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入部届

キッチンでは、母さんの作る料理の音がする。

その音の脇で、俺はリビングであぐらをかき、目の前のテーブルの上にのった入部届とにらめっこをしている。


ガチャ、と玄関の鍵が開く音がした。

俺は反射的に、出入口である扉を見る。



「ただいまー‥あれ、葉祐の方が早かった。」

「おかえり。」



リビングの扉を開けたのは、姉の春花だった。


セミロングより少し長めの髪は、大学に入ってから毛先が少しだけくるっとまるまった。

綺麗だと言われていた黒髪も、今ではすっかり茶色だ。母さんは似合っていると言っていたけど、女の人のおしゃれがわからない俺にとってはただただ違和感しかない。


肩にトートバックを担ぎ、雑誌に載ってそうな服を着た、いかにも大学生、みたいな格好になった姉ちゃんに、母さんがキッチンから声をかける。



「春花おかえり。なんか春花宛の荷物届いてたよ? 」

「え、ほんと? 」

「そのテーブルの上の箱ね。葉祐の向かいにある。」

「ありがとー、なんだろー。」



姉ちゃんは俺の向かいに座り、軽そうな小包の蓋を開けている。あー、コンタクトかーなんて独り言つきだ。

コンタクトの箱を小包から取り出しテーブルの上に上げた時、俺がにらめっこしている紙に気付いた。



「入部届?葉祐、どっか入るの?」

「いや‥まだ決めてないんだけど、陸上部の人に渡されて‥。」

「えっ、陸上部!? 」



姉ちゃんは弾かれたように俺の顔を見た。



「えー、意外ー。葉祐は向上心ないから、絶対バスケと陸上はやらないと思ってたー。」

「面と向かって失礼だろ。」

「だってほんとのことじゃん。 」

「姉ちゃんもないだろ。」

「私は1番にはならなくてもいいけど、上の中を目指したいの。中の中でいいあんたよりは向上心あるよ。」

「どっちもどっちだろ。てかまだ入るって決めてねーし。」



姉ちゃんは俺の顔と入部届を交互にまじまじと見る。



「へー‥葉祐が陸上部‥。でもまぁ、いいんじゃない? 陸上。楽しいよ。あんた、足だけは人並みより速いし。しかも私の弟なんだから、それなりにいい記録出るんじゃない? 」



姉ちゃんはにやっと笑って、空になった小包を解体しながら母さんの手伝いをしにキッチンへ行った。


桜谷高校を3月に卒業した姉ちゃんは、陸上部の部長だった。


上の中を目指すという姉ちゃんはまさにそのとおりで、桜谷高校初のインターハイ出場選手になった。

結果は準決勝敗退だったけれど、インターハイに行き、スポーツ推薦も取れたはずなのに、あえて一般入試でこれまた国内で上位といえば一応上位の大学に現役合格した姉は、学内のヒーロー的存在となった(らしい)。


一方、勉強も運動もそこそこできるけど特出して出来るものもなく、全部平均より少し上程度の俺は、中学の時は部活を1つに絞れず、部活荒らしとして怖い先輩や顧問が来てない部を狙ってはそこで好き勝手動いてた。


勉強だけは母さんから行きたいところがないのなら姉ちゃんと同じところに行けと言われて、姉によればいわゆる県内で「上の中」の高校になんとか進学することができた。


そんなわけで、姉ちゃんはそれなりに凄いけど俺は別に凄くない。


かといって、負けて悔しいとも思わない。


あぁ見えて姉ちゃんは努力家で、それを俺も知ってるから、やっぱり凄いなとか負けて当然くらいにしか思わない。


こういうところが、向上心ないところなんだろうな。


だから、もし姉ちゃんみたいな人材を弟の俺に求めてるなら、それはお門違いだと高田先輩に言わなければいけない。


けれど‥。


向上心はないけれど、


もし‥あの、陸上部の部員みたいに‥


ひとつのことに、


もし、あんなに本気に、


打ち込めるとしたら。


俺は、何か変わるんだろうか。


何が変わるんだろうか。



ーーーー



「葉祐くん、また来たんだ。」



次の日、今度は1人で陸上部を訪れた。


ちなみに鳥羽は、バスケ部に決めたらしい。今日は他のバスケ部希望者と部活を見学に行っている。


俺は、今度は鳥羽に言われずとも自ら体操着を着た。今日は、体験入部をするためだ。



「あの‥体験入部をしたくて‥。」



俺が言うと、一瞬驚いた顔をした高田先輩は、ぱっと明るい顔になって、大歓迎だよ! とにっこりと笑った。



「今日は2年生が学年集会で来れないけど、その代わりのびのび使っていいから。」



2年生いないのか‥てことは、昨日の茶髪ウェーブの先輩はいないんだな‥。

なんとなく、そんなことを考えていた。すると、



「‥弟くん? 今日も来たの? 」

「わっ! 」



背後から急に声をかけてきたのは、昨日の女の先輩だった。

手には小柄な先輩には体より大きいんじゃないか、くらいのプラスチックの大きなケースをもっている。

何回か持ち直すあたりから、重そうだとわかる。



「姫ちゃん、それ重そうだね、持とうか?」

「‥その姫ちゃんって呼ぶのやめてくんない?」



とても不機嫌そうな目で女の先輩は高田先輩を見るが、高田先輩はそんなこと意にも解さない。

女の先輩の手からひょいっと荷物を受け取って、グラウンドの端っこに設置された陸上部用休憩場所の脇に下ろした。

休憩場所には屋根がついていて、ベンチが4台置いてある。ベンチの上には部員のスパイクやら水筒やらタオルやらと、メニューの挟まったバインダーが各々性格を表すように置いてある。


今日は2年生がいないらしいから、昨日よりも置いてある水筒の数が少ない。



「姫ちゃん、葉祐くんに自己紹介した?」

「いや‥まだだけど‥。」

「だめでしょ、こういうのは会ってすぐしなきゃ。ただでさえ顔が怖くて横柄な先輩なのに、話すらしないとか怖さ倍増じゃない? 」

「高田のそういう言い方、本当に腹立つ。」



そう言いながら、俺の方に一歩近づいてきて、茶髪ウェーブの先輩は俺の目を真っ直ぐ見て言った。


内野白雪うちのしらゆき。3年で、陸上部の部長です。よろしく。」

「しらゆき‥?」

「なに?」

「あっ、いや。なにも‥珍しい名前だなって‥。」



きっと向かれる目は1日経ってもやはり怖い。どうしても半歩後ずさりしてしまう。

そんな俺の肩をぽんっと叩いたのは高田先輩だった。



「珍しいよねー。あだ名はひめなんだよ。人に厳しくてワガママで自分のいうとおりにならないと怒るから。」

「高田がそう呼んでるだけでしょ。」

「でも今はすっかり浸透して、白雪よりも姫って呼ばれる方が多いよねー。まぁ、本人のご希望通り白雪って呼ばれないからいいんじゃない?」

「確かに白雪って名前は、自分が白雪なんてガラじゃないから好きじゃない。けど姫って言われるのもそれはそれで嫌だ。白雪って呼ぶなって言うのは苗字で呼べって意味だったのに、高田が変なあだ名つけるから浸透したんでしょ。」



見れば見るほど茶髪ウェーブの先輩‥もとい白雪先輩の顔は明らかに不機嫌になっていく。

反対に、高田先輩はにっこにこだ。見てるこっちが冷や冷やしてしまう。

この2人仲悪いのか。



「えっ‥てか、3年で‥部長‥すか?」

「そうだけど。なに? 」

「あっ。いや‥」



やっぱり怖い。

この見透かされるような無表情の目。

目が合うと、胸のあたりを冷たい氷で一気に貫かれた気分になる。2年だと思ってました、とか言えるわけない。

気分を損ねたら喉に噛み付かれそうだ。



「別に男女の部活でも女が部長なんて珍しくないでしょ? 春花先輩も去年部長だったし。」

「あ、まぁ、‥そうっすね。」



俺が次どう続けたらいいかわからず視線を下の方にうつすと、それが合図のように先輩も背を向けてしまった。

そして、いつの間にかこの場を離れスタートとゴールの線をつけたりハードルを用意したりと準備をしている高田先輩の元へ、白雪先輩は歩いていた。


あぁ、怖かった。


まず3年っていうのに驚いた。背も低いし顔も幼い。俺と同い年って言われても違和感ないくらいだ。

顔だけ見れば可愛いけど、あのなんとも言えない恐怖心はなんだろう。笑わないからだろうか。

もともと人に目をしっかり見つめられて話をする、なんて経験も少ないのに、あんなに大きくて黒いはっきりした目でまじまじと見られたら、たじろいてしまう。



「葉祐くーん、アップするよー! 」



高田先輩に呼ばれて、はっとした。

俺は慌てて、グラウンドの真ん中にいる高田先輩と白雪先輩の方に小走りで向かう。


当たる風が心地いい。

素人のくせに、今日は走りやすい日だな、と思った。



「あれっ‥3人?」



体操をすると言って集まったはいいものの、輪になっているのは3人。

いくら桜谷高校の募集人数がほかの学校より少ないからといっても、部員3人は少なすぎる。



「本当はもう1人3年生いるんだけどね? その子は遅れてくるから今はいないんだよねー。本当は3年生は3人だよ。」

「ちなみに、2年生も3人。男2人と女1人。今は6人でやってる。」



高田先輩と白雪先輩が説明してくれたけど、6人でも少ない。

確か、5人を切ったら廃部って姉ちゃんが昔言ってた気がするから、この部廃部ぎりぎりなんじゃ‥。


そんなふうに考えてしまったが、白雪先輩が体操の掛け声を出し始めたので俺は考えるのをやめて大人しく準備体操をすることにした。


今日は少し気温が高い。体操とグラウンド2周のジョギングが終わる頃には、高田先輩は体操着の長袖を脱いでいたし、俺も腕をまくっていた。

涼しそうな顔してたのは白雪先輩だけだ。



「ねぇ、弟くん。」



この人暑くないのか、と思って見ていたところを急に話しかけられたので、目が合ってしまった。

俺は慌てて目をそらす。



「は、はい。」

「弟くんさ、ちょっと走ってみてよ。」

「はい‥っ、え? 」



いや、体験入部に来たからには走る予定だった。

けれど、俺1人で走るのか?



「春花先輩が、うちの弟は全部中途半端にしかできないけど、走るのだけは人並み以上だからって言ってたから、どのくらいなのか見てみたくて。」



俺の心を読んだかのようなタイミングで白雪先輩に説明される。

てか中途半端にしかできないとか、なんで姉ちゃんバラしてるんだよ。



「いいです、けど‥本当に人並み以上でしかないですよ。姉ちゃんみたいな人材を求めてるんなら、俺、期待には添えないと思います‥。」



昨日考えていたことだ。


小さい頃からよく、姉ちゃんの弟ってだけで期待されてた。

でも、同じような期待をされたところで、俺は姉ちゃんみたいに上手くはできない。



「‥いや、春花先輩みたいな人最初から手に入ったら苦労しないから。」

「え?」

「誰だって最初は下手に決まってるじゃない。だから練習するんでしょ。ただ、その練習のスタートラインを決めたいから実力が見たいだけ。」



白雪先輩は、昨日と同じように、真っ直ぐ俺を見つめて言う。

ついさっきまでずっと怖い怖いと言っていた目が、今だけは、なんだか強くて優しいものに見えた。

俺が気にしていたつかえがなくなった気がした。



「わかりました。走ります。」

「うん。むしろ嫌って言ったら、なんのために弟くんは今日ここに来てんのって話だよね。」

「‥確かにそうですけど。」



前言撤回。やっぱ怖い。


笑ってくれたらまだ和むけど、無表情で言われるから怖い。どうしても怒ってるのかと思ってしまう。



「高田が100mのライン引き直してくれたから。そこのライン使って。」



先輩は、グラウンドの真ん中に斜めにひかれた100mあるらしいコース3つのうち、1番手前を走るよう俺に指示した。

ちなみに、コースがグラウンドに対して斜めに引かれているのは土の質の問題らしい。

このグラウンドは桜谷高校の前身から引き継いだものであり、しかも校舎の改修工事の際にここを含めた3つのグラウンド全て工事の手が入らなかったので、それなりに古く、端の方はもう水はけが悪く土質も硬かったり砂浜のような砂だったりと足に負担がかかる。結局1番土質のいい200mトラックの真ん中にコースを作ったらしい。

高田先輩によると、駅伝の時期は長距離軍と駅伝メンバーが周りをぐるぐる走ってるその中で短距離の練習をするので、何かの召喚魔法みたいだと言っていた。



「その時の練習風景、グラウンドからちょっと離れて見るとすげー笑えるよ。」

「そーなんですか‥‥ちょっと見たいかも。」

「陸上部になったらその時期は毎日見れるよ? あ、1年生教室前の廊下の窓からも見えるけど。なんか面白いよ。」



スタートラインについてそんなふうに話していると、ピーッ!! と体育の時によく聞く笛の音がした。音の先にあるゴール地点を見ると、顎を前に1回突き出して手を上げる白雪先輩が見える。


表情までは遠くてよくわからないけど、たぶんちょっと不機嫌だ。



「やべ、待たせたから姫ちゃんご機嫌斜めだ。」



高田先輩も感じ取ったらしい。先輩も手を上げて合図をする。

俺もスタートラインでクラウチングスタートの体勢をとる。


白線の内側に、陸上部の友達がやってたポーズを思い出しながら親指、人差し指、中指の3本と左膝を地面につける。



「向こう行って姫ちゃんに怒られないように気をつけてね。」

「怖い事言わないでくださいよ。」

「あっ、やっぱ姫ちゃん怖いよねー。葉祐くん怖いと思ってたんだね。」

「あの、怒られるの嫌なんで合図お願いします。」



そういうと高田先輩は笑いながら、ごめんごめんと言ってもう1度白雪先輩に、今度は準備完了の合図する。

先輩の姿は見えないけれど、視界に入る先輩の影から手を振っているのがわかる。



「いちについて‥」



おちゃらけていた先輩の声が急に凛としたものになると、こっちまで緊張してしまう。

別に観客が大勢いる徒競走でも、これで勝敗が決まる大会でもないのに。



「よーい‥」



腰を上げる。

陸上部のやつがやってた真似だ。

ここでぴったり止まらないと失格だと聞いて、わりとめんどくさいんだなと思ったことまで思い出してしまった。



「どんっ!」



先輩の口合図と、言うが早いか上がっていた先輩の手が踏切のように上から下まで下がる。けれど早さは踏切ではなく、空中を切る刀のように一瞬だった。


右足をつけると左足が宙に浮く。

風を切るように体が進んで気持ちいい。

50mのところで引かれたラインが迫ってくる。

あと少し、

あと少し‥

50m越した!残り半分!


けれど、その半分のラインを過ぎたあたりから徐々に足が重くなってきた。

あと40mくらいか?

あと30m‥。


だんだん足が上がらなくなってくる。

足の回転もさっきより悪い。

心臓の音と息づかいが急にはっきり耳に入ってくる。

その音で、余計に疲れてる感覚に襲われる。


あと20m‥

視界の真ん中のあたりにいた、ゴールにいる白雪先輩がどんどん左側にずれていく。

ゴールラインがはっきりしてきた。


あと10m‥


あと5m‥。


ピッ、というストップウォッチの音を聞いて、俺は速度を急激に落とした。

完全に止まった瞬間、足から心臓から凄い疲れが襲ってくる。急に足に鉛がついたように重くなる。血液が流れてるのがわかる。心臓がだれかに握られたように苦しい。どんどん身体が熱くなってくる。

100mってこんなに疲れるものだっけ。



「姫ちゃーん、どうだった? 」



小走りで、高田先輩がやってくる。

おれはその様子を視界の端に捉えつつ、体操着の上を脱いだ。脱ぐと、風がさっきより当たって気持ちいい。



「‥12秒、98。」



白雪先輩が、大きい目をほんの少しいつもよりさらに大きくして俺のタイムを読み上げ高田先輩にストップウォッチを見せる。腰に手をあてながらのぞき込んだ高田先輩も、そのタイムを見てわずかに目を開く。


だが、陸上未経験者の俺にとっては、それが早いのか遅いのかわからない。

早すぎて驚かれてるのか、遅すぎて引かれてるのか‥


どっちだ?



「えっ‥まじか。」



高田先輩がぼそっと言った。



「いきなり12秒代かよ。葉祐くん、中学の時何部だった?」

「いや、中学の時は‥なにも‥。いろんな部に顔出してはいましたけど‥。」

「へー? 」

「あの、俺のタイム、どうなんですか? 俺、陸上未経験なんで、あんまりよくわかんなくて。」



俺が聞くと、白雪先輩がストップウォッチからこっちに目を向けて言った。



「うちの学校が部活に力入れてないせいもあると思うけど、初めてでこのタイムは、部内新記録。」

「うん。俺より速いわ。」

「高田は大器晩成型っていうのもあるだろうけど‥確かに、高田より0.5秒は早い。」



0.5秒早いって‥そんな変わんなくね?

と思ったけど、言うのをやめた。

確か、陸上部のやつに昔そんなことを言ったらすごい剣幕で「0.1秒の重さをわかってない」って怒られたから。



「その記録だと‥それなりの大会とか、狙えるんですか‥? 」

「いや、それは無理。」



白雪先輩に即答された。

目が調子のんなって言ってる気がする。



「凄いとは言ったし、部内新記録とも言った。でも、それはあくまで、『部活に力を入れていないこの学校』での『1年生で1回目の計測』の中で新記録ってこと。」



つまり要約すると、凄いけど、だからと言って今俺より遅い人が部内にいるわけでもないし、世間に出ちゃえばこんな記録大したことない、というわけだ。

相変わらずの中の中だな。自分でちょっと感心してしまう。



「‥でも、」



白雪先輩が、俺の目を見つめたまま、ゆっくり口を開いた。



「高田より速かったのも事実。さっきも言ったように、高田は大器晩成型だけど‥それでも、弟くんが走るまで、1年生の最初の計測で1位は高田だったの。だから、努力と運次第だけど‥。絶対とは言いきれないけど、高田を越すことだってできるかもしれない。」



まっすぐ強い瞳に、少しだけ落ちてきた日が後ろから先輩を照らす。

綺麗だと、思ってしまった。



「えっ、でも‥。」



俺は慌てて我に帰る。


綺麗だとかなんだ。


会って2日の先輩に。

散々怖いとか睨まれるとか噛まれそうとか失礼なこと考えてた先輩に。



「てか、その‥高田先輩って、そんなに強いんですか? 」

「葉祐くん知らなかったの? 俺、去年全国手前まで行ってるよ? 準決勝敗退だったけど。」

「えっ!? 本当ですか!? 」

「ほんとほんとー。」



驚いて思わず大きな声が出た。そんなに早いとは思わなかった。

少なくとも、今までの言動からは。



「そんな高田を抜くかもしれない可能性が、弟くんには充分ある。だから、入部の件、前向きに考えてくれる?」

「てか普通に廃部の危機だから入って欲しいのもあるしね!」



白雪先輩と高田先輩はそんなふうに俺の方を見ていってくれた。

けど、勧誘と呼ばれる勧誘は、今思い出してみればこれが最後だった。


この日はそのあと、フォームを整える補強の運動をしたり、白雪先輩曰くスピード練習を行った。

30分程度出たら帰ろうと思っていたのに、結局最初から最後まで90分間、ずっと練習をしてしまった。


最後に1度、高田先輩と走らせてもらった。

というより、高田先輩の走ろうという誘いを断りきれなかった。


走ってみて、やはり全国手前まで行った選手は伊達じゃないと感じた。


スタートは同じだったが、50mラインの手前からみるみる離され、最後は高田先輩が完全にゴールするのを俺は走りながら見るという状態だった。


足の回転の速度が全く違い、思わず感心して見入ってしまった。

しかもゴールの後、高田先輩はタイムを測っていた白雪先輩に、スタートが悪いと怒られていたのでスタートを失敗してもあの差がつくのか、とちょっと衝撃を受けて帰ってきた。


‥けれど。


白雪先輩は、あの先輩を追い抜く可能性が俺に充分にあると言ってくれた。


その言葉を思い出すと、少し、鳥肌が立った。

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