(ニジマスの長老 vs 若大将)vs 釣り堀の主
会社がこんな釣り堀みたいだったら、辞めた方が良いかもです。
こんなニジマス達も、イヤですけど。
あまり釣れないと言われている釣り堀の池に、たくさんのニジマスたちが泳ぎ回っていました。
池の水は、にごりよどんでいて、ニジマスたちのふるさとの川の、澄んだ水のきれいさとは比べようもありません。
そんな池の底のすみっこの方に、一匹のやせ細ったニジマスがじっとしていました。
たいへん年老いており、もうずいぶんと長いこと、この池に住んでいましたから、まわりのニジマスたちからは、長老と呼ばれていました。
長老がこの釣り堀に連れて来られたのは、まだ若い時、ようやく大人になるかならないかという頃の事でした。
その日以来ずっと、このにごった池の底でひっそりと生きて来たのです。
非常に用心深く、今まで一度たりとも、釣り針に掛かった事がありませんでした。
何千匹もの仲間たちが釣り上げられていってしまうなかを、どうにか生き延びて来ていたのです。
長老は、日中、決してエサを食べませんでした。
どんなにお腹がすいていても、どんなに良いにおいが鼻先まで届いてきても、がまんしてエサには近づかなかったのです。
エサの中に、上手に釣り針が隠されている事を知っていたからです。
だからといって、何も食べないでいるなんてできません。
では、どうやって命をつないで来たのでしょうか?
長老は知っていたのです。
一つだけ、釣り針の隠されていない安全なエサを食べる方法がある事を。
ですがそれは、本当に入りたての新入りを除いては、誰もが知っている事でした。
この釣り堀は、朝早く、まだ釣り客たちがやってくる前の一回と、夕方、釣り客たちが全て帰っていった後の一回、合計で二回、毎日必ず、ニジマスたちの食事として、少量のエサがばら撒かれていたのです。
時間は、きっちりと決まっていました。
その時間になると、釣り堀の主である人間が池の縁までやって来て、パンパンと手を打ち鳴らすのです。
それが、今からエサをばら撒くぞという合図だったのです。
けれどもその量はわずかでしたから、奪い合いになり、運が悪いと一口もありつけない事もあるくらいでした。
お腹を満たすのに、ぜんぜん足りる量ではなかったのです。
それでも長老は、その時にばら撒かれたエサしか、決して口にして来なかったのです。
それまでに散々、たくさんの仲間たちが釣り針に掛かり、悲鳴を上げながら、釣り上げられていく最後の姿を目にして来ていたからです。
もう、数も思い出せないほどの仲間たちが、人間たちのぎせいになってきました。
ですから長老は、毎日毎日、何度も何度も、若いニジマスたちに注意をしては、釣り針の恐ろしさを教えました。
それでも若いニジマスたちは、ちゃんと言うことを聞きませんでした。
長老の話はよく分かってはいたのですが、長老のように、がまんができなかったのです。
それでもほんの少しくらいの、効果はありました。
釣り針入りのエサを飲み込む寸前に、長老の話を思い出し助かった者たちが、実は少なからずいたのです。
あんまり口うるさく言われるものですから、頭のすみのほうに、話がこびりついていたのです。
それですのに、長老は煙たがれていました。
それまでにも長老の話に、真っ向反対する者がなん匹もいました。
彼らの意見は決まってこうでした。
「釣り針を口に入れないように、上手にエサだけ食べちゃえばいいんだよ!」
とうぜん今だって、長老に反対する者たちがいました。
その中の一匹に、本当に上手に釣り針をよけて、エサだけを食べられる若いニジマスがいました。
その若者は、みんなの尊敬を集めていましたから、若大将と呼ばれていました。
若大将は、上手にエサだけをせしめて、みなのところに戻ってくると必ず言うのです。
「お腹が空いているときに、食べないとか、がまんばっかりしてたら、何のために生まれて来たのか、分からなくなるだろう?
釣り針なんかを怖がって生きていたら、あのじいさんみたいになっちまうぜ!
あれでは、なんのために生きているのか、分からないじゃないか!」
長老は、若大将が話しているのを聞くと決まって、たくさんの釣り上げられていった仲間たちの、最後の悲鳴を思い出しましたけれども、みんなの前でそう言われると、どう言い返してよいものか分からなくなってしまうのでした。
長老だって、お腹がひもじくなって来た時なんかに、よく考えていたのです。
「わしは何のために、こんなに長生きをしているのじゃろう?」
と。
そんな春の暖かな夕ぐれ時、長老がいつもの場所でじっとひもじさに耐えていると、池の縁から、パンパンと手を打ち鳴らす音が聞こえて来ました。
長老は、
(おや?)
と思いました。
いつもより少し、時間が早いと感じられたのです。
けれども続けて水面にエサがばら撒かれると、そんな考えはわきに退けました。
その日の朝のエサを、ほかのニジマスたちに奪われて食べ損ねていましたから、今度こそは遅れをとって、食べ損なう訳にはいかなかったのです。
ユラユラと沈んでくる大きめのエサのかたまりに狙いをつけ、突進し、そうして一番初めにかぶりついたのです。
そのとたん、口の中に激しい痛みが走りました。
(!?)
何が起こったのか、分かりませんでした。
口の中に、硬くて尖った何かが刺ってしまい、考える間もなく、ものすごい力で引っ張られ始めたのです。
あまりの痛さに、悲鳴をあげました。
そうして、その自分の悲鳴で、釣り上げられていった仲間たちの悲鳴を思い出し、釣り針に掛った事に気がついたのです。
長老は、持てる全ての力を使って、逃れようと暴れました。
頭をつらぬくような激しい痛みと戦い、どうにか生き残ろうと、けんめいに泳ぎました。
けれども、やせ細った体にあらがう力は、ほんのわずかしか残っていませんでした。
長老には、今まで生きて来たのと同じくらい、長い長い時間に思えましたけれど、それはほんの数しゅんの出来事でした。
あっというまに、釣り上げられてしまったのです。
なんで、こんな事が起きてしまったのでしょうか?
あんなに注意して、用心深く生きて来たのに。
理由は、ほんのささいな事でした。
釣り堀の主が、ほんの気まぐれで、いつもより少し早く仕事を終わらせようと、まだ釣り客がいるなかでエサをばら撒いたからです。
長老が悲鳴を上げながら、釣り上げられていくのを目にしたニジマスたちは、驚いて思わずみな、口にしていたエサを一度はき出しました。
そうしてしばらく、長老が釣り上げられていった水面の方を眺めていましたが、ずっとそうしている訳にもいかないので、また、はき出したエサを追いかけてかぶりつきました。
その日の夜、ニジマスたちは、それぞれに色々な事を考えて眠りましたけれど、半分くらいのニジマスは、長老の事を考えていました。
次の日の朝、エサの時間が終わると、若大将が言いました。
「みんな! あの口うるさいじいさんがいなくなって、せいせいしたな!
これからは、心おきなく、自由にやれるぞ!」
そう言って高笑いをしましたが、みんなは心のすみっこで、それがうその笑いだと分かっていました。
そうこうしているうちに、一番最初の釣り客がやって来て、釣り針のついたエサが、ポチャンと一つ投げ込まれました。
若大将は、きっとみんなを元気づけようとしたのでしょう。
「ほら見てろ!
上手にエサだけとるところを見せてやるぜ!」
そう言うと、まっしぐらにエサの方に泳いでゆくと、口先で軽くエサをつつきました。
けれど、エサが少し口の中に入りすぎてしまったのです。
つぎの瞬間、若大将は、
「ギャー!」
という大きな悲鳴を上げました。
それからあちこちと狂ったように泳ぎ回りました。
釣り針が、口に掛かってしまったのです。
その泳ぎは、若いだけあって、本当に力強いものでした。
でもやっぱり、長老と同じように、あっというまに引き上げられ、水面の向こうへと消えていってしまったのです。
春がすぎ、夏が終わり、秋もいよいよ深まり始めていました。
長老と若大将がいなくなった釣り堀は、あまり釣れないと言われていましたのに、最近では、よく釣れるようになったという評判が立っていました。
あいかわらず池には、たくさんのニジマスが泳いでいました。
けれども、長老と若大将を知っている者たちは、もう一匹もいなくなっていました。
昔住んでいたところの近所に、ニジマスを釣れる釣り堀がありました。
釣れると有料?で持ち帰れて、その場で焼いてもらったり、家に持ち帰って食べてる人もいました。