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断罪劇の様子

 ライアンダーとルルシエルはそれぞれフュルストとルクレツィアの叔父の名前を与えられた。アレクシアにはそれを羨ましく思っていた時期がある。だってアレクシアはガイガリオン伯爵家の初代目の当主の妹の名なのだ。

 古臭い、なんの思い入れもない名前! その上名付け親は実の父の大叔母で、しかもそいつは母ルクレツィアをいじめまくった怖いばあさんだった。まったくもう。


 さて、その弟たちは今、でかい図体と長い手足を振り回し追いかけっこに興じている。金にものを言わせて借り上げた応接室は、貴族を迎えるときに使用される手の込んだ内装だ。


「あんたたちはいつも楽しそうでいいわねえ……」

 シャクッ。りんごを齧りながらアレクシアは嘆く。とたん、両側に陣取った双子がワアワア騒ぎ出した。


「何言ってんの、姉様? 俺たちめちゃくちゃ考えることあって忙しいんだけど!」

「なんでそんなこと言うの、姉様? 俺たちよりお父様とお母様のが暇してるけど!」

 うるさい。アレクシアはりんご片手に耳を塞いだ。


 ライアンダーは兄、ルルシエルは弟。銀髪と碧の目をした人懐っこい双子である。同じ顔、同じ表情、同じ仕草、発言まで同時にほぼ同内容。リュイス国立魔法学院の二年生、十六歳だ。


 エマ・リシャルの金銭問題を解決し、学院に復帰させて二年。アレクシアは二十歳になった。

 そして今日、十八歳になったエマはみごと学年首席で卒業する。昼間に卒業式典があり、これから始まるのは夜会だった。卒業生だけでなく、保護者、教師、在校生、はては近隣住民まで誰でも参加可能のお祭り騒ぎ。花火に出店に芸人一座に社交ダンスもどきのダンスパーティー、乱痴気騒ぎもあり。卒業おめでとう、魔法使いの卵たち、というわけである。


 ちなみにアレクシアはあちこちの国を転々として育ったため、学校らしい学校への在籍経験はない。南国ファーテバに落ち着くまでドタバタしたので、双子も一年次の冬からの転入生である。

「それにしても楽しみねえ、今夜!」

 アレクシアは耳から手を離しウキウキと双子を抱き寄せる。苛立たし気に首を振る彼らの、ぱさぱさした銀髪が頬をかすめる。


「あのバカが断罪劇を。アハハハ。これだけが楽しみでここ数年働いたってものだわ!」

 双子は顔を見合わせた。双子は顔を見合わせた。

「アハハハハハハ! 晴れ舞台よ、ザイオス! せいぜい踊ってもらわなくてはねえ!」

「姉様、怖」

「怖、姉様」


 ――カタン。控え室の扉がノックもなしに開いたのはそのときだった。

「おっカリスだ」

「あっカリスじゃん」

「坊ちゃんたちもいたんですかい。おーよしよし。オイ登るなかぶさるな、十六にもなって。お嬢さん準備できました」

「ご苦労様ね」

「ほい、偽造身分証。袖の下はお持ちですね?」

「バッチリよ。ああ楽しみ、楽しみ。来てよかったあ」


 双子はカリスの広い背中に隠れ、彼ら二人にだけ通じる目線で何かを交わし合う。失礼なことを思われていることだけはわかるアレクシアであった。

 何年かぶりに再雇用したカリスは、少しも老けていない。どこにでも紛れ込める印象の薄さを武器に、学院の事務員として数年がかりで監視役を頼まれてくれた。誰の監視をしていたかって?――そりゃあ、アレクシアの敵の。


 さて、あっという間に時間は過ぎ、夜会。すでに宴もたけなわの状態である。未成年者の飲酒もこのときばかりは許される。


 学舎の中で一番広い大広間を有する聖堂で、ダンスパーティーは行われていた。さすがにこの場所は身分証がなければ入れない。乱痴気騒ぎを嫌って校庭で花火を見物したり、並木道にまぎれて恋人といちゃつく者を除けばほぼ全員が集合するため、すごい人だかりだった。

 卒業生のほぼ全員と、在校生のうち上級生の大半がいる。卒業式の夜にダンスを踊ることは学院の生徒たちにとって憧れだった。それは子供時代の終わり、大人への第一歩だからだ。


 アレクシアはさも生徒の一人ですよという顔をして、人々の中に潜り込んだ。双子はとっくの昔に姿を消して、たぶん競い合って少女を口説いて回っている。奴らにとって恋愛はゲームなのだ、おそらく父フュルスト卿にとって商売がそうであるのと同じに。


 夜会服の三重になった絹の裾がしゅるりと絨毯をすべる。身のこなしから貴族か、それに類する身分と思われたようで、とくに男子生徒が道を譲ってくれるのがありがたい。アレクシアは首尾よくシャンパングラスを給仕の盆から頂戴し、壁際に陣取った。耳の穴の中には傍聴魔法を操る魔力石。もう一方の石は、何を隠そうエマ・リシャルが持っている。


 と、思ったらエマと目が合った。青ざめた顔をして、目いっぱいに腕を伸ばし足を踏ん張っているが、エスコートする男がその様子に気づいておらず、ずるずる引きずられている――彼女を引きずっているのは、ザイオス・ガイガリオン。異母弟だった。


(かわいそうに)

 と思うものの、契約内のことである。何とか頑張ってほしい。

 楽隊が演奏を始めた。聖堂の真ん中にしつらえられたダンスフロアで、卒業生たちがペアになって踊り始めた。ザイオスの踊りときたらひどいものだった。力任せに振り回され、エマはちっとも楽しそうではない。アレクシアは内心の嘲笑が漏れないよう必死に頬の内側を噛む。


 そしてそのときが訪れた。

 ダンスが終わり、音楽が鳴りやみ、次のペアたちにフロアが譲られる……刹那。

「カレンナ・サリューネ・ブレインフィールド伯爵令嬢! 俺はお前との婚約を破棄するゥ!!」

 とザイオスが叫び、婚約者の令嬢に人差し指を突きつける。


 きゃー!

 アレクシアは内心大盛り上がり、背が低いので人垣に揉まれながら、ダンスフロアを覗き込む。つま先立ちする姉の両側にいつの間にか双子がくっついて、三人そろってワクワクだ。


「カレンナ、お前はエマが没落した男爵家の出身であることを馬鹿にしていじめたな! 教科書を破ったりドレスに水をかけたり、証拠は上がってるんだぞぉ! よって俺は貴様との婚約を拒絶するっ。そしてこの心優しいエマと結婚するんだ!」


 馬鹿だ、馬鹿がいる。きゃー!

 ザイオスの金髪はさらさらとシャンデリアの光を反射し、使命感に酔っぱらった青い目はキラッキラにきらめき、まこと綺麗である。だがそれだけだ。

 生徒たちは身を寄せ合ってダンスフロアを取り囲み、その他の老若男女も同じである。互いに目配せし合い、あるいは眉をひそめながら興味津々だった。


 注目されてエマは逃げ出したい一心で周囲を見回した。顔にも態度にも、恥ずかしすぎて死にそうだと書いてある。彼女はアレクシアを見つけると、ふわっと泣きそうになった。また勘違いしたザイオスが、おお、とかあうう、だとか大仰に呻きながら抱き寄せようとするのを懸命に両手で突っ張りながら、エマは叫ぶ。


「誤解です! 私はザイオス様と親密な関係ではありません、信じてくださいカレンナ様!」

 ザイオスが目を潤ませて、何事かをわめいた。彼と彼に近しい友達連中にしか意味が通じないスラングだった。おやおや、ガイガリオン伯爵のご令息はそんな言葉をいったいどこで聞き齧ったのやら。

 アレクシアが踊り出すとでも思ったのか、双子がそれぞれ両手で腕を抑えてくるので一睨みをくれてやる。ルルの肩越し、給仕係の恰好をしたカリスが苦笑するのが見える。


「見ろ、このエマの心の清らかさを。おおエマ、かわいそうに。カレンナなんかを庇わなくってもいいんだぞぉ。――ほんと、女ってのはこうじゃなくっちゃなあ!」

「違います、違います!」


 涙目になって否定するエマの姿は哀れだった。さながら暴漢に襲われた小娘、蜘蛛の巣に絡めとられた小さな蝶。年配者を中心に、ザイオスへの非難とエマへの同情の呟きが漏れる。彼らは当然にガイガリオン伯爵、ザイオスの父親の姿を探した。いない。


 そうとも、アレクシアが裏から手を回し、ガイガリオン伯爵家の事業のひとつであったリュイスでの岩塩坑の開発において、致命的な不具合が出るようにしておいたのである。崩落事故のせいで責任者のエクシア・ガイガリオンは今も坑道に詰めているだろう。人的被害がなかったのだけが不幸中の幸いだ。


「ザイオス様、ひとつよろしいでしょうか」

 静かな、落ち着いた声でもってブレインフィールド伯爵令嬢が喋り出すと、ざわめきがやみ、人々は皆彼女に注目した。


「な、なんだよ」

 ザイオスが気圧される様子は卑屈だった。見世物にさえなれない、惰弱な、底の浅さが透けて見える動揺ぶりだ。

「このことはお父上のガイガリオン伯爵も了承していらっしゃるのですか?」

「ハッ。エマのご実家のリシャル男爵家は、不幸な事故に見舞われなければ立派に商売をやってたんだよっ。農地で農民を働かせるしか能がないブレインフィールド家とは違うんだ!」


 答えになっていない。カレンナは続ける。

「つまりご了承はないものと?」

「父上は納得してくださるっていってんだろ! なんだあ? 俺に媚びてんのか。まっお前、顔はいいもんなあ? 土下座してエマに謝れば妾にしてやってもいーぞぉ? その場合、俺の靴を磨くのと朝の給仕係の役目もくれてやろう!」


 アレクシアは小さく地団太を踏んだ。周囲はそれを義憤のためと解釈したし、同じく義憤のざわめきが人々から立ち昇る。愚かなザイオスの耳にそれはどう聞こえたことか。また、無表情のカレンナ、泣いているエマ、両名の耳には?


「お待ちなさい、それはあまりに――」

 と、ダンスフロアに進み出ようとした女子生徒がいた。その腕を男が掴む――この国の王子マリウスである。にやにやと、ザイオスに負けず劣らず下卑た笑いを浮かべ、彼女を側に引き寄せる。


 アレクシアは彼女が誰か知っている、ヴィヴィエンヌ様だ。ヴィヴィエンヌ・セレステ、西の王国テトラスの王女。あの避暑地で出会ったときより数年分大人びて、儚げな風情に成熟しつつある女性の凛々しさが加わっている。

 ヴィヴィエンヌとマリウスは学院を卒業してすぐ、正式に婚約することが決められた。その前に交流を深めるためヴィヴィエンヌがリュイスへ留学したと聞いていた。


 ということは、と探せば、反対側の人垣にはシルヴァンがいた。騎士の風体でヴィヴィエンヌから目を離さない。精悍さを増した顔が苦痛に歪むのをアレクシアは認めた。可哀そうに、こいびとが婚約者の男ごときに手ひどく扱われるのを見、抗議も出来ない立場はつらかろう。

 うふ、とアレクシアの口元が歪んだ。頃合いだ。双子の両手が姉の腕から離れたのを皮切りに、彼女はダンスフロアへ進み出る。


 そうとも。アレクシアは今日、ザイオスを笑いに来ただけではない。

 彼女たちを救いに来たのだ。

 エマがほっとしたようにアレクシアを見つめた。

 ヴィヴィエンヌの緑の目が見開かれ、シルヴァンが呻き声をあげたのが魔力石ごしに聞こえる。

 そして麗しきカレンナ、ブレインフィールド伯爵令嬢はアレクシアを見て動きを止めた。


 しいっと息だけで音を立て、アレクシアはカツッとヒールを鳴らしダンスフロアの中心に立った。ただそれだけで、場の空気が変わる。ザイオスが憎しみに満ちた顔で何かを叫ぼうと口を開いたが、鼻がひくひくするばかりで声が出ない。


 万人が認めるだろう、この場所を支配しているのはアレクシアだった。

 そもそも当事者たちの保護者が誰も来ていない以上、表立って彼らを庇おうとする大人はおらず、そして社会に出る前の生徒たちでは商人として数々の商談をまとめたアレクシアに太刀打ちできるはずもない。


「さて、さて――」

 と、緋色に塗った唇をひん曲げ、アレクシアは笑った。虎のような笑みだった。ドレスの絹が幾重にも広がり、さやさやとダンスフロアに流れる。土色の豊かな髪がくるくると渦巻きそれを追う、まるで地面に向かって咲く薔薇だ。大輪の赤い薔薇。

 薔薇はまず、その場でもっとも尊い二人に向き直り、胸に手を当て目を伏せた。


「マリウス・ド・セリュシア・デュランティス殿下ならびにヴィヴィエンヌ・ミラ・ヴァリエナ・フローヴァンス殿下にご挨拶申し上げます。フュルスト商会の商会長、フュルストの娘、アレクシアでございます。この場での発言をお許し願いたく参上いたしました」

「あ? 誰だよお前。フュルストって商人か?」

「かつては爵位をいただく家におりました」

「……あーザイオスの。平民が無礼だぞ」


 マリウスは愚鈍そうな重たい声で言う。取り巻きであるザイオスがはっと正気付いたのは、常に王子様の阿諛追従係だったせいだろう。

「そっ、そうです! よく言ってくれました、殿下。おら、衛兵何してる! 仕事しろ、こいつを摘まみだせっ!」

 と言うものの、誰も動かない。それは王子の命令ではないからだ。


 まっさきに声を上げたのは、ヴィヴィエンヌだった。彼女は婚約者予定の男の手を必死で振り払い(痣になっている、痛そうだ)、叫び声未満の鋭い一声を上げた。


「……ええ、ええ。そうです。アレクシア!」

「なんなりと、テトラスの姫様」

「テトラスの王女として発言を許します。何用にてあなたが、こんなところまでやってきたかわかりませぬが……わたくしはあなたが信用に値すると知っています」

「ご寛恕に心より感謝申し上げます、ヴィヴィエンヌ様」


 アレクシアは深々と一礼し、よく通る澄んだ声で応じる。ほうっと漏れた人々のため息が空気に漂い、聖堂の高い天井に反射した。

 そう、聖堂は元々、よく声が響くように設計されている。聖歌隊や、説法する聖職者のために。それが今やアレクシアのためのステージになる。


 楽隊の一画がやたら跳ねているなあと思ったら、なんとミナ・ラグスがにこにこ手を振っていた。ラグス座の楽隊を率いてちゃっかり入り込んでいたらしい。そういえば彼女はアレクシアのことを面白い芸をする芸人と思っているふしがある。内心、アレクシアは苦笑した。


 ニタニタと笑うばかりのマリウス王子、その横にヴィヴィエンヌ王女。壁際からじりじりと主に近づくシルヴァン。憤怒のあまり顔色がドス黒く変色したザイオス、やっとその腕を逃れたエマ。楽隊の横で楽しそうに友人たちと小突き合うミナ。そして、衆人環視。


 役者は揃った。


「いとも尊きマリウス王子殿下、並びにいとも麗しきテトラスの王女殿下のお許しを得て発言いたします。皆々様にもお見知り置きを。私はアレクシア。かつてこのリュイスに後足で砂をかけ出奔したフュルスト子爵とその愛人ルクレツィアの娘でございます」


 低いざわめきで噂が走る。人々の耳と頭の間を走る。クラシュフ侯爵の三男だ。ルクレツィア様の……生きていたのか。今はどこにいるんだ? 困窮しているようには見えないが。しいっ、静かに、続きを聞き逃すぞ。ガイガリオン伯爵がいないのはこういうわけか……。なるほど。


「そしてここにおりますエマ・リシャル男爵令嬢の後見人です。――さて、ガイガリオン伯爵家のザイオス様でございますね? お初にお目にかかります」


 アレクシアは間近にいずともわかるハッキリした嘲笑を浮かべ、うやうやしくザイオスに向かって一礼した。異母弟は、もはや怒り狂いすぎて血管の切れる音が聞こえそうなほどである。ひえっとわなないて、エマはさらに距離を取る。


「おっ、おぇ、お、れ! と! お前は! 会ったことがあるだろうがァ!」

「はてさて? いつのことでございましょう。とんと記憶にございませんわ、お坊ちゃま」


 ガア! と聞こえる音を発してザイオスはアレクシアに殴りかかろうとしたものの、さすがに社交界のお歴々の前で平民とはいえ女を殴ろうものならどうなるかわからない。そのくらいの自制心はあったようである。


「エマ、私があなたの後見人であることは法律に則って間違いない。そうよね?」

「――は、はいっ」

 エマはぶんぶんと首を縦に振って、アレクシアに向かって両手を組み合わせる。


「神に誓って、契約に従って、こちらのアレクシア様は私の後見人でございます。み、皆様もお聞きになってくださいませ! わた、私の家は――没落したのですが、アレクシア様が援助してくださったので、私は学院に復学できたのです。それと、家族の面倒も、見てくださっています!」


 早口にどもりながら、エマはそれを言い終えた。上出来よ、とアレクシアは目で頷く。そして王子に向かって膝を折り、まるで御用聞き営業のように問いかける。

「マリウス王子殿下、お聞きくださいましたか? くださったのでしたら、王陛下と神々に誓って、私アレクシアがリシャル男爵令嬢の代弁をすることをお認めください」


 取って食われるとでも思ったのだろうか? マリウス王子はぼんやりとした表情のまま頷いた。条件反射のようにも、すでに状況に飽きたようにも思われた。

 いつの間にかヴィヴィエンヌとエマが寄り添い合い、固唾を飲んでなりゆきを見守っている。アレクシアは声を張り上げる。


「それでは殿下のご同意を得て、お伺いいたします、ザイオス様。このエマがブレインフィールド伯爵令嬢にいじめられていたというのは真実でしょうか?」

「しっ、……俺を疑うのかぁっ!?」

「真実だとすれば、もちろん証拠があるはずですわね? どなたがその状況をご覧になり、記録を取られたのでしょう。貴族身分の方でしょうか、それとも使用人? さあ、その証拠をお見せください。あるいは証人の方、証言してくださいませんか?」


 アレクシアは大仰に手を振って訴えたが、もちろんそんな人間はいない。なぜならこの断罪劇自体、ブレインフィールド伯爵家と組んだフュルスト商会による盛大なヤラセだからだ。

 ブレインフィールド伯爵令嬢は婚約者ザイオス・ガイガリオン伯爵令息を毛嫌いしていた。


 当たり前である。ザイオスにできることといったらマリウス王子の暴虐を煽り、女子生徒への陰湿な嫌がらせを助長し、おだてることくらい。成績は並以下、運動もだめ、血筋も正統でない。見てくれはちょっといいものの平民の少女を騙すことにしか使わない。


 だがガイガリオン伯爵はタイラス王のお気に入りであった、まさにザイオスがマリウス王子の煽て役として側近の地位を得たのと同様に、エクシア・ガイガリオン伯爵もまた、少年時代からタイラス王に媚び続けて数々の特権を得た。王は貴族の介入を嫌って己の意のままになる立場の弱い官僚を欲しがっていた。互いの利益が一致した結果だ。


 かつてアレクシアたちの母ルクレツィアを強引にガイガリオン伯爵家へ嫁がせることでレイヴンクール公爵家の権威を削ごうとしたように、今度はカレンナ嬢をザイオスの花嫁にすることでブレインフィールド伯爵家を王家の傀儡にしようとしている。


 何年が経とうとも、悲劇が二度も三度も四度も五度も起きようとも、同じ手口で悲嘆に暮れる貴族令嬢が出る。なぜならリュイスにおいて王家には貴族の結婚を取りまとめる権利と義務があるとされているからだ。タイラス王は優しい継父ぶって、貴族の勢力図を書き換える権利を行使する。自分自身のために。


 にっこり。アレクシアは虎のように笑う。もはや聴衆はお行儀の良い観客そのもので、ごくり、喉が鳴る音まで聞こえるほどだ。


 リュイスでのフュルスト商会の権力はすでに貴族に匹敵する。教師陣への買収はすんだ。衛兵の何人かもだ。保護者の中には利害関係を鑑みてアレクシアの肩を持たざるを得ない者もいる。

 ザイオスがどれほど激昂しようとも、給仕係の恰好のカリスをはじめ護衛役はいくらでもいる。身の危険はない。


 ――さあ、本当に断罪されるべきは誰か、思い知らせてあげる。

 


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