ある公爵令嬢の悲劇
「婚約破棄という喜劇」シリーズの2作品のキャラクターが登場します。これだけでも楽しめると思いますが、「婚約破棄という喜劇」シリーズを読んでいただけると、より楽しめると思います。
!!注意!!
主人公は強い差別意識を持っています。読んでいて不愉快に思われた方は、静かにこのページを閉じることをお勧めします。
「皆の者、私からめでたい知らせがある」
王太子であるレオナルド様の言葉に、私は胸をときめかせた。ロッソ公爵令嬢である私とレオナルド様の婚約が正式に発表されることに。
「ついにこの日がやってきた。なんてめでたい日だ」
「本当に、アマンダがついに王太子妃になるのね」
私とレオナルド様の婚約発表を前にして、お父様とお母様は感涙で目を濡らしていた。
本日、王宮で行われるのは新年を祝う晩餐会。新年の晩餐会は、建国記念日の晩餐会・国王の誕生祭の晩餐会と合わせて3大晩餐会と言われている。建国記念日の晩餐会・国王の誕生祭の晩餐会は当主の参加を義務とし夫人や子供の参加は任意としているが、新年の晩餐会は15歳から20歳までの貴族の参加が義務付けられている。そのため、新年の晩餐会は婚約者のいない者は婚約者を探し、婚約者がいる者でも初めての顔合わせをこの場で行うことが多い。
晩餐会の中で一番華やかであるため、多くの王族が新年の晩餐会で婚約発表を行っている。
それに、他国の特使も今回は招待されている。きっと今日の晩餐会で国内外に向けて、私とレオナルド様の婚約を発表するに違いないわ!!
「コルシ男爵家の娘であるヴィオラ・コルシとの婚約を発表する」
レオナルド様の発表に、会場のあちらこちらから祝福の拍手が沸き上がった。
拍手に迎え入れられるように、ヴィオラ・コルシはグレッジョ公爵令息にエスコートされレオナルド様の隣に立った。
「うそでしょう……」
私は、その発表に……レオナルド様の隣に立つヴィオラ・コルシの姿に思わず声を漏らしまった。
新年の晩餐会は、王族の婚約発表の場。この場所で行われた「間違った婚約発表」はすぐに国中に広まってしまう。
お父様とお母様のほうを見ると、二人とも目を大きく見開き固まっている。
お父様とお母様だけでなく、私たちの周りにいる人たちはレオナルド様の発表に驚き、氷漬けにされたかのように体が固まったまま動かない。
ちらりと国王陛下と王妃殿下の様子を窺うが、国王陛下達は息子であるレオナルド様の間違った発表を顔色一つ変えず静観している。
私は扇子で口元を隠しながら、ため息を吐いた。レオナルド様を咎めない国王陛下達に落胆した。
仕方ない……
次期王妃としての最終試験だと思いこの事態を収拾することに努めることにした。
「レオナルド様、一つお聞きしたいことがあります」
拍手に負けないようにレオナルド様に問いかけた。
会場に響く凛とした私の声に、拍手が止み静かになった。
「レオナルド様、本当にヴィオラ嬢と婚約されるのですが?……ヴィオラ嬢は男爵家の令嬢ですよ?王侯貴族法によると男爵令嬢は王族と結婚できません」
私の言葉に人々は驚き会場中にどよめきが起こった。
この国では、王侯貴族法により婚姻できる身分が定められている。王族は他国の王族やそれに準ずる者・もしくは自国の伯爵位の者としか結婚できない。レオナルド様と年齢が近い令嬢の中で、公爵令嬢は私だけ。ロッソ家は王都に近い場所に領地を持つ中央貴族で、曽祖父は宰相だった由緒ある公爵家だ。他の侯爵令嬢や伯爵令嬢は地方貴族。地方貴族と婚約しても、王家に何も利益が無い。それに、私は社交界の華と言われているほどの美人だ。
コルシ男爵家は20年前からアスール商会の運営している、いわゆる爵位をお金で買った成金貴族だ。他国にも支店を持ち、アスール商会に手に入らないものは無いと言われている。
アスール商会はこの国でも五指に入るほどの大商会だが、しょせんは成金貴族。私の足元にも及ばない弱小貴族だ。
しかし、男爵家出身の者が王家に嫁ぐ方法も確かにある。伯爵家以上の家に養子になってから王家に嫁ぐ方法だ。だが、この方法が行われたことはない。この国の伯爵位以上の貴族は建国の時からある家だ。反対に男爵家と子爵家は国に貢献した騎士や商人が授かる爵位だ。建国時からある家々が元々平民だった者を一時的とはいえ迎え入れるはずもない。
また、王妃殿下は隣国出身。慣例として他国出身を配偶者として迎えたら、次は自国の貴族を配偶者として迎えている。
それらのことを総合的に考えても、レオナルド様の婚約者として私以上に相応しい令嬢はいない。
レオナルド様が婚約者として発表したヴィオラ・コルシ男爵令嬢は、確かに愛らしい容姿をしている。ピンク色の髪に、青紫色の目は実に可愛らしいが、しょせんは高位貴族を狙う意地汚い雌狐だ。男爵・子爵の令息・令嬢が通う学園で、豊かな胸と引き締まった体を武器に多くの男性を虜にしていると噂に聞いている。学園で多くの男性と篭絡して磨いた女の技を駆使して、レオナルド様を篭絡したにちがいない。
それに、グレッジョ公爵令息がエスコートしているところ見ると、レオナルド様だけでなくグレッジョ公爵令息も篭絡されてしまって……、なんて嘆かわしい。きっと、グレッジョ公爵令息のせいでレオナルド様がヴィオラ・コルシ男爵令嬢と出会ってしまったのね。
他国のことは知らないが、この国で学園に通う貴族は男爵家・子爵家の子供と裕福な商会の子供だけだ。もともと平民だった者が貴族社会で恥をかかないように、貴族としての教養とマナーを教えるための教育機関だ。高位貴族は自宅に家庭教師を招いて勉強をしている。
それに、高位貴族は男爵家が住居を構えている地区や店を構えている地区に足を運ばないため、新年の晩餐会に参加してから初め男爵を名乗る人々を見るのだ。
現グレッジョ公爵の末の弟は、悪童だったと有名だ。夜な夜な平民街を遊び歩いていたと聞いている。グレッジョ公爵令息にもその悪癖が引き継がれたのでしょう。グレッジョ公爵令息の手引きによりレオナルド様はヴィオラ・コルシ男爵令嬢と残念ながら出会ってしまったのね。
「レオナルド様、彼女が有名な商会の娘だったとしても彼女が王太子妃になることは無理です。法律で決まっています。仮に、コルシ男爵家の娘が……商人上りの平民の娘が王太子妃になれば、他国から笑われてしまいます。王太子妃に……次期王妃に相応しいのは、高貴で歴史あるロッソ公爵家の娘である私、アマンダ・ロッソだけです」
私の言葉に会場は静まり返った。
お父様や私の周りにいる貴族たちは私の言葉頷き、それ以外の貴族は顔を青くしている。
国王陛下と王妃殿下は眉を顰め、レオナルド様は目を見開いている。
「アマンダ・ロッソ公爵令嬢、何を言っているのだ?……正気か?」
「……え?」
口を開いたレオナルド様から私に向けられたのは、私の正気を疑う言葉。感謝される言葉を向けられると思っていたため、予想外の言葉に思わず困惑の言葉が出た。
「彼女は生まれたときから男爵令嬢かもしれませんが、ご両親は元々卑しい平民です。王族の血を正しく保つためにも、平民だった両親を持つヴィオラ嬢はやはりふさわしくありません」
「……貴女のその言葉は、遠回しに王家を侮辱しているのだが」
レオナルド様の言葉に怒気が含まれた。
「私は、幼いときから次期王妃になるべく勉強を行い、全ての勉強で優秀な成績を収めて参りました。私はすでに王太子妃にふさわしい教養と知識が既にあります。私ほど優秀で完璧な女性はいません。男爵令嬢ごときが今から勉強して、王太子妃・王妃教育を完璧な教養と知識を身につけられるとは思えません」
「君は……本気で自分が優秀で完璧だと思っているのか?」
今度は憐れみが含まれた言葉が掛けられた。
なんで……
どうして……
私は正しいことしか言っていないのに、私の言葉はレオナルド様に届かない。
「……ヴィオラ嬢のお母様は他国の者と聞いております。他国の卑しい平民の血を引いているヴィオラ嬢は、全然レオナルド様にふさわしくありません!!」
私は力一杯叫ぶように言った。この国を、王族の血を守るために。例えレオナルド様に嫌われることになっても、公爵令嬢をして生まれ、次期王妃として教育を受けた私の義務だ。今は嫌われても構わない。私を王太子妃として迎えれば、いつか私の言葉が正しいことが分かる日がやってくる。それまで、我慢していれば…………
「もう黙れ、口を開くな。アマンダ・ロッソ……お前はこの国を滅ぼしたいのか?」
レオナルド様より低く重厚で、レオナルダ様の怒気よりも強い怒り……殺意を帯びた声が私に向けられた。声がした方に顔を向けると、国王陛下が殺意を込めた目で私をにらみ付けている。隣にいる王妃殿下は私をいない者として扱い目を合わさない。
レオナルド様も、私への殺意を隠さない。
助けを求めため静まり返った会場を見渡すが、誰も私と目を合わせない。会場にいる多くの貴族たちの顔色は青を通り越して土色になっており、泡を吹いて倒れている者もいる。
今回特別に招待された特使一行は、私に見向きもせず一人の男を、特使の筆頭護衛騎士を特使も含めて全員で床に押さえつけている。特使は器用に、護衛騎士を押さえつけながら私のことを殺意のこもった目で睨み付ける。
意味が分からない
私は正しいことを、間違ってないことを言っただけなのに
なぜ、こんなにも殺意を向けられなければならないのか……
気力を振り絞りお父様とお母様の方に顔を向けるが、お父様とお母様にも殺意が向けられているのか、恐怖で身体が震えている。
「ロッソ公爵家の方々、なぜこんなにも殺気を向けられているのが分からないようなので、説明いたしましょう」
静まり返った会場に、コツコツと靴音を響かしながらグレッジョ公爵が私たちの目の前までやってきた。
「コルシ男爵の爵位は、前グレッジョ公爵である父が末の息子に与えた爵位だ。つまり、コルシ男爵は私の一番下の弟だ。ロッソ公爵、グレッジョ公爵家の祖が誰だか当然しっているよな?」
「グ、グレッジョ公爵家の、そっ祖は……初代、こっ国王の、お、王、弟です」
「ああ、さすがにお前の古い脳でもそれくらいは覚えていたか」
「っつ!!」
酷薄な笑みを浮かべたグレッジョ公爵は、舌をもつれさせながら答えた父の足を踏みつけながら言った。
「お前の自称優秀な娘は、男爵令嬢は王族と結婚できないと言っていたな。確かにそれは正しい。でも、男爵令嬢だったとしても伯爵位以上の貴族の養子になれば結婚できる。もちろん、ヴィオラは私の娘として王家に嫁ぐことになる」
「そ、そんな!!高貴な公爵家が男爵令嬢を養子にするなんて!!」
「……夫人はどうやら耳が悪いようだな。ヴィオラは私の姪だ。お前が言う高貴な公爵家の血が流れている」
「ひっ!!」
お母様が叫ぶように言うと、グレッジョ公爵はお母様を睨んだ。そのあまりの鋭さにお母様は短い悲鳴を上げた。
「男爵家、子爵家だから卑しいという考えを持つものは多くない。歴史ある伯爵家が優秀な男爵家の娘を嫁に迎えたこともあるし、侯爵令嬢がその力強さに一目ぼれして子爵家に嫁いだこともある。それに、ここ三十年で男爵・子爵の者と伯爵以上の者の交流も増え、婚姻・養子縁組も活発なっている。それに、二十年前の法改正により男爵・子爵も貴族名鑑に載るようになった」
「そんなの嘘に決まっているわ!!」
貴族名鑑に男爵が載るなんてありえない!!
貴族名鑑は貴族の血統を証明するものだ。年に一回発行され本だ。それにはこの一年で結ばれた婚姻・婚姻白紙・結婚・離婚・出産など、貴族の血統を正しく保つための情報が載っている。この本に載ることが貴族の証とも言える。
その本に、平民上りが載るなんてなんておぞましい!!それに、そんな大切な法改正があったなら、私が知らないはずがない。私は優秀な家庭教師のおかげでこの国の全ての法律を覚えている。グレッジョ公爵が嘘を言っているに違いないわ!!
「本当に憐れな娘だ。旧保守派の教育がここまでお粗末だったのか。いいか娘、お前が受けていた教育は古い教育だ。お前の曽祖父が子供の時に受けていた内容だ。お前が完璧に身につけたというマナーも教養も今の時代では役に立たない化石だ」
「で、でも私は自国の言葉とバーカジャナイノ王国の言葉と……あと一つ他国の言葉が話せます」
「それを言ったら、ヴィオラは六か国語の読み書きができる。それこそ、商売の交渉から王宮の嫌味合戦までこなせる。それぞれの国の王宮マナーまで完璧にできる自慢の姪、いや自慢の娘だ。
ああ、ついでに教えるがバーカジャナイノ王国はすでに解体され、今では共和国になっている」
信じられなかった。体で男を誘惑するような頭の悪そうな男爵令嬢が私よりも多くの言語を話すことができることも、軍事大国であるバーカジャナイノ王国がすでに滅んでいることも。
信じられないことが立て続きに起こり、私は立っていられなくなり崩れるように座り込んでしまった。
「それに、この娘は弟の妻を他国の卑しい平民を見下したな」
「もうやめて!!何も聞きなくない!!」
耳を塞いで首を横に振り、聞きたくないと行動で示すが、グレッジョ公爵は私を見下しながら言葉を続ける。
「弟の妻サリタ・コルシは、元々はガラクシア王国の男爵令嬢だ。サリタ……サリタ嬢と出会ってから、弟は真面目に勉強をするようになり、暴力や暴言が無くなり公爵家の一員として自覚をもった行動をしてくれるようになった。本当に、親兄弟・親戚一同涙が枯れるまで感涙を流したことか。弟がサリタ嬢と結婚したいと言ったときは、当時の国王陛下経由でギャラクシア王国の国王陛下にお伺いを立ててから、ペドロサ男爵家に婚約の打診を行ったものだ」
「そ、それでもサリタ・ペドロサはただの男爵令嬢ではないか!!」
「そうよ!!なんでただの男爵との婚約ごときで国王陛下が出でくるのよ!!」
私たちの周りにいる貴族たち……私の家庭教師を務めてくれていた貴族たちが声を大きくして言う。
「あっはっは!!ジェラルド、お前のところの貴族はガラクシア王国のペドロサ男爵を知らない者がいるのだな」
場の雰囲気を壊すような笑い声を上げながら、一人の男性が会場の中に入ってきた。その男性の姿を見て、今までとは違う意味で驚いた。笑い声を上げながら入ってきたのは、隣国の第二皇子だった。
「ディオン殿下、せっかく伯父上が場を支配していたのです。それを崩すような大笑いは止めて下さい」
第二皇子と共に入ってきたのは、グレーの髪に緑色の目をした青年。後ろの方で「コルシ男爵令息様が帰ってきた」という地方貴族の令嬢たちの嬉しがる声が聞こえた。
「コルシ男爵家で来週行われるペドロサ男爵主催のお茶会に、妹が婚約者候補として参加すため、それの付き添いで来ただけなのだが、ペドロサ男爵家を貶すような言葉が聞こえてしまった。私の方からも一言申したい。よろしいだろうか?」
第二皇子の言葉に国王陛下は頷いた。グレッジョ公爵は国王陛下が頷いたことを確認すると、「頭を下げろ。第二皇子からのありがたい言葉だ」と言いながら、お父様の足を蹴った。
お父様とお母様は慌てて、第二皇子に頭を下げた。
「さて、貴殿たちはコルシ男爵夫人の生家であるペドロサ男爵家をただの男爵家だと思っているようだが、それは大きな間違いだ。ペドロサ男爵家はガラクシア王国で、いや世界中で重要視されている男爵家だ。
コルシ男爵夫人の上の姉君は、ガラクシア国王で優秀な宰相を何にも輩出しているグルレ公爵家の夫人だ。グルレ公爵夫人とガラクシア王国の現王太后は学生の時から仲が良く、現王太后はグルレ公爵夫人の妹であるサリタ・ペドロサを自分の妹のように可愛がっている。サリタ・ペドロサに結婚を申し込みたい者は自分を通せと公言していたことも有名だ。もちろん、現王太后の夫もサリタ・ペドロサを妹のように可愛がっている。それに、グレル公爵夫人の娘は現在ガラクシア王国の王妃として国を支えている。
ここまで言えば、私の言いたいことわかるよな?」
第二皇子の話を聞いて血の気が引いた。グルレ公爵夫人とコルシ男爵夫人は姉妹だから、当然その娘たちは従姉妹で……わ、私は間接的にガラクシア王国の王家を侮辱したことになる!!
「下の姉君は辺境伯夫人だ。彼女と辺境伯はガラクシア王国とバーカジャナイノ王国の戦争を終わらせた立役者だ。辺境伯夫妻は戦神といわれ、国民から絶大な人気を誇り他国の軍人からは恐れられている。しかし、恐れられているだけでなく、合同演習を行い惜しみなく戦術や武器の扱い方を教えている。そのため、他国でも辺境伯夫妻を慕っている者は多い。辺境伯と辺境伯夫人が声を掛ければ多くの者が、辺境伯夫妻に力を貸す」
呼吸が早くなり息が上手にできない。例え国が戦力を出さなくとも、辺境伯夫妻は一国を落とせる戦力を造作もなく集めることができる。
「兄君も、小国の王女を妻に迎えていると聞いている。サリタ・ペドロサの義姉は小さな海の王者と言われる海運貿易の要の国の王女だ。海運で他国から輸入している物資を止めることができる国の王族と親戚関係だ。
それに、サリタ・ペドロサの従姉は我々の国があるこの大陸で、陸路の交差点と言われている大国の交通網を整備した侯爵の妻だ。多くの国がこの交通網を使い交易を行っている。その国の王家は現在も侯爵家に頭が上がらないらしい」
意識が遠のきそうになった。ペドロサ男爵はその気になれば、一国の物流を簡単に止めることができる。この国は、多くの食べ物を輸入に頼っているため、もし物流が止まってしまったら多くの餓死者を出すことになる。
「ペドロサ男爵家は親子・兄弟仲だけでなく親戚同士仲が良い。遠縁でも困難に陥っていると聞けば全力で助け、最大級の援助を行う。また、血族だけでなく親友やお世話になった恩師、はたまたお気に入りの店などペドロサ男爵家と良好な関係を築いている者のピンチには無償で手を貸すし、大切な人々が危害を加えられそうになれば、あらゆる権力者に助けを求め、大切な人々を守り通す。そのことに感謝した者が、ペドロサ男爵家がピンチな時に手を貸すという好循環が生まれている。
世界中で“畑の賢者”と言われているクレメンテ・ザコも『ペドロサ男爵家のおかげで、今の自分がいる。ペドロサ男爵を貶める人は大っ嫌いだ。そんな人に自分が品種改良した植物は渡さない』と言っているくらいだからな」
「ひっ!! 」
クレメンテ・ザコの名前に私は小さな悲鳴を上げた。十年前に起こった大飢饉を救った賢人。あまり人を褒めないお父様が「さすが、クレメンテ・ザコ。高貴なる伯爵家の血筋。やはり世界を救うのは高貴な血が流れている我々だ」と、言っていた。
来月、我が国はクレメンテ・ザコから最新の小麦の苗を貰う予定になっている。もし、貰えなかったら……
「その化石頭でも、さすがにクレメンテ・ザコの名前を知っているか。クレメンテ・ザコは平民でも知っている名前だからな。彼の前を知らない者は、生まれたての赤子だけと言うのが世界中の認識だからな。でも、漁業が盛んでないこの国のことだ、“海の賢者”と言われているデメトリオ・モブの名前も、彼がペドロサ男爵家に感謝していることを知らないだろうな。平民でも知っている二大賢者の名前を」
第二皇子はそう言いながら私を嘲笑った。その言葉は、私の公爵令嬢として矜持をこれでもないくらいに傷つけた。確かに私は、デメトリオ・モブの名前を知らない。平民でも知っていることを知らないと嘲笑われた。
「ペドロサ男爵一族の一声は、国さえも動かすこともできる。そのため、多くの国の王侯貴族や権力者はペドロサ男爵家との良縁を求める。
我が国は実に運が良い。私とコルシ男爵令息……ジェラルドと留学先が被り、親友になることができた。そして、同じ年齢の弟妹がいることを知ることができ、コルシ男爵家次男の最有力婚約者候補として妹を推すことができた。今回のお茶会には各国の高貴な血筋の子供たちが参加することになっている。貴殿たち良かったな。タイミングが悪かったら、数多の国を敵に回すことになっていたぞ。
ああ、ちなみに今回の晩餐会に参加している特使と筆頭護衛騎士はヴィオラ嬢の母方の従兄だ。二人ともヴィオラ嬢のことを溺愛していると聞いている。これでお前たちに殺意が向けられた意味がわかるだろう?」
恐怖で体が震えた。第二皇子の話を聞いて、私の言動の全てが国を滅ぼす可能性を秘めていたことを知って。もしコルシ男爵家のお茶会が行われていたら……そのお茶会出席のために多くの国々の王女や令嬢、その付添人たちがすでにこの国に到着していたら、取り返しのつかないことになっていた。
私はこの国を滅ぼすつもりはなかった。ただ、この国を正しい方に導きたかっただけだった。
それなのに…………
「ディオン殿下、もうそろそろよいか?こいつらには既に反論する気力も無いようだ」
国王陛下は、私たちを虫けらでも見るような目で見ながら言った。視線と言葉の冷たさに、さらに体が震えた。
「そのようですね。私も言いたいことを全て言えたので、もう十分です」
「それは良かった。ロッソ公爵家と旧保守派も貴族をつまみ出せ。新年の晩餐会の仕切り直しだ」
国王陛下の一言で、会場の警護に当たっていた近衛兵たちにより引きずられるようにして会場を追い出された。会場の扉が閉まっても聞こえる大きな拍手を聞きながら。
新年の晩餐会が行われた次の日、私は家を追い出された。土砂降りの雨が降る中、私は自分が卑下していた平民になった。
『昨晩の出来事は、娘個人が起こしたことであり公爵家に非は無い。しかし、愛する娘が王家に無礼な言動をした責任を取って、娘を公爵家から籍を抜き平民にする』
お父様は笑顔でそう言い、お母様も笑顔でその言葉に頷いていた。
雨の中トボトボと歩いていると、一人の男性に……バルドメロさんに拾われた。連れて行かれた、平民の向けの店で温かいスープをご馳走になった。雨で濡れ体が冷えていた体に染みた。
スープを飲みながら、バルドメロさんに昨晩のことを全て話した。全てを話し終えると、バルドメロさんは「今まで頑張ってきたんだな」と言いながら、私の頭を優しく撫でてくれた。
そう……私は頑張ってきたんだ。
お父様とお母様の期待を裏切らないように。
お父様とお母様の夢、「娘が王妃になる」を叶えるために。
家庭教師たちに、鞭を打たれながら
頑張ったんだ
お父様とお母様に頭を撫でて欲しくっても我慢した。
侍女たちが読んでいる、恋愛小説を読みたくても我慢した。
同年代の女の子たちとお茶会をしたくても我慢した。
友だちが欲しくっても我慢した。
外に出たくっても、お父様が許してくれなかったから我慢した。
本当は……私は学園に行きたかったんだ!!恋愛小説に出てくる登場人物達のように、友だちと共に学び、お茶会をして、街を歩きたかったんだ!!
心の中にいる小さな私が叫んだ。その叫びがとても痛くて痛くて、でもほんの少し温かくって……
私は泣いた。大声で泣いた。お父様とお母様を罵倒するようなことも泣きながら言った。お店に迷惑をかけていることが分かっていても、泣くことが止められなかった。
バルドメロさんは、そんな私の頭をずっと撫で続けてくれた。
バルドメロさんは、私が泣き止んだタイミングで「行くところがないなら一緒に行かないか?」と提案してくれた。
私は喜んで頷いた。私には帰る場所がすでにないから。
バルドメロさんは、ある商会の専属モデルをやっているらしく、私もその商会の専属モデルになった。モデルとして働き始めてから、自分がとても世間知らずで、自分が受けていた教育が時代錯誤的なものなのかを知った。私が学んできた知識のほとんどは今の時代では役に立たない者だった。
私を拾ってくれたバルドメロさんは世界的に有名なモデルであることも、そしてバルドメロさんと私が専属モデルとして雇われている商会がアスール商会で、アスール商会を運営しているのがペドロサ男爵家であることも知らなかった。
アスール商会をペドロサ男爵家が運営していることを知った日に、バルドメロさんに「私はここで働いていていいのか」と聞いたら、バルドメロさんは「大丈夫だ。ペドロサ男爵家の人々は気にしないぞ。なんせ、学生時代にカミラ……グルレ公爵夫人の持ち物を何回も盗み、無銭飲食したこともあるが、ここで働かせてもらっているからな」と笑顔で言われた。
その話を聞いて、私はペドロサ男爵家の人々の懐の広さと深さに感銘を受けた。今までの考え方を変えて行こうと思った。
アスール商会で働き始めて一年が経った。ある日の新聞記事で生家がお取り潰しになったことを知った。何でも祖父だった人と父だった人が主犯となって、私以外の公爵令嬢と中央貴族の侯爵家・伯爵家の娘を毒殺していたらしい。その罪が明らかなり父だった人は絞首刑になり、令嬢毒殺に関与していた旧保守貴族が終身刑になったみたいだ。祖父だった人はすでに亡くなっているため、何か罰を受けることはないが、貴族殺しの極悪人と歴史に名を残すことになるだろう。
母だった人は毒殺に関与してなかったが、ロッソ公爵はお取り潰しになり、生家も旧保守派の伯爵家だったため帰る場所を失い、そして……
「あぁ、私の可愛いアマンダ。お母様ね、帰る場所がないのよ。今まで最高の生活と教育をしてあげたでしょ?その恩返しをしてちょうだい」
私の前に現れた。ボサボサの髪にボロボロの服を着ているその姿は、一年前まで公爵夫人だったと言われても誰も信じないだろう。
「その人、アマンダの知り合い?お母様って言っているけど……」
同僚が母だった人を困惑した表情で見ている。
「……知らない人よ」
小さい声だが、はっきりと母だった人を拒絶した。
「そうよね!!だって全然似ていないもんね!!」
同僚の言葉に涙が出そうになった。嬉しいのか、悲しいのか分からないけど、やっと自由になれた気がした。
「グスタボ!!私たちこれから出かけるから、代わりに警備隊に連絡して、この人保護してもらって!!え?だって、もう席確保しているんだもん。それじゃよろしく!お土産買ってくるからね、ね!ここはグスタボに任せて早く行きましょう、アマンダ」
「そうね、早く行かないとカミラが怒ってしまうわね」
文句を言う同僚の男の子と女性の叫び声に背を向け、私たちはカフェに向かい歩き出した。
私はアマンダ。
ただのアマンダ。
アスール商会専属のモデルで、バルドメロさんの次に売れっ子モデル。
ただのアマンダは、同僚……いいえ、友だちとおしゃれなカフェで美味しいアップルパイを食べる予定。
「もー、レイチェルもアマンダも遅いよ!!」
「ごめん、ごめん」
「ごめんなさいね、カミラ」
アップルパイを食べたあとは、ショッピングして、“海の賢者”をモデルにした人気劇を見て……
「レイチェル、カミラ。私が髪を短くしたらどう思う?」
「アマンダ、イメチェンするの!?とても似合うと思う!!!」
「えー切っちゃうの?もったいないよ。切るより染めようよ、例えばピンク色に」
グスタボへのお土産を買ってから、アスール商会が始めた新しい事業の「美容院」を予約するの。髪の毛を素敵に整えくれる新しい事業。不安も大きいけれど、アスール商会だもん。きっと素敵にしてくれるわ。
私はアマンダ
友だちとアップルパイを頬張るの
友だちとショッピングを楽しむの
友だちと演劇を見て心をときめかせるの
私はアマンダ
明日、髪を切るの
公爵令嬢のアマンダは……
もう、いない。
補足
王家はロッソ公爵家に一度も婚約の打診はしていません。しかし、アマンダは幼いころから両親や周りにいる大人たちに「貴女は、レオナルド様の妻になる」「未来の王妃」と言われて育ったため、レオナルドと婚約しているとずっと思っていました。
旧保守派は、アマンダの曽祖父が宰相を務めていた時代の思想(高位貴族最高!!子爵?男爵?貴族のマネをしている平民ごときが、高貴なる我々に逆らうな!!)をずっと引きずっている、頭がおかしい貴族たちの派閥です。
最後がしんみりしてしまったので、ホットな話をお二つどうぞ。読みにくいと思いますがご了承ください。
ホットな話①
母方従兄①「ドケ。アイツ、許セナイ。アイツ、コロス」
不憫な部下「筆頭護衛騎士が何をいっているのですか!大人しく床とお友だちになっていてください!!」
母方従兄①「アイツ、叩キ切ル」
不憫な部下「国際問題になります!!誰かこいつの剣取り上げて!!」
母方従兄②「もう、そんな野蛮なことしたらダメだよ」
不憫な部下「そうですよね!さすが次期グルレ公爵!!」
母方従兄②「各国と協力して、徹底的に血祭りに上げないとね」
母方従兄①「レッツ、キャンプファイヤー」
不憫な部下「ぎゃ!!誰かこの二人を止めて!!」
母方従兄①…ヘマの息子
母方従兄②…カミラ息子
ホットな話②
ヴィオラ 「プラチド従兄様、せっかくレオナルド様の隣までエスコートしていただいたのに……すぐに控室に戻るようなことになってしまい申し訳ありません」
父方従兄 「ヴィオラが謝すことじゃないよ。あの化石貴族……旧保守派貴族たちの暴走が原因だから。叔父上、叔母上、化石貴族たちの暴走を止めることができず申し訳ありません」
サリタ 「プラチド~私たちはそんなの全然きにしてないわよ~。家の爵位が男爵なのは事実だもんね~」
カミラ 「生家が男爵家ぇってことはぁ、誰にもぉ変えられないことぉだからねぇ」
カミラ(夫)「カミラ……、ペドロサ男爵家はロッソ公爵令嬢の言葉に激怒する権利があるぞ」
ヘマ 「でもエミリオン義兄様、もともと我が家は商人だったから、成金貴族なのはあたりまえですよ」
フリオ 「そうそう、商売するなら男爵家ぐらいの爵位が丁度いいです。それよりサリタ、このお茶菓子どう?マリーお勧めのお菓子なんだ」
サリタ 「さすがマリー義姉様お勧めのお菓子。とってもおいしいわ~。フリオ兄様~早くこっちのアスール商会の店舗にも卸してくださいね~
あ~、でも~伯爵位くれるって言っていたのに私のわがままで、男爵位にしてもらったから……レナートごめんなさいね。貴方に恥をかかせて」
サリタ(夫) 「サリタが謝ることないよ。……今すぐ、ロッソ公爵家を燃やす」
ヘマ(夫) 「お供する、義弟よ。……全員叩き切ってやる」
カミラ(夫) 「義弟達、落ち着きなさい。燃やすにしても、叩き切るにしても各国と協力体制を整えてからですよ」
ヴィオラはアマンダの暴走が始まってすぐに、従兄のエスコートにより即行婚約者控室にリターン。控室で両親・従兄・伯父・伯母たちと楽しくお茶を飲んでいました。
以上ホットな話でした。




