茶番と受注
1932年6月8日 別府温泉
「いや~、温泉はヤッパリこういうところに限るねェ!宮部君!黒田君!」
「はぁ・・・」
「社長・・・温泉なら造船所に沸いているのでいつでも入れるでしょうに・・・」
「いやいや、こういうところだからこそ雰囲気は出るものだよ!」
バシバシと湯上りのビールを飲む宮部の背中を叩きながら義男はいい感じに笑っていた。
宮部は思わず咳き込んだが義男はあまり気にしなかった。
最近娘が反抗期で「お父さんウザイ!」と言うようになってかなり凹んでいるらしい。
一方の黒田は苦笑していた。
「・・・しかし、いつもどおりのビールは飲まないのですか?」
「ん?ああ・・・今日は・・・ね?」
そういうと、義男はラムネを買って呑み始めた。(この時代、まだラムネは結構高かったりする)
いつもなら後で冷えたビールを飲むと言うのに今日は一体どうしたと言うのだろうかと宮部と黒田は不思議に思った。
やがて、ちらりと時計を見た義男は二人に「先に宿に行っておいてくれ」とだけ言うと大通りのほうへと歩いていった。
二人は顔を見合わせたが「まぁ、いつものことだ。」と揃って溜息をついて宿へと向かった。
やがて義男が歩いていると、街角の一角に一人の男が立っていた。
「おや、誰かと思えば・・・スン・トン閣下ではありませんか。」
男はふらりと振り返った。
東洋風の顔立ちをしているが、日本人のようには見えない顔をしていた。
どちらかと言えば、華僑辺りとよく似ている。
その男はタイ王国の駐日武官を勤めていた。
タイ王国海軍の中佐の階級を持っている。
「おお、ミスター・クルシマ。久しぶりですね。」
「はい、閣下もご壮健で何よりです。」
義男は恭しく頭を下げた。
別府グループは水田地域にて油田が発見された1920年代後半からタイ王国に積極的に進出するようになっており、いまやタイは別府グループにとってのお得意さまとなっていた。
別府グループ傘下の別府汽船はタイ~大阪間航路を開くことに成功し、4000トン級の九重丸型貨客船2隻体勢で就航している。また、同じくグループ傘下のある企業は水田地帯やマレー半島よりの油田開発に携わったり、又ある企業はタイの鉱物資源採掘事業や鉄道事業にも参加するなど、タイ経済に大きな影響力を持つようになっていた。
タイにしてみても、強力な投資が海外からやってきてくれるし、まだまだ未熟な工業化や世界恐慌でダメージを受けた経済の再建にも役立っているため、今のところは別府グループのタイへの進出を歓迎してくれていた。
義男にしても、恨まれてもいいことなんてないのでやり過ぎないようにしたり、極力合弁企業として運用するなど地元への配慮を徹底させていた。
つまり、今のところ別府グループとタイの関係はwinwinだったのだ。
「・・・しかし、この様なところでお会いできるとは当に、偶然ですね。」
「ええ、個人的な旅行で訪れたのですが、ここで貴方とお会いできるとは・・・全く奇遇ですね・・・」
「いかがです?別府温泉は?」
「いくつもの温泉が一箇所に湧き出ているとはまるで類例を見ないすばらしい場所ですね。今度来るときは妻を連れてきたいものです。」
「なるほど、それはそれは・・・時に閣下」
「・・・何でしょうか?」
「これから酒肴に向かうところなのですが、よろしければ閣下も如何かと思いまして・・・」
「ふむ・・・それはいいですね。喜んで。」
二人は早速、義男が宿としてとっている旅館へと向かった。
そこではすでに食事の用意がされていた。
「では、まず一献・・・」
義男がスントンのお猪口に徳利に入った焼酎を注ぐ。
「ありがとう」
二人は食事を始める。
会話は互いの家族や生活がどうとか季節がどうとか言う取り留めのない世間話であったのだが
やがて食事も中ほどに入ったところでふと、スントンが愚痴を漏らし始めた。
「最近、うちの近所が騒がしくてね。どうもお隣の方がガレージの工事をしているようでして、大方、高級車あたりを止めるために使うのでしょうな。」
「ほう、それは大変ですね。それに、どこか、特徴がありそうなお方だ」
「ええ。ファッションに興味がある方でしてね。よく奇抜なファッションをしておりますよ。ただし、彼の作るワインは最高ですがね。」
「ほう、それは中々派手な方なのでしょうな」
義男は何処吹く風とでも言うような顔で言う。
自分は何も知りませんよ・・・とでも言いたそうに。
「ええ、ただ、その方はどうもこちらとは仲が悪くてね・・・おまけに工事も五月蝿くて五月蝿くて」
「それは大変ですね。さぞお困りでしょう。」
「ええ、おっしゃるとおり困っているのですよ・・・さて、これは独り言なのですが、実はわが国は緊迫する世界情勢に備え、近年海軍の強化に取り組もうとしていましてね・・・」
「・・・ほう」
現状、タイ王国にはマトモな造船用の施設は存在していない。
あってもせいぜい漁船クラスがいいところだろう。
「・・・現状わが国には艦艇の建造能力はありません。しかし、植民地が隣接しているフランスやイギリスに発注するわけにも行かない。ですので、それ以外の国に6インチ砲装備の5000トン級巡洋艦2隻を発注したいと考えています。ただし、あまり金が掛からないほうがいいですね。なにしろ、わが国はいまだ貧乏なのですから・・・」
苦笑混じりにそれだけ言うと、スントンは一旦口を閉じた後、再び口を開いた。
「そして、わが国はある人物に借りがある・・・と言うことは言っておきましょう。」
「なるほど、それは貴重な独り言ですね。そして、彼も喜んでいることでしょう。舞い上がる程度には」
「・・・はて、何のことか分かりませんね?」
ニヤッと笑うとスントンは焼酎をあおった。
「おお、そうでしたな。お詫びにと言いますか・・・今度は私の独り言なのですが・・・最近、やはり本土で九重型客船をメンテナンスをするのはドックの空きを待たねばならないので大変ですので、新たに修理用の乾ドックをバンコク港あたりに整備したいと思っているところでしてね・・・自腹ですので大変です。」
「ほう・・・それは、いいことをお聞きしましたね。考慮しておきましょう。」
「・・・なんのことやら?」
「これはこれは・・・一本とられましたな」
義男とスントンは共にイイ笑顔でハッハッハッと笑いながら再び酒を呑みはじめた。
話の内容は先ほどとは打って変わってとりとめのない話であった。
それから一時間後、大使が自らの宿へと帰って言った後、義男は隣の部屋で待たせていた黒田と宮部を呼んだ。
「・・・話は聞いたな?」
「ええ、ですが・・・我々は軍艦の建造は経験しておりませんが本気ですか・・・?」
「解体とアイツラの改造である程度勝手は知ってるだろ?」
「ええ・・・ですが・・・」
「とりあえず正式発表まではまだ時間がある。今のうちに考えをまとめておいて欲しい。」
「わかりました。彼の本領発揮といったところでしょうか?」
「まぁ、彼には頑張ってもらうとしよう。そのために引っこ抜いてきたんだからね」
それだけ言うと義男は暗い笑みを浮かべた。
翌日、出社した義男は早速プロジェクトチームを結成させて5000トン級巡洋艦の計画の策定を命じた。
そこには黒田と宮部のほかに、藤堂辰二郎という男がいた。
20代そこそこのこの男は、元海軍の造船中尉の階級を持つ男だった。
あることが切欠で海軍を追われ、紆余曲折の末ここにやってきた男だった。
「5000トン級・・・それも安価で拡張性を持たせて・・・ですか」
藤堂はどこか戸惑ったような顔をしながら言った。
再就職してそうそうにいきなり巡洋艦作れといわれたのだから。
流石に戸惑う。
「そうだ。大変かもしれないが、できるだけ速く頼む。特別給与も出すから」
「・・・分かりました。」
そういったが、藤堂の顔は何処か楽しそうだった。
なんだかんだで彼も軍艦を作りたかったのかもしれない。
「さて・・・参ったな。5000トン以内だと6インチ砲4門から6門、魚雷発射管4門から6門・・・これ位か。」
黒田は参ったといったような顔をした。
「でしょうね・・・。基本設計は夕張と青葉型が良いでしょう。当時設計を手伝ったことがありますので、概要は知っています。・・・ですが、防御はある程度省略するしかありません。」
藤堂は残念そうに言った。
まぁ、このクラスでこの武装だと自然とそうならざるを得ないのだが・・・。
「ああ・・・砲は砲塔式でまとめれば・・・こいつで10パーセントは重量削減できるか?」
「ブロック工法と全体溶接も用いるべきですね。これと溶接を組み合わせたら加速的に重量と建造日数を減らせる。」
「溶接ですか・・・危険では?」
「大丈夫だ。我々はすでに全体溶接技術をある程度完成させているからね。溶接可能な高張力鋼も開発済みだし。溶接の技術者もいいのが沢山いる。」
藤堂は懸念したが、宮部はそれを否定した。
10年以上の研究の蓄積は伊達ではないのだ。
神戸製鋼所もドイツからの協力を得て溶接可能な高張力鋼の開発に成功していた。
「それは・・・本当ですか?」
「ああ。外部があまり知らないだけでな・・・」
藤堂は信じられないと言うような顔で二人を見たが、二人は何を当たり前のことをとでもいうような顔で話を続けた。
「機関は・・・30ノットは欲しいとして5万は欲しいな。」
「機関2基2軸として一機あたり定格25000馬力。2つで50000馬力・・・5000トンですと30ノットは出せますよ?」
「たしか5500トン型で9万馬力36ノットだよな?そう考えるとすさまじいな。客船の比ではない」
「社長と話してみます。なんとか高圧機関を手に入れませんと・・・」
「船体自身も細長くして・・・そうですね。バルバス・バウも使ってみましょう。」
「能力は未知数ですが・・・」
「値段も安く、拡張性も必要か。きついな・・・。火力は倉庫にたしか6インチ砲が何本も埃をかぶっているはずだ。」
「確か、ドイツ製でしたね。」
「ああ、ドイツ戦艦から剥ぎ取ってきた代物だ。いささか古いが、手直しをすれば十分だろう。」
「軽巡クラスとしては十分ですね。」
「ああ、5500トン型より砲火力は上だ。」
「しかし、安価だというならば、維持費の方も重要と思われます」
「というと?」
「ハイ、タイ海軍は英国より艦艇を購入してきておりました。確かそれで、少し前まで保有していた防護巡洋艦の砲は15,2センチだったと思います。砲が同じならば砲弾の共用もしやすいです。ついでに言いますが、我が国の砲と英国の砲は互換性があります。」
「・・・不味いな。うちは15センチだ。」
「少し削る必要がありますね・・・」
「いや、むしろここで海軍さんにも一枚噛ませるというのはどうでしょう?」
「というと?」
黒田の問いに藤堂はにこっとほほえみながら答えた。
「栄えある帝国海軍というのもお金の力には弱いのですよ。倉庫には、旧式の15.2センチ砲が何本もほこりをかぶっています」
「なるほど・・・社長に相談してみよう」
「雷装は・・・53・3サンチしかありませんね。61サンチは表ざたにはできませんし。」
藤堂は溜息をつきながら言った。
「それは海軍さんなり他国から買うなりするしかあるまい。・・・が、そいつを決めるのはタイ海軍であって俺達じゃない。・・・運用面から考えたらイタリア製になるだろうがね。」
「なるほど・・・その辺は重量計算に入れつつも外して置くべきでしょうな。」
計画は大体こんな感じでトントン拍子に進んでいった。
で、結果が
基準排水量:5300トン 武装:45口径152mm連装砲3基6門
全長:167メートル 45口径8センチ連装高角砲2基4門
最大幅:14メートル 533ミリ3連装魚雷発射管2基6門(予定)
機関出力:6万馬力 艦載機:1機
速力:30ノット 乗員:500名
航続距離:18ノットで5000海里
といったような感じになった
機関は義男が当時「ヤンマー機関」の社長となっていた山岡と協議した結果、パーソンズ式タービンが使用されることとなった。
また、艦橋まわりは当時最新鋭の巡洋艦であった妙高型重巡を参考とした結果最終的には、なんか妙高型の艦橋をもった阿賀野型巡洋艦のような構造となった。
また、主砲は海軍が保管していた巡洋艦利根および筑摩の砲が流用されることになった。海軍としても近年緩やかながら対立が起こっているイギリスなどを牽制する必要性からタイに恩を売っておきたいという考えがあった。
廃材と最新技術を徹底的に用いて少しでも安くということを目指した結果がこうなったといえ、義男達設計者の側から見たらこれは満足していた。
妥当と言えば妥当と言えるだろうか?
とにかく、義男達はこの計画書を持ってタイ海軍に乗り込んでいった。
別府造船のほかにも石川播磨造船所、川崎造船、CRDA社などが参加したが、結局タイと最もかかわりが有ったりしたこともあって、別府造船所が受注を獲得することとなった。
チヤサップに大型ドックの整備を発案したことも効いたのかもしれない。
ただ、魚雷発射管については、すでにタイはイタリア製の水雷艇を保有していたこともあって、イタリア製にされることが決定してしまう。
この後別府造船所は直ちに建造に取り掛かり、別府造船所の3、4号ドックで建造がスタートした。
全体溶接やブロック工法を徹底的に用いたことから、建造は速いペースで進み、1934年2月には2隻揃って竣工した。
1番艦は「タク・シン」2番艦は「ナスレアン」とそれぞれ名づけられることとなるのだが、このクラスはその後別府造船所の名を世界に知らしめる事となる。
どうも皆様こんにちは
今回折角の機会ですので今後建造予定の軍艦を書きたいと思って書いてみました。つまり、別府造船所のちょっと未来の物語ですので、本当にこうなるかは分かりません。(←マテww)本当は本編で書こうと思っていたのですが、今回の企画を見てヒャハーッもう我慢できねェと言うことで書くことにしました。
さて、本当にこんな重量でこのクラスが可能かといいますと、可能です。実際、オランダの軽巡トロンプは本艦より1000トン以上軽いのに本艦と同じ武装ですし、イタリアの軽巡も本艦とほぼ同じレベルのものがあります。(向こうは燃料搭載量などを削っているからともいえますが)ただ、こうなると防御は自然と紙になりますが・・・。
後、もう少し茶番の部分をうまく書ければいいのですが・・・現状の筆力ではこれが限界です。
また、もう少し作品に何かちょっと一味欲しいんですね・・・艦魂とか(ボソッ)