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【書籍化決定】どうやら私は悪役のようですね。それで?【第二部完結】  作者: 重田いの
テトラス編

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転覆劇⑤

 シュカルムはぐっと押し黙る。沈黙の奥で目まぐるしく計算が行われ、何かが軋みながら変わっていくのをアレクシアは感じ取った。反乱を阻止する正義の集団とやらは、きっととても若い人たちで構成されているに違いない。義憤に駆られ、あるいはランデリオ公への憎しみなど、個人的な動機で動いているのだ。


 やがて彼は深く息を吐いた。

「……わかった。あなたを敵に回すより、味方にした方が良いでしょうから」


「まあ。それなら話は早いわねえ」

 アレクシアは虎のように笑った。

「後悔していて? そんな顔だわ。でもしょうがない。私なんぞに不用意に秘密を明かした、あなたの落ち度よ、アハハ」


 シュカルムの顔が屈辱に歪んだ。立派な男の元について教育を受け、成長した若者の矜持に傷がつく澄んだ聞こえない音をアレクシアは楽しむ。そんな自分がいることに驚く。


「フュルスト商会の一件について、知っていることは何もかも伝えてくださると約束して頂戴」

「確約はできかねます。私が掴んだ情報が間違っている可能性だってあるのだから。だが、少なくとも積極的にあなたを嵌めたりしないと誓いますよ。――そんなことしたら地の果てまで追いかけられて、私も仲間も殺されそうだ」


「アハハハハハハハッ!」


 アレクシアは勢い良くシュカルムのぴんと糊のきいたお仕着せの胸板をどついた。うぐっと彼はくぐもった悲鳴をあげ、恨めし気な目で天井を仰ぐ。この目。ああ、この目だ。アレクシアの良心は赤の他人がこの目をするたび確かに痛んだけれど――同時に、とても楽しんでもいたのだった。そう、はっきりと今、自覚した。


 そうして、アレクシアはランデリオ公のため働き出した。シュカルムとの親交を、ひいてはバルドリック王の庇護をはっきりと蹴ったことになる。報復は、なかった。それ以上に彼女がシュカルムにもたらす情報が重要だったからだった。


 アレクシアがランデリオ公のいわゆる『御用商人』たちの間に滑り込めたのは、ひとえにジョードメル協会がバルドリック王側についていたことが原因だ。もちろん新参者も新参者、病み上がりの外国人の小娘が傭兵団をかき集めます、と言って参加したわけであるから、彼らの視線は冷たい。加えてキュリアナ王妃にライバル認定されてしまったらしく、彼女の態度もひたすらに冷淡である。


 アレクシアは胸を張って意気揚々と交渉に向かった。おそらく一番大事な情報、決起のときはいつか? も、そもそも本気で反乱など起こすつもりなのか? も、派閥内部の人間関係も知らせてもらえないまま。それでも信頼されなければならないので、行動は迅速、正確である。


 アレクシアはランデリオ公の名を使い、手紙を書いた。ありとあらゆる、知っている限りの傭兵団と騎士団へ。それから――フィリクス・ルミオンへ。

 もちろん名目は守った。ランデリオ公のため、力を貸してほしいと。その文面の中に、わかる者だけにわかる暗号じみた遠回りの文言を仕込んだ。この仕事は文面通りではないと、わかる者だけ来てくれればいい。


 そうして呼び出された傭兵たちがやってくると、王宮ルム・ランデはにわかに騒がしくなった。表向きは、ヴィヴィエンヌがいっこうに見つからないことに業を煮やしたキュリアナ王妃が、とうとう傭兵団まで捜索に加わらせようとしているという理由である。


 王妃キュリアナの命令という建前があれば、バルドリック王とて文句は言えない。もとい、王と王妃はほとんど没交渉であり、二人の間には夫婦の愛情など最初からなかった様子だった。そういえば、ヴィヴィエンヌが父母のどちらかに会うときはあっても、家族が一堂に会することはなかった。王家というのはどこだってそんなものかもしれないが。


 さて、そんなわけで王宮の石畳には続々と足音が集まった。

 シュカルムの仲間たちもいただろうし、アレクシアの提示した報酬に惹かれた者もいた。どれがどれやら見分けがつかないほど似通った、戦の中に生きる者ども。


 アレクシアがランデリオ公と連絡を取る場合は公爵の秘書や侍女を通すのだが、彼らは揃ってこれら傭兵に渋面を示した。若い貴族出身のメイドなど、口をひん曲げてアレクシアの耳元でこう呟いたものだ。

「聖騎士団がここにいれば、団長様が――グリムヴァル第一王子が殿下が、こんなこと許さなかったのに!」

 そしてすっかり冷めて渋くなったお茶を残して去っていった。本音は、一杯のお茶すらアレクシアにくれてやりたくないらしかった。


 聖騎士団はエヴレン王家直属の騎士団であるが、王子と団長を兼ねるグリムヴァルに率いられて今は国境地帯にいる。対リュイス防衛線に感謝する日がこようとは思わなかった、とアレクシアはにんまりし、手を叩いてさっきのメイドを呼び戻してお茶を淹れ直させた。不満は聞かなかった。


 ウォーモント傭兵団は父フュルスト卿が取引していた巨大商隊の護衛部隊。戦いのための傭兵というより商団の護送、護衛、運搬、を得意とする。動きは統率が取れ、団長のカリアン・エヴァロンはアレクシアの顔なじみでもあった。


 ドレフ帝国の更に東方、騎馬民族の諸国家が興っては滅ぶ草原からやってきたセリンドラ騎士団。騎兵と歩兵で構成され、その多くは山岳地帯に住む。女子供を攫うと噂される容貌にたがわず、鎧も兜も薄汚れほぼ山賊の有様だった。だが彼らの長弓や短槍、曲がった鋭い刃を持つ独自の剣などは何物にも代えがたい武力である。

 ゼノヴィア・マランドアが率いる【グレージェイドの追跡者】たちは皆、黒いフードで顔を隠した革鎧姿。体は細く俊敏で、宝石も帯も無駄な装飾は一切なしである。獣のような嗅覚と、地面の小さな足跡を読む技術に長けた狩人の一団だった。


 他にも、集団ではなく個人や小集団としてやってきた者たちもいる。粗暴だが信用はできる重装歩兵、南大陸からやってきた爆発魔法が得意な【破壊の魔女】、西大陸の暗殺者。


 いずれも、王妃が財力にあかあせてかき集めた――ということになっているが、要するにそのうち起こるだろうリュイスとテトラスの戦争で稼ごうとあらかじめこのあたりに待機していた連中だ。機を見るのが早く、逃げ足も速い。


 アレクシアは実際に彼らに会い、交渉し、契約書をつくり、あるいは作らなかった。ランデリオ公の命じるままに。

 一部の者たちは一様に半笑いだった。互いに肘でつつきあい、アレクシアの顔をまじまじと見ては破顔する者もいる。王宮の一室を借り受けての金銭の交渉にしては厳めしくなく、たんたんと契約はすんだ。


 その作業に二日がかかった。誰が、誰のどんな意図で入り込んだのか。この真四角の部屋が並ぶ黄色い煉瓦でできた聖なる宮殿に? 答えは、まだ誰にもわからない。


 なにしろとうのアレクシア自身も、どの傭兵が父に莫大な借金をしたり弱みを握られたり、はたまた病弱な身内の入院費を肩代わりしてもらっているのかわからないのだった。フュルスト商会において、債権の内訳は身内にさえ秘匿である。

 とはいえ、決して裏切らない者が集団の中にいくばくか混じっているとわかっただけでも儲けものだった。


 契約がまとまったあとになってもフィリクスは来なかった。暗闇の中、アレクシアは確かに彼に会ったように思われたのに、そうではなかったかもしれない。それでいい。計画にはなんら影響はない。


 馬と砂埃のにおいはどこか懐かしく、彼らが動くたびカチャカチャ音を立てる剣帯と剣の柄、鎧の継ぎ目の部分、小脇に抱えられた兜は郷愁を誘う。

 最後の一人が出ていくのを待って、アレクシアは立ち上がった。隣の部屋、さっきからごそごそ物音がしていたところへ向かう。扉を開け、カーテンを跳ね上げ、部屋の隅へ。衝立の間から覗き込むと、そこにはムズがいた。


 顔が炭化していた。


 比喩ではない。顎から右のこめかみにかけて、黒ずんだ色に変色し皮膚が剥けている。痛々しい赤身が黒い皮膚の最中に見え、じくじくと熱を持っていた。

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