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【書籍化決定】どうやら私は悪役のようですね。それで?【第二部完結】  作者: 重田いの
テトラス編

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謎は解ける①

 王女ヴィヴィエンヌの失踪は、すぐに王宮じゅうの人間の知るところになった。上は宰相から下は小間使いまでが上を下にと慌てふためき、王は玉座に沈み込み、王妃の嘆く声がカン高い発情期の鳥のように響き渡る。


 廊下のない王宮ルム・ランデのすべての衝立とカーテンが取り払われた。万が一、お姫様がその影で眠りこけていないか確かめるために。だが使用人たちの努力もむなしく、その姿は一向に見つからない。


 アレクシアに金を貰った使用人たちは内心、戦々恐々としているだろう。今やアレクシアは彼らの生命線を握る立場だった。アレクシアが一言、そういえば、王女殿下はお忍びに行きたいと漏らしておられました……。とでも言おうものなら、すぐに順番に鞭打たれ、あることないこと白状する羽目になる。


 もし使用人で団結してアレクシアに金を握らされたのだと訴えれば、貴族か官僚の一人くらいは言い分を聞いてくれたかもしれない。しかし、それには身分と立場の壁が立ちはだかる。


 身分こそ商人の娘だが、隣国の王家の血を引くアレクシア。

 いくら王宮務めといえど、元は平民や下級貴族の冷や飯食い、いらないから奉公に出された身の有象無象。


 たとえ言い分が聞き入れられても、王と直々に話したことのあるアレクシアに有利に真実が捻じ曲げられる可能性もあった。何故ならバルドリック王は彼女のため、カーミエールの街で起きた事件を調査することまでした。つまりアレクシアは王のご厚意を受けた側であり、王たる者が間違えるはずはないから、アレクシアを疑うということは王のご威光を疑うということになってしまう。


 精神的には反逆罪に等しい。不条理なことだが、王宮というのはそういう場所であり、王族というのはそういう存在だった。


 ゆえに、誰もヴィヴィエンヌと護衛騎士のお忍び遊びについて言及する者はいなかった。必死に口をつぐみ、もらった小金を必死に荷物の底にしまい隠し、もし自分が疑われたらそれを担ぎ上げて逃げようと抜け道を探す、それが使用人という存在だった。


 女官長オルベッドが頑なに口を閉ざしていたのも、彼らの回れ右の姿勢に拍車をかけたのかもしれない。年老いた女官長は王からの罵声をただ甘んじて受け、減給処分を受けた。


 ざわめく王宮の中をアレクシアとエマは走り回り、最後の情報収集にいそしんだ。他ならぬ招待主であるヴィヴィエンヌがいなくなってしまった以上、もうここにはいられない。いれて数日だろう。冬が迫る中、アルバ河に氷が張る前にリュイスに戻らねばならなかった。


 それはフュルスト商会の面々を殺した犯人を、それを命じた誰かを探すことを諦めるということだ。それは、いやだ。彼らの尊厳を、諦めたくはない。


 入ったことのない知らない部屋を、さも用事があって素通りするだけですという顔をして通る。目の端で誰と誰がいて、なんの話をしているのかしっかり記憶しておく。そんなことを何回か繰り替えしたあと。


 開いた扉の向こうにいたのはジョードメル協会のクラックだった。


「まあ……」

「ヴィヴィエンヌ王女殿下の一件で、裏で手を引いたのはあなたが?」


「なんのことかしら?」

「もういいんだ、そういう駆け引きは。あんたこのままじゃ殺されますよ」


 男が履くには踵が高いブーツが、石畳をカツカツと打つ。ぎゅっと細くなった踝の見事さが、丈の長いローブからチラチラを見える。


「バルドリック王陛下は私の滞在中の安全を保証しているわ」

「そんなことはなんの保証にもならない。あんたがまだ殺されていないのは――くそっ。わからないのか? わからないふりをしているのか?」


 音に聞くジョードメル協会らしくない取り乱しよう、あるいはその演技だった。


 瞬間、アレクシアの脳裏に火花が飛び散る。何かがおかしかった。ヤーヴェ・クラックはこんなふうに誰かに親身になるような人間ではない。彼はどこかそわそわと落ち着きなく、そう、まるでこれ以上罪を重ねたくなくて必死になっているかのような――


 エドマンド・ハロド、ナッサン・フィリオ、リトルト・グレゴー、ロズ・クォウッド、トリエッテ・ハミルト。古株の商会員の交渉役。気難しい短気で義理人情に厚い職人。婚約者のため働く若者。有能な帳簿係。陽気な才能あふれる若い女性。


 みんな死んだ。死んだのだ。


 身内同士で出世を争うジョードメル協会。その商売敵になるはずだったフュルスト商会のテトラス進出。バルドリック王の保護。


 点と点が、ぱちりと繋がる。


「ねえ」

 アレクシアは一歩を踏み出した。

 男にしてはか細いクラックの肩が、かすかに跳ねた気がした。


「まさか――まさか、フュルスト商会の五人を死なせた下手人を放ったのは、ジョードメル協会だったの?」


「違う!」

 クラックは焦った様子で大声を出す。その後、はっと自分の口をふさぐ。


 答えを言っているようなものだった。


「俺は、リュイスに帰れと警告しただけだ。同業者がこれ以上増えてもらっては困ると。よくある、縄張り争いみたいなものだった……」

 とだけ、言った。彼はずっと黙っていたそれを今、ようやく口に出せたのだと誰もが悟るだろう、そんな声音だった。


 これ以上は耐えられないのだろうと見て取れる。アレクシアとしては、泣きわめいて彼を引っぱたいてやってもいいくらいだった。だができなかった。する必要がない。クラックは誰かの駒でしかないのだ。アレクシアのように自由に動ける権限をもらえたわけでもなく、ジョードメル協会の商会長の血縁でもない。


 彼女は天井を仰いで感情を逃がした。喉の奥から炎が出てきそうだった。


「あなたは出世をしなければならなかった。あなたたちの背後には、フュルスト商会がテトラスにいてもらっては困る誰かがいた。ええ、わかってる。あなたたちだけが悪いんじゃない。フュルスト商会だって、大陸じゅうの各個人や集団に金を貸していなければきっと同じようになっていたもの」


 アレクシアは静かに言った。心の中は静まり返っていた。


 フュルスト商会がどれほど大きくなっても王侯貴族による支配や収奪から逃れていられたのは、とうの尊い方々にさえ金を貸していたからだ。その債権を敵に売り渡されては誰しも困るからだ。


 ジョードメル協会はそうしなかった。各国各地の有力者に取り入り、課税や専売制度の尖兵となることで大きくなった。無駄に敵を作らない、賢いやり方だ。


 だがそれはパトロンである有力者の意向に逆らえないということでもある。


 フュルスト商会は貸した金が踏み倒されれば死ぬ気で回収に行かなければならないが、ジョードメル協会にはその手間がない。そのぶん、彼らは強く大きい。現状、敵わない相手でもある。だが。


「ジョードメル協会の誰かがその尊い人の意思を汲み、勝手にフュルスト商会の五人を殺させたということなら、あなたたちは私の敵だわ。決して、許さない」


「わかっていますよ、そんなことは。だからわざわざ警告にきたんだ。我々はこれから敵対する。そのためにも、あなたはとっとと逃げなさい。このままここにいたら――」


「そしてその尊い人は、私が死んでもらっては困る人だということね」

 低く言い捨てると、クラックはローブの裾をはためかせ踵を返そう、として、足を止めた。


「今までさんざん恨まれてきたけれど。仲間を殺されるほど憎まれたのはさすがに初めてだわ。とっても、腹が立っているわ、私」

「……受けて立つつもりなのか?」

「もちろんよ。もしも、あなたとその人の間にまだ繋がりがあるのなら伝えてちょうだい。必ずや落とし前つけさせてもらいますと」


 ようやく、敵の姿が見えたのだ。長かった。本当に、長かった。

 黒幕の姿は見えず、誰がどんな目的で動いているかも定かではない。それでもアレクシアは必ず、誰が彼らを殺したか見つけ出す。必ずだ。


 クラックは呆れ果てたような、眩しいものに目を細める仕草をして、今度こそ立ち去った。アレクシアは後を追わない。これ以上のことは聞きだせないだろうし、クラックが嘘をつかない保証はないから。


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