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軍事とは政治の延長である。

 1936年2月14日 タイ王国 サッタヒープ軍港


サッタヒープはバンコク湾の南東の端に位置し、タイ王国海軍の拠点であった。

この日、2隻の巡洋艦がその港に曳舟に引かれて入港をしてきた。


いかにも軍艦らしい無骨な直線的な船体と、妙高型を思わせる円筒形の艦橋に全部に2基、後部に1基それぞれ背負い式に配置された連装砲。

中央部にはカタパルトが1基搭載されており、上には艦載機が1機載せられていた。

別府造船所がタイ王国のために建造した巡洋艦『タクシン』と『ナスレアン』だった。


およそ1年の建造期間を経て、2隻は別府からはるばるタイにやってきたのである。


「ようやく、我々もまともな艦艇を手に入れることができたということか・・・」


桟橋から一人の海軍将校が万感の思いで近づいてくる2隻を眺めながら言った。


スントンである。


 去年の10月に駐在武官を交代してタイに帰国してきたのである。現在は、タイ海軍司令部で参謀を任されている。しかし、その肝心のタイ海軍ではあるが、当時装備していた艦艇は今回納品されるタクシン級の他には、イギリス製のR級駆逐艦が1隻と同じくイギリス製の砲艦が2隻あるだけという非常に貧弱なものでしかなかった。ちょっと前まで2500トン級の防護巡洋艦や日本製の春雨型駆逐艦なども保有していたのだが、ボイラーや機関にいい加減ガタがきたりいろいろあってこんな感じにまで戦力が低下していたりする。そこで入れ替わりにこのタクシン級が登場したことはタイ王国にとっては福音であった。とりあえず、こいつら二隻に加えて300トンほどしかないイタリア製のトラッド級水雷艇9隻が現状のタイ海軍の一線級部隊と言うことになる。これならば一応形の上ではまともな水雷戦隊が編成できると言うことになる。まぁ、シャム湾の制海権位ならば取れそうな気がした。・・・タイの仮想敵国たるフランスの国力および彼我の戦力差を知るもの・・・特に義男なんかが知ったら本気で止めそうなものであるが・・・だが、まだそんな時期ではないことくらいスントンをはじめとしたタイ海軍の将校達は百も承知であった。


「これらを足がかりに、まずは優秀なクルーを整備せねばな・・・」


そう、海軍とは軍艦があればそれでいいというわけではない。優秀なクルーが必要なのだ。どんなに良い艦艇であったとしても、練度が未熟な将兵が乗ったところで、大砲はあたらないどころか下手をすれば事故で損失なんてこともあり得るからだ。千里の道も一歩から。スントンの頭にはそんな格言があった。


 まぁ、そんなことはどうでもいい。とりあえず確かなことは、タイ海軍はそれなりに使える巡洋艦を手に入れたというその一点である。タイ海軍上層部は当面はこの二隻をタイ海軍の艦隊戦力の中心としつつも、練習艦任務に利用して海軍将兵の育成に当たろうと考えており、そのための設備もこの二隻には存在していた。元々巡洋艦というものは海外への表敬訪問や長期間の外洋航海任務にも投入できるようなものであることもあって、良好な居住性は必要不可欠なものであった。

 ゆくゆくは、より大型の艦艇群を整備してフランス海軍に対抗できるような海軍に成長させるというのが現在のタイ海軍の目標であった。ちなみに、史実でタイが発注した練習艦メークロンはより大型で使い勝手の言いタクシン級が整備されたこともあってこちらでは存在していない。


事実、タクシン級は意外にも使い勝手はよかった。機関は整備性がいいようにデチューンされているが、速度は30ノットを超えるため決して実践でも悪い数字ではない。主砲も英国製の15.2センチを利用したため元々タイが使っていたラタナシンゴラ級砲艦と同じ砲弾が利用でき、お財布にもそれなりに優しかった。ということで、タイとしてはこの巡洋艦を思いの外、気に入ることとなった。



 だが、このタイ海軍の巡洋艦の導入は周辺各国に対して小さな緊張をしくこととなる。当たり前なことであるが、軍事というものは相対的なものである。そもそも軍隊の役割とは何か?自国の領土や市民を守るための存在である。そして武器とは、そのための道具である。軍事とは政治の延長線上でしかないのである。であるが故に、強い武器が出てきたらそれに対抗する必要があった。政治はなめられたら終わりなのである。


 そしてその理屈はタイ王国のみに通用することではなく、広く世界各国分け隔てなく共有する考えであった。その中でもフランスが尤も強い反応を示したのだといえよう。元々タイは英領マレー半島と仏領インドシナ(現在のベトナム)との間に挟まれており、英仏両国の間の丁度いい感じの緩衝地帯として半ば機能していたといえる。ちなみに、フランスはかつてタイの属国や領土(だいたいカンボジアとかラオスとかその辺)などを奪っており、タイにとってはある意味仇敵であるといえた。そのタイがここ数年、海軍力の整備に乗り出したものだから、フランスとしてはタイがかつて奪われた領土の奪回に乗り出す可能性があると判断(実際タイもその考えはあった)ということで、タイ海軍に対抗するべくそれなりに有力な海軍戦力を投入することにした。


 ということで、タクシン級をタイが受領してから数ヶ月後の1936年7月、フランス海軍は1927年完成とやや古いながらも、軽巡洋艦ラモット・ピケと同型艦のプリモゲ、そしてシャカル級大型駆逐艦4隻を回航してきたのだった。


 これにタイは慌てた。保有艦艇がボロばっかりなので、もう少しましな戦力を整えようとしていたのに、なぜかフランスが大規模(タイ的に考えて)な艦隊を回してきたでござる。国力が圧倒的に違うということは確定的に明らかである。だが、だからと言って負けるわけにはいかない。彼らの中には数十年前に奪われた領土の奪回、そして下手をすれば植民地にされかねないという底知れぬ恐怖があった。武器なき平和などという幻想に踊らされるわけはいかぬ。いつだって国を守る力は弁舌だけではなく情報と剣である。そのことをよく知るタイ王国は更なる軍備の増強に力を入れようとし、それに別府造船も乗っかろうと動き出そうとしていた。そして、フランスもタイがふつふつと燃やす炎に応えるようにさらなる海軍力の増強へ向かうべくサイゴンの基地機能の増強と艦艇の回航および艦艇の建造を促進していた。


 だが、それによっておもしろいことにほかの国々もみなぎる情熱(軍事的な意味で)を燃やすことになった。タイとフランスの海軍力増強がこれまで安定していた・・・言い方を変えればショボイ戦力しかなかった東南アジア地域のミリタリーバランスが崩れようとしていたのだ。軍事的バランスというものは実は地域の平和を作り出す能力が存在している。平和を保つためには軍事力の均衡が必要不可欠なのだ。戦争が起こるのはそれが崩れるときである。


 この東南アジアのミリタリーバランスの変化に最初に対応したのはオランダ王国であった。オランダ王国が東南アジア・・・特に現在のインドネシア周辺に植民地を保有しているという事は周知の事実であるが、この地域からの資源などの収益がオランダ本国の経済を支えていた。そのため、オランダの軍備は他国とは少し違い、本国艦隊は水雷艇などの部隊によって編成されていたが、こちらの植民地艦隊の方は巡洋艦や海防戦艦などを保有するというようにずっと強力な編成となっていた。要はここがとられたらオランダはおしまいなのだから、そりゃ力も入れようという物である。当初は周辺には強大な海軍力がないと言うこともあって小型巡洋艦戦力を中心に現状6隻ほどの巡洋艦戦力を有していた。とりあえずインドネシア近海の警備任務とには支障はあんまりないとオランダ海軍は考えていたのだが、ここで全くノーマークであったタイ王国が巡洋艦戦力を整備し始めたことで東南アジア全域の海軍バランスが変化することを理解したオランダは急遽海軍力のさらなる増強に手を出した。具体的にはアメリカに対して巡洋戦艦を発注すると共に、旧式ながらもオマハ級巡洋艦2隻とペンサコラ級重巡洋艦1隻を購入したのだった。



 そしてもう一つが世界帝国たるイギリスであった。イギリスにしてみれば、自分の植民地のすぐ隣でドンパチが起ころうとしていることには警戒せざるを得なかった。誰しも自分の家の近所で起こる刃物沙汰(もはやそれすら優しい表現であるが)に無関心でいるというわけにはいかない。警察がいないのならば自分たちで守らなければならない。でもあんまり大がかりな戦力の投入は懐的にも痛いということで、アリュシザー級軽巡洋艦2隻およびケント級重巡洋艦のベリックをシンガポールに、リアンダー級巡洋艦と少数の駆逐艦を香港にそれぞれ配置することにした。イギリスは東南アジアの軍事力の増大に備えるためだとか言っているが彼らの視線の先には近年軍事力を増大させてきた日本に向いていたことは間違いない。


 そして最後にタイ近海とは少し離れているがフィリピンを植民地として保有している列強・・・アメリカであった。アメリカはこのタイの海軍力の増強に丁度よい口実を見つけたといえるだろう。マニラにはアメリカのアジア艦隊が置かれていたが、彼らの主的は英国などではなくフィリピンのさらに東の島国・・・日本であった。一応、ワシントン海軍条約によってマニラの軍事基地は存在していないのだが、条約が開けた今となってはそんなもんどうでもいい。とりあえず新型のブルックリン級巡洋艦フェニックスとボイシと共に、重巡洋艦ソルトレイクシティ、シカゴ、ノーザンプトン、そして陸軍航空隊の爆撃機部隊を派遣した。ゆくゆくは戦艦も派遣してアジア地域におけるアメリカの影響力をよりいっそう強化するつもりであった。この強大な海軍力が新たにフィリピンに現れたことで日本海軍は恐怖することになる。



 さて、話をタイに戻そう。この玉突き事故的な軍拡競争に驚いたのは、ほかならぬタイであった。彼らはまさか自分たちがこの軍拡競争の中に放り込まれたと言うことに今更ながら信じられなかった。(常識的に考えたらそりゃそうである。)本心を言えば、奪われた領土の奪回というものはあくまで究極的な目的に過ぎず、いい加減にボロッちくなった艦艇の更新がしたかっただけなのだ。だがそんなこと今更言ってももう遅い今はこの状態をどうすべきかと言うことである。自分たちがなすべきことは何か・・・タイ海軍司令部でスントンは頭を悩ませた。


「これは・・・さらなる艦艇の増加を目指さざるを得ないと言うことかね?」


第一巡洋艦戦隊司令官のヴィラファン少将が頭を抱えながら訪ねた。


「ええ・・・その通りです。」


「全く、クルーの要請もまだ十分ではないというのに・・・」


「ですが、このままでは我が国は・・・」


「ああ・・・わかっているとも。全く、あのカエル野郎共めおとなしくファッションとサッカーにだけ気にかけていればいい物を」


「今更言っても始まりませんよ。それに、1万トンクラスの艦艇の導入はすでに決定事項だったのですから・・・」


「ああ。だが問題としてはそれがさらなる軍拡を招かないかどうかと言うことだ」


「確かに・・・」


海軍司令部の将校達は一様に深い憂鬱に包まれていった。


だが、兎にも角にもタイ海軍は新たな艦艇の取得と練度の強化に乗り出していこうとしていた。



さて、この頃別府造船所では、新しい動きがみられようとしていた。

久しぶりに外伝の方を上げてみました。

ただ、本編の話を見る限り、このままでは外伝が別府造船所のIFルートになる可能性の方が高いです。外伝を消してIFルートと書いた方がいいでしょうか?


・・・一応、タクシン級は本編でも建造するつもりですが。


さて、タクシン級の誕生によって東南アジアでは常識外れの軍拡競争が始まったみたいです。ヤバイです。日本海軍的に考えても。日本海軍も史実以上に東南アジアでの戦いで苦労しそうです。


さて、次はタイの憂鬱から一転して別府造船所に再び視点を変えてみます。

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