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【書籍化決定】どうやら私は悪役のようですね。それで?【第二部完結】  作者: 重田いの
テトラス編

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いただきへ登る④

 


 議会堂は都アリネスの大通りにある。寺院群を通り過ぎ、裁判所を尻目にひたすら王宮へ向かい、王宮前にある丸いドームを目指すのだ。


 議会堂は六本の巨大な円柱を持つ白亜の建物だ。王宮前の大広場に面して悠然と構えている。神々の彫刻が刻まれた柱は天を突くほどに高く、太い。六本の柱に守られるようにして中央にそびえる丸いドームは、今の魔法技術では再現することが不可能な古王国時代の技術で造られていた。内部には円形の議会場があり、ときには三百人を超える議員が喧々諤々に議論を交わす。


 だが今は誰もいない、真夜中である――議会堂はひっそりとしている、はずだった。


 アレクシアとエマが乗った馬車は、最高速度で最初の柱の根本へ走り込む。その周囲にぽつりぽつりと二頭立て馬車が置いてあるのはどういうわけだろう? 手持ち無沙汰な御者たちが輪になって話し込んでいるのは?


「クソッ。もう貴族が来ている」

「シルヴァンさんがきっとうまくやってくれています、きっと」


 石畳に降り立ち、アレクシアは御者に帰るよう合図した。彼は戸惑う。

「でも、お嬢さん!」

「いいから、行って。巻き込まれることはないわ。私が捕まって、あなたも捕まるようなことになれば――あくまで私の単独行動であってフュルスト商会は無関係だと頑張り通しなさい」


 御者は四角い顎を食いしばって頷き、馬たちを方向転換させた。


 騎馬の状態のフィリクスは先についている。彼もまた、馬を繋がず、気ままに歩くに任せた。まさか馬は連座されることもあるまい。迷い馬として処理されるはずだ。彼に従った傭兵たちもまた、頭目のやり方に習った。


 ドームへ続く階段を、アレクシアを筆頭に一行は駆け上がった。昼日中であれば左右に衛兵が立ち並ぶ玄関ホールへ続く扉は開け放たれている。


 議会堂には貴族たちが秘密の会合を持つための隠し部屋がある。

 アレクシアとて、その存在を知っていても場所まではわからない。だが今は、迷わずそこへ向かって走ることができた。あまりに騒がしかったから。怒鳴り声、剣と剣が打ち合わされる音、誰かが斃れた音。止めようとする声と声。男たちの騒々しさに血が滾り、アレクシアはスカートを膝まで持ち上げた。


 ドームの内側をぐるりと取り巻く螺旋階段のうち、右手の二階部分。南東向きの小さな扉の向こうから声がする。アレクシアは躊躇いなくそこへ踏み込もうとしたが、剣を抜いたフィリクスに制された。


「俺が先に」

「嫌よ!」

「アレクシア、頼む」

 彼女は不承不承そのようにした。


 短い廊下が続いていた。さらにその先に扉があり、騒ぎはそこで起きている。薄暗く、埃っぽい。華やかな彫刻に、金の窓枠、緋色の絨毯で飾られた議会堂の雰囲気と異質だった。壁に彫られたくぼみに燭台が灯され、橙色の火が反射して廊下をオレンジ色に染めていた。ざわめきは近づき、水の中のようにワンワンと耳の奥に反響した。


 秘書姿の男が呻きながら扉を押さえていた。フィリクスが彼を乱暴にどかすと、その悲鳴に部屋の中が一瞬、静まる。彼は剣を片手に部屋の中へ踏み込んだ。


 アレクシアはその明るい惨状を睨みつける。

「ああ、――そう。そういうことなのね」

 そこには人間がほとんどすし詰め状態だった。小さな部屋である。


 フィリクス配下の傭兵たちが八人。血だらけのシルヴァンにぎょっとしたが、返り血であって怪我をしているわけではないらしい。


 対峙するのは、おそらく前王妃の衛兵だった男たちだ。胸に王妃の紋章が大きく刺繍されている。彼らに守られるようにして、机の向こうで泣いている綺麗な、顔の小さい娘が一人。その娘がいる机の反対側で尻もちをついた男が一人。


「ミフトル男爵」

 アレクシアは凍った声で言った。

「フィルセナ前王妃と、テトラス王国との間を取り持ち、伝書鳩をしていたのはお前ね」


 ヴィヴィエンヌがリュイスを脱出する際、すべてのお膳立てをした男である。思えば彼が真っ先にヴィヴィエンヌの元へ駆けつけ、その帰国の世話をしたこと自体、最初から仕組まれていたのかもしれなかった。


 太った小男はぷるぷると頬を揺るがし、大仰に叫んだ。

「あ、アレクシア・フュルスト!? テトラスで死んだのではなかったのか!?」


 シルヴァンがふっと吹き出した。

「死ぬわけないだろ。殺しても死なないよ、この人は」


 傭兵たちとフィリクスから同意の失笑が漏れるのに、アレクシアもまたつられて笑いそうである。そんな場合ではないというのに。

 彼女はヒールの音をカツカツ響かせ、その小娘の元へ向かった。


 典型的に綺麗な娘だった。蝋燭の光に揺れる金の髪、澄んだ湖のように透き通った青い目。泣き濡れたせいで白い肌はピンク色に染まり、ガタガタ震える様子は男の庇護欲をそそることだろう。おそらく前王妃は学院時代、こんなふうな娘だった。だから、彼女は彼女を選んだのだ。


「名前を言いなさい」

 女王然としたアレクシアの鞭打つような声に、小娘は固まった。ひっく、ひっくと嗚咽が響く。喉元で言葉が詰まり、声が出ないらしい。ため息をついたエマが近づいて背中をさすってやってようやく、か細い声で言った。


「セリナ」

「そう、セリナ。私を知っていて?」

「し、知らないわ……」

「私もよ。不思議ね? 私、議会堂に入れるような身分の娘さんのことならみんな知っているつもりだったけれど。あなたの顔に覚えがないわ」


「お、おいっ。誰か止めないか。その方は女王になられるお方なのだぞ!」


 ミフトル男爵が悲鳴のような声で飛び上がったが、誰も何も反応しなかった。アレクシアのことも、エマのことも止められなかった男が何をどう言おうが、そんな言葉は状況に影響しないのだ。


 弧を描いた天井に、アレクシアの声がシュトリ・オルカ寺院の鐘のように響く。

「ねえセリナ。その、手に持っているものは何?」


「あ、こ、これ? あふ、うふ……ぅん、あたしの、おかーさまが持ってなさいって言ったのよ」

「離しなさい」

「えへぇ?」

「今すぐ、手放しなさい。それはお前が持っていていいものではないのよ」


 少女はへらへら笑うと、助けを求めるように周囲を見回した。誰も、彼女ではなく目の前の敵を見つめている。なにしろ戦闘中なのである。一瞬気を抜いたので斬り殺されましたではすまない。


 錆びついた金属の錠の臭いが、つうんと室内に漂う。それは娘の髪から香る、あの香炉の香りをかき消すほどに強かった。

「さすがの私も、この身に王家の血が流れていなければ玉座に昇ろうだなどと考えなかったわ」

 アレクシアはくすりと笑い、娘に向かって手を差し伸べる。


「さあ、お返しなさい。お前が手にしているのは王杓よ。小脇に抱えているのは王冠。どこの馬の骨ともわからない、前王妃の後見を得ただけの女が秘密裏に王杓を手にしようですって? 馬鹿も休み休みお言い!」


 ひ、ひいいいいいいいい。


 小娘は悲鳴をあげると、手にしていたものを放り出した。机の後ろに縮こまって、叫び始める。――あたし悪くないもん! 悪くない!

 悪くない! 悪くない! 悪くない!


 瞬間、いくつかのことが同時に起きた。


 ころころ転がっていく王冠へ、ミフトル男爵が飛びつこうとする。アレクシアは王杓を抱え、その様子を振り返ってみる。彼女の土色の髪のきらめきにむかって、敵の一人が刃を振り仰ぐ。彼を後ろからシルヴァンが斬り殺す。


 今や誰もが一斉にアレクシアへ向かって殺到していた。彼女を殺し、主の計画を遂行しようとする敵どもと、それを阻むため容赦なく行動を起こしたフィリクスとシルヴァン、仲間の傭兵たちと。

 勝負はなかなかつかなかった。両陣営の実力は拮抗し、斬り結び多数の技を繰り出し続いた。


 シルヴァンが叫びながら別の敵の剣を受け止める。肩が震えるほどの衝撃にも怯まず、剣を滑らせて敵の体勢を崩した。その隙に横に薙ぎ払う。

 その周囲では傭兵たちが、互いの息遣いが聞こえるほどの間合いで斬り結んでいた。フウッフウッと荒くれ者どもの、けだものじみた声にもならぬ息の音。


 アレクシアは剣戟の間合いを縫って、走り出した。王冠を、この手に――取り戻すのだ、すべてを。

 フィリクスの斬撃を受け止め損ね、石床の上でよろめいた傭兵がいた。アレクシアは危うくその下敷きになるところだったが、シルヴァンが腕を掴んで引っ張ったので間一髪助かった。あ、あ。ミフトル男爵、くそ。どこに行くの?


「アレクシア様、大人しくしててくださいよ!」

「ごめん、できない!」

 アレクシアは叫んで、おそらくシルヴァンから見ればのたのたと形容される動きで走る。


 彼女自身と、彼女の抱える王杓が敵の目的だった。彼女を生かして捕縛し、反逆者として処刑しなければおそらく前王妃陣営に明日はない。ゆえに、逆にアレクシアの生存率は高まった。彼女が一歩動くたびに敵の攻撃は揺らぎ、連携が取れない。味方は彼女を守り、部屋から押し出すための動線を整える。


 フィリクスが目にも止まらぬ速さで剣を振り下ろし、一人を殺した。

「行け、アレクシア!」

 彼女はそのようにした。


 背後に、まだよく知らない、だが間違いなくフィリクスのかけがえのない友である傭兵の呻き声を残して。


 短く、暗い廊下の半分ほどいったところで、ミフトル男爵は取り落とした王冠と格闘している。なんて無様な動き。転がる金のかたまりに翻弄され、遊ばれるよう。


「観念なさいな。あなたのものではないのよ」

 というと、血走った目で彼は彼女を睨む。


「お前のものでもないだろう、これ、これはっ、我が主のものである!」

「まあ? ランデリオ公の? それとも、キュリアナ王妃様かしら?」

 一拍黙り、ミフトル男爵は吠えた。


「馬鹿を申せ! わ、我が主はただひとり。バルドリック王陛下である!」


 アレクシアはほうっと息をつく。

「――王宮ルム・ランデでグリムヴァル第一王子の反乱が起きたことは、ご存じ?」

「う、嘘に決まっておる。私はこの目で見るまで信じない」


 彼は丸っこい身体でリュイスの王冠に覆いかぶさる。声はますます細く、においがこちらに届きそうなほど全身が汗みずくだった。

「王陛下の元で栄達を遂げるのが、我がミフトル男爵家の悲願である!」

「なるほど、夢。ねえ……」


 アレクシアは目を瞬いた。誰もが繁栄を夢見ている。我が手で、我が身で、この世の栄華を成し遂げたいと思っているのだ。当たり前のことだ。当たり前の。


「その夢を見ていいのも、手にしていいのも私だけよ」

 アレクシアはにっこりと虎のように笑った。まっすぐな青いまなざしが、彼女自身は知らないことだが真夏の【大氷河】のようにぎらぎらと男爵を射る。


 それはテトラス人にとって、決して人知の及ばぬ神の領域そのものだった。

「一度しか言わなくてよ、いいこと?――その王冠を、私に頂戴」


 彼は後ろを振り返り、出口がまだ遠いことを知る。少なくとも太った短い足ではすぐに追いつかれてしまうだろうことも。彼は彼女を振り仰ぐ。


 小揺るぎもしない、まっすぐな姿勢で、大樹のように立つ姿を。

 ふわふわと広がる髪の流れ、幾重にも重なった氷の層を通して見える深い青の目。なんの変哲もない、ただのドレスの裾が王衣のようにその細い足に纏わりつく。


 ――ミフトル男爵はゆっくりと、おずおずと、王冠をアレクシアへ差し出した。

 彼女はそれを受け取り、王杓と合わせて両手に抱える。


 部屋に戻ると乱戦は終わっていた。敵は皆、倒れ伏し、死んだ者もいれば死にかけの者もいる。フィリクスもシルヴァンも元気に立っていた。石の床は血にまみれ、すでに腐臭がする錯覚がする。ぬめる床、いちめんの赤。


 金髪の小娘セリナは気絶していた。傍らにいたエマが、机の下から用心深く顔を覗かせ、アレクシアを見てぱっと顔を輝かせる。


「アレクシア」


 剣についた血を袖で拭い、フィリクスがそっと彼女に歩み寄る。浅黒い肌はほのかな灯りと血飛沫によって、一層なめらかだった。大きな手がアレクシアの手の中の王冠を取り上げ、そうするとあれほど重たかった黄金の王冠は、ひどく繊細で華奢に見える。


 彼は生まれたての赤ん坊をそうするように丁寧に、王冠を掲げ、室内の誰しもに見えるようにした。

 そうしてそっと、土色の髪のてっぺんに王冠は載せられる。


 ワアっと歓声が上がった。アレクシア、アレクシア。


 彼女は王杓を右手に持ち、威風堂々と佇む。

 血色の小さな部屋の中、呆れるほどの死に取り囲まれて、ここにリュイスの次代の女王が誕生した。

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