中年狩人、とんだ茶番に付き合わされる。
雑踏の中、ルーシーを見失わないのは比較的簡単だ。赤のストールが一際目を引く。
通りの途中に人だかりが出来ている。物珍しい大道芸のピエロの周りで、買い物途中の人々が足を止めている。ルーシーもしばらく見入っていたが、ふと我に帰ったようで、急に歩き始めた。慌てて後を追う。
しばらく、よそ見もせずに歩き続けていたルーシーだが、街を巡回している騎馬に乗った衛兵の近くで立ち止まり、笑顔で軽く手を上げた。どうやら知り合いのようだ。衛兵も軽く手を上げて会釈する。どうやら顔見知りのようだ。まだ20歳くらいの衛兵は茶色の長髪、背が高く体格も良い。実直そうな硬い表情が一瞬笑顔になるが、ふと我に帰ったようで、厳しい表情に戻る。
「おやおや、早くもビンゴ?」
どうやらマスターの心配の種は、早くも解決しそうである。
その後、ルーシーが赤龍亭へまっすぐ戻ったことを確認し、俺は王城の門のところにある衛兵の詰所に向かった。
詰所では王城への来客を確認したり、有事の際の対応を行うと聞いたことがあるが、この平和な世の中では単なる門番としての仕事と街中の警備業務程度しかなく、退屈そうな衛兵が欠伸を噛み殺している。
普段あまり衛兵と触れ合う機会はないのだが、ここは愛想良く。
「ちょっと、教えて欲しいことがあるんだが。」
俺は満面の笑顔で衛兵に問いかける。
「何事だ?」
中年の疲れた表情の衛兵が答える。
「騎馬に乗った衛兵さんにお世話になったから、お礼をしたいんだが、名前だけでも教えてもらえないかと思って。」
「どんな奴だ?」
「今日街の中であったんだが、茶髪の長髪で20歳くらいの背が高い衛兵さんだ。」
「そりゃ、副隊長だな。アラン・モルト副隊長だ。うちの隊で1番の剣の使い手だよ。」
「ありがとう、直接お礼を言いたいんだが、どうしたらいい?」
「そうだな、しばらくしたら巡回から戻って来られるから、このまま待ってみたらいいんじゃないか。そのうち戻って来られるよ。」
俺はそのまま待つことにし、中年の衛兵としばらく話すことにした。
どうやら副隊長は、叩き上げの出世頭のようだ。14歳で入隊し着実に任務をこなして来たようだ。幼い時に両親を流行病で亡くしているらしい。
仕事ぶりも誰よりも早く出勤して、街の治安維持に対して誰よりも真摯に取り組む。周りに対しての気配りもできるし、年配の隊員に対しても礼節をわきまえた接し方をしている。剣の腕はずば抜けているがそれを鼻にかける様子もなく、誰よりも真剣に訓練に取り組む。誠実な人柄と剣の実力で今の地位についたようだ。
中年の衛兵とこのような話をしていると、噂の副隊長が歩いて来た。
俺は会釈して声を掛ける。
「あなたがアラン副隊長?」
「そうだが、どちら様ですか?」
「あなたにお世話になったんで、お礼をと思いまして。」
と言いながら、中年の衛兵から離れた場所へと連れ出す。
「実はルーシーさんのことだけど。」
若い副隊長は目に見えて動揺している。手に持った書類を落としてしまった。落ちた書類を二人で拾いながら、尋ねる。
「赤龍亭のマスターに頼まれて来たんだが、ルーシーが最近門限を破って遅く帰ってくることがあるらしいんだが。何か心当たりはあるかい?」
「お、お父様には早く挨拶に行かなければと思っておりまして…。」
激しく動揺した副隊長は吃りながら、うわずった声で言う。
「えーと、真面目にお付き合いしてるってこと?」
「はい!ルーシーさんとは、いずれ結婚して幸せな家庭を築きたいと。」
「いや、俺に言っても。」
「半年ほど前に仲間に連れられて赤龍亭に行きました。そこで、俺は生まれて初めて天使に会ったんです!ルーシーさんに一目惚れしました!そこからは毎晩赤龍亭に通い詰めて、なんとかルーシーさんと仲良くなる事ができました。もう俺の頭の中はルーシーさんでいっぱいです!」
いや、こんなところで言われても。
「マスターが心配してるから、挨拶くらいしてた方がいいんじゃないの?」
気安く言ったこの一言を後で後悔することになる。
勤務も終わりとのことで、アランは今から赤龍亭へ向かうと言う。
「今日こそ覚悟を決めて、お父様にご挨拶をします!」
との事だ。マスターに事情の説明もしなければならないので、俺も同行することにした。激しく動揺しているこの男を一人で行かせたらきっと碌なことにならない。
「緊張して吐きそうになって来ました。」
赤龍亭の目の前で、アランが言う。
「ここで、グダグダしててもしょうがない。覚悟を決めていくぞ!」
放置していたら、このまま何時間でもここにいそうだ。俺は勢いよく赤龍亭のドアを開ける。
「いらっしゃいませ!」
いつもの元気な挨拶が聞こえる。店内は仕事帰りの客で賑わっている。ルーシーはいつものように、店内でキビキビと動き回っている。
幸いカウンター席が空いていたので、アランと俺は並んで座る。
「ご注文は?」
と声をかけたルーシーがアランに気づく。一瞬ハッとした表情をしたが、すぐにいつもの営業スマイルに戻る。
「とりあえず、軽くつまめるものと葡萄酒を頼む。」
ルーシーは厨房へ向かってオーダーを伝え、近くのテーブルに呼ばれて離れた。
「とりあえず景気づけに一杯飲んでおけ。」
アランはかなり緊張しているようだ。天井を向いて深呼吸をしている。
「マスターもちゃんと挨拶したら怒ったりしないと思うから、あんまり緊張するなよ。」
声をかけていると、マスターが葡萄酒と作り置きの軽いつまみを持って来た。
「ジョニーじゃないか。最近よく来てくれている衛兵さんも一緒かい?」
俺はアランの脇腹を肘でつつく。
アランはガバッと直立し.
「お嬢さんを私にください!」
店内に響き渡る声で言った。
あっけに取られる俺。店内も一瞬静まり返る。
「断る!」
マスターが言う。そりゃそうだ、いきなりすぎる。
「なんの冗談だ。長年手塩にかけて、目に入れても痛くないほど愛情を注いできた一人娘をどこの馬の骨ともわからん男にやれるかッ!」
ごもっともである。
「あー、マスター。俺の話を聞いてもらっていいかい?」
このままじゃ流石に駄目だろうと口を挟む。
「この男は国の衛兵で副隊長だそうだ。ちょっと調べてみたけど、真面目でいい奴みたいだから頭ごなしで断る!じゃなくて話くらい聞いてくれてもいいんじゃないか。」
「いやしかし。」
「衛兵といえば、生活は安定してるしコイツは真面目で仕事もきちんとしてる。隊での評判もすこぶるいい。俗に言う優良物件て奴だ。」
「だが!」
喋りかけたマスターをいつのまにかアランの横に来ていたルーシーが遮る。
「私は、この人と結婚するの!パパが反対するなら、この家を出ていく!」
あっけに取られる俺を尻目に話がどんどん進んでいく。
予想以上に2人は真剣なようだ。
「お嬢さんを私にください。必ずこの国で1番幸せな花嫁にして見せます!」
「私たちだって、真剣に考えてるんだから。2人で一緒懸命にお金を貯めてから結婚するんだから。認めて、お父さん。」
黙って話を聞いていたマスターが口を開く。
「わかった。だが、お前がもし娘を泣かせるようなことがあれば、容赦しないからな。ところでお前の名前は?」
今更である。
「失礼しました。国の衛兵で副隊長をしております。アラン・モルトと申します。」
「まぁとりあえず飲め。」
マスターがアランのコップに葡萄酒を注ぐ。店内の緊張が緩んだようで、静まっていた店内に客たちの控えめな話し声がし始める。
「みんな、すまねえな。次の一杯は俺の奢りだ。俺の娘とその彼氏の未来に乾杯してくれ!」
店内にマスターの大声が響く。
俺はため息を一つ、やれやれだぜ。




