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干物とチンピラ

作者: まめ

 日差しが痛いくらいに強い、ある夏の日。私は屋上でチンピラと出会った。いや出会ったというよりも、地面に転がっていた奴を踏んづけてしまったというほうが正しいだろう。けれどドアのすぐ前で転がっていたのだから、もうこれは踏んで下さいと言っているようなものだ。


「なんなの。あんたドМなの?」


「んなわけあるか! 動けなくて倒れてんだよ!」


「ええ? ああ、不良の黄金パターンやられたの? 顔は止めな、ボディにしな。ボディにみたいな」


「今時そんな奴いるか! ……ていうかお前、本当に平成生まれか?」


 失敬な。私は生粋の平成生まれですけど。ぴちぴちの高2女子ですけど。まあ確かになんか知らないけど同年代の子とは話が合わないし、好きな歌なんか歌謡曲ですけどもね。おかげで上辺だけのお喋りをする知り合いはいるけれど、友達は入学してから一人もいませんよ。陰で干物女とか言われてるらしいけど、でも虐められてるわけじゃないから構わないっちゃあ構わないんだ。

 ていうかチンピラ君は、いかにもっていう金髪とジャラジャラ両耳にピアスを付けてるから、てっきり怖い感じかなあと思ったのに意外とノリがいいね。嫌いじゃないよ、そういうの。


「まあ冗談はさておき、なんで倒れてるの?」


「……………………」


 チンピラは私から顔を背けると黙り込んだ。

 気になったから聞いてみただけなんだけど、初対面の人間が踏み込んじゃいけないことってあるよね。いやあ失敗、失敗。ごめんねチンピラ君。


「うん、言いたくないこともあるよね。まあとにかく、踏んじゃってすまんかった」


 このままでは貴重な昼休みが無くなると気付いた私は、チンピラに適当に謝ると彼を跨いで少し離れたところに腰を下ろした。それから手に持っていたお弁当を広げ、空腹を満たそうとしたその時だった。雷のような音がチンピラから聞こえてきたのだ。余りにも大きな音に驚いた私は、ぎょっとした顔で彼を見た。すると彼は顔どころか体を真っ赤にし羞恥に耐えていた。


「……え? 今のお腹の音?」


「……はい」


「まさか、お腹へって動けないとか?」


「……うん」


 ますます赤くなったチンピラは、寝転んだまま小さくなり膝を抱えた。そうしてやっぱり羞恥に耐えていた。現代日本の私立高校に通う男子が、空腹で動けなくなるまで飢えることなんてあるのだろうか。しかも彼はどうみても奨学金がもらえるほど、賢そうには見えない。だから多分普通に学費を親が払っているはずだろうに。

 あ、いやいや。また余計なことを言うところだった。学費は出してもらっても、訳があって苦しい生活をしているのかもしれない。


「よかったら私のお弁当食べる? 今日調理実習でお弁当作るのすっかり忘れてて。家から持ってきちゃったんだよね。だから困ってたところなんだ」


「まじでか!? 食う食う!」


 チンピラはそれまでが嘘の様に勢いよく体を起こすと、私の所まで四つん這いだというのに物凄い速さで来た。あんたどんだけ飢えてるの。


「美味しいか分かんないど、まあどうぞ」


 そう言って私は、女子が持つとは思えないような量のお弁当を彼に渡した。使い捨てパックに入れられたそれは、なんと5個分もあるのだ。なぜこんな量を持っているかと言うと、まあ簡単に言えば押しつけられたのだ。

 私はよく分からないのだが、年頃の女子はなぜか弁当を小さくしたがる傾向にある。私そんなに食べられないからあっと言って、手の平よりも小さいパックに僅かなご飯と一口分のおかずを各種詰め、後はよろしくねといった感じで私に回ってきたのだ。おかげで私は本来の自分の分にプラスして、0.8×5人前というえらい量を持ち帰ることとなった。


「これ全部食っていいの?」


「いいよ。だってそれ押し付けられたんだし。まあ調理実習のやつだから味は保証しないよ」


「いいって、いいって! このさい食えたらなんでも! ありがとな!」


 チンピラは意外にも人懐っこい笑顔を浮かべると、がっついて弁当を貪り始めた。うん、それだけ幸せそうに食べてくれたら気分いいね。

 彼のその様子を見ながら、私も自分の弁当を食べ始めた。ああ、だし巻き卵うまあ。

 私がのんびりと弁当を楽しんでいる間に、チンピラはすごい速さで5つもあった弁当を全て平らげた。すごいね、よくあの量を食べれたもんだ。持って帰ってもどうしようかと思っていたから、本当に助かった。


「ねえ、あんたいつもそんなに飢えてんの?」


「おお。月の中盤以降はいつもこんな感じかなあ」


 ということは月初だけは飢えていないのか。なんかそれはそれで不思議だなあ。


「お弁当ないの?」


「うん。親が海外赴任してっから。月に決められた食費を使ってんだけど、まあ俺の胃袋がすごすぎてさあ」


「月の中盤には、それがほぼ無くなると?」


「うん」


 いくらもらってるのか知らないけど、もっと計画的に使えばいいのに。そんなに我慢できないくらい食べちゃうんだろうか。


「自炊しないの?」


「俺の料理をなめるなよ!」


「つまり食べれないほど不味いんだ」


「……その通りです」


 自炊できない。量は物凄い食べる。それじゃあかなり食費を使うんだろうなあ。どうせ買うのもコンビニとかなんだろうし。


「まあ、とりあえず。普段のご飯は6時を過ぎたスーパーでお惣菜買いなさい。下手したら6割引きとかあるから。その代り残り物が多いから、本当に食べたいものは選べないけどね。お米は自分で買って炊飯器で炊きなさいよ。それくらいは出来るでしょ。無理ならやり方教えてあげるから。そんで昼は、月に3000円くれたら私が作ってあげるよ。1食130円くらいなんだから激安よね」


「……え、いいの? まじで? 嘘って言わない?」


 私の言うことにチンピラはうんうんと真剣に頷いていたが、最後の言葉に驚いたのか目を剥いて私の両肩を掴んで揺らしだした。あ、ちょっとやめて。食べたばっかで吐きそうになるから。


「言わないよ。なんかさっきの見てたら、哀れで放っとけないし」


「おまっ、マジで!? 約束破ったら鼻フックだかんな!?」


「いや、破らないし。そのかわり足りないご飯は、自分で炊いたの持って来なさいよ」


「おお、分かった!」


 こうして私は、チンピラにお弁当を作ってあげるようになったのだ。それは3年になった今も続いている。因みに今日のメニューはお勤め品の豚コマを使った焼肉をメインに、野菜をたっぷり入れたポテトサラダ、卵焼きは毎回入れないと煩いのでレギュラーで、あとはかさ増しの為にもやしだけの中華炒め、ちくわキュウリとチーズで隙間を埋めた適当弁当だ。


「なあなあ花穂(かほ)。明日はエビフライ食いたい」


「だめ。うちはエンゲル係数が高いんですからね。そんな高級品は入れられませんよ」


 私の左横で弁当を食べているチンピラの(あきら)が、私の袖をちょいちょいと引っ張りながらおねだりをしてきた。

 だめだめ。ブラックタイガーでもどれだけするか、瑛は分かってないんだから。10匹くらいで700円近くするんだからね。


「大丈夫。今日はスーパーの安売りで、無頭ブラックタイガー12匹で498だから」


「なんですと!? 確かに安いね、それは。でもなあ、予算オーバーだから」


「ええ。花穂が2匹で俺10匹食べれるしさあ。弁当けっこう埋まるぜ? なあ食いたい、食いたい」


 ううん、どうしたものか。私は目を瞑って考えた。いつからか食費の計算が面倒くさくなったので瑛が4500円、私が2500円を出し合うようになった。え、瑛の金額が増えているじゃないかって思った? だって瑛がものすごい食べるから、お米が足りないのだ。私たち月に10kgのお米を弁当だけで消費しているのだから。これってちょっとすごくないかな。因みに1食あたり、瑛が2.5合で私は0.5合だ。

 10kgのブレンド米を買うだけで3000円は消し飛ぶ。それから残った4000円で遣り繰りしなけりゃいけないのは正直辛い。ていうか全然足りない。足りない分は趣味で畑をしているおばあちゃんから野菜を貰ったり、お母さんに了承を得てから食材を分けて貰っている。

 今月は登校日が後10日もあるのに、もう920円しかない。週に1000円のペース配分を心掛けていたはずが、ついつい瑛のおねだりに負けて2枚800円の牛ステーキ肉を買ってしまった今月は大ピンチだ。


「だめ。もう920円しかないんだからね。それ買っちゃったら、その後は全部もやし炒めと、おばあちゃんから貰った野菜だけになるよ」


「ええー。じゃあ俺が別会計で、それ買うから。それならいいだろ?」


「うん。瑛がいいなら、大丈夫だけど」


「じゃあ決まりな。帰りにスーパー寄ろうぜ」


 私は瑛に頷いて答えた。これもいつの間にか決まったことで、週に2回くらいの頻度で私と瑛は、スーパーに寄り道をしてお弁当に使う食材を買って帰る。なにせ瑛がバカみたいに食べるから持って帰る袋の重さが半端ないのだ。それを瑛に言ってから、彼はスーパーに一緒に行って私の家まで送ってくれるようになった。意外と見た目と違って良い奴なんだ。


「ああ、そうだ瑛」


 瑛は弁当を食べながら、表情だけで私になにかと問いかけた。口にはご飯がいっぱいに詰まっているから話せないらしい。


「あんた彼女出来たんだって? 私とのんきに弁当食べてていいの? 彼女に怒られない?」


 私がそう言うと瑛は、飲み込んだご飯が詰まったのか急に咽た。胸を叩いて苦しそうに咳き込んでいるので、私は慌てて背中を擦ってやりながらペットボトルのお茶を渡した。いくら食いしん坊だからって急いで食べすぎだ。


「……ああ、マジでヤバかった。で、花穂はそれ誰から聞いたわけ?」


 落ち着いたのか瑛はまだ少し咳き込みながら、涙目で私にそう言った。


「なんかよく挨拶される不良その1から聞いた。ほら、赤い髪の名前は知らないなあ。多分2年生かな。瑛さんは彼女と弁当食べれて羨ましいとか言ってたから、てっきり私は出来たもんだと」


「……ああ、うん。あいつか、後でシメとこ。そんでもって、俺いないからな。お前以外に弁当一緒に食うような女いないから」


「なんだ、そうなんだ。じゃあ彼女いるっていうの嘘だったんだ。でもよかった。瑛と一緒にお弁当食べるの楽しいからさ、ちょっと寂しくなるなって思ってたんだよね」


 私がそう言うと瑛はガクッと項垂れた。それから彼は泣きそうな声で、悲しいような嬉しいようなと小さな声で呟いていた。まあそうだよね。彼女がいないのは悲しいけど、友達から一緒にいて楽しいって言われて嬉しくないわけないもんね。

 慰めるつもりで瑛にそう言うと、彼は私をジト目で見ながら乾いた笑いを漏らした。ええ、ごめん。もしかして、なんか傷を抉っちゃったかも。


「明日の弁当、オムライスも追加してくれたら許してやる」


 ああよかった。そんなもので許してもらえて。満面の笑みを浮かべる私に、瑛はお前のその鈍さどうにかなんねえかなあと言い呆れた顔をした。


「うん。ごめんね? もっと人の気持ち考えられるように頑張るから」


「うん。是非ともそうして? 卒業までには気付けよな?」


 うん、頑張るよと言った私を瑛は大丈夫かと心配した。ごめんね瑛。卒業までには頑張るから。


「花穂。それまでに分かんなかったら、俺もう待たないから覚悟しろよ」


 そう言うと瑛は破顔した。

 まあ結末をいうと卒業式の日に瑛から公衆が見守る中でキスをされ、私はそれでようやく彼の想いに気が付いたのだけれども。思いっきり恥ずかしくて泣いてしまったが、それでも悪い気はしなかった。いやむしろ嬉しかったので、私は瑛と付き合うことにした。

 お母さんに言わせれば、瑛君が可哀そうすぎてなんか見てられなかったわあとのことだった。

 さすがにお父さんは怒るかなとチラッと見れば、彼は瑛と固い握手を交わしていた。お父さんは、ここまで鈍い娘でごめんね瑛君と言っていたらしい。

 あれ、なんなの? 知らないの私だけだったんだ。そう言う私に瑛はバーカと答えたが、その表情が随分と優しいものだったから許してやることにした。

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[良い点] ほのぼのしていて、ヤンキー兄ちゃんが餌付けされてくのがよかったです♪ ブクマしてます♪
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