充実した日々と複雑な気持ち
「ルーヴェン公爵領へようこそ、三人共」
イリス達が泊まるルーヴェン公爵城へ着くと、ヤンが出迎えてくれた。
相変わらず軽薄そうな笑みだが、やはり公爵家当主なのでそれなりの威厳はあった。
「お招きありがとうございます、ルーヴェン公爵閣下」
ゼーラント伯爵城よりも大きな城を前にし、イリスは圧倒されながらもヤンに挨拶をする。
(……流石は公爵家。伯爵家とは規模が違うわ)
イリスはヤンとルーヴェン公爵城を交互に見ていた。
「改めまして、ラノワ伯爵家三男、ニールス・ファーレンテイン・ファン・ラノワです。色々とよろしくお願いします」
ニールスは人当たりが良さそうな柔和な笑みだ。
そんな彼にヤンも少しだけ表情を柔らかくする。
「ルーヴェン公爵家当主、ヤン・クラース・ファン・ルーヴェンです。ゆっくり過ごして欲しい」
ヤンとニールスは握手を交わした。
その二人のやり取りに、ホッと安心するイリスである。
そしてイリスは恐る恐る姉のリンデの方に目を向けた。
リンデはアメジストの目を吊り上げ、キッとヤンを睨みつけている。
(リンデお姉様……相手は公爵閣下よ……)
イリスはリンデのそんな様子に表情を引きつらせた。
リンデは伯爵令嬢で、公爵家当主のヤンよりも当然立場は下である。しかし、リンデはヤンに対して対応を改める様子は全くなかった。
むしろリンデのアメジストの目からは、イリスに手を出したら許さないとでも言うかのようである。
しかし、ヤンはリンデの態度を気にした様子はない。
「君はイリス嬢の姉君……リンデ嬢だったかな?」
相変わらず軽薄そうな笑みのヤン。
「貴方に名前で呼ぶことを許した覚えはありません」
ピシャリと言い放つリンデ。
「おお、これは意志の強いご令嬢だ」
ヤンはリンデに対して腹を立てることもなく、いつものペースである。
「貴方はイリスと交流があるようですが、イリスに何かしたら私が許しませんから」
リンデは仁王立ちで腕を組み、ギロリとアメジストの目をヤンに向けて威嚇していた。
(お姉様、守ってくれるのはありがたいけれど……)
イリスはヤンとリンデのやり取りにハラハラするしか出来なかった。
「リンデ、とりあえず落ち着いて。ルーヴェン公爵閣下、申し訳ありません」
ニールスはリンデを宥めつつ、ヤンに謝罪する。
「いや、気にしてないよ」
ヤンはフッと苦笑するだけであった。
(……薬草やハーブのこと、それから修道院の薬作り見学は楽しみだけど……大丈夫かしら……?)
イリスはリンデの様子を見てそう思うのであった。
♚ ♕ ♛ ♔ ♚ ♕ ♛ ♔
翌日。
(ここが薬を作っている修道院……!)
イリスは早速薬を煎じている修道院へ見学に来ていた。
ちなみに、リンデはニールスの用事に付き合っているので、この日イリスはヤンと行動している。
そのことについて、イリスはリンデに大変心配されていた。
「イリス嬢、良い表情をしているね」
ニヤリと軽薄そうな笑みを浮かべるヤン。しかし、エメラルドの目の奥はどこか嬉しそうだった。
「はい。ルーヴェン公爵領の修道院の見学は、とても楽しみにしておりましたので」
イリスのアメジストの目はキラキラと輝いていた。
その目には、修道女達が薬草やハーブを煎じて薬にしている様子が映っている。
「イリス嬢もやってみるかい? ここの修道院長に許可は既に取ってあるけれど」
ヤンのその言葉にイリスの表情は更に輝く。
「はい、是非」
イリスはワクワクと心躍らせていた。
いざ、薬作りを始めてみると、本で得た知識と実践では少し勝手が違うことに気付くイリス。
(意外と難しいわね)
イリスは少し苦戦していた。
「イリス嬢、これはこうするんだ」
そんなイリスに、ヤンは慣れたような手付きで作業の手本を見せてくれる。
「ありがとうございます、ルーヴェン公爵閣下。器用なのですね」
イリスはアメジストの目を丸くしていた。
ヤンの手先が器用なことに、少し驚いたのだ。
「まあ、この修道院の薬作りを俺は何度も見ているからね」
ヤンはややしたり顔で、ほんの少し子供っぽく見えた。
その表情に、イリスは思わず笑みが零れる。
「流石ですわ」
「イリス嬢にそう褒めてもらえると嬉しいな」
ヤンは甘い笑みだ。そのエメラルドの目の奥からは嬉しさが伝わって来る。
「ルーヴェン公爵閣下……」
イリスは再び笑みを零した。
(ルーヴェン公爵閣下は、きっと幼い頃からこの光景を見ていたのね。しかも、閣下、何だか楽しそう)
イリスは再び手を動かした。
ヤンの手付きを見てコツを覚えたので、先程よりも苦戦しなくなっていた。
「イリス嬢、かなり良くなったよ」
「ありがとうございます。ルーヴェン公爵閣下の教え方が上手でしたから」
ふふっと笑うイリスに、ヤンはほんのりと表情を赤らめた。
「イリス嬢、そんな風に異性を軽々しく褒めたらさ……勘違いする人が出るよ」
「そうでしょうか?」
ヤンの言葉に、イリスはきょとんとしていた。
その時、開いていた窓から風が中に入り、薬草やハーブの調合表がふわりと舞う。
イリスはそれにより床に落ちた調合表を拾おうと手を伸ばした。
その時、ヤンも調合表を拾おうとしたようで、二人の手が重なる。
「「あ……」」
思わずイリスとヤンの声も重なった。
イリスの小さな手は、ヤンの大きな手に包まれている。
(どうしよう……。ルーヴェン公爵閣下と手が……)
イリスはヤンの手の温もりを感じ、体温が上昇したような気がした。
頬が赤くなり、鼓動も速くなっている。
「ごめんね。拾おうとしたタイミングが重なったね」
ヤンはフッと笑い、イリスから手を離し調合表をテーブルに戻す。
「いえ……」
イリスは心臓がバクバクする中、必死に平然を装っていた。
「イリス嬢の手……小さくて柔らかいね。何だか守らないとって思うよ」
いつもの軽薄そうな笑みだが、そのエメラルドの目はイリスから外されていた。
ヤンの頬はほんのり赤く染まっているように見える。
「えっと……」
ヤンの言葉に、イリスはどう反応して良いか分からなかった。
(ルーヴェン公爵閣下からそう言われると……自分がおかしくなりそうだわ)
好意を抱く相手にそう言われ、イリスは嬉しさと恥ずかしさでいっぱいだった。
「リンデ嬢も、君を守ろうと必死になるの、分かる気がする」
ヤンのその表情は甘く、とても優しいものだった。
イリスはヤンの表情にドキリとする。
それと同時にリンデのことを思い出した。
(リンデお姉様は……私のルーヴェン公爵閣下への気持ちを知ったら……きっとショックを受けるわよね……)
ほんのり複雑な気持ちになるイリスであった。
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