中年狩人、マスターの昔話に付き合わされる。
「ジョニー、頼みかあるんだが。」
先ほどまでの酒場の喧騒も落ち着き、店内は俺一人になっていた。
「うちの娘、知ってるだろ。」
「ああ、この店の看板娘だろ。」
マスターはタオルで濡れた手を拭きながら続ける。
「あの子は、俺に似ずまっすぐで素直な良い子に育った。俺に似ず器量も良い。」
確かに、マスターとはあまり似ていない。
がっしりとした体格、半白の黒髪を後ろで束ねている。ドングリのような大きな目、大きな鼻と大きな口。全体的に作りが大きく感情をはっきりと表す表情は、マスターの裏表のない性格を表している。
「ルーシーは確かにあんたにはあまり似てないな。お母さん似なんだろ。」
「そうなんだ。あの子の母親は天使のような女だった。」
マスターは俺のコップに葡萄酒を注ぎながら続ける。
「昔の俺は荒くれの冒険者で、酒を飲んではあちこちで暴れて、いざこざを起こしていた。冒険者ギルドでも鼻摘み者さ。だけど俺は構わなかった。俺のことを悪く言う奴なんかは、冒険者として名を上げればいくらでも見返すことができると思ってたんだ。」
マスターは俺のつまみのピーナッツを一掴み口に放り込み、もぐもぐと食べる。
「ある日、ダンジョンに潜っていた時だ。その日、俺らのパーティーは分不相応な高難易度ダンジョンに潜っていた。過去の遺物、伝説のオーパーツがあるって噂だったんだ。金も欲しかったが、高難易度ダンジョンを攻略すれば、当然俺らの名も上がる。新進気鋭のパーティーとして名が売れ始めていた俺らは、どこかで焦っていたんだな。今思えば、若さゆえの過ちだったんだな。」
マスターは過去を懐かしむような遠い目をしながら話しを続ける。
「ダンジョンのボスのところまでは、なんとか進むことができた。アンデッドキングと呼ばれる、自らをアンデッド化した、どこかの国の大僧正だったはずの奴だ。パーティーのタンク役だった俺を先頭に、俺らは勇猛果敢に戦ったが、力及ばず瀕死の状態でなんとか逃げ出した。俺は大きなダメージを受け、意識不明でパーティーの仲間に連れ出してもらったらしい。」
話はまだ続きそうだ。俺は長期戦に備えて座り直す。
「目が覚めたら、寺院の治療部屋。どうも1週間は眠り続けていたらしい。その時、俺をつきっきりで看病してくれていたのが俺のパーティーのヒーラーだった。目が覚めた時も、すぐ近くにいてくれたんだ。俺はこの世に本当に天使がいるんだなと思ったよ。後は、わかるだろ。」
「ああ。」
「料理は俺の嫁が、エリナが教えてくれたんだ。なかなかいけるだろ。」
「この店の料理が美味いのは、お前の嫁さんのおかげだな。」
「そうかもな。だが酒癖の悪さはなかなか辞められない。そして人生を楽しむためには酒は欠かせない。俺の燃料で必要だと思っていたんだ。人生にとって何が大事かなんてまだわかっていなかったんだ。」
「俺は相変わらず、無軌道な生活を続けていた。そんなある日、エリナが妊娠したことがわかったんだ。エリナには冒険者なんか辞めて、落ち着いた生活をしてほしいって何度も言われたよ。」
当時を懐かしむように、マスターは遠い目をする。
「俺は生まれてくる子供のために、金を稼ごうと思ってそれまで以上にダンジョン探索にのめり込んだ。元々体が弱かったエリナが病気になった時も、ダンジョンに潜っていた。臨月も近づいていたんだがな。その時のダンジョン攻略はかなり苦戦したが、それに見合うだけの成果を持って帰って来たんだ。」
「ダンジョンから帰って来た時には、エリナは死んでいた。弱っていた体が出産に耐えられなかったんだろうな。」
「産婆を務めてくれた俺のお袋が、エリナの最後の言葉を伝えてくれた。『この子の名前はルーシー。この子には、アナタがただ一人の親になるんだから、ちゃんとした父親になってくれ』だそうだ。」
マスターは当時を思い出して涙ぐんでいる。俺はポケットからハンカチを出して渡す。
「ありがとう。」
言いながらマスターは盛大に鼻をかむ。
「気にするな。なんならそのハンカチは進呈する。」
マスターは鼻を啜りながら話しを再開する。
「その時の子供がルーシー、うちの看板娘だ。俺の人生には天使が二人いる。エリナとルーシーだ。俺はあの子を一人前に育てるために、酒も冒険者も辞めてなんとかここまで育てて来たんだ。」
俺はうんうんとうなづく。
「そんなルーシーが、最近門限を守らなくなったんだ。悪い虫でもついたんじゃないかと俺は心配で心配で。」
「それを調べてくれと。」
マスターはうなずく。
「わかった。それなりの報酬は頼むよ。」
俺は、いくばくかの小銭をカウンターに置き、店を後にした。




