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赤龍亭と天井桟敷の人々  作者: now here man


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15/19

屋根裏部屋の貴婦人

「お主、暇じゃろ。」

確かに。年が明けて俺の狩場は雪に覆われていて、この時期は狩猟を休んでいる。動物と一緒に俺も冬眠中みたいなもんだ。

「ちょっと付き合え。」

言いながら、カティは小さな紙袋を押し付けて来た。

特に断る理由もないので、カティについて行くことにする。羊飼いに連れられた子羊のように。


午後の大通りは喧騒に包まれて、肌を刺すような冷たい風が頬を撫でる。

俺はコートの襟を立てる。カティはフードを深く被り、黒いてるてる坊主みたいだ。

大通りの人混みの中をカティに連れられて歩く。カティは、普通に歩いているように見えるが、人混みの中を泳ぐようにすり抜けながら歩いて行く。俺は離されないように夢中でついて行く。

置いて行かれないように必死でカティの後ろ姿を追う。ふとカティが立ち止まる。気がつけば目的地に着いたようだ。大通り沿いの大きな商館の前に立っていた。

見上げると3階建の少し前に流行った建築様式の建物で、白い壁が少し汚れており築年数の経過を感じさせる。


カティは、建物の横手にある勝手口からノックもせずに建物に入る。

「あら久しぶり!」

鈴を転がすような軽やかな声に振り返ると、エプロンをした30代ほどの栗毛のスラリとした女性が目に入る。俺は慌てて頭を下げる。俺が口を開く前にカティが女性にハグをする。

「久しぶり、元気そうじゃの。エレナはおるか?」

「母さんなら、自分の部屋にいるはずよ。」

カティは軽く頷き、階段を登り始める。手の込んだ細工を施した手すりにつかまりながら、カティの後をついて階段を登る。


階段を登った先にある木の扉をノックし、カティは部屋へ入る。部屋の中は無人である。室内は落ち着いた調度品が揃えられ、ベッドなども綺麗に整えられている。部屋の住人はきちんとした人物のようだ。

窓には貴重品のガラスが使われており、家具なども良い品のようで豊かな暮らし向きと、趣味の良さを感じさせる。


カティは何も言わずに部屋の右側にある本棚の前に立ち、何冊か本を取り出し、空いたスペースに手を入れて何やら探している。

しばらくしてガタっと言う音がし、本棚が半回転し隠されていた階段が現れる。

「それも魔法か?」

「いや。単なるカラクリじゃ。」

そう言ってカティは階段を登り始める。俺は慌てて後に続く。


階段を登り切ると、そこは屋根裏部屋。狭いスペースに趣味の良いソファとテーブル、最小限の茶器などが置いてある棚が一つだけ置いてある。そしてそのソファには部屋の住人である、若草色のシンプルなドレスに白髪混じりの栗毛の上品な初老の女性が背筋を伸ばして座っている。

カティを見つめながら、軽く微笑みながら立ち上がった女性はカティにハグをしながら

「久しぶり。貴方はなかなか来てくれなくて退屈してたのよ。」

「ついこの間来たばかりじゃないか。」

女性は微笑む。

「あれからもう半年は経っているのよ。」

言いながら、カティと俺にソファに座るように促す。

「カティ。珍しい紳士を連れていらっしゃるのね。紹介していただけるかしら?」

「うむ。コイツはジョニーじゃ。暇そうだったから荷物持ちで連れてきた。」

「ジョニー・ウォーカーです、よろしく。」

握手をし、カティから預かっていた紙袋を渡す。

「あら、いいものを持ってきてくれたのね。お茶にしましょうか。」

紙袋から取り出したのは、紅茶。エレナとカティは慣れた手つきで紅茶を入れる。モルティな香りが部屋に満ちる。良い紅茶のようだ。

「なかなか手に入らない紅茶が手に入ったからエレナと飲みたいと思ってな。」

「ありがとう。もっと頻繁に来てくれてもいいのよ。」

エレナは微笑みながら紅茶を一口飲む。

2人は古くからの友人とのことだ。カティは何歳だ?もちろん俺は紳士なのでそんなことは聞かないが。

エレナは若くして連れ合いをなくし、一人で子供を育てながらこの商館兼住居のリグビー商会を切り盛りし、一代で有数の商会にまで発展させたとのことだ。

今は引退して、娘夫婦に商館を任せて気楽な隠居暮らしをしているそうだ。

「娘たちのおかげで上げ膳据え膳の暮らしをさせてもらっているけど、退屈なのよねー。」

贅沢な悩みだ。

「本を読んだり、刺繍をしたりしてたけど飽きちゃったのよね。」

言いながらエレナは食器をしまっていた棚から質素な箱を取り出した。

「最近はもっぱら、カティに貰ったこれを使ってるの。」

箱から取り出したのは、シンプルで飾り気のない望遠鏡だった。

「これを使って大通りを通っている人達を眺めてるの。色々な人が行き交っていて、見ていて飽きないのよ。通りを通る人達にそれぞれの人生があって。それを想像するのも楽しいのよ。」

上品なご婦人かと思ったが、大した趣味をお持ちのようだ。

その後、カティとエレナは他愛のない話を続け、俺は適当に相槌を打った。

日が傾き始めた頃カティは

「そろそろお暇するとするか。」

と立ち上がり、俺とカティはエレナの部屋を辞した。

「昔エレナに世話になったことがあってな。こうして時々訪ねておるんじゃ。」

人影がまばらになってきた大通りで、夕陽が二人の影を伸ばす。

「引退した後、病で倒れたエレナは少し変わった行動をとるようになってな。記憶もたまにあやふやになることがある。娘夫婦も、心配して屋根裏部屋からエレナが出ないようにしておるのじゃ。」

とてもそんなふうには見えなかったが、確かに奇妙な印象を受けた。が、そこまでおかしな様子は見えなかった。カティに言われなければ何も知らなかったであろう。

「わしが望遠鏡を持っていくまでは、チラシをひたすら細かく千切り続けておったんじゃ。何もすることがなくてな。そうしなければ、時間が経たなかったんだそうだ。」

カティは続ける。

「望遠鏡を持って行ってからは、自分以外のことにも興味を持つようになって、少しはマシになったんじゃ。今では普通の会話ができるほどに回復しておる。」

カティの店の前で別れを告げる。

すっかりと日が落ちてしまった。

先程の紅茶の香りをふと嗅いだ気がした。


赤龍亭で何か食べるか。歩きながらぼんやりと考える。


人は、いつ病に倒れたり事故に遭うかわからない。俺もいつエレナのようになるかもしれない。

その時エレナにとってのカティのように、手を差し伸べてくれる人はいるのだろうか。



俺の中の屋根裏部屋には、もう何も残っていない。


それでも、あの夜から離れられずにいる。


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