中年狩人、謎の少年と再会する。
「今日のおすすめは何だい?」
「ジャッカロープのシチューがオススメですよ。」
「ジャッカロープって、あのウイスキーが好きなツノが生えたやつか?」
「昔はそんなことが言われてたみたいですけど、実際は草食のツノが生えただけのウサギですよ。」
「兎も角、それを頼む。」
ローラはニコリと微笑み、マスターにオーダーを伝える。
先日の件以来、しぶしぶだがマスターもローラとアランの交際を認めたようだ。赤龍亭でたまにアランと会うこともある。幸せが溢れ出ているような緩んだ表情をしている。何よりだ。
俺はといえば、毎日の飯には困らないが、相棒のクロスボウを買い直す程のまとまった金もなく、近場で罠を仕掛けて小動物の狩りをする日々を過ごしている。
最近は比較的調子が良く、なんらかの獲物を確保し糊口を凌ぐ日々を過ごしている。
冷えた体に、シチューの暖かさが染みる。
明日はどこに狩りに行こうかと漫然と考えていると、甘い薔薇の香りと共に、カウンターの俺の席に現れたのはカティだった。
「久しぶりじゃの」
「あの時は俺が先に潰れちまったみたいで、すまなかったな。」
「気にするな。わしと張り合うほど飲めるヤツは滅多におらん。」
カティは、ルーシーに声をかけ葡萄酒とオススメのシチューを頼んだ。
今年の秋は豊作で、農作物も値段が安定している。山に入れば、梨や葡萄に柘榴やイチジクなどがしっかりと実っている。もちろんリスやウサギ、鹿なども冬に向けてしっかりと栄養を蓄えている。狩りに出て大物を狙えないのが残念だ。
街の中も、冬に向けての準備が進むと共に間近に迫った収穫祭の準備も順調に進んでいるらしい。
そんな他愛もない話をしていると、赤龍亭のドアが軋みながら開いた。
カティと共に振り返ると、山の中で出会った少年がそこにいた。
「ヨシュア、元気にしてたか?この街にいるなんて知らなかったよ。」
俺が声をかけると、隣のカティが怪訝な顔をする。
「お前たち知り合いか?」
「ああ、俺が狩をしてる時に会ったんだ。」
「あの時はありがとう、おじさん。」
「おじさんはやめてくれないか。まだ35歳だぞ、俺は。」
「ごめん、ジョニーさん。」
「お、名前覚えていてくれたんだな。次からは頼むよ。」
俺は隣の空いている席を薦める。ヨシュアは以前と比べ、若干ふっくらしたようだ。ウェーブがかかった黒髪も少し伸びている。
「このお姉さんにギルドで募集してた羊飼いの仕事を紹介してもらったんだ。」
ヨシュアは座りながら言う。
「何やら探している人がいるらしくてな。占ったらこの近くにいるみたいだったから、仕事を紹介してみたんじゃ。腰を据えて探した方が良いと思うてな。」
「俺も占ってもらったもんな。カティさんの本職は占い師?」
「前も言ったが、叔母から引き継いだ魔法具店を気が向いた時にやっておる。占いは趣味じゃ。」
「お姉さんに占ってもらおうと思って、お店に行ったら閉まってたからこの店に来てみたんだ。」
「どうしたんじゃ。占ってもらいたいことがあるのか?」
傍目には、カティは弟にでも話しかけているように見える。実際は100歳くらい歳が離れているのだが。
「僕は今10匹の羊を任されて、山の方に羊を連れて行ってるんだ。平地や食べやすいところの草は牛たちが食べるから、羊は山の方に連れていくことになってるんだ。最近羊飼いの間で噂になってたんだけど、山に連れて行った羊が気がつけば、一匹か二匹いなくなってしまうことがあるそうなんだ。」
ヨシュアは一口コップの水を飲み、話を続ける。
「羊がいなくなったら、僕たちみたいに羊を持ち主から預かってお金をもらっている羊飼いにとっては信用問題だ。安心して羊を預けられないとなったら、誰も仕事を頼まなくなるからね。」
「確かにそうだな。」
「僕も用心して、日が出ているうちに仮眠をとって夜は寝ずの番をするようにしてたんだ。僕が寝ている間は相棒のフェリックスが代わりに見ていてくれるんだ。」
「フェリックスとは、どんな奴だ。せっかくだから連れてくればよかったのにのう。」
「フェリックスは牧羊犬だよ。今は僕の家で寝てる。とても頭が良くて、仕事熱心なんだ。でも犬をこの店には連れてこれないだろ。」
流石にマスターでも、犬を連れてきたらいい顔はしないだろう。
「でも、僕がいつもお世話になっている、マックスウェルさんの羊が一匹行方不明になったんだ。お姉さんに占ってもらったら見つけられるかと思って、お願いしにきたんだ。」
「そうか。しかしこの前ヨシュアのことを占ってからわしは占いに自信がなくなってな。あんなに占えなかったことは初めてだったからな。」
カティは、悪戯な笑みを浮かべこちらを見る。
嫌な予感がする。
「お主、どうせ暇じゃろ。ちょいと一肌脱いでやったらどうじゃ。」
「助けてあげたいのは山々だが、こっちも日銭を稼がないとな。」
「ちゃんと日当は出すぞ。なんなら成功報酬もわしが出してやる。」
想定外の方向に話が進んでいる。
「ヨシュア、少し詳しく話を聞かせてもらってもいいかい?」
「マックスウェルさんに聞いたんだけど、山の方のいつもの場所。羊飼いの間では、ある程度羊を連れていく場所が決まってるんだけど、マックスウェルさんの場所でいつものように、羊を離していたらしいんだ。夜になって、目が届く場所に羊達を集めて、野営をしていたらしいんだけど、その日はいつのまにか寝てしまったらしいんだ。」
明け方に目を覚まして羊達を数えてみたら、一匹足りなくなっていたらしい。
まず考えられるのは、野生動物か滅多に見ることがなくなった魔物というところだが、周囲にそのような痕跡はなかったそうだ。野生動物や魔物に襲われたら、食べられた痕跡が残るものだが、痕跡は全く無し。
狐につままれたような出来事だったとのこと。
ヨシュアに場所を確認して、明日朝から現場に行って見ることになった。
「何か面白そうになってきたの。わしも一緒について行ってやる。」
「構わないが、結構歩くことになるぞ。」
「こう見えても、足腰は丈夫なほうじゃ。心配いらん。」
俺は基本的に単独行動なので、有り体に言えば連れがいるのは面倒くさい。ま、大人なんでそんなことは言わないが。
「ところでヨシュア、わしの名はカティじゃ。今度からはカティと呼んで良いぞ。」
「カティさん、僕も一緒に行くよ。」
翌日の朝、日が昇る前にカティの店に集合することにして、この日は解散することになった。




