死ぬということ
思いつきのまま進めて生きます。
えー、死んでしまいました。
死因は、過労死だと思います。
ある日突然ポックリです。ビックリです。健康だと思っていたので、急に力が抜けてフラァと来たときは「立ち眩み?」とか考えていたのですが、真っ暗な視界が急に開けて魂がフワァと抜けた時は「ふわぁっ!?」とか声が出たよ。聞こえなかったみたいだけどね。
驚き過ぎて茫然としてたら上の方から光が降ってきて、眩しさに一瞬目を閉じて開くと、なんか行列の最後尾にいつの間にか並んでいたよ。
なんだこりゃ。だよね? 死んでからここまでが流れるようにスムーズ。
で、どうしたものかと思う間もなく、ポンと音を立てて俺の隣にスーツ姿のお姉さんが召喚された。
赤い瞳に黄金の髪を纏めてお団子にした美人さんだ。
視線が合うとニコッと微笑まれた。もしかして俺のこと好きなのかな?
俺も微笑みを返すとお姉さんはカルテのようなモノを取り出して質問してきた。キャッチかな? アンケートとか言い出しそう。
「はーい、じゃあお名前からよろしいですかー?」
「あ、はい。えーと、山中 賢です」
「出身は日本ですよね?」
「はい」
「今現在のご自分の置かれている状況については、把握されていますか?」
「いや、ちょっと……」
わかる方が凄いと思うんだ。
「あー、ですよねー。把握しているって言う人なんて殆どいませんもん」
お姉さんは、カルテに何か書き込んでいたペンの尻をコメカミに当てて、極普通の調子で、こう言った。
「あなたは先ほど死にました。今までの人生お疲れ様です」
そんな随分と突拍子もないよう発言を受け止めろと?
受け止めた。
「ふざけるなっ!」
だからこの怒鳴り声は俺じゃないよ?
声に釣られて、ふと後ろを振り返ると、いつの間にか行列が延びていた。俺が最後尾じゃなくなってる。
そしてすぐ後ろに並んでいた中年のオヤジが、その隣でカルテを持って何やらを書き込んでいる銀髪ストレートのお姉さんに怒鳴っていた。
クレーマーだ。間違いない。
しかし銀髪のお姉さんは慣れているのか、変わらず笑みを浮かべている。
プロだ。間違いない。
中年のオヤジは顔を赤くしながら怒鳴り続けているが、銀髪のお姉さんはこれを柳に風と流している。
少し注目を浴びだしたところで、中年のオヤジが「不愉快だ! 帰らせてもらう!」と告げる。まぁ、帰りたい気持ちもわかる。だって中年のオヤジは真っ裸にタオル一枚だもん。
……はっ!?
慌てて自分の格好を確認。良かった。長袖のTシャツにジャージの下という、いつもの部屋着だった。
俺が服装を確認してホッと息をついている間に帰ったのではと思ったのだが、顔を上げると、中年のオヤジは元の場所から足に根を生やしたかのごとく動いていなかった。不愉快だ、はやく帰れ。
「むむ。なんだこれは? どうなってる!?」
オヤジの焦った声が飛ぶ中、隣の銀髪のお姉さんは淡々と話している。というか、ずっと話し続けていた。
「以上で、説明は終わりです。質問は受け付けませんので。それでは、良い生を」
「おいっ! 聞いているのか!? 体が動かんのだ!? 医者を呼べ! 金なら払う! おい!?」
オヤジの嘆きも無視して、銀髪のお姉さんはポンと消えてしまう。
「あの〜、そろそろいいでしょうか?」
「え? あ、ああ、はい。すいません、つい」
「いえいえ。後ろで騒がれちゃ、見ちゃいますよねー」
「ええ。なんというかビックリしたというか」
「あー、まぁお気持ちは分かります」
「そう言って頂けると、ありがとうございます」
「いえいえ。それで、現状の把握はよろしいでしょうか?」
「ああ、はい。俺って死んだんですよね?」
そう返すと、金髪のお姉さんは目をパチパチさせた。
なんでそんなリアクション?
「……あのー」
「え、ああ! すいません。飲み込みの速い方って初めてで。……ビックリしちゃって」
そうか。てっきり俺に見惚れてるのかと。いや、まだ照れ隠しで誤魔化している線もある。
話が脱線しかけているのを、仕切り直すようにお姉さんが続ける。
「えーと、んんっ……なんだっけ?」
おいおい。
「状況はオッケー、だから……そう、こちらの列の先が見えますでしょうか?」
再び笑顔を浮かべて行列の先を示すお姉さん。そういえば銀髪のお姉さんも笑顔を浮かべていたな。そういうルールなんだろうか? ……まさかぁ〜。ファーストフードじゃあるまいし、きっと好意を笑顔で照れ隠しの線だろう。うん。
「あちらにある建物が転生斡旋所になります」
ああ、見たことあるな。二十代の時にやってる仕事を変えたくてよく通ったよ。無職の味方、ニートの敵な。
「あそこの黄泉の門を抜けてカウンターに進んでください。あとは係の者があなたの今生の清算と転生先を指示してくれるので、それに従うだけです」
黄泉の門って、ガラス張りの両開きの扉かな? 開けっ放しにしてあるやつ。現世にいっぱいあると思う。ていうか投げやりだな。文句言わず進め感がすげーある。
まぁ、さっきから足を動かしてないのに段々建物が近づいてきてんだけどね。すげー便利。
「以上で、説明は終わりです。質問は受け付けませんので。それでは、良い生を」
「ああ。ありがとう」
軽く頭を下げたら、ビクッとされたあとマジマジと見つめられてしまった。てっきりすぐにポンっとするのかと思ったけど。告白かな? どんとこい。
「ど、どういたしまして」
頭を下げ返したあと、ポンっと消える金髪のお姉さん。照れてんのかな? 照れ隠しだな。
俺がうんうん頷いていると、いつの間にやら建物の中に。
全自動で進む景色は、どうやらここまでのようで。ここからは徒歩。
しかしこちらも自分の意図しないところで勝手に動く。
あ、足が、勝手に……!?
というやつだ。大体合ってる。
無数に並ぶカウンターの一つに到着。受付は外人さん。スーツ姿の男性。
白い肌に蒼い瞳のイケメンだ。爆発してほしいレベル。
「はい、えーと。山中 賢様。三十五歳。日本人。男性。間違いありませんね?」
しかも日本語ペラペラか。
「合ってます」
「生前の行いと、積み上げた徳を参照……ん? 特記付いてるな……」
ひたすらカタカタとキーボードを叩き続けるイケメン。しかしパソコンは見当たらず、青い半透明のスクリーンがイケメンの前で目まぐるしく移り変わる。
「ああ、君。ここじゃないね。なんでも転生先がややこしいパターンになってるっぽい。あっちだ」
え、なにそれ。本人の前で言っていいこと? ややこしいって何だよ。来世が動物とか虫とかじゃないよね?
しかし文句を言おうにもイケメンが指を振ると、またしても勝手に足が動きだす。
素晴らしいシステムだな。使える側なら。
仕方ないので、正に流されるままに歩く。なんとなしに周りを観察。
無数にあるカウンターには色んな人がいた。
笑顔を浮かべている老人、泣きじゃくっているオバサン、ムッツリと黙りこんでいる同年代、困惑している少年、怒鳴り散らしている中年オヤジ。
「何故わたしが地獄なんかに行かなければならんのだ!? お前じゃ話にならん! 責任者を呼べ!」
そうか。とうとう責任者コールまで入ったか。
少し気になったが俺の足は止まらなかったので、オヤジが訴えたかどうかまでは分からなかった。残念だ。
足は進む。奥へ奥へ。
やがて重厚な木の扉の前まで来た。ここら辺にカウンターはない。従業員専用っぽい通路を来たからね。
扉の前で足は止まり、ゆっくりと扉が開くと再び勝手に動きだした。
いやいや、至れり尽くせりだね、こりゃ。
扉の先には、ガラスのテーブルを挟んで一人掛けのソファーが一つずつ置いてあるだけの部屋だった。
その内の一つに腰掛けていた人物が立ち上がりもう一つのソファーを示す。
「どうぞどうぞ。まま、座って」
どうぞどうぞ、きた。圧倒的日本感。加えてその男の容姿も日本人のそれだった。
スーツ姿は共通しているが上着を脱いで立て掛けてある。でっぷりと腹を出し、黒縁の眼鏡を掛け、黒い髪の毛は少なくバーコード、ハンカチで汗を拭いている。
おっさんの容姿を確認しつつソファーに腰掛ける。おっさんも腰掛けると話しかけてきた。
「初めまして。わたしがここ、転生斡旋所の所長をしている、閻魔と申します。この度はお悔やみ申し上げます」
…………………………………………いや、待て早計だ。まだ決まったわけじゃない。勝負するには早い。待機がベター。
俺の頬を汗が伝う。おっさんは軽く笑いながら後頭部をカキカキ。
「はは。いやー、知ってるとは思いますが、わたしが"あの"閻魔大王でして……お恥ずかしい限りで、はい」
「いえ、知りません」
「え? いや」
「ちょっと世間知らずなところがありまして、すいません」
「い、いえいえ! こ、こちらこそ気を使わせてしまって!」
お互い頭をペコペコ下げあう。危なかった。イメージって大事。俺は何も聞いてない。
「えー、ごほん。それでは早速本題で申し訳ないのですが……よろしいですか?」
「はい、お願いします」
むしろ本題がいいです。
「結構。それではご説明を」
閻魔さんがパチンと指を鳴らすと、ガラスのテーブルの中から先ほどカウンターでイケメンが扱っていたような青いスクリーンが浮かび上がってきた。先ほどは何が書いてあるかサッパリだったのに、今度のは読める。個別に認識してんのか? 機密保持とかに便利。
えー、なにナニ? 異世界の歩き方……ん?
色々な疑問に首を傾げた俺に、閻魔さんが説明を始める。
「えー、すみませんが、山中さんにはこのまま異世界に転生してもらうことになりました。今はない肉体を新たに与え、記憶の洗浄措置を行わず現代知識を持ったままの転生になります。まぁ、いわば人生の続きを異世界でということですね」
いや、そこじゃない。この題材について聞きたかった。おお、なんだこの『異世界の歩き方』。流して読んでるだけなのにバッチリ記憶できる。受験必須。
「これは普通と違う措置に見えるんですが?」
色々驚き過ぎて心臓が止まるわ。死んでて良かった。
とりあえず話に乗った俺に、閻魔さんが丁寧に答えてくれる。
「そうですね。普通だったら人生の徳と業を清算した魂は、記憶の洗浄をされ新しい生に向かって輪廻の流れに乗ります。いわゆる"生まれ変わり"と言われるものです」
ふむふむ。
「しかし如何ともし難い事情から、今回、六人分の魂を異世界に送り出さねばならなくなってしまい」
なるほど。そこで、心が清らかで身を粉にして人の世のために働いた逞しさ極まる魂がいるわけですな?
「厳選なる抽選の結果、あなたがその一人に選ばれたわけでして」
抽選? なるほど。大体合ってたな。細部は違うかもしれんが本筋は同じだな。ああ同じだ。
「まぁ、ぶっちゃけクジですけどね」
狗爾? 専門用語はちょっと。
「というわけで異世界に行ってもらいます。そこで、参考資料を加味した上で、システムはゲームのような形をとりました。まぁ、最近のはよく分からなかったので部下に任せましたが……」
なんで旗たてた?
「それで……後は、ああ、チート? チート選択をしてもらって、手続きは終了になります」
ああ、なんかそういう小説読んだことあるなぁ。さわりだけ。
「あの」
「はい?」
何故か指パッチンでスクリーンを出せるのに紙束を用意し始めた閻魔さんに、結構重要な事を告げた。
「俺、ゲームあんまりしないんですけど」
人選ミスだろ。せめて背景とか読めよ。
一瞬、ほんとに刹那の合間、閻魔さんが動きを止めたが、夢か幻だったといわんばかりにガラステーブルの上に各用紙をスムーズに広げ終え、笑顔で指し示してきた。
断るのは無理そうです。
「さあ、選んでください。どれも抜群のチートになっています。右から、攻撃系、成長系、防御系、回復系になってます。オススメは、あ〜、か、回復系、ですね」
カンペは隠そう。もしくは部下の人呼んでほしい。
このニコニコしているおっさんに説明を聞いてもダメそうなので、一つ一つ読んでいく。オススメは回復だそうだ。
んー。経験値三倍ってのがありがちだけど良さそうだな。しかし何故か経験値二倍っていうのもある。なにこれ。完全に下位互換じゃねぇか。だが、そうなると経験値三倍も何かあるのではと考えてしまう人間不信。あとは回復魔法Lv Mとか自己再生とかか。う、うーん。マジで何を選べばいいか分からん? 素直に回復系にしとくか?
時間制限を設けられたわけじゃないが、目の前で待たせてると思うと焦る小心者。えーと、えーと、えーと。
パラパラと流すように眺めていると防御系にある空間自在Lv1に目が止まった。防御系なのに空間自在とはこれいかに。
「お決まりになりましたか?」
「え、あ、じゃ、じゃあこれを、おっ、願いします」
焦ってたからつい手に持ってた紙を差し出す。やっちゃった感。
しかし訂正する間もなく、またもや閻魔さんは指をパチンと鳴らす。すると俺が手にした紙以外が一瞬で燃え上がる。屋内だよ!?
展開についていけない俺に、閻魔さんは笑顔で畳み掛けてくる。お役所仕事ですね、ええ。
「これで手続きは終了です。お疲れ様です。あなたの新しい生活が上手くいくよう祈っております」
それダメな方な。
「それでは、良い生を」
俺が何かいう前に再び閻魔さんが指をパチン。それ気にいってんの?
そして、パッと景色が切り替わった。




