お誘い
ルーヴェン公爵家の馬車に揺られ、イリスは王都マドレスタムの街並みを眺めていた。
(私は今年成人したばかりで、王都は初めてだったわ。改めて見てみると、去年の革命で爆破も起こっていたから、まだ復興中の場所もあるのよね……)
イリスは窓の外に見えた、破壊された建物を見ていた。
かなり大きく豪華な建物だったことが分かるので、恐らく貴族の王都の屋敷だったのだろうと予想するイリス。
(確か女王陛下が起こした革命は、ベンティンク悪徳王家派閥の貴族達の王都の屋敷を爆破させたことが始まりの合図だったと、お父様やお母様から聞いたわ)
イリスは王都に来る前、革命推進派の集会に参加していた両親から色々と話を聞いていたのだ。
(革命が起こるまではお父様もお母様も私やリンデお姉様を守る為に、あまり革命推進派のことなどはお話ししてくださらなかったけれど、去年になって革命が成功してからは、色々とお話ししてくださるようになったのよね)
イリスは少しだけ表情を綻ばせていた。
ルーヴェン公爵家の馬車は、カタコトと規則正しい音を立てて王都を駆けていた。
「イリス嬢はさ」
不意に、隣に座っていたヤンに声をかけられ、イリスはピクリと肩を震わせる。
「何でしょう?」
「薬草とか薬学に興味があるんだよね?」
ヤンの言葉にイリスは「はい」と頷いた。
恐らくヤンはへーケレン侯爵家の薬学サロンのことを思い出しているのだろうとイリスは予想した。
「ならばさ、イリス嬢、今年の社交シーズンが終わったら、ルーヴェン公爵領に来ないかい? ほら、ルーヴェン公爵領にある修道院は簡易的な薬を作っているし、せっかくなら見学とかどうかなって」
いつもの軽薄な笑みのヤン。その表情からは本心が読み取れない。しかし、エメラルドの目の奥はどこか真剣さを感じた。
「ルーヴェン公爵領に……!」
イリスはアメジストの目を大きく見開き、キラキラと輝かせる。
(薬草の宝庫とも言われるルーヴェン公爵領へ行けるのね……! しかも、簡易的な薬を作っている修道院まで見学出来るなんて……!)
イリスにとって非常に魅力的な提案だった。
「はい。ルーヴェン公爵閣下がご迷惑でなければ、是非」
イリスは思わずそう答えていた。
するとヤンは少しだけホッとしたような表情になる。
「そう言ってもらえて良かった」
「滅多にない機会ですもの」
イリスは自身の興味のあることだったので、非常にワクワクしていた。
しかし、ふと姉のリンデの存在を思い出す。
(……リンデお姉様にはどう説明しようかしら? ルーヴェン公爵閣下のことを嫌っているみたいだし……)
楽しみである反面、リンデをどう説得しようか悩むイリスであった。
♚ ♕ ♛ ♔ ♚ ♕ ♛ ♔
「イリス、今日何かあったの? 帰りが少し遅かったわね。まさか孤児院から侍女と馬車だけが先に帰って来るなんて思わなかったわ」
ゼーラント伯爵家の王都の屋敷に戻ったイリスは、リンデから帰りが遅かったことを心配されていた。
(そうよね。そうなるわよね)
イリスはリンデにどう説明しようか悩んでいた。
イリスよりも先にゼーラント伯爵家の馬車と侍女だけが帰って来ていたので、不思議がられて当然だろう。
リンデの反応から、侍女はヤンのことを伏せて伝えてくれていたようだ。
そこには感謝するイリスである。
(リンデお姉様に何と誤魔化そうかしら? ルーヴェン公爵閣下から社交シーズン終わりに領地に誘われていることもきっと反対されるだろうし……)
イリスは上手い言い訳を考えていた。
しかし、考えれば考える程雁字搦めになっていく。
「イリス? 本当にどうしたの? 大丈夫?」
リンデのアメジストの目は、イリスを心底心配しているようだった。
(うう……やっぱりリンデお姉様に嘘はつけないわ)
イリスはため息をつく。
「リンデお姉様、実は……」
イリスは帰りにヤンと王都を回っていたこと、そしてヤンから社交シーズン終わりにルーヴェン公爵領に誘われたことを正直に話した。
「何ですって……!?」
イリスの話を聞いたリンデは、信じられないと言うかのようにアメジストの目を大きく見開いていた。
(うう……)
イリスは居心地の悪さにより、リンデから目をそらしている。
「よりによってあの軽薄公爵と……! それに、イリスが領地に誘われただなんて……!」
リンデはソファにもたれかかり、大きなため息をついた。
「イリス、絶対に行ってはいけないわ。相手はあの軽薄公爵よ。絶対に危険だわ」
リンデのアメジストの目が真っ直ぐイリスに向けられた。
イリスを本気で案じていることがひしひしと伝わって来る。
(リンデお姉様はきっとそう言うわよね……)
イリスは少し困りながら目を伏せる。
イリスの脳裏に浮かぶのは、へーケレン侯爵家の薬学サロンにて真剣に議論するヤンの姿。そして、ヤンのエメラルドの目の奥から感じた寂しさと何かを恐れている様子。
(リンデお姉様もそうだけど、恐らくみんなルーヴェン公爵閣下のことを誤解している気がするわ。彼は……本当はきっと優しい方だと思う)
イリスはヤンが皆から誤解されていることを、少し悲しく感じた。
「リンデお姉様、ルーヴェン公爵閣下とお話ししてみたのですが、噂にあるような方だとはあまり思えませんでした」
イリスはリンデに思い切ってそう伝えてみた。
イリスのアメジストの目は、真っ直ぐリンデを見つめている。
どうか伝わって欲しい。そんな気持ちを込めていた。
「イリス、貴女はきっと騙されているのよ。相手は女性に見境がない軽薄公爵よ。今は無事かもしれないけれど、この先イリスに軽薄公爵の魔の手が伸びて……色々と想像するだけでも恐ろしいわ。イリス、悪いことは言わないから、軽薄公爵と関わってはいけないわ。……いえ、きっと向こうから来ていて、イリスは断れないだけなのよね。ねえ、そうなのよね」
ソファから立ち上がったリンデは、イリスの肩を掴み必死だった。
真剣に妹の身を案じている姉の目である。
「リンデお姉様……」
イリスは自身の肩に置かれたリンデの手をそっと下ろす。
「いつも私のことを心配してくださって、ありがとうございます。私は……自分の目で見たものを信じてみたい。そう思います。それに……ルーヴェン公爵領のハーブや薬草、修道院で薬を作っている様子は気になりまして……」
イリスは真っ直ぐリンデを見つめている。
「イリス……」
リンデは相変わらずイリスが心配で堪らないという表情だ。
「……分かったわ」
リンデは諦めたようにため息をついた。
「ならば今年社交シーズンが終わったら、私もルーヴェン公爵領に行くわ。ニールスと一緒にね」
「え……!?」
リンデの言葉にイリスは目を丸くした。
「大切な妹を軽薄公爵と噂されている奴の領地に一人で行かせられるわけないじゃない。私とニールスも一緒に行くことで変な噂にはならずに済むでしょう」
リンデは眉を八の字にして、困ったような笑みを浮かべている。
「リンデお姉様……! ありがとうございます!」
イリスはパアッと表情を明るく輝かせた。
「その代わり、危険だと感じたらすぐにゼーラント伯爵領に帰るわよ」
「はい」
イリスはクスッと笑いながら頷いた。
こうして、社交シーズン終わりにイリスはルーヴェン公爵領に行くことになったのである。
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