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赤龍亭と天井桟敷の人々  作者: now here man
第一部 邂逅編

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20/26

世界は回る。何事もなかったように。

棍棒が空を切るのを右の頬で感じる。

待ち伏せしていた黒ずくめの男、若い男の方だ。

バランスを崩した男の右腕を押さえ、そのまま体重を乗せて地面に押し倒す。

俺は倒れ込んだ男に馬乗りになる。


暴れる男に三発ほど拳を食らわせて、おとなしくしてもらう。

顔を覆っていた黒い布を剥ぎ取る。おびえた目をした男は、顔を逸らす。

見知らぬ顔だ、浅黒く彫りの深い顔立ちはベルと同じ国の出身だろう。俺は肩で息をし、呼吸を鎮める。

「なぜ俺を襲った。」

問いかけに男は答えない。さらにもう一発拳を食らわせるが男は答えない。しかし、完全に戦意を失っているようだ。

「ベルを狙っているのか。」

男の目に、殺意が浮かぶ、ビンゴか。


さて、どうしたもんかと考えていると、背後から押し殺した足音。

考えるより先に体が反応する。

視界の隅で、刃がキラリと反射するのを見た気がした。

肝が冷えるとはこのことか。

倒れている男から離れて、年嵩の男との距離をとる。

男はナイフを構えて、体勢を立て直す。

永遠に続くかと思われた一瞬の後、男がナイフを構えて突進してくる。今度はかわしきれず衝撃に押し倒される。左腕が熱くなる。

次の一手を考えながら、体を起こそうとしていると、

…爆音と共に腹を揺らす衝撃。


そこには見慣れた黒いマント。カティが黒ずくめの小柄な男の首元をつかみ引きずっている。

「遅くなってすまんな。しかし詰めが甘いよのぉ。」

聞き慣れた声。なぜカティがここに?

「もう一人おるのはわかっておったじゃろう。背後にも気を配れ。」

小柄な男、年嵩の男は完全に気を失っているようだ。カティは俺の横に男の体を放り出す。


「一部始終見させてもらった。頭に血がのぼっとったら、周りのことが見えなくなる。そのくらいわかっておるじゃろ。」

「カティ、何でここに?」

「その前に、こやつらをどうするかじゃが。」

「とりあえず縛っておくか。」

俺はポケットから革紐を取り出し、二人の男を拘束する。

ついでに年嵩の男の頭を一発殴っておく。先ほどの借りはこれで返した事にしておこう。


カティは短く口笛を吹くと、どこからともなく男が現れる。赤龍亭にいたベルのボディガードの一人だ。

ボディガードはカティの側に行き、小声で何かを呟いている。頷くカティ。

「後は任せて良いようじゃ。さすがに赤龍亭も閉まっておるじゃろうから、わしの店にでも行くか。」

「わかった。」

いいながら俺は地面に転がっている男たちにそれぞれ一発ずつ蹴りを入れる。

「気は済んだか?」

「済んじゃいないが、これで勘弁してやるよ。」

いいながら、茜色に染まった空を見上げ俺は頷いた。


「好きなところに座るが良い。」

埃臭い店内には、雑多に物が積み上げられている。

「カティどういうことだ。なんで俺を巻き込んだ?」

湯気の立つティーカップをカウンターに置きながら、カティが口を開く。

「昔、ベルの親父に世話になっての。断れんかったんじゃ。」

ティーカップの紅茶からモルティな香りが漂う。

「お主、どうせ暇じゃろ。」

否定は出来ない。

「ベルは次期教皇候補の一人で、派閥争いに巻き込まれての。あやつの博愛精神は神の教えに忠実だが、それだけに反感を買ってしまったんじゃろ。」

中年の狩人には縁遠い話だ。


冷めてしまった紅茶を啜っていると、店の扉がゆっくりと開く。

「ここだったか。探したよ。」

ベルのよく響く声。

「あんたには、礼をしなければな。」

言いながら金貨の袋をカウンターに置く。

ベルは無精髭が生えた顔に、笑みを浮かべている。

「受け取っておくが良い。それだけの働きはしたんじゃろ。」

俺は黙って頷き、金貨の袋を受け取る。

「捕まえた男は、敵対派閥に雇われていたようだ。今、口を割らせている。」

俺の隣りに座りながら、ベルは続ける。

「富と権力を独占したい派閥だ。…神の教えなんか知らないんだろうな。」

「…そうか。だが俺にこれ以上出来ることは無いだろ。厄介事は御免だぜ。」

「そうか。」

ベルは頷き立ち上がる。

「あんたには世話になった、覚えておくよ。カティもありがとう。」

ベルは俺の肩を軽く叩き、店を後にした。


「巻き込んで、すまんかったの。」

「いいってことよ。困った時はお互い様だ。」

俺は紅茶を飲み干し、立ち上がる。

「ただし、面倒ごとに巻き込むのは程々にしてくれ。」


大通りは、早くも活気に包まれている。俺に何が起きようと、世界は何事もなかったかのように営みを続けていく。


痛む身体を引き摺るように、俺は教会へと向かった。

あの事件から、俺はなぜか収入の一部を教会に寄付している。十分の一教区税って奴だ。

教会がその金を何に使っているかなんて気にしたことは無い。ただ寄付しなければいけない、そんな気がするだけだ。

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