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軽薄公爵のお気に入り  作者: 宝月 蓮


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13/17

気になること

(ルーヴェン公爵閣下……。やっぱり私、あのお方のことが好きだわ……)

 昨日、修道院の薬作り見学でヤンと手が重なった時のことを思い出したイリス。

 ふとした時にヤンのことを思い出し、鼓動が速まってしまう。

(だけど……)

 イリスは少しだけ表情を曇らせる。

 脳裏に浮かぶのは、軽薄そうな笑みだが寂しさと何かを恐れているようなエメラルドの目のヤン。


『でも……正直な話……女王陛下にはもっと早く革命を起こしてもらいたかったな。そうしたら……死なずに済んだ人も、もっといただろうに……』

 ヤンのエメラルドの目の奥から感じた、寂しさと恐怖と後悔。

 その時のヤンの表情は、イリスの脳裏にこびり付いていた。


(ルーヴェン公爵閣下……きっと過去に何かあったのよね……? 女王陛下が革命を起こすよりも前に……)

 イリスのアメジストの目は、憂いを帯びている。

 ヤンと王都のカフェで過ごした時、イリスに心の一部を見せてくれたかと思いきや、すぐに軽薄な笑みで本心を隠されてしまった。

(軽薄な振る舞いをするのは、きっと心の奥底を隠す為よね。ルーヴェン公爵閣下のことを……もっと知りたいわ。だけど……色々と気になるけれど、軽々と踏み込むわけにはいかないわよね……)

 イリスはふうっとため息をついた。

「浮かない顔ね、イリス。もしかして、あの軽薄公爵に何かされたの?」

「リンデお姉様……!」

 いつの間にかリンデが部屋にいたことに驚き、素っ頓狂な声を出してしまうイリス。


 イリス、リンデ、ニールスの三人はルーヴェン公爵領滞在中、ルーヴェン公爵城に拠点を置いている。

 イリスとリンデは同じ部屋なのだ。


 先程までリンデは部屋を出ていたのだが、いつの間にか戻っていたらしい。

「本当に憎たらしいわ。あの男、腐っても公爵家の人間なのね」

 大きなため息をつき、顔を(しか)めるリンデ。

 そのアメジストの目が見上げる天井には、豪華絢爛なシャンデリア。

 天井や壁紙、そして家具からも高級感が溢れている。

「リンデお姉様、ルーヴェン公爵閣下に失礼ですよ」

 イリスはリンデの様子に、眉を八の字にして困りながら苦笑した。

「だって、イリスに近付いて欲しくないのだもの……」

 不満そうな表情のリンデ。しかしそのアメジストの目からは、イリスを心の底から心配しているのが伝わって来る。

「リンデお姉様、心配してくださってありがとうございます」

 イリスはリンデの手をそっと握った。

 リンデを安心させるようにふわりと柔らかな表情になるイリス。

「イリス?」

「ですがお姉様、私は、ルーヴェン公爵閣下とお話ししてみて、やはり噂とは違うお方だと思ったのです」

 リンデに伝わって欲しい。そう思いながらイリスは言葉を紡いだ。

「でも……イリスが傷付くことになったら、私は嫌よ」

「お姉様」

 イリスはふわりとした笑みを浮かべるが、その笑みは力強くもあった。

「私は、私が実際に見たもの、実際に聞いたことを信じたいのです。私は……ルーヴェン公爵閣下と関わって……軽薄なのはきっと本心を隠す為の仮面で、本当は優しくて誠実で、素敵な方だと思ったのです。もしそれが間違っていたとしても、私は後悔しません」

「イリス……」

 イリスの言葉に、リンデは何も言えなくなってしまう。

 リンデはイリスをギュッと抱きしめる。

「リンデお姉様?」

 いきなり抱きしめられたことで、イリスは戸惑ってしまう。

「……分かったわ、イリス。でも、もしルーヴェン公爵閣下のことで何かあったら絶対に相談して。何か傷付くことがあったら、絶対に一人で抱え込まないこと。約束して」

 必死に懇願するような声のリンデ。

 イリスが初めて聞く姉の声だ。

「はい。ありがとうございます、リンデお姉様」

 イリスは柔らかな表情でそう答えた。

 その答えを聞いたリンデは、イリスを抱きしめていた手を離す。

「約束よ」

 いつものリンデの、しっかりとした声だ。

「はい」

 イリスは少しだけホッとして頷いた。

「私、ルーヴェン公爵城の書斎に行くわね。きっとニールスがいるだろうから。ここの書斎、豊富な種類の本があってニールス、夢中になっているのよ」

 リンデは困ったように苦笑している。

「はい。私は修道院からもらった薬草やハーブに関する書類を部屋で読んでいますね」

 イリスがそう言うと、リンデは部屋を出るのであった。

 部屋に残されたイリスは柔らかいソファに座り、食い入るように書類を読み始めていた。


 一方、部屋を出たリンデは、ため息をついてその場に座り込む。

「イリスが……どんどん私の元から離れて行ってしまうわ……」

 ポツリと呟かれた言葉。

 とても寂しそうな声だった。






♚ ♕ ♛ ♔ ♚ ♕ ♛ ♔






 翌日。

 イリスはルーヴェン公爵城を回っていた。

 ルーヴェン公爵城では自由にして良いとヤンから許可はもらっている。

(昨日は修道院での薬作りに夢中だったけど、改めてここはルーヴェン公爵閣下が育った場所なのね)

 イリスは廊下をゆっくりと歩いていた。

(それにしても、ルーヴェン公爵城は……使用人がかなり少ないわね)

 昨日からルーヴェン公爵城を見ているが、あまり使用人の姿を見ていない。

 ゼーラント伯爵城や王都の屋敷(タウンハウス)よりも使用人が少ないとすら思うイリスである。

(公爵家なのに、どうして? 何か事情があるのかしら?)

 うーん、と考えているうちに、イリスは宿泊している部屋に戻って来た。

 ゆっくりと扉を開き、部屋に入るイリス。

 しかし、その部屋はイリスが宿泊している部屋ではなかった。

 がらんとしていて、やや暗い部屋である。

(あ……。ルーヴェン公爵城は広いし、似たような場所が割と多いから、間違えてしまったのね。私が泊まっている部屋の場所、確認し直さないと)

 イリスは部屋を出ようとした。

 しかしその時、部屋に飾ってある肖像画が目に飛び込んで来る。

「この肖像画……」

 それは家族三人が描かれた肖像画。

 サラサラとした赤毛にサファイアのような青い目の男性。柔らかな癖のあるアッシュブロンドの髪にエメラルドのような緑の目の女性。そして、柔らかな癖のある赤毛にエメラルドのような緑の目の少年。

「ルーヴェン公爵家の方々ね。この男の子が……ルーヴェン公爵閣下。そして、閣下のご両親……」

 イリスはまだ少し幼さが残る肖像画のヤンを凝視していた。

(ルーヴェン公爵閣下は……どちらかと言えば母親似なのね。……それにしても、閣下のご両親は……ご不在なのかしら? それとも、ルーヴェン公爵閣下が当主ということは、もう既に……)

 イリスは色々と想像して俯き、表情を曇らせる。

 そして、次に顔を上げた瞬間、隣の肖像画が目に入る。


 美しい黒褐色のウェーブがかった髪、芯の強そうなターコイズのような青い目。凛とした美人の肖像画だ。


(このお方は……どなたかしら? 恐らく貴族の方だと思うのだけど……)

 イリスは思わず女性の肖像画に魅入っていた。

「イリス嬢、ここにいたんだね」

 不意に背後から声をかけられ、イリスは肩をピクリと震わせた。

「ルーヴェン公爵閣下……。勝手に入って申し訳ございません」

「謝ることはないよ。好きに過ごして良いと言ったのは俺の方だ」

 ヤンはいつもの軽薄そうな笑みである。

(ルーヴェン公爵閣下のことを色々知りたい。ご家族のことや過去を、今聞いても良いのかしら?)

 知りたいが、軽々しく踏み込んで良いものではないと思うイリスである。

 その思いにより、イリスは少し躊躇してしまう。

「イリス嬢、どうしたんだい?」

 ヤンはきょとんと首を傾げている。

 イリスはゴクリと唾を飲み込む。

「あの、ルーヴェン公爵閣下にお聞きしたいことがあります」

 思い切ってイリスはヤンのことを色々と聞いてみることにした。

「俺に聞きたいこと?」

「はい。ルーヴェン公爵閣下のご両親のことや過去……それから、この肖像画の女性がどなたなのかを」

 イリスはアメジストの目を真っ直ぐヤンに向ける。

 するとヤンはエメラルドの目を大きく見開いた。

 しかし、次の瞬間いつもの軽薄な笑みに戻る。

「イリス嬢、欲張りだね。もしかして、俺に惚れちゃったとか?」

 ヘラヘラと冗談っぽく笑うヤン。

「なんてね。流石にないか。正直、イリス嬢に語れるような過去ってないんだよねー」

 そう言うヤンはまるで、他人に自分を掴ませないような、ふわふわとした空気のようだ。

 しかしそのエメラルドの目の奥からは、やはり何かに怯えているような感じがした。

(多分このままだとはぐらかされてしまうわ。それならば……私から先に本心を見せないと)

 イリスは真っ直ぐヤンを見つめる。

「仰る通り、私はルーヴェン公爵閣下を好きになったから聞いているのです」

 イリスのアメジストの目は、真剣だった。

 ヤンはそんなイリスに、頬を少しだけ赤く染めながら思わずたじろいでしまう。

「まさかそう言われるとは思わなかった。色々とびっくりだよ」

 エメラルドの目が揺れている。

「……正直、俺自身も色々と整理出来ていない部分がある。君の気持ちや、過去に対して。……少し時間がかかるかもしれないけれど、整理出来た時に、話て良いかな?」

 ヤンの言葉に、イリスは「はい」と頷いた。

 ほんの少しだけ、ヤンの軽薄な仮面がひび割れたような気がした。

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