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【書籍化決定】どうやら私は悪役のようですね。それで?【第二部完結】  作者: 重田いの
テトラス編

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転覆劇①

 


 アレクシアが回復したことが知れ渡ると、いくつかのお見舞いの品が届いた。バルドリック王からクリスタルのグラスが。ジョードメル協会からは花束が。それからキュリアナ王妃からも銀の籠に盛られた果物までが。


 案外、自分は王宮ルム・ランデで顔が知られていたらしい。アレクシアはほくそ笑む。


 彼女は病床で父母に当てて手紙を書いた。もちろん誰かに盗み見られること前提で。それから買収に応えた使用人たちのうち、几帳面な者を数人選び、同じく手紙を託した。もちろんこちらも、誰かに見られることだろう。


 やがて返事が届いた。遠くファーテバのフュルスト商会から、人づてに人づてを辿ってやってきたメモ。それから正式なルートでやってきた手紙。


 それら二つを合わせ、特別な暗号表に当てはめると、本当に言いたいことがわかるようになる。暗号表はアレクシアの頭の中にある。エマでさえ、まだ教えられていない。彼女はただアレクシアの回復を喜び、彼女が父母と連絡を取れたことを喜んだ。


 ファーテバばかりではなく、アレクシアはドレフ帝国とも連絡を取った。ドレフ帝国とフュルスト商会は、鉱石と金細工、それから護衛の傭兵のやり取りで繋がりがある。

 彼、がどこにいるのかは、それらの人脈を通じてなんとなくわかっていた。真新しい便箋を開き、書き始めるとすらすらと文面が出てきた。


 アレクシアはフィリクス宛に手紙を書いた。これまで、彼に連絡を取るのを控えていた。一度、手紙でも書いてしまえば、際限なく書いてしまうだろうことがわかっていたからだった。リュイスで求婚されたとき、戸惑いはあったが本当はとても嬉しかったことを、認めるのは癪だった。


 アレクシアはフィリクスが大事で、心配なのだった。務めて頭から追い出していただけで。


 あの魔法の闇にどんな作用と規則があって、自分の行動のどこがどう抵触したのかわからないが、とにかくアレクシアはフィリクスに会った。再び、会ってしまった。だからもう、手紙を書くことに躊躇はなかった。


 もしあれが夢でも構わない。彼は私を心配してくれ、抱きしめてくれた。もう一度会いたいと思ってしまえば、崩壊は早い。止められない。


 やれやれ、と心の片隅で思う。

 こんなことになるなんて。こんな、敵地のド真ん中で。


 最後の封筒に蜜蠟で封印をしたあと、扉の向こうが騒々しくなった。アレクシアが無茶をしないよう枕元で繕い物をしていたエマが立ち上がり、扉に手をかけた瞬間、それは向こう側から開く。無礼なことだったが、構造上それができる王宮なのだから仕方ない。


「エマ、エマ!」

 ここにはふさわしくないほど陽気な声だった。見れば男の子がにこにこと両手をエマに伸ばしている。いや、表情や声音は幼くても、図体はそれほどではない。哀れな王子、エドレッドである。


 後ろからやってきた男が両手を伸ばし、彼を抱き上げた。アレクシアはその横顔に見覚えがあった。確か名前は……シュカルム。バルドリック王に最初に拝謁した日、指輪を取り出そうとしたアレクシアの手首を掴んだ青年だ。他のテトラス人より少しだけ浅黒い肌という、ドレフ人の特徴が少しだけ残る容貌の美形だった。


「申し訳ございません。女性の寝ているところに失礼をいたします。王子殿下が、どうしてもおっしゃいまして」

 ドレフ人の血を引く大きな男に抱えられてもなお、王子の手足は彼の身体に余る。エドレッドはうーうー唸りながらシュカルムの腕を抜け出すと、エマの両肩に手をかけ、頬にキスをした。


「エマ! 病気はエマ? だいじょぶ?」

「いいえ、エドレッド王子殿下。病気なのは私じゃありません。私の主のアレクシア様です」


 アレクシアはゆっくり寝台から出た。礼儀上必要十分な距離は弁えられているし、寝間着は着替えていたから恥ずかしがる必要もない。

「エドレッド王子殿下、ならびにシュカルム殿。お越しを歓迎いたします。――エマが王子様と知り合いとは思いませんでした」


 ああ、と照れたエマがシュカルムをうかがいつつ答える。エドレッドはエマの横でにこにこしていた。

「見習いの子供たちと話していると、王子殿下はいつも物陰にいらっしゃるのです。きっと一緒にお遊びになりたいのだと思います」


「みんな、忙しいって……」

 エドレッドはしゅんと肩を落としてみせる。怪我でもさせたら王宮を追い出され、親にまで追及がいきかねないのに、相手をする見習いはいない、という事情を彼は察せないだろうと思えば、アレクシアの胸は詰まる。


 シュカルムがこほんと空咳をして、そっと一礼した。エドレッド王子がきゃーっと歓声を上げる。

「突然にこんなことを言って、奇異にお思いかもしれない。でも言わずにはおれず、こうしてお邪魔したのです。シルヴァン様とヴィヴィエンヌ様を逃がしてくださって、ありがとうございました。感謝しております」


 アレクシアとエマは顔を見合わせる。シュカルムの物言いは、王宮に住む者としてはあまりにも、直接的だった。普通、宮廷人はもっと回りくどい喋り方をするものだ。


 だがシュカルムには自分がどう思われているかはどうでもよく、建前を守るつもりもすでにないようだった。


「わかっています。何を言うのだとお思いでしょう。けれどどうかお礼を言わせてください。シルヴァン様が運命に背を向け逃げてくださったのが私は、私は、本当に、嬉しいんです。――私は幼少の折、オストン・ミストヴェル殿の従卒でした」

「……シルヴァンの顔を知っていたのね」

 シュカルムは頷いた。


「三週間前、成長したシルヴァン様をお見掛けしたときの驚愕は言い表せられません。まさか彼が生きていらっしゃるだなんて。ヴィヴィエンヌ様との間に絆を育んでいらっしゃることも見ればわかりました。私は――私は嬉しかったのです。オストン様のご子息が生きていた。私の、唯一の主の血筋は絶えていなかったのです」


 なるほど、とアレクシアは青年の美貌をつくづくと見る。ミストヴェル侯爵家の当主だったオストン・ミストヴェル、シルヴァンの父親は死んだ。彼の配下は家を見捨て、兄殺しのタルヴェルに従うことを拒んだ。そのうちの一人が王宮に仕えていても、なんら不思議はない。


「オストン様はお亡くなりになる前、逃げて王に仕えよと言い残されました。だから私の今の主はバルドリック王です……形式的には。王陛下は私に、無理に心を捧げずともよいと言ってくださいました。それ以来、私の忠誠は亡きオストン様に、心臓と命は王陛下にお捧げしているのです」


 シュカルムははにかんだ笑顔を見せる。まるで少年のようだった。エドレッド王子の奇声はやみ、エマに相手されながらにこにこ床に座ってアレクシアとシュカルムを交互に眺めている。


 もしも、の話であるが。もしも、ヴィヴィエンヌが早世してしまい、シルヴァンが一人遺された場合。アレクシアは彼の身柄を保護し、護衛騎士か何かの仕事を与えて身内の一人に加えるだろう。心から愛する主を失った騎士には、次の居場所が必要だからだ。

 思わぬところでバルドリック王と自分の共通点を見つけてしまった。


「それから、アレクシア様――あの魔女を追い払ってくださったことも、心から嬉しく思っております」

「あの魔女って……」

「レディ・ミーゼリアンのことです」

 吐き捨てるような口調で、シュカルムは断言した。


「私がオストン様のお側にいた頃から、あの魔女は何度も何度もミストヴェル侯爵邸に出入りしていました。口では、古い時代からこの家と付き合いがあるのだとほざいて。ここルム・ランデであの女の姿を見たときは血が凍りました」


「なぜ、それほどにあの人を憎むの」

「むしろ何故、あなたは彼女をお恨みにならないのですか? あなたが――倒れたのは、きっとあの女のせいでしょう」


 エマがはっと息を呑んだ。シュカルムのまなざしは凍るように冷たく、アレクシアは宵闇にそびえる【大氷河】の黒い影を思い出す。


「オストン様が亡くなったとき、あの女は助けようと思えば助けられたのです。なのに、そうしなかった。それがウラリール様との約束なのだと、魔法使いと交われば人は正しい死に方を選べなくなる、だからあえて自然のまま逝かせてやるのだなどといって。――私はあの魔女を許しません」

「そんなことが、あったの……」

 アレクシアとしては、言葉もない。シュカルムは明らかに興奮していた。黒い目がきらきらと輝き、その熱気はエドレッド王子にも伝染するようである。


「あなたを見込んで頼みがあります」

 ――まずい予感が、アレクシアは、した。


 彼女が断り文句を口にするより早く、シュカルムは身を乗り出す。

(め、面倒くさい……あまりよくない性質の、男だ)

 と直感する。


「あなたが床に伏している間、王陛下もまたお倒れになりました。もちろん極秘情報です。今までに何度か、同じことがありました。――毒です」


 早口で、どこか熱に浮かされた目で。彼の中ではすでにアレクシアが偶像化され、彼好みの救世主に仕立て上げられているのが見て取れた。

「どうか私たちに加わってください。私たちは正統な王であるバルドリック王陛下をお救いすべく活動しています。決して、あの悪辣なるランデリオなどには」

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