表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/5

スタート

ミーティングはあのあと、大会の連絡をされて終わった。

種目がどうとか、お金がどうとか、あと、大会役員の分担とか。そんな連絡が10分くらい続いて、最後に俺は今週の休日練からできたら来るように言われて解散になった。


今日は部活も休みの日だ。大会案内のプリントを手に、俺は1人多目的教室をあとにする。



瀬尾せおー。」



呼ばれて後ろを振り向くと、俺の方へ向かってきていたのは九条くじょう先輩だった。


先輩は俺の隣まで来て、一緒に歩き出す。背はたぶん俺の方が高い。



「九条先輩。」

「苗字じゃなくていいよ。普通に冬麻とうまって呼べよ。苗字なんて部内じゃ誰にも呼ばれないからすげぇ違和感。」



何気ない一言だったけど、その一言が俺を部員だともう認めてもらってる気がして、少し嬉しかった。



「じゃあ、冬麻先輩‥。」

「よし。」



普段あまり人のことを名前で呼んだりしないから、少し違和感がある。ましてや先輩だ。



「うちの部、俺と梓先輩はみんな名前呼びだから。別に強制しないけど、苗字だとたまーに誰? ってなるよ。それ以外はまぁ‥ばらばらだから好きに呼べばいいけど。あ、内野先輩は姫先輩だな。あとつよしはゴリ。」

「さすがに姫先輩は呼べないですよ。」

「なんでだよ? 」

「なんか‥本人あんまり気に入ってない、みたいなの初日に聞いたんで‥。」

「あー。知ってるよ。でも姫先輩って呼べば返事してくれるし、別にそこまでじゃないと思うけど。」

「そーなんすか‥。」



だとしても姫先輩は呼べない。なんとなく気恥ずかしいし。



「まぁ、あんまり気にすることじゃねーけど。あ、俺も葉祐って呼ぶけどいいよな。」

「あ、大丈夫です。みんな名前で呼ぶんで。」



相変わらずの淡々とした口調だけど、冬麻先輩は思ったよりずっと気さくだった。

雰囲気とかが凄く話しやすい。

男の先輩相手にこんなこと思うのちょっとどうかと思うけど、相性ってか、テンションが合っていた。鳥羽以上に一緒にいて楽だ。



「てか先輩方、なんでここ1週間来なかったんですか? 」

「あー。俺は体育祭の実行委員だから、その顔合わせと準備競技もろもろの大筋考えなきゃで1週間委員会。ゴリは生徒会の手伝いで新入生歓迎会の準備。林は春課題テストの追試。梓先輩も俺と同じで実行委員。こんなとこだな。」

「あぁ。この学校体育祭早いですもんね。」

「本当はやる予定なかったんだけどさ。梓先輩が実行委員推薦されて断れなかったって言ってたから。一緒にやろうかなって。」



仲良いな。部の先輩いるから一緒にやるとか。



「冬麻ちゃんは、梓先輩が大好きだからでしょーっ! 」

「うわっ! 」



急に後ろから肩を組まれる。俺と冬麻先輩の間に見えた明るい茶髪。


高田先輩だった。



「やめてくれますか、高田先輩。」



俺と違って微動だにしなかった冬麻先輩が、高田先輩の左腕をさりげなく外す。俺もそれに習って高田先輩の右腕を自分の肩からそっとはずした。



「なんで俺は名前で呼んでくれないわけ? 」



俺と冬麻先輩の間に入った高田先輩は、不満そうな顔と声で冬麻先輩に話しかける。



「先輩が俺のこと冬麻ちゃんって呼ばなくなったら考えます。」

「なんでだよ! 梓が呼んでも何も言わねーじゃんお前。」

「梓先輩が考えたんですから。」

「本当好きだよね。あずのこと。」

「好きですよ。超可愛いじゃないですか。」



ん?



「え、冬麻先輩、梓先輩のこと好きなんですか。」

「そうだけど。」



え、好きな人ってこんな簡単にわかるもんだっけ。てかこんなに公言するもんだっけ。



「そんなおおっぴらにするもんですか‥? 」

「いや、逆になんで好きになんないわけ? 超可愛いじゃん。葉祐はまだ知らないだろうけど、性格もめちゃくちゃ可愛いからね? 優しいし。天使だよ。」



こんなにキャラ崩壊する人を俺は知らない。淡々とした口調はどこに行ったのか。熱弁だった。



「冬麻、葉祐くん怖がってるから。」



高田先輩が言って、(たぶん)ようやく我に帰った冬麻先輩。



「こいつ、あずのことになると人変わるの。ファンがアイドル思うのと同じ感じ? 的な? まぁ、あずのこと大好きなんだよね。」



冬麻先輩の肩を今度はがっちり組んだ高田先輩が、俺に向かって言ってくる。

冬麻先輩は、やめてくださいと言いながら腕をほどこうともがく。その口調は少し前と同じく淡々としていた。


梓先輩のことになると性格が変わるのはさておき、最初にあった怖いという印象はとっくに払拭されていた。



「高田先輩、何か用があって来たんじゃないですか? 」



ようやく高田先輩の腕をほどけた冬麻先輩が、少し距離をとって高田先輩に聞く。



「あ、そうそう。葉祐くんに連絡ね。」

「俺ですか? 」

「そうだよー。今週の休日練から来て欲しいって話したんだけど、休日の練習場所は基本陸上競技場なんだよね。場所わかる? 」



陸上競技場。

そんなとこあったなぁ、というのが率直な感想だ。


小学校高学年の頃、小学生の陸上大会の選手に選ばれて2回ほど行ったことがあった。

でももう4年も前の記憶だ。学校が用意してくれたバスで向かったって理由もあるけど、場所なんて覚えてない。普段から行く場所でもないし。



「や、わかんないですね。」

「そう。じゃあ、俺と一緒に行こう。黒山駅くろやまえきまで来れる? 」



黒山駅なら、家から2駅だった。



「あ、そこまでなら行けます。大丈夫です。」

「よかった。黒山駅から歩いて10分くらいなんだ。道も1本道だから1回行けば大丈夫だと思うし、一緒に行こう。」

「はい、よろしくお願いします。」



黒山駅までは2駅だが、黒山駅で降りたことはない。わりと大きな駅だった気がする。少し楽しみだった。



「あと、連絡先聞きたいんだけど。携帯もってる? 」

「あ、今もってないです。」

「だよねー。」



うちの学校は携帯に対するルールが厳しい。

授業中電源切るのは当然、休み時間でも電源は入れちゃいけない。つまり校内では原則使用禁止だ。休み時間に迎えの連絡とかで使ってるであろう人は見かけるものの、バッグの中や机の中でこっそり操作している。

そんなふうに、もってても使えないわけだから、わりと大人数がバッグの中に入れっぱなしにしている。



「じゃあ、番号教えてくれる? 」



女の子に連絡先貰う時もこんな風に貰うのかな、と感じさせるような、やけに手慣れた口調と手つきで高田先輩はブレザーの胸ポケットからメモ帳とペンを取り出した。



「あ、番号は‥」



俺が番号を言うと、歩きながら書いていく高田先輩は器用だ。

歩きながらなのにほとんど字がぶれない。やることなすことがいちいちスマートにきまるから、こういう何気ない動作でもかっこいいと思ってしまう。



「おっけー。ありがと。じゃあ登録しとくね。陸上部のグループあるからそこに入れるけど、いいよね? 」

「あ、お願いします。 」

「やってるよね? 無料会話アプリ。」

「やってます。」

「じゃあ、たぶん夜あたりやっとくと思うから、グループ招待されたら入っといて。業務連絡だけのグループだから、よろしくーとか無理して言わなくてもいいよ。」



新しいグループに入ると、いつも挨拶をするべきかしないべきか迷う。そういう場面も想定してさりげなく言ってくれる先輩は、やっぱりモテると思う。


男3人で話していると、1年生教室の前についた。俺が失礼しますと言うより先に、九条先輩に、



「葉祐、また明日練習でな。」



と言われた。俺が返事をすると、高田先輩も「またねー」と優しく笑って手を振ってくれる。


本格的な練習なまだだし、先輩方のうち2人と少し話しただけだ。けど、入ってよかったと、少し思った。



ーーーー



舐めてた。本当に。


ミーティング後最初の土曜日。俺は言われた通り、初めて休日練習に参加した。


相変わらず平日の練習は白雪先輩と高田先輩、たまに九条先輩と梓先輩が来るくらいだったが、休日練習では全員が揃っていた。


まだ4月だし、時間も午前9時を少し過ぎた頃だったが、照りつける日差しは暑い。今朝のニュースによると、今日は気温が例年より2度高いらしい。


小6以来、久しぶりに陸上競技場のフィールドに足を踏み入れる。

でも小6のときのことなんてほとんど覚えてないから、今日が初めて入るようで新鮮だ。


入口から入るとすぐに、鮮やかな緑色の地面が目に入る。

コンクリートのように見えるけど、コンクリートよりずっと柔らかい。ゴムみたいなかんじだ。

左側には幅跳び用の砂場が見える。俺達より早く来た、社会人らしき男の人2人が練習をしていた。奥にはテレビなんかでよく見る赤茶色のトラックが、太陽に照らされて眩しく見える。


これは今日初めて知ったことだけど、ここの陸上競技場の100mがよく見える観覧席の下には、コンクリートの通路が100mのレーンと平行に端から端まで1本引かれている。

その通路はまるで教室前の廊下と同じようなつくりで、いくつかの部屋の入口とつながっていた。行けるのは、トレーニングルームや小さい会議室のような部屋、救護室など様々だった。


通路は人が余裕ですれ違えるほどの広さで、通路とフィールドの間には低いコンクリートの壁ができている。その壁は俺の腰の高さくらいのカウンターのようなつくりになっており、そのカウンターの上に水筒やスパイクといった部員の道具を学校ごとにまとめて置くらしい。


白雪先輩の合図で、俺は高田先輩のエナメルの隣に自分のエナメルを置いて、学年ごとに横に並んでいる先輩方の後ろに1人立った。


この前は触れられなかった顧問の先生の紹介が入る。

入市先生、というらしいが、入学したばかりの俺は当然知らなかった。1年生の担任ですらようやく覚えたくらいなのに、入学式でたった1回だけ紹介があった3年生の歴史の先生など覚えているはずがない。


入市先生は30半ばくらいの女の先生で、喋り方は体育の先生のようにはきはきしている。

服装も今すぐ運動できるような格好だし、髪も短い。

中高はわりと強豪の陸上部に所属していたらしい。

入市先生の紹介が済み、先生から白雪先輩にバインダーが渡される。バインダーには今日の練習メニューが挟まっている。平日練習でもいつも目にしていたものだ。この先生が作っていたのか。


白雪先輩の「はじめるよ。」といった声かけで、練習が始まる。


まず、いきなりハードな練習をすると痛めるので、身体をならすための運動(アップというらしい)で1周400mの競技場トラックを2周。

日陰に入って準備体操。

『流し』という、普段の80%の力を出して走る練習を、100mのレーンを使って5本。

その後、『ダッシュ』という100%の力を出して走る練習を、同じく100m5本。


そこまではよかった。

暑さは気になるものの、まだ元気だった。


地獄はそこからだった。


100mのタイム計測3本。

そして、通称「4321(よんさんにいち)」と呼ばれる練習だった。


4321というのは、400m走って50mジョギング、300m走って50mジョギング‥と100mずつ走る距離を減らしてい、100mまで走ったら、5分休憩のあと、今度は200m走る‥と、間に50mのジョギングを入れながら走る距離を100mずつ増やしたり減らしたりしていく練習だ。


今日初めてやった。話だけ聞くと楽そうだと思ったが、これが予想以上にきつかった。


400から100までを1セット、100から400までを1セットとして、今日は4セットやる予定だった。が、2セット目で既に疲労困憊だった。


5分休憩に入っても、全く休まらない。

前半で行ったタイム計測の疲れも後を引いている。


トラックから少し離れた日陰に倒れ込むと、自分の身体が呼吸のためにいつも以上に上下しているのがわかった。



「へばったか? 」



寝転んでる俺の横で、壁に寄りかかって立っている高田先輩が聞いてきた。



「きついだろ。」

「‥予想以上です。」



目を開けているのも辛くて、半開きであろう目でぼんやりと高田先輩の姿を捉える。

声はいつもどおりだが、先輩も汗をかいたのかタオルで顔を拭いている。

どこか遠くを見つめながら、水筒の中身を何度か体内に入れていた。



「よし、終わりだ葉祐くん。行くぞ。」



高田先輩の合図。

聞きたくない。行きたくない。


ただでさえ自分の体温を上げてるのに、時間が経つにつれて気温も上がってきて。


太陽に嫌気すら感じる。


俺はその日、初めてスポーツをやって「いっそ倒れてしまいたい」と思った。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ