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赤龍亭と天井桟敷の人々  作者: now here man
第二部 修行編

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のっぴきならない三人

第二部スタート

立ちこめる腐臭と入り混じる新しい血の匂いに、思わず口元を覆う。

狭い地下室の中には、カティとアラン、俺の三人だけ。

ランタンの灯りがかすかに揺れ、三人の陰が壁で揺らめいている。


俺は思わず壁を殴りつける。

「すっかりハメられたってわけか。」

拳から血が流れているが、だからどうだっていうんだ?


「僕には、さっぱりわかりません。」

アランは青白い顔をしている。


「まずは、この状況をどうするかじゃな。」

カティはひどく落ち着いている。値踏みをするようにアランと俺の顔を交互に見る。


俺は大きく息を吐く。頭に血が上ったままでは、何も解決には向かわない。


「まずは現状の把握じゃな。」

カティは言いながらランタンで周囲の壁を照らし出す。

まず目に入ったのは首を落とされた羊の死体。硬直具合から見て、死後それほど時間は経っていないようだ。床に広がる血のむせるような匂いが、充満している。

レンガの壁で覆われたこの空間は、四方が壁。窓も何もなく、ランタン以外の光源はない。

揺らめくランタンに照らし出されるのは、死後かなりの時間が経っているであろう人骨。そして何かの祭壇であろうか、朽ちた木製の棚がある。

「趣味が悪いのう。」

カティはため息をつく。


「頭がおかしくなりそうだ。」

アランは振り絞るように声を出す。

「さて、現状を打破するにはここを抜け出すか、それとも誰かが来るのを待つかじゃが。」

「ここは地下室だ、待つしかないんじゃないか?」

「そうじゃの。待つか。」

言いながらカティは壁を背に床に座る。


「すいません。お二人を厄介ごとに巻き込んでしまったみたいです。」

アランは震える声で喋る。ランタンの光でもわかるほど顔が青ざめている。

「気にするな、困った時はお互い様だろ。」

俺は壁を隅々まで調べながら答える。

三人とも怪我はない。ランタンもあと6時間、つまり朝までは持ちそうだ。ここは大人しく事態が進展するのを待つしかないだろう。


…いつのまにか意識が朦朧としていたようだ。水が滴る音で急に意識が戻る。


二人は、天井を見上げている。

天井の蓋が少し開いているようだ。光が漏れている。

光の中には男の影が見える。逆光で顔ははっきりとは見えないが、あの男で間違いない。

「…あやつ、わしらを生きて帰すつもりは無いようじゃな。」


…じわじわと水が滴る、いや水が流れてきている。気がつけば足首まで冷たい水。

「水責めか?」

二人とも黙ったままだ。

アランは、この状況になんとか冷静に対処しようとしている。カティはただ天井を見つめている。

「やはりか…。」

カティは呟く。

「何がだ?」

カティは答えず、ただ天井を見上げている。


水嵩が増し、今は膝の高さまで冷たい水が溜まってきている。水面に、羊の血が赤く広がる。


「一体どうなってんだよ。」

俺は誰にともなく呟いた。


俺達はもう、後戻りは出来ない地点まで俺達は足を踏み入れていた。




…昨日の夕方の事だった。いつものように赤龍亭で食事をしているとアランが現れた。

いつも陽気な、幸せいっぱいの顔を今日は曇らせている。

「ジョニーさん、頼みがあるんだが。」

「喧嘩の仲裁はごめんだぜ。」

俺は隣の席を勧める。

「仕事の方なんだ。事件で行き詰まっていて、助けて欲しいんだ。」

俺はコップの葡萄酒を飲み干す。

「行方不明の人物を探しているんだが、どうしても見つけられない、お手上げだ。」

俺はアランのコップに葡萄酒を注ぎ、続きを促す。

「誰が行方不明になったんだ。そもそもなんで俺にそんな話をするんだ?」

「行方不明になったのはストーンズ伯爵。奥様があなたをご指名だ。」

…やれやれだぜ。


「奥様は、子猫の件でジョニーさんのことをえらく気に入ったらしい。カティさんと一緒に探して欲しいとのことだ。」

子猫の件では犯人を逃している。もしかして、あの犯人かもしれないという考えが頭をよぎる。

「伯爵についてはあまり良い噂は聞かないんだが、探してくれるか?」

アランはコップを見つめながら呟く。

「厄介なことになりそうだ。」

そう言いながら、アランはわずかに笑っていた。

場違いなほどに、穏やかな表情で。


俺は一瞬躊躇ったが、夫人の頼みとあれば仕方がない。こう見えても一応、騎士道精神はあるのである。

「でも、アラン達が探したんだろ。」

「俺達、衛兵も勿論探したさ。でも決定的な手掛かりは無しだ。」

どうやら俺一人の手には余る事件のようだ。カティは顔も広く、何か知っているかもしれない。

「カティの店に一緒に行ってみるか。」

俺達二人は、赤龍亭を後にした。


あの時の決断が、地下室へと繋がっている事を俺はまだ知らなかった。


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