リンデの本心
ルーヴェン公爵城の庭の隅までやって来たリンデは座り込んだ。
『私は、私が実際に見たもの、実際に聞いたことを信じたいのです。私は……ルーヴェン公爵閣下と関わって……軽薄なのはきっと本心を隠す為の仮面で、本当は優しくて誠実で、素敵な方だと思ったのです。もしそれが間違っていたとしても、私は後悔しません』
『ヤン様はそんなことをしないと信じております。それに、たとえヤン様に傷付けられたとしても、私は絶対に後悔しませんから』
イリスの言葉がリンデの中でぐるぐると回っている。
(イリス……どうして……? 私はただ、イリスを守りたいだけ。ただそれだけなのに)
リンデはポロポロとアメジストの目から涙を零していた。
「リンデ、ようやく見つけた」
頭上から、柔らかな声が降って来る。
リンデにとって聞き覚えのある声だ。
栗毛色の癖のない髪にムーンストーンのようなグレーの目の、柔和で穏やかな顔立ち。
イリスが顔を上げると、予想通りニールスがそこにいた。
「ニールス……」
「リンデ、いきなり駆け出すから驚いたよ」
ニールスは困ったように眉を八の字にしていた。
リンデはニールスから目をそらし、俯いて黙り込む。
「リンデはさ、本当に妹のイリス嬢が大切なんだね」
「ええ……」
ニールスの言葉に、リンデは弱々しく頷く。
「ゼーラント伯爵家も、ラノワ伯爵家も革命推進派だった。だから革命が起こる前、ベンティンク悪徳王家がドレンダレン王国を恐怖で支配していた時代、僕らはいつ両親を亡くしてしまうか分からない状態だったね」
「ええ……。だから……もしお父様とお母様に何かあったら、イリスを守れるのは私だけだった。私がいつでもイリスを守れるようにしないとって思ったの。イリスは……私の全てだったの」
それがリンデの素直な思いだった。
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恐怖に支配された窮屈なドレンダレン王国。
リンデが生まれたのは、そんな時代だった。
それでも両親はリンデを愛し、なるべく平穏に暮らせるようにしてくれていた。
そんなある日のこと。
「リンデ。この子は君の妹、イリスだよ」
「リンデはお姉様になるのよ」
両親は優しく微笑みながら、生まれたばかりの妹、イリスを連れて来てくれた。
自身と同じブロンドの髪に、アメジストのような紫の目。とても可愛らしい赤ん坊だった。
リンデは恐る恐るイリスの小さな手に触れる。
するとイリスは無邪気な笑みを浮かべながら、その小さな手でリンデの指を握り返したのだ。
リンデは思わず笑みがこぼれた。
幼いながら、イリスを守ろうと思ったのだ。
少し成長すると、物事が分かって来た。
自分のいる国がどういう状況なのか、両親が何をしようとしているのか。
(今のドレンダレン王国は最悪な状況。お父様とお母様は革命を起こして国を変えようとしている。つまり……考えたくないけれど、最悪お父様とお母様はベンティンク悪徳王家に処刑されてしまうかもしれない)
イリスは表情を曇らせていた。
「お姉たま?」
そこへ、まだよちよち歩きで舌足らずなイリスがやって来る。
イリスはリンデを見て不思議そうに首を傾げていた。
「イリス」
イリスの姿を見て、リンデは表情を綻ばせて優しくイリスを抱きしめる。
(もしもお父様とお母様に何かあったら、私がイリスを守らなければならないわね)
リンデのアメジストの目は真剣だった。
「イリス、何があっても、私が守ってあげるから」
紡いだ言葉は、優しくどこまでも真剣だった。
不安な状況の中、リンデにとってイリスを守ることが生き甲斐になっていたのだ。
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「リンデはさ、寂しいんじゃないかな? イリス嬢がどこかに嫁いだり、自分の元から離れてしまうのが」
ルーヴェン公爵城の庭でうずくまるリンデに、ニールスは優しくそう声をかける。
リンデはニールスに目を向け、再び視線を下にする。
「……ええ、そうよ」
イリスはポツリと呟いた。
「本当に、今までイリスを守ることが生き甲斐だった。国がようやく平和を取り戻しつつあって、私達が生まれるよりも前の時代の穏やかさを取り戻しつつある。だから、貴族達もようやく何も気にせず政略結婚や家同士の結び付きを考えられるようになった。だから、イリスもきっとどこかへ嫁いでしまう。ずっと一緒にはいられない。それは分かっていたけれど……」
再びアメジストの目から涙が溢れ出す。
「イリスが私から離れて行ってしまうのが寂しくて……不安なの。どうして良いのか分からない」
リンデはうずくまり、嗚咽を漏らしていた。
「そっか」
ニールスはリンデの隣にしゃがみ、そっとリンデの背中を撫でる。
「ねえリンデ、僕はさ、イリス嬢なら大丈夫だと思っているよ。君も知っているだろう? イリス嬢は人を見る目がしっかりあるということを」
ニールスの言葉に、リンデはゆっくりと顔を上げる。
今までイリスは評判が良いと言われている令息の冷酷な本性を見抜いたり、ゼーラント伯爵家に契約を持ちかけた人物が碌でもないことを目論んでいることに気付いたりしていたのだ。
「……ええ。それで助けられたことは何度かあるわ」
リンデは力なく微笑む。
「僕も、イリス嬢の人を見る目に助けられたよ。君の妹君は立派だ」
ハハッと笑うニールス。
「自慢の妹だから立派なのは当たり前よ」
リンデは少ししたり顔になる。
「じゃあさ、リンデ、そんな人を見る目のあるイリス嬢の選択を信じてみないか? イリス嬢が言うんだ。軽薄公爵と噂されているルーヴェン公爵閣下だけど、本当は噂通りの人物ではない。それならば、きっとそうなのだろうって」
ニールスのムーンストーンの目は、真っ直ぐリンデに向けられている。
「……そう……よね」
リンデはふうっと軽くため息をついた。
「イリスは、私が思っている以上に成長して大人になっているわ」
リンデのアメジストの目には、寂しさと嬉しさが入り混じっている。
「確かに、イリスの人を見る目は確か。イリスがルーヴェン公爵閣下を信じるのなら……今すぐには難しいけれど、私も信じてみようかしら」
リンデは後半苦笑する。
ヤンはの信頼度はまだ低いのだ。
リンデは遠くの方へ視線を向ける。
「イリスが離れてしまう寂しさとも、向き合わないといけないわ」
リンデの表情は少しだけ晴れており、そのアメジストの目は真っ直ぐ前を見据えていた。
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