春キャベツのミルフィーユ鍋
狩の帰り道。
街は夕暮れに包まれている。
このまま帰るにはまだ早い時間だ。
赤く染まった街並みに、二人の影が長く伸びている。
風はただ頬をくすぐる、春の訪れを告げるように。
「少し腹が減ったな。赤龍亭に行こう。」
「そうだね、お腹が減ったね。」
赤龍亭は今日も賑やかだ。
柔らかい照明、人々の会話の声。
二人はテーブル席へ座る。
「今日のお勧めは?」
ルーシーに声をかける。
「春キャベツのミルフィーユ鍋なんてどう?」
「よし。それでいいか?」
頷くヨシュア。
ルーシーの元気な声が店の中に響き、マスターの返事が返ってくる。
湯気の立つ鍋が運ばれてくる。
二人はしばらく無言で食べる。
暖かさが、体を芯から温めてくれる。
「おう、こんなところにおったのか。」
言いながら、カティはテーブルの空いている椅子に座る。
「どうしたんだ?」
「その前に、うまそうなものを食べとるの。わしもそれを頼むとするか。」
言いながら、カティはルーシーに軽く手を挙げ注文をする。
カティは俺たちの顔を交互に見る。
「さて、頼みたいことがあるんじゃが。」
…でしょうね。
「行方不明になったものを探して欲しいんじゃが。」
「行方不明?」
「昨日の夜から家に戻っとらんらしい。」
「そうか。」
「依頼人はサン・ヒルズのマーサ。」
「高級住宅街じゃねぇか。お貴族様かよ。」
「貴族も貴族。ストーンズ伯爵の奥様じゃ。」
カティの奴、どんだけ顔が広いんだ。
「行方不明になったのは誰なの?」
ヨシュアがカティに尋ねる。
「マーサが大事に育てている猫じゃ。」
「猫か。勘弁してくれ、他を当たってくれ。」
しばし俺の顔を見つめるカティ。
「それなりの報奨金は出すとのことじゃぞ。」
俺は首を横に振る。
「そろそろ俺のクロスボウが仕上がるんだ。俺は狩りに行きたくて、うずうずしてるんだよ。」
「ドラゴンにやられた例のヤツか。」
「ああ、お陰でこの冬の間は近場での狩りしかできなかったんだ。」
「そうか、残念じゃが、他を当たるか。」
カティはしばらく天井を見つめる。
「僕でよかったら、探してみるよ。」
カティと俺は驚いてヨシュアの顔を見る。
「羊飼いの仕事の方はあまり忙しくないから、何日か休みをもらって探してみるよ。」
「それは助かるの。」
「猫の特徴とか教えてもらえる?」
「猫は黒猫。まだ子供だそうだ。星のマークの鈴がついた首輪をしている。昨日の昼頃屋敷から飛び出して、そのまま帰ってこないとのことじゃ。」
「今からマーサさん家に、お話を聞きに行っても大丈夫かな?」
「そうか。ではわしも一緒に行くとしようかの。」
運ばれてきた料理を手早く片付け、店を後にする二人。
さて、今日は家に帰って大人しくしておくか、と思っている俺に
「当然、お主も来るよな。」と、カティ。
やれやれだぜ。




