を疑っているのか呆けている少年にご説明。


「それは前金だ。残り半分はちゃんと鍛冶屋に着いたら渡そう」


「ま、まえ? え、な、お、おっちゃ……」


「さあ、案内を頼む。さあさあ」


 む、駄目だぞ少年。仕事ってのは基本は成功報酬だ。交渉は受け付けん。


 グイグイと背中を押す少年が慌てた声を上げる。


「ぎゃ、逆だよ! 逆、逆! ドワーフの鍛冶屋はおっちゃんが来た道の方だよ」


 あ、さいで。


 少年が軽く息を吐き出すと、今、俺が歩いてきた道の方に向かって歩き出す。


 どうやら道案内しなきゃ報酬を貰えないと理解したらしい。


 俺は少年に付いていった。


 あっという間に鍛冶屋についた。徒歩十分。


「ここだよ、おっちゃん」


 ここか……。


 カーンカーンという金属音が微かに響いている。どうやら工房一体型のお店のようだ。お店に掲げている看板にはハンマーを×と交差した絵が描かれている。


 てっきり剣と盾だと思ってしまっていたが、最近のゲームやらないからな……ジェネレーションギャップ。


 どうやら武器防具屋の看板は、この世界じゃ、こうらしい。


 さてお店についたからには成功報酬だな。ポケットから硬貨を取り出す振りをしつつ、手の中に喚びだした硬貨を少年に渡し、ポンと軽く頭に手を置く。


「ありがとな」


「あ、え? ほ、ほんと貰うけど……返したりしねーよ?」


 え、いや、そりゃそうだろ?


 微妙にキョドっている少年を店の前に置いて、俺はドワーフの鍛冶屋に足を踏み入れた。


「……すみませーん、ごめんくださーい」


 店先には誰もいなかった。


 ちょっとホッとしつつも、これじゃ何も買えない。小声でお声掛けだ。それにしてもドワーフか。今更ながらに緊張してきた。ドワーフ、エルフといえば異世界人種として直ぐに思い浮かぶメジャーどこ。来てしまうか異世界。ハローワールド。略してハロワ。やだ、得意分野じゃん?


 しかし一向に姿を表さない店主。鳴り止まない金属音。


 一見した店先も雑多で剥き出しな印象だ。もっと武器や防具に溢れているかと思えば、狭い上にカウンターしかない。まあでも店番を置いてないことを考えればそれも分かる。商品盗まれちゃうしね。


「それじゃ聞こえないよ」


 オロオロとする俺に下の方からお声掛けだ。さっきの少年が溜め息を吐き出しつつ諦め顔でこっちを見ていた。


 異世界的尊敬の眼差しじゃないか。なんてことだ、モンスターだけでなく人間にも広まっていたんだね。…………広まっていたんだね?


「おーい客だぞ! 誰かいないのー!」


 手をメガホン代わりに口に当てて、大声を出しながら奥にズカズカと入っていく少年。いかん。店員がいなけりゃいる時を見計らって再来店するのが小心者。ばっかお前、カウンターの向こうはスタッフオンリーだって! このままじゃ何故か俺が警察のご厄介になる展開。


 そうはさせじと少年を引き戻そうと手を伸ばしたところ、ぬっと奥から少年より少し低い人影が姿を表す。


 きたな異世界。きちゃだめ警官。


 あまりのインパクトに少年を捕まえようとしていた手が止まる。ドワーフだ。おおうマジか。ゲーム製作者って異世界出身なんじゃね? ってぐらい再現度が高い。


 俺の腰丈ぐらいの身長の筋骨隆々の髭オヤジが、ハンマー片手に店の奥から出てきた。


「なんだ。スラムのガキが何のようだ? てめぇにくれてやる仕事なんかねぇぞ。物乞いは他当たれ」


「分かってる……ってか、店にまで上がりこんだりしねーよ。ほら、用があんのはあっちのおっちゃんだよ。客だよ客」


「あん? 客だぁ〜?」


 少年の方が身長が高かったために見えてなかった背後を、覗きこむように横からこちらを見るドワーフ。


 どうも東洋人です。


「随分ヒョロいのが来たな。で、なんだ? 素材の買取か製作依頼か、装備のチェックに修理……早くいいやがれ!」


 声が出てるな。たぶん職場の騒音のため、そうせざるを得なかったんだろう、たぶん。そう、きっと怒ってはいないさ。


「あ、あの装備一式欲しいんですが」


「あ〜、一式だぁ?」


 そう言った後、睨むように俺に一瞥をくれると、ドワーフは何も言わずに奥に戻っていった。


 うん。もうあれだ。はっきり言うよ。


 こ、怖い。


 あんな小さい体なのに圧迫感は頬に傷のある人たちレベルにある。場違い感が半端ない。安物の財布買いに高級ブティックに来ちゃった感ある。帰りたい。少年がこっち見てなかったら床に膝ついて顔を押し当てて、あ、床が冷たくて気持ちいいな……って現実逃避に走ってたよ。人の目ってすげー。


 しかし少年は何もかも見透かした表情でポンポンと肘あたりを優しく叩いてくる。止めて。今そういう優しさいらねーから、涙出ちゃうから。


「おっちゃんドワーフ見たの初めてだろ? あの連中っていつもあんな感じなんだ。別に怒ってるわけじゃないよ、あんな感じでいつもパンの端っことかくれるからさ」


 マジで? あれでオコじゃねーなら……オコの時は気を失っちまうじゃねーか……益々つき合いたくなくなったわ。


 これは門前払いになったと解釈して帰ろうかなと思った時に、ガシャガシャという音と共に、両手いっぱいの武器を抱きかかえて先程のドワーフが再登場。


 殺される!?


 次元断層発動。


 もはや条件反射の域に達しつつある速度でスキルが発動。常に隣に死があるとか。やるな異世界。やるせないなファンタジー。


 しかしドワーフは武器を俺に使うつもりはないらしく、カウンターの上に持っていた武器をバッと広げた。


「とりあえず武器からだ。てめぇみたいなんが扱うなら軽いのがいいだろ。要望があるなら聞くが?」


 おう、どうやら売ってくれるらしい。無意識に手頃なところにあった少年の頭をナデナデ。少年は微妙に不機嫌そうだ。お腹痛いのかな? 仲間だね。


「ちょっと持ち上げて振ってみろ」


「あ、はい」


 言われたら従うがサラリーマン。とりあえずザッと武器を眺める。あれ? ねぇ、さっきのハンマーが混じってるよ。これ武器だったの? てっきり仕事を中断して表れたからハンマー持ちっぱなしなんだと思ってたんだが、もしかしなくても撃退用でしたか。そうですか。非常口はどこだ?


 今の俺の気持ちとシンクロしているマークを探すが見つからない。これでモタモタしていたのが悪かった。タシタシと足でビートを刻んでいたドワーフがシャウト。アーティストの方でしたか。


「はやくしねぇかっ!」


「は、はい!」


 なんでもいいやと両刃の幅広の剣を片手に取り、ビュンビュンと振り回す。これが一番デカかったので目立つとこにあった。


「な……」


「……え?」


 なんだどした? ドワーフも少年も口をOの字に開いている。これも異世界流の剣の見方なんだろうか。いや、ビックリしてんだよね。さーせん。なんせ生まれてこのかた剣なんて振ったことねーから。しかし軽いな。これも異世界の金属だからか? 地味なところもファンタジー。


 ドワーフの方が一瞬早く正気を取り戻したのか、開いていた口を閉じると、またもや奥に引っ込んでいく。


 これはどうなの? オコなの? と少年判定を期待して少年に目を向けると、少年は口を閉じたり開いたり閉じたり開いたりパクパク。お前それ癖なのか?


「お、おっちゃん……おっちゃんって……」


 はい、おっちゃんです。


 少年の言葉の続きを根気よく待っていると、今度はガラガラガラという音と共にドワーフが台車を押して表れる。


 分かってたって。順番的に防具でしょ。


 そんな俺の予想に反して台車の上に乗っていたのは、またもや剣。


 しかもデカい。俺の身長ほどありそうな長さの黒い刀身に、何を想定して作ったの? って幅の、刃の上の方が三角になっている……。


 あれだ、大剣だ。困ったな。モーション大きくて初心者お断り系じゃん。ていうか持ったら潰れるわ。


「おい、振ってみろ」


 無茶言うね。


 しかし言われたら以下略。さっきの教訓を生かして言われてすぐに反応。右手でまだ剣を持っていたので左手で、どう見ても両手持ち用にこしらえた柄を掴む。


 おっ、意外と軽い。異世界すげー。


 この治金技術があったら現代で億万長者になれるんじゃね? その時は下請けをやらせて貰えないだろうか。


「おっちゃん……おっちゃんってさ、さっき頭撫でられた時も思ったけど、結構力あるなー……」


 将来の展望を広げていたら少年がボーっとした表情で話し掛けてきた。


 そりゃ、いくらなんでも子供に比べたらなー。中学生レベルで危うく、高校生レベルで逃げ出す、とだけ言っておこう。


「重くねーか? 取り回しは? 握りはどうだ?」


「あ、はい。大丈夫です」


 ……やっちまった。大丈夫と聞かれたら大丈夫だろうがなかろうが大丈夫と答えるのが小心者、大丈夫? 正直、何を言っていたのか……あ、重たくなーい? は分かったよ。


 ウンウンと頷くドワーフがハタと今気づいたとばかりに顔を上げてくる。


「てめぇ、予算は?」


 最初に聞くことなんじゃなかろうか?


 しかし俺とて学ぶ。いや賢。ドワーフってこういう種族なんだよ。武器第一の職人気質っていうかね。


「出来れば金貨一枚以内にお願いしたいんですが……」


 ドワーフのお店の内装からここはオートクチュールと見た。金掛かる系。ほんとなら銀貨十枚ぐらいで抑えたかったが、今更買わないとは言えないのが小心者。貯金を崩すよ。


「むう、金貨一枚か」


 途端に渋い顔になるドワーフ。足りない系だ。というか大剣買う方向に行ってない? その一番短い剣と皮装備でいいんだが。


「あの……」


「その剣は趣味で作ったもんだ。ずっと埃かぶって置いといたもんだ」


 売れ残りの趣味品かよ。商売うめーなドワーフ。


「値段をつけたら金貨十枚は下んねぇ」


 磨いて返そう。オッサンには過ぎたる品だよ。十枚様でしたか。


「でもオレはそれをてめぇに使わせてぇ」


 どうなってんの異世界。客の買い物を店側が決めるときた。




 むむむと唸るドワーフ。逃げ出したい俺。ボーっと突っ立っている少年。


 そこでまたもやドワーフがハタと今気づいたとばかりに顔を向けてくる。


「そういやてめぇ、職は?」


 普段なら薬草取りと答えるとこだが、ここで聞かれているのはそうじゃないだろう。


「冒険者をやってます」


 眼鏡を掛けてたらクイっと持ち上げているところだ。高校生になって伊達でイナセなこんちくしょうを掛けていたら女子にオタクと思われていたらしく、それ以来、棚の奥深くに封印してしまったのが悔やまれる。


 しかしどうやら望み通りの返答ではなかったらしく、ドワーフは溜め息を吐き出して呆れ顔だ。


「そんなんブンブン振り回せる奴が冒険者に見えねぇわけねーだろ! 前衛後衛を聞いてんだ! 主武器は剣か斧か槌か?」


 ……え、俺、この大剣を持ってたら冒険者に見えんの? ……そうかー。


 見つけちまったよTPO。跳ぶぜ清水。


「おい! 聞いてんのか!?」


「え、はい。あ、ああ、ポジションですね。えーと、ま、魔法使いを少々」


 大剣を買うことに決めたが、今はドワーフをオコにしないということの方が重要なので質問に答える。なにせ職人気質。不機嫌にしたら売ってくれなくなることもある。


 だから真実をお答え。


 こちとら五年も前から魔法使い。生まれてずっとピュアなプア。どうだ、まいったか。ばか、泣いてねーよ、心の汗だ。


「…………あぁ?」


「お、おっちゃん、魔法使いなの?」


 ジョブ的なものを告げたところ、ドワーフに少年も呆れ顔だ。まあ確かに。その歳で未だにかよ!? と思われるかもしれない。


 ここは童…純真喰いと言われるお姉様方狙いではないことの証明の為に魔法だ。


 ほいフェアリーライト(炎球)。


 突然俺の前に浮かんだ火の玉に、驚く少年。


 この魔法は得意だ。深夜の明かりに丁度いいからね、長時間維持できるよ。


「おいてめぇ! 店の中で魔法なんか使うんじねぇ! 殺さてぇのか!」


「すいません」


 フェアリーライトを消して最敬礼。四十五度のお辞儀だ。オコ一歩手前といったところか……十分見えないレベル。


「…………おっちゃん……」


 なんかさっきから恥ずかしいところばかり見られているせいか、少年のその呟きには色々な感情が込められている気がした。


 気のせいだね。


「しかし、冒険者、冒険者なら……よし、決めたぞ!」


 バンっとカウンターを叩くドワーフ。ビクッとなる俺。こ、殺すの? オコなの?


「足りない分は依頼で補いやがれっ! 今やってる仕事で、どうしても必要なもんがある。てめぇ、それ取ってこい」


 あ、ああ、なんだ。仕事の発注でしたか。そうか、冒険者ってこんな感じで個人から依頼を受けたりすることもあんだね。しかし俺ときたら薬草専門なんだが……討伐は無理。雑用か採集なら考える方向で。


「ちょっと遺跡(ダンジョン)潜って鉱石取ってこい」


 鉱石、となると採集か。遺跡(いせき)ってことは、無人だろうし、ここら辺のモンスター出現率考えたら簡単かも……。正直、灰色犬がいた森以外で薬草ってなかなか無いんだよね。あってもまだ大きくないから見逃したり……仕事のペースが落ちていることからお金は大事にいきたい。金貨九枚なら薬草九千本。薬草このやろうレベル。


「引き受けます」


「そうこなきゃよ!」


 店に入ってから初めて笑顔を浮かべたドワーフと、俺は固く握手を交わした。



誤訳……とまでは言えないでしょう


翻訳機能は十分に役割を果たしています







というわけで、次話。


社畜さん、ダンジョンへ



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