八千代の守り 弐
マフラーを巻き直して、私ははぁっと白い息を吐き出し た。無事に念願の第一志望に受かった私は、受験勉強であまり来れなくなっていたあの神社に合格の報告とお礼をしに行こうと思い、上機嫌で家を出た。
あれ以来、あの小さい男の子とはちょくちょく会えることがあり、受験勉強の合 間に神社にお参りに行っては彼と色んな話をした。学校のこと、友達のこと、家族のこと。男の子はいつも目を輝かせながら私の話に耳を傾けてくれて、私もそれが嬉しくて つい長話をしてしまうこともあった。
受験に受かったことを話したら、また喜んでくれるかなあ。楽しみだなあ。
緩む頬を押さえながら、私は神社の鳥居へと続く階段を登った。しかし、様子がおかしいことに気がつく。
ガガガガという耳をつんざくような機械音と、木々の間から見えた黄色いショベルカー。みるみるうちに取り壊されて行く本殿。
余りのことに何も言えず、呆然としながら原型を無 くして行く神社を見た。しかし、すぐに氏神様のことを思いだし、私はヘルメットを被った作業員さんの腕をひっつかみ、必死に訴えた。
「なんで…っなんで壊しちゃうんですか!!此処には、神様が住んでるんですよ!」
「こないだこの神社の神主さんが亡くなってね、管理する人がいなくなったのを期に取り壊すことになったんだよ」
「だからって、こんな…っ」
「それにこの近くに高層マンションが立つんだ。その建設のためでもあるんだよ」
何ヵ月も前から決まっていたことだから今さら中断することはできないと言われ、すぐに追い払われてしまった。
彼は、こうなることを知っていたのだろうか。知っていても、私に笑いかけて、不安にさせないようにしてくれていたの?
どんどん崩れていく神社の姿に、私の頬をつーっと 一筋の涙が伝う。
『泣かないでおくれよ、おねえさん』 「…!!う、氏神様…」
後ろを振り返れば、そこには穏やかに笑みながらふわふわと浮遊する氏神様がいた。その笑顔にも胸が痛んで、涙が止まらなくなる。
「あのね…、私、合格、したよ」
『おめでとう、よく頑張ったね。』
「氏神様のお陰だよ」
『ううん、僕はなんにもやっていないよ。君の努力の賜物さ。』
「氏神様がいたから頑張れたの…っ、だから、消えないで…!」
溢れる涙が止まらない。次から次へと流れて、乾いた石畳に落ちる。氏神様はふわりと私の目の前までやって来て、 涙を拭うように私の頬に手を添えた。
『僕は、消えないよ』
「え…」
『君が覚えてくれている限り、僕は消えない。だから、どうか泣き止んでおくれよ。』
彼はそう言いながら困ったような顔をする。その年に不相応な表情に私は目を瞬かせ、そして小さく笑みを浮かべた。
「また、会える…?」
『もちろん。君がそう望むのなら』
彼に手を伸ばしても、掌は空を掴む。触れたいのに触れられない。すると氏神様はふわりと私の体をすり抜けないように抱き締めてくれた。
「氏神様…大好き」
『僕も君が大好きだよ』
耳元で酷く優しい声が囁いたと思えば、もう目の前には何もなくなっていた。途端に虚無感が襲いかかって来たけれど、私はもう泣くことはしなかった。
境内の隅に植えられた桜の木を見上げれば、蕾が膨らんでいた。
もうすぐ、春 が来る。
ご閲読ありがとうございました!神社やお寺が大好きなので、それらが舞台になるお話を書いていきたいです。




