意外な一面
「そうそう、ルーヴェン公爵領で採れる薬草に関してですが……」
へーケレン侯爵家の薬学サロンで、ヤンは領地で採れるハーブについて話し始めた。
するとハーブや薬学に関する知識のある者達がルーヴェン公爵領のハーブについて色々と意見を言い、議論が始まった。
サロンには貴族だけでなく、平民の有識者も参加しているのだ。
ヤンが真面目な表情で議論する姿に、イリスはアメジストの目を丸くした。
(ルーヴェン公爵閣下……ハーブや薬草について詳しのね。ルーヴェン公爵領は薬草が豊富な土地だからかしら)
ヤンは大体いつも軽薄そうな表情なので、イリスは意外に思ったのだ。
おまけにヤンの薬草に関する説明は聞いていて分かりやすい。
本で読んだだけでは理解できなかった部分があったイリスだが、ヤンの説明ですぐに理解出来たのだ。
(ルーヴェン公爵閣下、本当に薬草やハーブについての知識が豊富だわ……。凄い……)
薬草について議論をするヤンのエメラルドの目は、真っ直ぐ真剣だった。
イリスは思わずそのエメラルドの目に引き込まれてしまう。
(ルーヴェン公爵閣下……そんな表情もするのね)
ほんの少しだけ、イリスは自身の鼓動が高鳴るのを感じた。
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サロンの時間が終了し、参加者達は帰る準備を始める者や気心知れた者同士で議論を続ける者達がいた。
イリスはヤンが部屋を出たところを見かけて、急いで彼を追いかけた。
「あの、ルーヴェン公爵閣下」
へーケレン侯爵家の王都の屋敷の廊下にて、イリスはヤンに声をかけた。
「イリス嬢、どうしたんだい? もしかして、俺に興味あるとか?」
ニヤリと軽薄な笑みを浮かべるヤン。
「えっと……」
イリスはヤンの言葉に戸惑いながらも、持って来たハンカチを差し出す。
「以前夜会でお借りしたハンカチをお返しいたします。あの時は、色々とご迷惑をおかけして申し訳ございませんでした」
するとヤンはエメラルドの目を見開きつつも、フッと笑う。
「イリス嬢は律儀だね。別に返してくれなくても良かったのに」
「そういうわけにはいかないと思いまして」
「そっか。じゃあ返してもらうよ。ありがとう」
ヤンはイリスから白いハンカチを受け取った。
「それから……」
イリスはお礼とお詫びを兼ねた品を取り出す。
イリスがハーブの刺繍を施した小物入れは、丁寧にラッピングされていた。
「こちらも。この前の夜会でのお礼と、ご迷惑をおかけしたお詫びも兼ねて」
イリスはほんの少し緊張しており、声が震えていた。
ヤンは再びエメラルドの目を一瞬だけ大きく見開くが、すぐにまた軽薄そうな笑みに戻る。
「へえ、これを俺に。ありがたくもらっておくよ。俺としてはイリス嬢ごともらっても良いんだけど」
冗談っぽい表情で、ヤンはイリスに顔を近付ける。
「えっと……」
イリスはほんのり顔を赤くして後ずさる。
鼓動が高鳴ったような気がした。
(これは……冗談よね……?)
するとヤンは一歩後ろに下がり、フッと笑う。
「冗談だよ。イリス嬢に何かしたら、君の姉君が怒るだろうし」
ヤンはそのままイリスから小物入れを受け取った。
少しだけホッとしつつも、イリスの鼓動は速くなっていた。
「開けてみて良いかい?」
ヤンからそう聞かれ、イリスは「どうぞ」と頷いた。
ヤンは丁寧にラッピングを開け、イリスがハーブの刺繍を施した小物入れをまじまじと見る。
「素敵な刺繍だ。もしかして、イリス嬢が?」
甘い笑みがイリスに向けられる。
イリスはコクリと頷いた。
「拙い刺繍かもしれませんが……」
イリスはヤンから目をそらし、少し俯く。
「ハーブの刺繍、センスが良いね。可愛らしくて。もちろん、刺繍だけでなく、イリス嬢も可愛らしい」
甘いマスクに軽薄そうな笑みのヤンである。
(これも冗談……よね?)
イリスは曖昧に微笑む。
「これは別に冗談とかではないけど」
相変わらず軽薄そうな表情のヤン。
しかし、エメラルドの目の奥からは、どこか寂しげな様子と何かに怯えているような雰囲気があった。
「ルーヴェン公爵閣下……」
イリスはそのエメラルドの目に引き込まれそうになる。
(サロンでの議論は、真面目な感じだったし……。それに、やっぱり目の奥からは寂しさというか、何かに怯えているような感じがするわ。どうして……?)
「それにしても、イリス嬢もへーケレン侯爵家の薬学サロンに来ているとは思わなかった。薬草や薬学に興味があるのかい?」
ヤンは意外そうにイリスを見ている。
「ええ。身近にある薬草やハーブが、医学的ではないとしても体に良い効果をもたらす。このことがとても面白いと感じましたので」
「なるほど。確かにそうかもね。俺も領地でよく薬草やハーブが採れるから、自然と興味を持つようになっていたよ。例えば、セージは不老不死をもたらす長寿のハーブだと言われているよね」
「ええ、本で読みました。実際に不老不死になるわけではありませんが、抗菌作用があることから、傷薬として煎じ汁を利用していますよね」
イリスの声は弾んでいた。
アメジストの目もキラキラと輝いている。
「その通りだよ。風邪予防や免疫向上の効果もあるよね」
ヤンも楽しそうに笑っていた。
「実際に煎じ薬などを作ってみたいとも思っております」
「ルーヴェン公爵領の修道院では実際にハーブや薬草を煎じて医療薬ではないけれど、簡易的な薬を作っているよ」
「存じ上げております」
イリスとヤンの会話は盛り上がっていた。
「何だか意外だな。イリス嬢と趣味が合うなんて。色々と話せて楽しいよ」
そう笑うヤンには軽薄さはあまり感じられず、その代わりどこか幼さが感じられた。
イリスは少し驚きつつも、柔らかな笑みを浮かべる。
(ルーヴェン公爵閣下は……軽薄だと噂されているけれど……)
ふと、ヤンからの言葉を思い出した。
『イリス嬢、婚約者でもなく、ましてや泣く程の相手に自らキスすべきじゃないよ。たとえ俺から求められたとしても。君が傷物になってしまう』
夜会でイリスがリンデの非礼を詫びた時のことだ。
(本当は、優しくて誠実な方のような気がするわ)
夜会で言われたことや、この日のサロンでのヤンの様子。
そして、ヤンのエメラルドの目の奥から感じられる寂しさや何かに対する恐れ。
イリスはそれらを総合して、そう考えるのであった。
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