ルーヴェン公爵領へ
季節は過ぎ去り、ドレンダレン王国の社交シーズンが終わった。
王都にいた貴族達は揃って領地に帰る準備をしている。
もちろん、イリスとリーデもゼーラント伯爵領に戻るつもりだ。
そして一旦ゼーラント伯爵領に戻った後、ルーヴェン公爵領に向かう予定である。
ゼーラント伯爵領に戻ったイリスは、ルーヴェン公爵領へ向かう準備をしていた。
「イリス、本当に行くつもりなのね……?」
同じように準備をしているリンデは、心配そうな表情だ。
「はい」
イリスは迷いなく頷く。
ヤンのことは抜きにしても、薬草やハーブが豊富なルーヴェン公爵領へ行きたいという気持ちは変わらないのだ。
「そう……」
リンデは諦めたようにため息をついた。
「あの軽薄公爵さえいなければ反対はしなかったわよ。イリスが薬草やハーブに興味を持っていることはよく知っているのだし……」
リンデの表情は曇っている。
(リンデお姉様、やっぱり私にルーヴェン公爵領に行って欲しくないのね……。というか、ルーヴェン公爵閣下と関わって欲しくないのね)
イリスはヤンの人となりを誤解しているリンデに対し、少し悲しげに苦笑した。
イリスはリンデに対し、ヤンの誤解を解けずにいたのだ。
「とりあえず、ニールスと合流してから一緒にルーヴェン公爵領へ行くことになるわ。それで良いわね?」
「はい」
ルーヴェン公爵領には、リンデの婚約者であるニールスにも着いて来てもらうことになっているのだ。
(お姉様がニールス卿もお呼びしたのは、私が一人でルーヴェン公爵領へ行ったことによって変な噂にならないようにする為……。私、リンデお姉様には守られてばかりだわ)
イリスは自身をいつも守ろうとしてくれているリンデに対し、申し訳なさを感じていた。
(だけど、ルーヴェン公爵領へ行けるのは……やっぱり少し楽しみだわ)
自身の興味のある薬草やハーブ、そして修道院での薬作りの見学。
イリスはリンデに対し申し訳なさを感じつつも、ワクワクとした気持ちもあった。
(それに……)
イリスの脳裏にはヤンの姿が浮かぶ。
『イリス嬢、婚約者でもなく、ましてや泣く程の相手に自らキスすべきじゃないよ。たとえ俺から求められたとしても。君が傷物になってしまう』
夜会でリンデの非礼を詫びようとしたイリスに対し、そう言ったヤンの姿。そのエメラルドの目の奥は、真剣だった。
『何だか意外だな。イリス嬢と趣味が合うなんて。色々と話せて楽しいよ』
へーケレン侯爵家で開催された薬学サロンで話した日のこと。軽薄さは感じず、どこか幼いような表情だったヤン。
『まあね。信仰心を示すことにもなるし、親を失った子供達の為にもなるからね』
教会に併設される孤児院に寄付へ行った日。軽薄そうに見えたが、どこか真剣さも感じられたヤンの姿。
『でも……正直な話……女王陛下にはもっと早く革命を起こしてもらいたかったな。そうしたら……死なずに済んだ人も、もっといただろうに……』
王都のカフェにて、そう呟いたヤンのエメラルドの目の奥からは、寂しさ、恐怖、後悔が感じられた。
『ああ。君から貰った小物入れだ。大切に使わせてもらっているよ』
イリスがお礼とお詫びも兼ねて渡した小物入れを、ヤンは丁寧に扱ってくれていた。
『ならばさ、イリス嬢、今年の社交シーズンが終わったら、ルーヴェン公爵領に来ないかい? ほら、ルーヴェン公爵領にある修道院は簡易的な薬を作っているし、せっかくなら見学とかどうかなって』
いつもの軽薄な笑みだが、そのエメラルドの目の奥からは真剣さが感じられた。
(リンデお姉様はきっと怒って反対するかもしれないけれど……私、ルーヴェン公爵閣下のことが……好き……なのだわ)
胸の奥に生まれた、温かなときめき。
イリスはヤンに対する気持ちをようやく自覚するのであった。
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暗く、寒い冬の夜。
目の前に広がる荒らされた部屋。
そして、床には見知った者達が口から血を吐き出して倒れていた。
「父上! 母上! ティルザ!」
ヤンは倒れている三人の元へ駆け付ける。
ヤンの両親はピクリともせず、既に息を引き取った後だった。
しかし、ヤンがティルザと呼んだ女性だけはまだ少し脈があった。
「ティルザ! 今医師を呼ぶ!」
必死な様子のヤン。
しかし、ティルザは力なく首を横に振る。
「良い……の。ヤン……貴方は……生きて……」
まるで最後の力を振り絞るかのような声だった。ティルザはそこで息を引き取ってしまう。
「何で……父上と母上とティルザが……!?」
ヤンのエメラルドの目は、絶望に染まっていた。
それと同時に、世界は闇に呑み込まれていった。
そこでヤンはハッと目を覚ます。
カーテンが閉められた窓からは、微かに光が零れていた。
その柔らかな光は、秋の始まりを告げるものであった。
「……もう朝か」
ヤンはゆっくりと体を起こす。
「久々にあんな夢を見るとは……」
ヤンのエメラルドの目は悲しみに染まっていた。
しかし首を横に振り、切り替えるヤン。
「今日はイリス嬢達がルーヴェン公爵領に来る日だ。準備をしておかないと」
フッと軽くため息をつき、ベッドから出るヤンであった。
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(わあ……! ここがルーヴェン公爵領……!)
イリスは馬車の窓から見える景色に心躍らせていた。
ルーヴェン公爵領は、ゼーラント伯爵領からそこまで距離は離れていない。よって、一日あれば馬車での往来が可能である。
(ゼーラント伯爵領や王都とは違った雰囲気だわ……! それに、もう薬草やハーブが目に見える……!)
今まで生まれ育ったゼーラント伯爵領や、成人後に過ごしていた王都しか知らないイリス。
ルーヴェン公爵領は自身で調べたり、ヤンから聞いた通り、薬草やハーブが自生していた。
馬車の窓からもそれが見えたので、イリスはアメジストの目をキラキラと輝かせていた。
「イリスは本当に薬草やハーブが好きね」
隣に座るリンデは、そんなイリスを見守るかのような表情である。
「……正直、ここがルーヴェン公爵領でなければ良い場所だと思えるのだけど。イリスが好きな薬草やハーブもあるし……」
リンデは重々しくため息をついた。
「まあまあ、リンデ。新たな土地へ行くことも色々と勉強になるからさ」
リンデの婚約者であるニールスは、苦笑しながらリンデを宥めている。
(リンデお姉様は軽薄公爵と噂されているルーヴェン公爵閣下のことを毛嫌いしているけれど……私は、自分で見たものを信じたいわ……)
そう思うイリスであった。
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