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其の参:久方ノ再会

「せっかくの再会だって言うのにつれないこと言ってくれるなよ。これでも楽しみに待ってたんだからな。お前を見つけたときは本当にこのまま死んでもいいと思ったぞ」

「そのまま死ねば良かったのに。というかもう死んでるも同じでしょ」

「相変わらずだな。でも、それがいい」

「気持ち悪いこと言わないでくれる。あんたやっぱりおかしくなったみたい」

 辛辣な返答にさえ懐かしそうに頬を緩めるのは、「ユウジン」が彼女のことを遥か昔からよく知っていたから。そして、再び言葉を交わすのを長い間待ち焦がれた相手だからだ。たとえ彼女がこちらに向けているのが敵意でも、こちらに意識を向けていることが彼には嬉しかった。

「ユリ」が金棒を諸手で持ち、脇構えのように背中に隠す。「蜘蛛の鬼」戦での幽人と同じような構えに見えるが、その姿勢にはわずかなぶれもなく、かつ至って自然なものだ。

 それに対して「ユウジン」は刀を正眼に構える。こちらも明鏡止水という言葉が合うような静けさで、意識しなければ彼の背中から式神であろう蛇が五匹ほど出ているのに気づかなくなるほどだった。

 間合いが静かに詰まっていく。互いに相手の全身を視界に収めて把握しているからこそ、より慎重にかつ確実に自分の得意とする間合いへと近づける。それも互いが得意とする間合いがほとんど同じだということを知っているならばなおさら。

 導火線に点いた火のように状況は一方通行で進み、そして爆発的な勢いで二人は同時に飛び出した。

 金棒と刀がぶつかり合う。それと同時に「ユウジン」は背中の蛇たちに「ユリ」を左右から狙うように指示を出す。刀で金棒を押さえているこの状況を逃すつもりはない。手数の差を利用するのは当然。

 だが、この状況は「ユリ」の予想範囲内だった。だからぎりぎりまで引き付けたところでバックステップして回避。さらに最後の一歩を踏みしめたところで金棒の先端を「ユウジン」に向けて、霊力の砲弾「鬼吼砲」を放つ。そのとてつもない威力で大気が震え、道路が大きく抉れていく。通過した後にはなにも残らなかった。

「鬼吼砲」が自然消滅しても「ユリ」は緊張を解くことはない。相手のことをよく知っているからこそ、確実に当たったのかが確認出来なければうかつに出ることはできないのだ。

 実際、今回はその判断が正しかった。

「…………はっ!」

 上空から一瞬感じた殺気に「ユリ」は反射的に横っ飛びに回避する。直後、先ほどまで彼女がいた場所に常識はずれな長さの刀の刃先が突き刺さった。「ユリ」が無意識に舌打ちを漏らす間に刃先は道路から抜け、奇妙な軌道を描きながら刀全体の長さが縮んでいく。そして最終的にはもともとの一般的な日本刀の長さに戻って、空中からひらりと着地した「ユウジン」の右手に収まった。

「簡単にくたばってはくれないの?」

「俺がそんなヤワな奴だとでも思ってたのか」

「そうだったら良かったんだけどっ」

 軽く言葉を交わして互いの武器をぶつけ合う。その度に爆発音にも似た音が響き、踏みしめる道路が軋む。

 殴打と刺突。粉砕と切断。一秒にも満たない間隔でそれらが何度も行われる。今ここで起きているのは、明らかに人外同士の魂をかけた争いだった。一般人が視認出来ない速度で道路に大量のクレーターが量産されていく。それと同じ速度で周囲の建物の壁に亀裂が斜めに入っていく。幽人が事前に張った結界はとっくに崩壊し、この場は一日前とはまったく違う景観になってしまった。ほとんど廃れた工業地域だったのが唯一の幸い。

 この二人の戦いに割って入るようなことは誰にも不可能だった。





「……さて、俺の相手はこいつでいいんだな」

「ユリ」と「ユウジン」の戦場から少し離れた場で、幽人は「武吏虎」と向かい合う。「蜘蛛の鬼」はすでに退避し、二人だけの静寂が辺りを支配する。

 ふっと軽く息を吐いて身体を右に反らし、紅緋色の刀の切っ先を相手に向ける。そこに左手を静かに添えると拳大の炎の玉がその先に生成された。精神が十分に研ぎ澄まされたところで、それを一気に突く。

「参ノ太刀――鳳閃火」

 すると、玉は細かく分裂してさながら散弾銃のように放たれる。弾丸となった火の玉は何かに触れた瞬間に爆発し、硝煙の匂いと爆煙を辺りにまき散らす。

 それを確認しつつ、幽人は先ほどと同じような構えをとる。だが、切っ先には火の玉は生成されず、その代わりに足元に火花が散った。

「壱ノ太刀――閃火」

 直後、幽人の姿は消失しその場に不自然な熱風が吹き荒れる。その一秒後、幽人は煙に包まれたままの「武吏虎」の鼻先まで接近し、刀の切っ先を向けていた。

「ん……ぐっ!?」

 そのまま突きだしたときに幽人が感じたのは貫いた感覚ではなく、受け止めて押し返そうとする力。煙が晴れると、それが「武吏虎」が刀の刃先を掴んでいるからだと分かった。このまま折ろうとするのが見えたため、幽人は慌てて刀を二枚の御札に戻してバックステップ。距離を取ったところで、赤い御札を腕に固定してある白い御札に繋げて霊力を流し込み、再び紅緋色の刀を生成する。

 最初の予想とは明らかに違った膂力。まさかと思いながら「武吏虎」を見ると、案の定「武吏虎」が纏う黒炎が先ほどより激しく燃えていた。

「あらら……余計なことをしたみたいだな。さて、どうするか……」

 ヴリトラーー炎から生まれた、早魃を起こす悪龍の名を冠する目の前の相手には炎の散弾など逆効果だったのか。だとすると、必然的にもう一つの攻撃手段に頼らざるを得なくなる。それも通じない、などということになると非常に厄介なのでそれは勘弁して欲しいのが本音。

 などと無駄なことを考えている余裕など本当のところはないのが今の状況。ならば、確認のための手は早めに打っておいた方がいい。こちらに向かおうとする意思が見えた今がそのとき。

「武吏虎」が咆哮とともにその大きな腕を振るう。黒炎が余波として火の粉のように飛び散り、道路に落ちた瞬間、激しく燃え上がる。直撃するのは当然、火の粉に触れるのもまずい。

 だが、幽人は距離を取って回避した後、さらに来る二撃目には刀を傾けつつ敢えて突っ込んだ。

「ぐっ……」

 凄まじい熱気が身体を掠めて左肩が焼け焦げたように錯覚したが、構わず刀を振り抜く。入りは浅いが、そこまで悪くはない。裂傷から灰のようなものが僅かに落ちたのも確認できた。

「まだましか」

 身体についた火の粉を手早く払って、幽人は一息つく。その手の刀はいつの間にか白一色に染まっており、肩には一羽の赤い小鳥が留まっていた。

 この小鳥――「火雁」の力を合わせて炎の力を得た刀の一撃が効かなかったなら、それを外せばいい。単純な発想だが今回は良い結果が得られた。もしこれで駄目だった場合、打つ手が無くなりそうなので本当によかった。

 少しでも傷つけられるのなら打てる手がないわけではない。純白の刀ーー「白眉」として技を振るうのは三年ぶりに近いが、紅緋色の刀ーー「紅緋」のときの技はむしろこちらがベースなので問題はないはず。

「肆ノ太刀――白樹」

 刀を逆手に持ち直して道路に垂直に突き刺す。すると、道路の表面上でその亀裂から白い帯が枝葉のように広がり、広範囲から「武吏虎」を追いつめようと攻めこむ。

 それに対して「武吏虎」は背中から黒炎を立ち上らせて跳躍。それを翼のようにして飛行し、眼下の道路から離れて伸びてくる帯を避けながら幽人までの距離を詰めていく。その鮮やかな動きは熟練パイロットのアクロバット飛行のようで、帯はただのコースの一部と化していた。

「予想以上に身軽で素早い。よくあいつ無事にいられたな」

 道路から刀を抜きながら、幽人は自分の前に戦っていた「蜘蛛の鬼」のことを少し尊敬した。実際にやり合って分かったが、ただの「鬼」とは明らかに地力が違う。大袈裟な名は伊達ではなかった。

「でも、俺だって修羅場はくぐり抜けてきたつもりだ」

 そう呟いて、息を吐きながら刀を背中に隠すように左脇に構える。居合のような構えで精神を集中させつつ、飛来してくる相手に狙いを定めて刀に霊力を込める

「伍ノ太刀――白薙」

 一足一刀の間合いに入ってきたところで一気に刀を振り抜く。それによって刀にそって形成された霊力の刃が放たれる。鎌鼬が視覚化したようなその刃は空気を切り裂いて「武吏虎」に牙を剥く。

 霊力の刃は煌々と黒炎が燃え盛る腕に激突。爆発のような衝撃音に紛れて、ぶちぶちっと何かを引き裂くような音が聞こえ、技が通じたと感じた幽人は少し頬を緩める。

 その無意識的にほんのわずかだけ気が緩んだ間に、「武吏虎」の拳は幽人の目の前に迫っていた。霊力の刃を強引に退けて伸びてきた拳は完全に幽人の腹を標的に定めていた。回避など到底不可能。

「がっ……」

 丸太ほどの拳が腹に食い込み、胃の内容物が口から飛び出る。体は呆気なく吹き飛び、道路に無様に転がった。高熱と激痛が体を貫き、幽人の脳裏に久しぶりに死を目前にしたときの感覚が甦る。

「げほっ、ごはっ……くそっ」

 血反吐を吐きながらもなんとか立ち上がる。だが、その足は小刻みに震え、剣先も定まらない。「武吏虎」の猛々しい雄叫びから、自分が対峙している相手の恐ろしさを今更ながら本能的に理解してしまったのだ。技が通じようが回避能力に優れていようが関係なく握りつぶす、根本的な膂力の違いを。

 後になって考えると、この段階でもう勝負はついていたようだ。





 脇目も振らずにひたすら走る。「ユウジン」が標的を乱入してきた二人に変えた今だからこそ、自分のやるべきことはいち早く戦場から逃げ、身を隠すこと。卑怯だ何だと言われようとも、それが自分たち――珠美と「蜘蛛の鬼」――が成すべきことなのだ。

「ユウジン」は確実に自分たちが抱える秘密について知っている。それも当の本人である自分たち以上にだ。その上で力を狙って襲ってきたのだから、間違いなく良からぬことを考えているだろう。みすみす捕まる方が馬鹿らしい。

 糸を使って建物の壁を登り、屋上へ上がる。はた迷惑なのは分かっているが気づかれなければ問題はない。建物から建物へ飛びうつり、可能な限り遠くに逃げる。「蜘蛛の鬼」の力については知らなかった様子だったので、屋上を飛びうつって逃げているとは考えていなかったはずだろう。上手く行けば逃げられる希望が出てきた。

 空き家の屋上から真下を見下ろす。追っ手を放っている可能性を考えての行動だったのだが、すぐに後悔した。

「うわ……」

 眼下で群れているのは足取りの覚束ない十九人の人間達。十中八九、「世捨て人」こと「ユウジン」の被害者。「武吏虎」のように彼らも何らかの措置ーー例えば「鬼」を強制的に憑かせるなどーーをされたのだろう。下手をしたら自分たちもその仲間入りをさせられたのかもしれないと思うと、背筋が寒くなる。ばれないように早々に立ち去りたい。

「――心配しなくとも、お前たちは特別だからあれらの同類にはならない」

「誰ぐっ……!?」

 無意識的に一歩退いたところで後ろから不意に声が聞こえた。慌てて振り向いて距離を取ろうとするも既に遅く、首に何かが巻きついてぎりぎりと締め付けてくる。文字通り息が詰まりそうな苦痛に耐えながらも、なんとか片目を開けて視線を下ろすと、巻きついているものが青い鱗の蛇だと分かった。間違いなく「ユウジン」の式神の一つだろう。

「けっこう多くの式神を扱えるのがウチの得意分野だから。悪いが泳がせて遊んでみた。面白い動きだったがそろそろ飽きたし、ちょうどあれらを見られたから当初の予定通り回収させてもらう」

「かっ……かかっ……」

 最初から逃げられてなどいなかった。「武吏虎」に一撃見舞わせたことで少し調子に乗っていたのかもしれない。あの一撃ですら実際はノーダメージに等しかったが。

 珠美と「蜘蛛の鬼」の両方の意識が遠くなる。脳に酸素が回らなくなってきたようだ。抗おうにも既にそこまでの体力も精神力もない。どれだけ特殊な霊力を持っていようが、幽人らのように鍛練も何もしていない非力な体では無理がある。結局珠美らは何もできずに意識を失ってしまうのだった。





 地に伏す。

 体を動かそうとすると激痛が電撃のように駆け抜け、ほんの少しも実際に動かすことができない。目の前に転がっている刀に触れることすらできないのだ。「武吏虎」の勝利の雄叫びが耳に響くが何の反応を示すこともできない。「武吏虎」が自分を殺そうとしないのは主たる「ユウジン」の命令なのだろうか。敵に命を握られていることがこれほど屈辱的で耐え難いことだと幽人は初めて知った。

「おいおい、『木、石、鉄、乾いたもの、湿ったものでは傷つけられない』とか『昼も夜も攻撃できない』なんて阿呆みたいにふざけた制限なんかつけていないんだぞ」

「んなっ……!?」

 「ユウジン」の声に顔を上げた幽人は彼が肩に担いでいるものを見て絶句した。藍色の着物から伸びる病的に白い肌は人のようで人でないもの。それは先ほどまで「ユウジン」と戦っていたはずの「ユリ」だった。手にしていたはずの金棒は消え、赤目が奥に潜んでいる瞼は完全に閉じている。完全に意識がないようだ。

「こいつも器に入った割には力がなかった。俺が魂を食らって強くなってたからそう錯覚してるだけかもしれんが」

 「ユリ」の損傷と比較すると「ユウジン」の身体には目立った傷がなく、彼の言葉が紛れもない本音だと示していた。どれほど強い相手だろうと、自分たちならなんとかできる。そんな根拠のない欺瞞が無意識のうちにあったのを痛感せざるを得なかった。

「俺たちをどうするつもりだ」

「ん? そうだな。とりあえずこいつとあの娘の身柄は預からせてもらうが――お前はあえてこのまま置いておく。誰かに回収されることを願っていろ。で、その後でまだ戦う気があるならかかってこい。仮にも俺の『器』なんだから多少は頑張ってくれないとな」

「あえて? ……『器』?」

 どうやら逃がした珠美らも捕まったらしい。不甲斐なくて仕方ないが、もうどうしようもない。虚無感からか、「ユウジン」が口にしている言葉は分かるが、それらが指し示す意味はまったく分からなかった。

「なんだ、あいつから聞いてないのか。ならお前の親からでも聞いておけ。その上で判断すればいい。

――まあ、お前がどうするかくらい分かっているがな」

 「ユウジン」はそう言って不気味な笑みを浮かべた後、こちらに背を向けて歩を進めはじめる。その後を「武吏虎」がついていく。もう幽人は彼(?)の関心の対象ではないようだ。ゆっくりと遠ざかっていく二つの背中を、幽人は意識がなくなるまで眺めていた。その最後まで幽人の脳裏にこびりついていたのは「ユウジン」の先ほどの言葉だった。






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