小説にとっての誉れとは?漫画化?アニメ化?実写化?映画化?「小説として読まれること」なんじゃないかな
ここ最近の小説家になろうのお知らせでのアニメ化推しを見るに何となく思うことがありましたので文章に致しました。
最初にまず私が思うようになった疑問を3つあげたいと思います。
1、小説はアニメや漫画など他媒体の原作、シナリオになるためだけに作られているのか
2、小説はそのままでは未完成、不完全の作品媒体であるため、アニメや漫画などの画付きの他媒体となってようやく完成形と認めて貰えるのか
3、自分が小説の事を信じられないのならもう小説を読まない、書かない方が良いのか
1はここ最近のアニメ化情報のお知らせ及び、ついに出来たアニメ化作品一覧ページ設置を見ての疑問です。
このエッセイを書くきっかけになった事でもあります。
まずアニメ化情報が目に付くようになった理由に関しては心当たりがありました。
近年はアニメ化される作品の数が増加しているからです。
これはオリジナルアニメ作品も含めてシーズンで放送されているアニメの本数が数年前より増えているのをニコニコ大百科の記事でも確認してますので、データ的にも裏付けは取れています。
今は1年を通してでなく分割2クールで放送するなどの小出しでやるアニメが増えたので、その影響で作品数が増えているだけなのかもしれませんがね。
また地上波だけでなくNetflixなどの配信限定で放送されるアニメの影響かもしれません。
自分の書いた小説が電子書籍化、書籍化、コミカライズ、アニメ化、ドラマ化、映画化、タイアップetcなどのメディアミックス化される事、それ自体は大変凄く、作者にとっても嬉しい事だと思います。
でも、最初からこれらのアニメや漫画などを生み出すためにその小説は書かれたのかなとも疑問に思った訳です。
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次に2に移ります。
要するに小説は不完全であるのか?ということです。
そんな事はないと言われる方がほとんどだと思われますし、私もそう思います。
ですが、ひとまず自分の考えを述べていきます。
本来なら小説は小説としてそれ自体で成立及び完結している娯楽作品のはずです。
確かにネット小説を紙媒体にするなら表紙のデザインとか挿絵なんかも必要になると思います。
更に印刷をどうするのかとか考え出すとキリが無いので省略しますが、本来なら小説は文字だけで十分に楽しむ事ができるはずなのです。
キャラクターデザインが作られる、それが動く、ボイスが付く、主題歌や音楽がBGMとして流れるなんかは付加価値であると思います。
小説としては必須ではないでしょう。
確かに文字だけよりも人物画とかモンスターデザインとして形になった方が分かりやすいのも事実です。
百聞は一見に如かずとも言いますから、文字より具体的な絵や映像が強いのは言わずもがなとも思います。
でもそれまでは各々の頭の中でそのキャラクター達のデザインなんかが思い描かれていたはずです。
それのデザインを出すというのはデザインが固定され、統一されてしまったようにも考えられ、表現や解釈としては狭くなってしまっていたのでは無いかと、最近は考えるようになりました。
また実際に出されたキャラデザと自分が考えていたキャラデザの差異は『思っていたのと違った』という事になる原因になることもありえます。
人によって絵柄の好みなんかも違いますから、その違いが出てしまった結果でしょう。
このように画が付く事はメリットも多いですが、デメリットみたいなのもある訳です。
ですから小説だけだと未熟だから画などの付加価値を付けてあげて完全体とするんだと言う訳ではないはずなのです。
これは挿絵に関しても同じだと思います。
挿絵が無いと小説は完成しない訳ではなく、付加価値として小説に付属する役割であり、メインと言う訳では無いはずです。
キャラデザも重視されるライトノベルなんかだと挿絵がメインかも知れませんが、それに関しては自分も申し訳ないですが詳しくないので割愛させて頂きます。
また今は自分で描かなくても生成AIで出力すれば簡単にキャラクターデザインの絵をAIが描いてくれます。
それを自作の挿絵として使用されている方々もいるでしょう。
ただ下手な自作絵を載せる位ならAIイラストを載せようと言う考えは結構危険かなと思います。
趣味でペンタブを買い、下手の物好きで絵を描いていた自分でも手書きとAIイラストの違いが分かり、違和感を持つのですからそれなら読者の想像力に任せた方が良い気もするのです。
確かに有料プランとかプロンプトさえしっかりしていれば商業用のイラストと遜色無い絵を出力は出来ます。
とは言えそれに労力を割くのであれば小説の文章に力を入れるべきではとも思う訳です。
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3はもう投げやりと言うか、諦めの様に聞こえるかも知れません。
そんな事はありませんのであしからず。
ただ適当な3つ目が思い付かなかったため、アニメ『遊戯王GX』のあるキャラクターが言ってた「デュエルの力を信じないのならデュエル番組なんてやめろ」をパロっただけです。
あまり堅苦しく、重い雰囲気でこのエッセイのまとめに入るのもあれなのでアニメの台詞を採用してみました。
この様に例に出す位には自分もアニメはよく見ましたし、別に嫌いと言う訳ではないのです。
ただ、漫画やアニメで映える演出と小説の文章で映える演出は違いがあると思っています。
『映像化不可能』というキャッチフレーズなんかはこの違いを表しているのかもしれません。
だから小説の時は良かったり、気にならなかった箇所が漫画やアニメになった時は逆に悪くなったり、気になってしまうのではないかと思います。
とは言え小説、漫画、アニメなどでそれぞれの違いを楽しむと言ったポジティブな考え方も出来ますけれどもね。
またなろうはNPOみたいな非営利団体では無く、ハーメルンみたいな個人サイトではないこと、企業が運営する小説投稿サイトであり、競合相手としてカクヨムなどがある事も理解しております。
利益を出さなければサイトの維持費や人件費を払えなくなり、最悪サイト閉鎖になるやも知れないのも分かります。
だからよりPV、利益を見込める作品、つまりアニメ化した作品を推す事にしたのでしょう。
導線としてアニメで興味を持ったから原作も読もうと思ったという層がいる事は自分の身近にもいたので把握しています。
だからせっかく読みにきたその人達を逃がさない様に専用ページを作ったのは悪手ではないと思いたいです。
理想論だけでこれだけ大規模なサイトを運営することすら無理ですから、運営に異議を唱えるのであれば自分で小説投稿サイトを立ち上げてみたらと言われるかもしれません。
ただ今回のアニメ化作品一覧ページの新設に関してはこれからアニメ化作品が増加した場合は掲載処理が追い付かなくなったり、逆に減少傾向になるのであればそれはコンテンツの縮小を暗喩してしまう事になるのではないかと言う懸念があるのです。
またこのアニメ化作品一覧ページへのリンクをなぜ小説を読もう!の作品検索の所に置かれたのか疑問でなりません。
てっきり下の作品を探すに追加されたのかと思いましたが、UI的にも前より見づらくなった感があります。
そもそもどこに設置したのかまでをお知らせで告知するべきなのではないでしょうか?
仕事と言うものは成果を出さないといけません。
その成果として作られたのかこの新ページなのでしょうけれども、『今日の一冊』を廃してまで作る必要はあったのでしょうか。
確かに『今日の一冊』で紹介された小説を自分もあまり読んでませんでしたが、公式がレビューしてくれるというのは作者側にとって大きな価値があったはずです。
それに今日って名前の割には毎日投稿じゃないんだなとも思ってましたから、閲覧数を増やすやりようもまだあったはずだと思います。
またそれよりも現在進行形でランキングに氾濫している生成AIにより本文出力されたAI小説に対する対応はどうなっているんだとも思う訳です。
AI小説が高評価を取りランキング入りしている事で、既に書籍化されていたり、過去に高ptを取った事のある作者の方々への偏重がいっそう強まった様にも感じられます。
少なくともこれらの作者の方々はAIを不使用であるだろうと言う信用もあるのだと思います。
では、そう言う信用をまだ持たない作者の方々は今後ともハンデキャップを持ったままなのでしょうか。
まとめに入ります。
小説は小説だけで娯楽作品として完成し完結しています。
と言って結論としたかったのですが、これには語弊がありますね。
書く作者、読んでくれる読者、それにその小説を発表する紙面や場なんかも必要でした。
結局はもっと『アニメ化どころか書籍化すらしてない圧倒的多数の小説』の方を推して欲しかっただけなのかもしれません。
日の当たらない作品の方がネット小説は多いものですので、それに少しでも日を当てるようにするのが場の役割ではないかと思っています。
その主張がここで出来ただけでも十分です。
ここまで小説に関してネガティブな事ばかり書いてましたが、逆に漫画やオリジナルアニメの作品がノベライズされ小説となっている例もあります。
ですからアニメ化やコミカライズ、実写化などは決して小説に対する上位互換みたいな関係ではないと思います。
なので小説に対して悲観的ではありません。
また生成AIに関しても否定的ではありません。
AIを使うことで小説を執筆すると言うハードルは確実に下がったはずですし、小説の裾野が広がるのであればそれはそれで良いと思っています。
AIにポン出しは止めて欲しいですけれどもね。
いくら昔より精度が上がったとは言えまだAIイラストみたいにAIの書いた文章だなと言うのは特徴が出るので、そこは修正するなりしてから投稿して欲しいと思います。
最後に、小説としてあるならば小説として楽しみたいと思ったのでこのエッセイを書いた次第です。
私の主張が少しでも皆様に伝われば幸いに思います。
ここまで読んで頂きありがとうございました。
前になろうのあるバナー広告に関してのエッセイを書きました。
それに関して感想で「これエッセイじゃなくて感想では」と言われてしまったのですが、それと同じく今回のエッセイも感想になってしまったかなとも思います。
ただ自分の考えに共感してくれる人はいるのか(逆に1ミリも理解できず、反感を持つ人もいるかも)と思って勢いで書いたのですから悔いはありません。
後書きまで読んで頂きありがとうございました。




