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【書籍化】どうやら私は悪役のようですね。それで?【外伝完結】  作者: 重田いの
外伝 フィリクス

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終章

 


 嵐は一日で去った。これから冬が深まるにつれ、どんどん荒れる日々の日数も長くなる。本格的な戦争が始まるのは春の日差しが見える頃になるだろう。


 晴れ渡る冬の空の元、フィリクスは旅立つことになる。オルシャリムの人々は心づくしの物資を用意してくれた。


 出発の日の朝、城壁の内側に広がる中庭は人々で混み合っていた。共用の井戸の周りでは婦人同士の喧嘩が起き、あひるが歩き回りそれを追う子供たちがいる。巡回に出かけるオルシャリムの兵たちがその準備のため馬に鞍を付け、嵐のせいで来るのが遅れた隊商が疲れ切った様子で到着する。泥と汗と糞尿のにおい、放置された馬糞やら朽ちた荷馬車やら、お世辞にも綺麗な場所ではない。喧噪はすさまじく、誰しも自分たちに手一杯で他の話など聞いていない。


 フィリクスはアミラコムの兵たちを集めて宣言した。

「不祥ながら分領公の地位を解かれることになった。すまないがアミラコムへはお前たちだけで戻ってくれ。次の代官がすぐに着任するはずだ。俺の部屋にある運河の設計図を渡してほしい。まだ着想段階だが、資金繰りがつけば必ず農地によい影響をもたらすはずだ」


 兵たちの間から声が上がったのはすぐのことである。これは場合によっては指揮官に不平を言ったことにされ、罰則の対象にもなる行動だった。

「それで、あんたはどうするんですか、フィリクス様!」

 彼はそちらを見やる。薄い顎髭を精いっぱい整えたまだ若い兵士だった。リュイスの血が混じっているのか、亜麻色の髪を後ろに撫でつけている。


「どこにいくんですか? また傭兵に?」

「さあ? どうしようか」

 フィリクスはがりがりと頭の後ろをかいた。

「困ったことにあてはない、が――行きたいところはあるんでな。行ってみようと思う」


「連れて行ってください」

「何?」

「帝国兵はやめます。あんたの私兵にしてくださいよ。俺はディル・ドゥーラセリです」

「おいおい……」


 あ、じゃあ俺も、と手と声が上がった。わらわらと。

「バルハディです。傭兵やってみたいのでお願いします」

「ゴティック・トゥル=セリム。お役に立ちます」

「……ファルナディ、狩りと料理ができます」

「クルザミア・ハンです。アミラコムは居心地悪くて。お願いしますよ」


 比較的若者が多い。家族を持つ者は志願しなかった。だがフィリクスが眉間を抑えて呻くほど、予想外に数が多かった。五人。五人かあ。


「……たぶん思ってるほど稼げないし、俺は私欲のためにお前らを使うぞ? いいのか?」


「いいですよ!」

「望むところです」

「まあ、あんたなら」

「変な指揮官に死にに行かされるよりはねー」


 わあわあわあ。言い募る男たちにフィリクスは両手を挙げて降参した。

「わかった、わかった。……あー、アミラコムに戻る者、誰かドゥミルに除隊届を書いてくれと頼んでほしい」

 残る方の兵士たちは、静かに笑ってわかりましたという。


 彼らは街道を途中まで一隊となって進んだ。土煙と風の匂い、冬の曇天が稀に割れて日差しが差し込むと、顔を仰向けて目を閉じそれを受ける。


 元から仲間の六人が、つまり小姓の少年バリフ、騎士のカフィール・ディアン。会計係のドゥミル、庶子のジャン=ヴァンフィリア、孤児上がりのイシュリード・ナラザディ、兵隊上がりのラディール・サリアが、そのうち合流してくるだろうことは皆承知の上だった。


 そこにさらに五人、ディル・ドゥーラセリ、バルハディ、ゴティック・トゥル=セリム、ファルナディ、クルザミア・ハンが加わり十一人。フィリクスは十人の男の口に入るものに責任を持たねばならなくなったわけで、個人としては重大な責任である。


 ドレフ人は傭兵団から傭兵団、騎士団から騎士団へと流れてそれぞれの立場で戦う民だが、一度血縁や友情によって結びついた群れをつくるとなるべくそれを維持しようとする。ラズナディア騎士団がそうであったように、彼らもまた、これから長い付き合いになるだろう。

 もちろんドレフ人とて人間であるから、突然の裏切りや離反もありうるが。


 それでも――この群れがよい群れとなり、各々に取って落ち着ける場所になることをフィリクスは願った。


 東西に分かれる交差路で彼らは別れた。アミラコムに戻る組と、それ以外。フィリクスは自然と、西方へ向けて手綱を取っていた。


 その夜、マントにくるまって野宿する一同の中で彼は夢を見た。ひどく懐かしく思えるうつくしい女性と再会する夢だった。彼女は切羽詰まっているように見え、けれどフィリクスを認めて安堵したように笑ったから……。


 それだけで彼は何も考えられなくなるのだった。


 彼女はひどく雪深いところにいるようだった。びょうびょうと風の音が、【大氷河】から下る風の音がしていた。彼はその音がどこの国のものなのか知っている。彼女には寒さが辛いだろう。


 朝日の中目覚めると、仲間は誰しも眠り込んでいた。すでに心は決まっていた。

 アレクシアの元へ行かなければならない。


 もう一度彼女に会い、土色の髪がくるくる跳ねるのを見ることができると思っただけで彼は身震いした。いかにも意志の強そうな吊り目の青色がきらきらするのを見、運が良ければ手に触れることができるかもしれない。それはなんて幸せなことだろう。


「で、大将。今後のあては?」

 とクルザミア・ハンが聞いたのは、堅パンをお湯に溶かした朝食を終え馬の準備も終わったときだった。フィリクスの実力を慮る目をしている。


「テトラスへ向かう。が、旅費が心もとないな……」

 クルザミアは頷いた。男たちはそれぞれ懐を探るが、期待はできない。


 大抵の場合、兵士というのは現金を持ち歩かない。一騎打ちで命ごと全部奪われるならまだしも、寝込みを襲われかっぱらわれたら笑い者である。報酬が入れば郷里の家族など信頼できる者、それがなければ馴染みの商会の貸金庫に預け、それさえない場合は指揮官が責任持って管理する義務があった。


 冬が迫る中、山岳地帯の国テトラスへ行くならば相応の備えが必要である。少なくとも十人ぽっちで丘陵を越え、山岳へ至るのは自殺行為だ。仮に山を越えられたとしても、国境線を兼ねるセルマディア渓谷の難所は案内人か、よほど慣れた者がいなければ踏破が難しい。


 ドレフ帝国からテトラス王国へは毎年行商する者たちがいるから、その旅程に入れてもらい、代金は護衛代と交換という形にしてもらうしかない。

 それでも、防寒着や食料を買う金がいる。


 フィリクスは考えながらも馬に乗り、街道を西へ向かった。道中、行き会う傭兵に伝言を残した。アミラコムから彼を追ってくる仲間たちが、どの方向へ行けばいいのか迷わないように。


(俺はやっぱり、アミラコムという土地を愛していたわけじゃなかったな)

 と思えば少し自嘲する。アミラコムのため農地を見回るのも、農民を保護するのも楽しかった。だが、やはりあの土地は彼の故郷ではない。愛するには時間が足りず、愛されるには気合が足りなかった。


 二日ほど行ったところで六人が追いついてきた。夕暮れ時のことである。

「いやー、ひやひやしたぜ。追いていかれるかと思った」

 と軽口を叩くイシュリードが鼻の下をこすり、トゥル=セリムとドゥミルは顔見知りだったらしく再会を喜んでいる。


「フィリクス様に付いてくるなんて見る目がありますね!」

 と大はりきりのバリフにこっちまで恥ずかしくなりそうである。


 それで?

 彼らは忠犬のようなまなざしでフィリクスの出方を伺う。それは彼にリーダーの資質がないと悟ればすぐさま去っていくだろうことがわかる、冷徹な目でもあった。


「テトラスに向かう」

 ことに変わりはない。フィリクスは取り急ぎ、野営の指示を出した。

「だが、とりあえず今日はここで休もう。すぐ日暮れになる」


 てきぱきと天幕が張られ、火が焚かれた。この火は全員のものであると同時に、フィリクスのものだった。これ小さいのを並べるよりいっそ十人入れる大きいのに買い替えた方がいいんじゃねえか、馬鹿言えやっと軍隊生活から抜け出せたのにまた男どもと雑魚寝しろってか?――と、やかましい一同を離れフィリクスは野営地に決めた雑木林の周囲を警戒する。


 いつぞやのゴブリンではないが、冬ごもりに失敗した熊にでも出くわしたらとんでもないことになる。狐でさえ食料を漁っていくこともあって油断ならない。地面の足跡や枝の折れ具合を確かめたあと、天幕に戻って適当な煮込み料理を取った。


 眠る段階になって、荷物の底に見慣れない布地があるのに気づいた。見覚えは、ある。だがこんなものいったい今までどこにあったのか。

 取り出してみると古びた上着で、裾がほつれてダメになりかけていたがまだ着れそうだ。


(どこかの村で裁縫女に頼んで繕ってもらおう)

 と思ったときだった。


 ぽとり、胡坐をかいた膝の上に金のきらめきが落ちたのは。


「あっ」

 と彼は息を吞み、幸い誰にもその声を気づかれることなく、慌てて金の腕輪を掴む。


 精密な彫刻が施された、繊細な工芸品である。まるで皇帝の手首にあるのがふさわしい、大ぶりの腕輪。

「ああ……」

 彼は呻く。ぎゅっとそれを握りしめる。


 ――餞別、とあの人は笑った。

 おそらくこれからもずうっと大変だから、と。


「そうですとも」

 フィリクスは笑う。金の輪はきらきら輝き、まるで彼に微笑みかけるよう。

「実際、十年ずっと大変でしたよ」

 本当に。困ったもんだった。大変だった。


 宮殿にいては決して味わえない十年だった。


 翌日、一行はドレフ帝国、テトラス国境地帯へ踏み入った。セルマディア渓谷から漂う冬の霧が国境の街を覆っていた。


 ドレフ帝国は毎年冬の間、国境を監視するための辺境伯軍を置く。帝国の混乱に関わらず、いやだからこそ、辺境伯はテトラスを見つめるのが自分たちの使命とばかりに今年も監視任務に百人を寄越していた。


 百人の兵を目当てに詰めかけた大勢の隊商のうちの一人に、フィリクスは金の腕輪を指し示す。

「これで買えるだけの食糧と、毛皮をくれ。テトラスへ行くんだ」


 行商人は目を見張って金の腕輪とフィリクスを交互に見た。

「こりゃあ値打ちもんだね。大切な品なんじゃないのか?」

「いいんだ」

 彼はからから笑った。


「思い出は大事に頭の中に取っておくから、これは、もういいんだ。それより大事なものがあって、行かなけりゃならないから」

 その行商人はとんでもなくいい人だったらしい、ずいぶんおまけして食糧を売ってくれた。


 テトラスへ行く隊商も、その日のうちに見つかった。

 フィリクスは馬に跨り、目的地を見据える。セルマディア渓谷はゆうゆうと横たわっている。太古の昔からあった大陸の亀裂であることを誇示するように。


 かつてこの谷底で何かを知り、彼の中で確かに何かが変わった。当の本人はそれを覚えていない。その邂逅が彼の一部を永遠に死に至らしめ、運命を変えたことも。すべては人間の知覚できない領域の出来事である。


 たとえそれを知っていたところで、フィリクスは自分の行いを変えることなどしなかっただろう。


 彼はテトラスへ旅立った。仲間たちも一緒だった。


 文字通り夢にまで見たその人と再会し、彼は彼女の元で長い時間を共に過ごすことになる。それをひとつのきっかけにして、運命は中央大陸に戦乱の渦を連れてくる。何もかもが予定されていたかのように、人々の思惑が回り出す。


 まだ、起きてもいない物語である。




【完】



お読みいただきありがとうございました!!!

アレクシアたちの人生はまだ続きますが、とりあえずいったん終幕です。


TOブックス様より書籍化決定しました。

https://www.tobooks.jp/contents/21085

けっこう加筆修正しています。興味がありましたらぜひ。

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― 新着の感想 ―
ディル・ドゥーラセリ君入れて5人では?
フィリクス、アクレシアと会えて良かったね! フィリクス視点で世界観を深掘り出来てよかったです。
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