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【書籍化】どうやら私は悪役のようですね。それで?【外伝完結】  作者: 重田いの
外伝 フィリクス

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邂逅③

「ダークエルフの血が濃いということは、君の身体の中には高濃度の魔力の受容体が眠っているということだ」

 うろうろ、そいつが歩きながらぴしりと指さしてくるのを、フィリクスは無反応で見つめた。


「だから魔法を受け入れることができるんだ。魔法とは世界の法則を一時的に間借りする、ずるみたいなもん。君はそのずるを感知することができる」

「……意味がわからない。その話の意図を言え」


「いずれわかるよ、フィリクス。イ・シュファフリード・フィリクスアル・ミハルデティアン・セァ・ヴァン・ラズミール。いずれわかる。君は暗闇の中にその人を見つける」

 あまりに疲れ切っていなかったら、フィリクスはそいつの喉笛をもう一度掴み上げて殺してやったことだろう。


「お? 怒ったね。うんうん、いいことだよ。君はもっと怒るべきだ。呻いて足掻いて、喜怒哀楽をもっともっと表現して。人に生まれたんだから、人のように生きるべきだよ。――愛されることがなくとも愛することを諦めてはいけないんだ。そうしてそうして、始祖王は旅を始めたのだから」


 そいつは勝手に話して勝手に納得し、ごく普通の鳶色の目でフィリクスを見つめた。きらきらした、まるで憧れのようなまなざしだった。

「つまり、そろそろドラゴンが目覚めるんだ」

「――はあ?」


 フィリクスはごんと壁に頭をぶつけ、深いため息をつく。すでに警戒心は失われ、抵抗する気力もない。ただ人ではない生き物の傍若無人を許容するばかりである。


「勘弁してくれ。そんな大量虐殺を許す君主がこの大陸のどこにいる? 西大陸にだって南大陸にだって、いやしないだろう」

「ちちち。それが困ったことに、違うんだなあ」


 自称まつろわぬ神、は指を振る。心底困り果てたと言いたげに眉を下げ、小さな洞窟の中を静かに徘徊していた足も止まった。侍従の服装をした奴が侍従の言動を取らないと、違和感が物凄い。


「人間の死体から魔物が湧く、のは事実。だから弔われなかった大量の死体から小型の魔物が湧いて、そいつらが共食いすることでさらに大型の魔物になって、さらにさらなる共食いによってドラゴンになる。ドラゴンは飛んで街を焼く。君らそう思ってるんだろう?」

「ああ。そうだが」


「まず、いち。大量虐殺なんてものは君主がいれば阻めるものじゃない。今がたまたま平和に近しい時代なだけで、より混乱した時代には魔物の発生なんてしょっちゅうだった」

 平和な時代? フィリクスは呆れて目玉をぐるりと動かした。


 傭兵団がはびこり、力ない者から先に斃れ、小規模な小競り合いと正規の合戦、国と国とのぶつかり合い。全部が発生するこの時代のどこが平和だって?

「あっ? わかってないなー?」


 そいつは怒ったふりをしながら笑う。二本目の指を立てる。

「に、そいつは人間の死体から湧く小者なんかじゃない。北の山脈、【大氷河】が始祖王に倒されたドラゴンの亡骸だということは、誰でも知っているだろう? 復活するというのはそれなんだ」


 そうして、三本目。

「さん。君には復活したドラゴンを倒す勇者の役割がある」


「柄じゃないね。他を当たれ」

「他っていうと……エリシアスかグリアリスになるよ」


 フィリクスはゆらゆらと立ち上がった。そいつはもう面白そうにはしていなかった。谷底にわだかまった瘴気や、怨念や怨嗟や何かそういったものが洞窟の中に吹きこんでくる。そいつは長年に渡ってその色に染まってしまったので、もうそれ以外の感情を忘れてしまったのだと、そう思われた。


「わかるだろ? 私も多分君と同じ気持ちだ。彼らにだけは、そんなことさせられない。だから私は彼らの代わりにこの谷に留まることにしたし、君もきっとそうするだろう」

「信じたわけじゃない。勘違いするな」

「わかってるよ」


「それは、いつだ? 【大氷河】が目覚める、のは……」

「ひょっとして、大規模な雪崩か地震の暗喩だと思ってる?」

 フィリクスは動きを止め、頷いた。そいつは憐れみに似た表情をする。


「君は為政者だねえ。とても賢い、人のためを思う者だ。帝国に残っていたら、いい皇子になったろう」

「黙れ」


 そうとも。フィリクスはいい皇子だったろう。ドレフ帝国では皇太子は皇帝の指名のみで選出され、民はその布告をありがたく受け入れるばかり。年嵩なのに後継者に選ばれなかった皇子は毒杯を賜るか、反乱を起こすか、あるいは臣下の立場を従順に受け入れるか。


 フィリクスはエリシアスの下で働くなら、どんな役職だって構わなかったのに。

 だが、彼はその道を選ばなかった。弟を愛していたけれど、彼の傍にいてやらなかった。


 フィリクスは世界を知りたかった。自分を憎んだり、道具にするのではなく、本当に愛してくれる人がいるかもしれない、その可能性に賭けてみたかった……。


「聞いたままの意味だよ、フィリクス。君はドラゴンと戦って一騎打ちをするんだ。そういう運命なんだ」

「理解できない……」

「いずれわかるよ、わからなきゃいけないんだ。――ほら、動けるようにしてあげるから、もう行きな」


 気づけばそいつが目前に迫っている。フィリクスは咄嗟に反応できない自分に驚いた。もしこんな間近に接近を許した相手が短剣でも持っていたら、刺された責任は彼自身にある。こんなことはありえないはずだったのに。


「ここでの記憶はすべて忘れてしまうようにできている」

 そいつの吐息は墓場の匂いに似ていた。


「けれど言われたことは君の中に残り続ける。いつかその瞬間に立ち会ったとき、ああこのことだったかと思い出すことだろう。いいよ、それでいい。私たちは忘れ去られるもの。決して人の歴史に顔を出してはならないし、ましてや名前を持つなんて。――彼女も私たちも決してこの物語の主人公ではないけれど、存在が語られるのならば存在する。それと同じだよ」


 さあ行きなさい、と囁かれた声だけが耳の奥に残っている。


 フィリクスは谷底を歩いていた。嘘みたいに身体が軽かった。痛みの倦怠感も何もかも消え、心の中までが軽い。――明らかな異様を感じながらも、フィリクスは進む。


 自分が何かの歯車に過ぎないことを彼は自覚していた。皇帝の子として生まれ育ったから、というばかりではない。数学に必ず定理があるように、天のてっぺんで決して動かない星が【始祖王の目】として君臨するように、この世に生まれたからにはなんらかの意味があり、目的があるのだと信じたかったのだ。


 言葉通りの意味で魔法にかけられた心地のまま、彼は小道を見つけ、渓谷の上へ登る過酷な道を這い上り始めた。手足を穿たれた鉄の輪に入れ、身体を引き上げる、怪我をしていなくても命の危険がある道行きである。


 目は勝手に次に掴む最適な輪を教えてくれ、背筋が勝手に身体を動かしていた。フィリクスはものを考えることもなくするすると、これまでになく素早く谷の上へ到達した。一歩進むごとに記憶が不本意に失われ、自分が誰かに非常に腹を立てていたことも忘れそうだった。


 目の前の荒野にゆるゆると日の出が現れた。驚くほどきらびやかな白銀の太陽、早朝の色とはいつでもこんなふうだったっけ? 彼は目を細め、顔の前に手を翳す。足の傷が何やら痒いので、いったん岩に腰かけて見てみたところ縫合の糸がぺろりと肉から離れた。


 服の破れを残して、傷は完治していた。

「ハハ……」


 フィリクスは笑う。立ち上がって歩き出す。

 ――そうだ。彼は、ずっと忘れていた感情を思い出していた。


 さて、遠目からでも彼の姿はよく目立った。腰には剣。ごく普通の。だが彼の身体と立ち居振る舞いは尋常ではない。背は高く、肩幅が広く、歩き方は自然でありながら溢れ出る内心をこらえきれていない。短く刈り込んだ黒髪。浅黒い肌が太陽に照らされ金色に輝く。


 厳格さが自然な鎧になって、ずんずん歩く前のめりな傭兵歩きさえ優雅に見せた。威圧的で圧倒的な、紛れもなく他の上に立つため生まれた男。精悍な美貌に今、獲物を見つけたけだもののように残酷な微笑がよぎる。


 見る者を誰しも不安にさせるだろう笑顔。不幸なことに、この荒野には彼一人ではなかった。夏の風がセルマディア渓谷の上を吹きっ晒して、前奏のよう。フィリクスの黒い目が黒瑪瑙のようにぎらぎらと、捕らえたのは傭兵たちだった。


 後になって事情がわかったことには、彼らはつまり、フィリクスを抹消するつもりだったのだそうだ。フィリクスはあまりに型破りだった。傭兵団から傭兵団を渡り歩くのも、一定の主を持たないのもよくある話である。だが彼はあまりに若く、刹那的な実力主義者で、どこからともなく流れ星のように現れた新参者だった。


 フィリクスに罪があったとするならば、若すぎたという一点に尽きる。若者は、年長者に配慮して後ろに下がっていなくてはならなかった。正当な額の報酬を遠慮して、ゆずらねばならなかった。事実、師匠筋に所属し父親やその他親族の保護下にあったことを忘れない『まともな』若い傭兵たちはそうしていた。


 フィリクスは誰にも気を遣わない。誰も尊敬しないし、譲らない。

 ――彼らにとってその態度は、とんでもない暴挙に見えた。ただそれだけの話である。


 傭兵たちは所属の垣根を超え団結した。用意周到に噂を流した。セルマディア渓谷に魔物がいる、という噂だった。いくつかの小規模な傭兵団がセルマディア渓谷に集まった。フィリクスただ一人を破滅させるのを楽しむために。


 主導者となったカザールはフィリクスをセルマディア渓谷へ赴かせ、仕留める役を。ドゥラシャンとハルザミア、およびあの傭兵団の中核を占める十人ほどがその補助役を。それ以外のあぶれ者や野次馬は見物のため集まった。


 傭兵にも見栄や矜持がある。若い傭兵を気に入らないからという理由だけで谷底に追いやり、その所属する傭兵団の長が斬り殺したとなれば後ろ指差されもする。罪悪感を誤魔化し、正当な理由でもって処断したのだという体裁を保つための見物人であり、大人数だった。傭兵世界の暗黙の了解、不文律を破ればこうなるぞと見せしめのため連れてこられた若者もいた。


 のちに事の次第を知ったフィリクスはこう呟いたという。――みんな、暇なのか?

 まったくもって、その通りとしか言いようがない。


 夏の早朝。セルマディア渓谷に集まった傭兵たちは、全部で五十人ほどいただろうか。その中で、フィリクスが無傷で(無傷で!)据わった目をして、谷底から上がってきたのを最初に見つけたのは何人だったのか。


 確かなのは、彼を見つけ、次々剣を抜いて切りかかった最初の三人は勇敢だった。それだけである。


 戦いが始まった。

 ひどく一方的な。


 自分自身への、境遇への、運命への――母への怒りを自覚したフィリクスは、強かった。



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