プロローグ -休日-
「退屈だ…」
アスファルトで舗装された道路が伸びる、どこかの商店街。ややひび割れたアスファルトから熱気が立ち昇り、陽炎となって揺らめく。そんな道路の真ん中を、一人の少年が独り言を呟きながら歩く。その姿には、活気がない。
(退屈の極みだ。宿題は済ませた。目下のところ急ぎの用事もない。部活にはそもそも入ってない。バイトは高校が禁止してる。友達は皆、部活に行くか、宿題に追われてる。つまり…)
「暇だ…」
心の中で留めるつもりだった呟きも、遂には口から出る言葉として漏れ出てくる。
少年―八代十太郎は、暇を持て余していた。やるべき事を早めに全て済ませた事で、残り半分程もある夏休みを楽しもうと思っていたのだが、彼の財布事情を考慮すると、楽しめる事も殆どなかった。
(まぁ、だからこうして、ゲーセンに向かってるわけだけど)
そう、今彼が向かっているのは、彼の行きつけであるゲームセンター(以下、ゲーセン)。この辺りではそれなりに大きく、ショッピングモールにあるゲームコーナーにはないアーケードゲームが多数ある為、よく利用しているのだ。一つ欠点があるとするなら、自宅からそれなりに距離があるという事だろうか。
しかしながら、だ。
(かと言って、ゲーセン行っても、新しいガンシュー、入荷してねぇもんなぁ…それに…)
だらだらと歩きながら、後ろに背負ってるリュックサックから財布を取り出す。
中を見てみれば、百円玉がたったの六枚しか入っていない。
(これじゃあなぁ…)
溜息とつきつつ、その六百円を全て、ズボンのポケットの中にしまう。
彼がゲーセンに行く目的と言えば、基本的にガンシューティングゲーム(以下、ガンシュー)と呼ばれるジャンルのゲームをプレイする為である。というより、それ以外に面白みがあると思えるのも、得意なゲームもないのだ。
クレーンゲームをやらせれば、一万円を使っても(簡単に取れるお菓子のクレーンゲームは除き)全く取れる気配すらしない。格闘ゲームをやらせれば、一本も取る事無くストレート負けをする。
そんな彼が唯一得意とするのが、ガンシューだった。とはいえ、今日に稼働しているガンシューは、あらかたプレイ、及びクリアしてしまっている。それどころか、|ノーコンティニュークリア《一度も死亡する事無くクリア》、スコアアタックによる店舗ランキング上位総なめ達成と、できる事を全てやりきってしまった。勿論、隠しルート等も当然攻略しているし、一部のガンシューにあるマルチエンディングも、全て網羅してしまった。
つまるところ、ゲームの面においても、何もする事が無くなってしまった。例えていうなら、レベルカンストで装備は全て最大まで強化済み、隠しダンジョンも含めて全てクリアしたRPGのようなものだ。
結果、それら全てを達成する為の代償として、今のように財布の中身がたったの六百円しか入っていないという状況になってしまったが。
たったの六百円でできる事など限られているし、そもそもこれ以上に何かゲームを買おうという気も起きない。家庭用ゲーム機に移植されたガンシュータイトルも、勿論クリア済みだ。
(何か新しいの、そうだな…カードゲームでも始めるか…それとも全国クラスのランカーに倣って、連射の練習でもするかな)
そんな風に悩んでいると、気づけばゲーセンのすぐ目の前に来ていた。何度も通い詰めると、特に意識をしていなくとも、自然に足がゲーセンの方に向くらしい。
早速入ってみれば、気持ちのいい冷気が十太郎の体を包む。空調設備が効いている店内は、しかしながら陽炎が見える程の暑さだった外とはまた別の意味で、熱気に包まれていた。大方、コインゲームの辺りで親子連れ、特に子供達が騒いでるのだろう。今は夏休みだ。高校生である自分がこうして来ているなら、小学生や中学生が来ていても、何ら不思議ではあるまい。
「さーてさてさて…」
何はともあれ、まずはガンシューだ。ポケットの中の小銭をまさぐりながら、ガンシューの筐体が置かれている場所を眺める。アーケードゲームにおけるガンシューというジャンル自体、格闘ゲームやリズムゲームよりも敷居が低く、大抵のものは誰でも楽しむ事ができる。そういう事もあってか、案の定小学生や中学生、そして親子連れで、ほぼ全てのガンシューの筐体の前が陣取られている。が、どれも既にクリア済みだ。だが、子供達やその親にはそれなりに難易度が高いのか、それともプレイが下手なのか、はたまた、そもそもシステムがよく分かっていないのか。いずれにせよ、十太郎からすれば目も当てられないような惨状だった。中学生辺りはそれなりに攻略できている為、まだマシか。
お節介焼きでアドバイスをしたりしたくなる衝動に駆られるが、首を振り、再びガンシューエリアの見回りに入る。
時々、クリアを諦めてその場を離れる少年達が散見され、その間に筐体の画面に映るデモ、そしてそれに続いて表示されるランキングを見ていたが、やはりというべきか、自分の記録は塗り替えられていない。
(うーん、今のモチベーションじゃ、一位の俺どころか、十位の俺の記録を塗り替える、なんてできそうにないなぁ…)
何度もプレイし、クリアしてきたゲームをまたやるというのは、酷く億劫になってくる。今の彼は、新たなる刺激を渇望していた。
と、そんな風に死んだ魚のような眼で辺りをうろついてると―
「ん?」
ふと、店舗の奥の方の、更に角の辺りを見やると、見慣れない筐体が目についた。丁度、隣にある別のゲームの筐体の影になっており、しかもそのゲームをプレイしている位置からも―筐体の大きさ・形状的にも―見辛い所に置かれている。しかも、遠目から見るとその筐体は、照明から隠れてしまって真っ黒にしか見えないのだ。
「んん?あんな所に筐体置いてあったっけ…?」
気になって近づいてみると、どうやら真っ黒に見えてしまうのは、隣の筐体の陰に置いてあるから、というわけではないらしい。筐体そのものが真っ黒なのだ。
(筐体は今時増えてる大画面のじゃなくて、昔ながらの小ぶりな方か。しかも一人用。タイトルは…ない?普通絵とかタイトルとか書いてあるハズだけど…)
気になって筐体中をくまなく見るが、絵の一つも、文字の一つすらも全く見当たらない。唯一あるのは、正面側に一丁、銃型のコントローラー―ガンコンがホルダーに挿さっている。
画面を見てみれば、何やら波紋のようなものが等間隔で浮かび上がり、そして広がっている。
「なんだ…?昔置いてた筐体の使い回し?それとも新しいゲームの素体とか…なわけないか」
いくら推理したところで、開発者でも、ましてやゲームセンターの店員ですらない十太郎には、全く想像もつかない。
十太郎はその筐体から離れ、辺りに店員がいないかを探すが、どういうわけか客以外はさっぱり見当たらない。別のところを巡回しているのか、あるいはそれ以外の何かか。
が、それと同時に、十太郎の中にある想いが浮かんできた。
(…まぁ、たった百円ぐらいなら、別にいい、よな…)
プレイしてみたいという欲望。好奇心。それらの感情が、「まず店員に訊く」という判断を鈍らせる。
十太郎はポケットの中に入れていた百円玉の内一枚を取り出すと、筐体の前で屈む。ちゃんとガンシューの筐体らしく、百円硬貨を入れるスリットがついている。払い戻し口もバッチリ完備だ。
「…まぁ、もし何も始まらなかったら、その時は店員呼べばいいし」
そんな軽い気持ちで百円を投入し、立ち上がって画面を見据える。
画面には相変わらず波紋が等間隔で広がっていっている。
「何も起きない…?」
そう呟いた瞬間、十太郎は画面の異変に気付く。一定の間隔をとって中心から広がっていた波紋の発生が、段々と早くなってきているのだ。
最初は二秒間隔で広がっていた波紋が、次の瞬間には一秒間隔に、更にそこから段々と早くなっていき、遂には中心から光が溢れだし――その光を目にした十太郎の意識は、プッツリと途絶えた。