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【書籍化決定】どうやら私は悪役のようですね。それで?【第二部完結】  作者: 重田いの
テトラス編

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転覆劇④



自分たちの部屋に戻ってすぐ、シュカルムが顔を出した。エドレッド王子をとりあえず奥宮に置いてきた後らしい。

「一体どうして公爵にあんなことを言い出したんです!? ランデリオ公の手下になるだなんて。いいえ、そもそもあなたは私たちの味方でもなんでもないが、――それでも私たちは雌伏して、ときを待っていたんですよ、それを、突然横合いから顔を出して引っ掻き回して、何がしたいんですか!」


「いいえ? 私は公爵に商売を持ち掛けただけよ。そりゃ、あなたの提案を思い出したことは理由の一つではあるけれど、まさかそれだけで勝負を仕掛けたりしないわよ。アハハ」

アレクシアはからから笑った。椅子に腰かけ、背もたれにもたれ尊大に。ぴしり、白い指でシュカルムの青ざめた顔を指差す。


「つまりあなた方はそのことを知っていたわけね。ランデリオ公は軍勢を集めて反逆を企んでいる、それを阻止するのがあなたの目的。手段はおそらく、シルヴァンとヴィヴィエンヌ様、エドレッド王子様も。王族を旗印とし、バルドリック王陛下をお守りするという意図を掲げれば軍事力を集める面目が立つ。そのうち二人が消えて、さぞ狼狽したでしょう」


シュカルムのたたずまいに見た目上の変化はなかった。エマが優しくポットを傾けてお茶を淹れるコポポという音が、広い真四角の部屋に反響した。暖炉の熱に、カーテンがゆっくり揺れる。

「あなたの発案ではないわね。あなたはバルドリック王陛下のものだもの。王陛下をお守りするため、反乱を未然に防ぐため、とうの反逆者の懐に潜り込んで何かを為そうとするだなんて。間諜や、暗殺者の考え方だわ」


フィリクス・ルミオンの考えそうなことだ。アレクシアはちらりと思った。

「となると、発起人として考えられるのはただひとり、対リュイス防衛線のため国境に出征している――グリムヴァル第一王子殿下。あの人の差し金ね?」


にこっ。とアレクシアは笑った。立ったままの彼女の手元の棚に、エマが南大陸の赤いお茶のカップを置いた。そのまま、呆然とするシュカルムの手元にも同じ模様のカップを押し付ける。金の縁取りのある高価な絵付けの陶器は【大氷河】の雪のように青白い。


「私は私の為すべきことをするわ。我が父フュルストは私に自由に動かせる金と、それから傭兵団との人脈をくれた――すでに彼らは動き出しているの。そのように手紙を書いたから」

アレクシアは一口、お茶を啜った。甘い香りと味がするのに微笑む。

「あなた方もあなた方の計画を進めてらして。もしもお互い協力できたら嬉しいし、敵対したら悲しいわ。何かできることがあったら言ってくださいね」


シュカルムはがっくりと肩を落とした。彼のような武人の考えることなど、アレクシアにはお見通しである。大方、一番よい傀儡になりそうだったヴィヴィエンヌが姿を消して焦っていたのだろう。だから、代わりになれそうなアレクシアに目を付けたのだ。アレクシアには金がある。人脈がある。リュイスに帰らなければならない事情もある。


焦っているだろう金持ちの小娘など、いざとなれば一発ぶん殴れば大人しくなる、という気持ちもあっただろう。

だが、そうはいかないのだ。彼女はあくまで商人の娘であり、誰に協力し投資するかは彼女自身で決める。なにしろ、背後に怖い父親の面子が控えており、さらにその向こうには数百人の面倒をみなければならない商会員たちがるのだから。


「あなたは、孤立無援だ。味方といえば侍女が一人。後ろ盾の王女さえ自ら手放した。なのに何故、そんなにも冷静でいられるんですか。信じられない……傭兵が来る? あなたの父親の息がかかった? そんなものに希望を託して、か、彼らが裏切ったらどうするか考えていないのか? 根っからの純粋無垢なのか……?」


絞り出したような声で、シュカルムが言った。完敗を認める様子だった。アレクシアは鼻で笑ってしまう。彼のような人の方こそ、純粋無垢と呼ぶべきだ。


「私は孤立していないのよ。残念ながら、ね。彼らは私を裏切らないわ。もし私が死んだらフュルスト商会は容赦なく彼らの借金を取り立てる。他の傭兵をけしかけ、ありとあらゆる生存のための手段を取り上げてね。人に仕える騎士の方にはきっと見えない視点でしょう。でも、ええ、私たちは商売人ですもの。あなたたちの剣も腕そのものも、債権によって操ることができるのよ。誰もがあなたのように確固たる地位を持った主に仕えているわけではないのだから」


アレクシアは肩をすくめた。ジョードメル協会が、クラックが欲しがったフュルスト商会の力そのもの。ときに戦争の趨勢さえ左右できてしまうほどの、金の力。目に見えない経済網。アレクシアの周りには常にそれが張り巡らされていて、彼女を守る。


「それに、あなた方が焦っている理由も理解しているのよ」

彼女はカップを受け皿に戻し、軽く指先で縁をなぞった。エマが進み出て、湯気の立つポットを傾ける。お茶が注がれるトポトポという呑気な音。


「あなたたちの計画がどんなものだったかは知らないわ。でもそれはなし崩しに始まってしまったのね。致命的に、加速していく。ヴィヴィエンヌ様はランデリオ公にとっても反乱の大義名分でもあったのだもの。彼はきっと、冬の間に片を付けようとすることでしょう。でも、私は違う。私には旗など不要だもの。利益さえあれば動くし、損だと思えば下がる。ランデリオ公の『傀儡』に成り下がることも、私の誇りに何一つ疵をつけることもないわ」


「その言い草だと、まるで最初からお見通しだったように聞こえます。どこで知ったんですか? 初めから? 王妃の不倫も、公爵の野望も、全部わかってたんですか?」

「いいえ? 初めからではないわ。でも、あなたがここへ押しかけてきたときに確信したの」


アレクシアは立ち上がり、シュカルムの横をすれ違って窓辺へ向かった。外は暮れかけの薄紅色の空。【大氷河】の青白い影が黒々と王宮ルム・ランデを覆う。暖炉の炎が揺らめくと、室内の衝立がカサコソ揺れる。


「焦りって臭うのよ」

そう言ってアレクシアは振り返った。逆光に土色の髪が染められて、影になった顔の中、青いふたつの目ばかりがらんらんと光る。


武の力と王権の威光でのみ、なにごとかを成し遂げることは可能だろう。だがそれが成ったあと、必ずさまざまな問題が噴出する。それらすべてを力と威光で叩き潰すことはできない。ものには限度というものがある。――そこに商人の付け入る隙がある。


「誰がどんな正義を掲げようと、どれだけ忠義を誓おうと、私にとってはどうでもいいの。戦の名目なんてなんでもいい。確かなことはひとつだけ、戦争はお金で動くのよ。物資の供給、兵の維持、武具の手配。ランデリオ公のためそれをして差し上げられるのは、私」

「脅しのつもり、ですか?」


シュカルムの全身が緊張した。彼にだって手勢はあるだろう。きっと一声命令すれば、アレクシアを王宮から取り除くことができる。

だが彼にはそれができない。フュルスト商会のアレクシアがランデリオ公に取引を持ち掛け、その後殺されたということになれば――公爵は動くだろうから。敵に余計な刺激を与えるべきではない。すでに賽は投げられてしまった。


「忠告よ。もしも私が本当にランデリオ公に信頼されてしまったら、あなた方は不利になるわね? まあそんなことは起こらないと思うけれど。逆もまた然り。だから……」

アレクシアは歩み寄り、彼の肩にそっと手を置いた。ごつごつとして、剣を振り慣れた肩だった。


「協力して、情報を交換しましょう。あなたは王陛下をお守りしたい。私は一儲けして、それから――犯人を見つけたい。五人を殺した者は王家の近くにいるのだから。互いの目的は矛盾しないはずよ。そう思わなくて?」

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