婚約破棄されたけど、私には推しがいるので問題ありません!
「リリアーヌ・フォン・ベルネ! 君との婚約を、ここに破棄する!」
――はい、きたー!
華やかな舞踏会のど真ん中。煌びやかなシャンデリアの下で、第一王子アラン殿下が声高らかにそう宣言した。
楽団の演奏がぴたりと止まり、会場は一瞬にして静まり返る。
ざわ……ざわ……。
同情と好奇の入り混じった視線が、いっせいに私へと注がれる。
(いやいやいや、みんな勘違いしてるでしょ。私、今めっちゃ解放感に満ち溢れてるんですけど!?)
そう、私は心の中で小さくガッツポーズをしていた。
だって――私はずっと、第二王子エドワルド殿下のファンだったのだ。
整った顔立ちに、気品ある振る舞い。誰にでも分け隔てなく優しくて、文武両道。
学園時代から「王子様の中の王子様」と呼ばれるほどの完璧さ。
彼は私の**推し**である。
……にもかかわらず、私に与えられた婚約者は、よりによって第一王子アラン殿下。
顔は悪くないけど自己中心的、プライドばかり高い。はっきり言って推しの足元にも及ばない。
(そんな殿下に婚約破棄を言い渡されるとか、むしろ朗報じゃん!?)
私はスカートの裾をつまみ、にっこりと笑みを浮かべた。
「――わかりました。ありがとうございます!私、推しのエドワルド王子と婚約したいので!」
会場「…………」
シーン、と音が聞こえるくらいの沈黙。
え? そんなにおかしなこと言ったかな?
素直に気持ちを表明しただけなんですけど。
アラン殿下は目を剥き、口をパクパクさせている。
周囲の貴族たちは「推しってなに!?」「まさか第二王子のことを……?」とざわざわ。
母は顔を覆って卒倒しかけていた。
(まあ、空気読めてないのはわかってる。けど、今言わなきゃ一生後悔する!)
そのときだった。
ガタッ、と椅子の音が大きく響く。
壇上に座っていた第二王子――エドワルド殿下が、真っ赤な顔で立ち上がっていたのだ。
「……俺も、そのつもりだった。君が傷ついているだろうと思い、後から求婚するつもりだったが…」
「…………は?」
私の頭が真っ白になる。
殿下はまっすぐ私を見つめ、はっきりとした声で続けた。
「兄上の婚約者だからと諦めていた。だが……俺は、ずっと君を想っていた。ようやく言える。――リリアーヌ、俺と共に歩んでくれ」
会場「えええええええええええ!?」
大混乱。悲鳴に近いざわめきが広がる。
ちょっと待って!?
私、軽いノリで「推しと婚約します!」って言っただけなんだけど!?
(え、なにこれ。ファンから公式彼女になるルート!?)
「リリアーヌ……返事を」
殿下が一歩、こちらに歩み寄る。その瞳は真剣そのもの。
心臓がばくばく音を立てる。顔が熱い。
でも、ずっと夢見てた人に「欲しかった」と言われて、断れるわけがない。
「……はい! よ、喜んで!」
会場がどよめき、貴族のご婦人方は口元を押さえ、騎士たちが「まじか」と呟く。
アラン殿下は青ざめて椅子に崩れ落ちていた。
(やばい、最高のざまぁ+最高の胸きゅんじゃんこれ!!)
エドワルド殿下は私の手をそっと取り、微笑む。
その笑顔は、私がこれまで遠くから見てきた「推しの笑顔」そのままだった。
「では、改めて……俺と婚約してほしい」
「はいっ!」
――こうして私は、推しと両想いになったのです。ばんざーい!
◇◇◇
婚約が正式に発表された後。
お祝いのパーティーが終わり、殿下と二人きりになった。
「……リリアーヌ」
「はい、殿下」
「殿下、じゃなくて。これからは名前で呼んでほしい」
「えっ……え、エドワルド様……?」
「様もいらない」
「……エ、エドワルド……」
私がしどろもどろに呼ぶと、殿下は満足そうに微笑んで、私の頭をそっと撫でた。
「やっと隣に来てくれた。これからは、推しじゃなくて――俺の婚約者として甘えてくれ」
「……っ、はい!」
(――ああ、これはもう、推しどころじゃない! 本物の恋だ!!)
__終わり。