5、大きな問題
「綾音おはよ!」
「あら、美波おはよう」
入学式から二週間。
クラスにも馴染んできて、前の席の綾音とは呼び捨てで呼ぶほど打ち解けてきた。
初めは私と大翔の関係性を疑ったり、冷やかしたりしてきたのもあったけど、最近はただの幼馴染みだとようやく分かったのか、何も言ってこなくなった。
女子の友達も増えたけど、まだ綾音みたいに信頼できるような人はなかなかいない。隙あらば、大翔のことを聞いてくる人達だもんなぁ…。
まぁ、それを除けば一つだけ大きな問題がある以外、平和に暮らせている。
……この大きな問題が大変なんだけどねぇ。
「なんだ、八神はまた来てないのか?」
そう。隣の席の八神君である。
入学してから二週間も経っているにも関わらず、八神君はほとんど学校に来ていなかった。
学校に来ていても、授業中はいないし被害はないんだけど、たまにいるときの隣からの威圧感が凄くて辛いんだよね…。
今日も鞄はある所をみると、学校にはいるらしい…多分、いや絶対サボリかな。
もし今日授業に出ることがあったら…私はまたあの地獄の時間を味わわなきゃいけなくなる。
…それは勘弁してほしいなぁ。
「んん〜、困ったな。今日のHRで決めたいことがあったから、出てもらいたいんだが…。」
担任は本当に困ったように唸ったあと、何かいい案を思いついたとでも言いたげに顔を上げた。
待って、私と目が合ってるんだけど…。
嫌な予感しかしないっ!!
「穂高!隣の席の八神龍生っていう奴、今日のHRの時間までに連れてきてくれないか?」
はい、きたよ。先生、無茶振りすぎでしょ!?
「アイツは多分サボリのとき屋上にいるから、頼んだぞ!」
「えっ!?あの!…」
先生は私にそれだけ伝えると、話は終わったとばかりに教室をさっさと出ていってしまった。
…私の意見無視ですか。そうですか。
というか、居場所分かってるなら自分で迎えに行ってよぉぉ!!
あれでしょ。絶対自分が関わりたくないから押し付けてきたんだ。ちょっと若くて爽やか系で、女子生徒に人気だからって調子に乗るなよ!
クラスメイトから同情の視線が集まる。しかし、助けを求めるようにそちらを見れば、速攻で逸らされた。
「あらら、美波ご愁傷様ね。」
「…綾音」
「…ごめん、流石に今回は無理。」
最後の頼みとばかりに綾音に縋れば、綾音も八神君に関わりたくはないのか、困り顔だったがバッサリと断られてしまった。
う、裏切り者ぉぉ!!
時は過ぎて、今はHR前の休み時間。
私はこの時間の間に八神君を見つけて来なくてはいけないのですが…。とりあえず、行きたくない。
それでも、担任が念を入れてわざわざ言いに来たことによって、忘れましたということが通用しなくなってしまった。
必然的に呼びに行かなければいけなくなる。
…仕方ない、さっさと行ってこよう。一言声をかけて、すぐ帰ってくればいいよね?
「はぁ…綾音、行ってくるね。」
「うん、逝ってらっしゃい。」
うん。違うような意味で言われた気がするけど、実際その通りだから何も言うまい。
屋上への階段を上って、扉を開く。
目の前に広がる一面の青に息を呑んだ。
初めて屋上に来たけど、凄い景色…!
もしこれが八神君を呼ぶために来たのでなければ、もっと素直に感動出来ていただろう。
しかし、パッと見たところ屋上に八神君らしき人物どころか、人一人見つからない。
あれ、もしかして屋上にはいないのかな?
「……だれだ?」
背後からいきなり低い声が聞こえてきたかと思えば、八神君が扉がある建物の上の小さなスペースから身を乗り出していた。
「……なんか用?」
「あ、あの…私、八神君の隣の席なんですが、次のHRは出てほしいと担任から伝言を預かりまして……」
刺々しい言葉と睨みの効いた視線を感じながら、たどたどしく用件を伝えると突然舌打ちをされた。
「チッ…またアイツかよ。面倒だな。」
「あ、あの、私…失礼しましたっ!」
私は八神君のイライラとした雰囲気に耐えきれず、逃げるように屋上から出てきた。
「綾音ぇぇ!!」
「美波お疲れ様…どうだった?」
「…もう眼力で殺されるかと思った。」
教室に戻ると一目散に綾音の元へと駆け寄った。
本当に殺されるかと思ったよ。…眼力もあそこまで強いと凶器でしかない。
綾音に涙目になりながら愚痴を零していると、いつの間にかHRの時間になっていて担任が入ってきた。
「穂高!八神はどうだった?来そうか?」
「…とりあえず伝えはしましたけど、来るかは分かりません。」
全ての元凶である担任に対して、睨みながら返すと苦笑いしながら、そうか。と返された。
「んー、まぁ仕方ないか。取り敢えず今日は……」
ガラッ
扉が開く音がしたと思えば、八神君がスタスタと歩いてきて私の隣にイラついたように座った。
「お!八神ちゃんと来たな〜!じゃ、改めて話続けるぞー」
その後、担任が色々と話していたけど、やっぱり時々聞こえてくる舌打ちにビクビクしながら、私は早くこの時間が終わることをひたすら願っていた。