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【書籍化決定】どうやら私は悪役のようですね。それで?【第二部完結】  作者: 重田いの
テトラス編

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モルセリア⑪

 


 アレクシアはほっとした。隣の部屋で、エマと自己紹介をしているデルマンスを呼び寄せる。


 呼ばれたデルマンスは狭い空間にそろそろと進み出て、アレクシアの前で足を揃えて立った。怯えの一歩手前の無表情で、彼の若さを差し引いても挙動不審ぎみである。後ろで揺れるカーテンの方がまだ落ち着いている。


「明日、ヴィヴィエンヌ王女殿下は護衛騎士を伴われ城下へお出向きになります。あなたには私の名代として二人に付いていってほしいわ」

「いったい、あなたは何をしようと――あんたたちは、……くそっ」


 彼はぐるりと一同を見渡すと、かすかに震える足を叱咤するように体勢を立て直す。アレクシアに返答する声はドレフ式にしっかりしていた。

「ご命令に従います。明日、明日ですね」

「どうもありがとう」


 テトラス内部に残ったリュイス人の息のかかった人間により、逃走は手引きされる。明日、彼は祖国を離れて外国にいる自分に驚愕するだろうか? カーミエールの街に戻りたくて泣くだろうか?


 一礼してカーテンの向こうに消えるデルマンスの、まだ若く細い肩の線をアレクシアは見送った。自分はあの年の頃、ひたすら復讐に燃えて鬱屈する暇もなかった。今となってはそれが取り返しのつかない損失のように思える。


「それで、シルヴァン。これはあなたたちの事情とは直接関係なく、答えたくなければ答えなくていいんだけど。ああ、言いにくいわね」

 アレクシアは額に指を当てる。そこは熱を持っていた。シルヴァンは辛抱強く彼女の続く言葉を待って、窓枠に寄りかかる。


「何ですか、お嬢さん? 言ってくださいよ」

「バルドリック王陛下は確かにこう言ったの。レイドニー王子はオストン・ミストヴェルに殺された、と。何か知っていることはなくて? もしそうなら教えてほしいわ」


 シルヴァンは石像のように動かなくなった。さわさわと、眼前で揺れる木々の蠢きをアレクシアは数える。いち、にい、さん。五拍を数えたあたりでシルヴァンから返答があった。


「俺は、父のことを何も知らないんです。あまりに別れが早かったから。でも王陛下がそうおっしゃるというなら、そうなのかもしれませんね。ミストヴェル侯爵家は古い家系です。後ろ暗いこと、疚しいことなら山ほどしてきたことでしょう。俺の父母も、叔父も、決して潔白ではありません」

 傷ついた青年が無理して笑うように肩をすくめ、シルヴァンは肩ごしに庭園を見つめた。


「でも俺は、そういうの全部に背を向けると決めました。叔父から家督を奪い返すことはしない。あの魔法使い……ムズさんでしたっけ? あの人も似たようなことを言っていましたよ。私は見守るだけだって。それでいいと思います。それが、いいんだ」

 それはミストヴェル侯爵家の名が持つ責任すべてに背を向ける言葉だ。領民、配下の騎士たち、そしてローデン騎士団に。だがそれでいいと、アレクシアも思う。


 もし人が責任を取るという使命感だけで生きているとするならば、この世にこんなにも愛憎が溢れているわけがないじゃないか。あいつを捨てて父フュルスト卿の手を取った母が悪女と謗られるのも、正しいってことになってしまうじゃないか。そんなことは許されない。何故ならアレクシアは今の自分自身に満足しておらず、さらに先へいくと決めている。未来へ進むための土台が揺らいでもらっては、困るのだ。


 ゆえに、彼女はうすら笑う。外の冷気から身を守るため、二の腕を擦りながら。

「ええ。私は止めないし、協力するわ。誰しもがそう思うわけではなく、きっと罵倒も否定も山ほど降り注ぐ。でも――」


 くすくす笑ってシルヴァンの肩をこづくと、彼は嫌そうな顔をした。

「いてえんですけど」

「でも、でも! そんなの全部うっちゃってもいいくらい、きっとこの先の未来は幸福よ、シルヴァン。よかったわね」


「はい。俺もそう思いますよ、お嬢さん」

 彼は柔らかく、幸福そうに笑った。

 フュルスト商会にいた頃には見たこともなかった、それは自然な笑顔だった。


 そのようにして迎えた翌朝、アレクシアは朝からルートを再点検した。王宮の内部を擦り抜けるのは、ヴィヴィエンヌの方が詳しいので任せよう。王宮の裏庭に出たあと、シーツを洗う洗濯女たちの歌声を背後に進み、外壁にたどり着く。リュイス王宮より頑丈な三重の壁と、堀をどう越えるのか。


 答えは毎日出入りする食糧を運び入れる荷馬車に乗せてもらう、である。この時点まで、アレクシアが買収した使用人たちは王女様がお忍びに行くのだと思っている。そう思わせるよう振る舞ったのがどこまで通用するものか? そのときになってみないと誰にもわからない。だが、ずっと王宮で育った王女様がそのままモルセリアさえ捨てて遠くに逃げ延びるとは、誰しも思わないだろう。


 使用人の服に着替えた二人は、明るい中を堂々と裏庭から荷馬車の場所までを歩いた。荷馬車の御者席に座る男はフュルスト商会とも、ジョードメル協会とも関係はない。ただ古くから城に食糧を搬入しているだけの男である。普段は近隣の村に住み、租税として集められた牛乳や卵、家畜、織物や糸をルム・ランデまで運んでくる。それだけの仕事を代々続けてきた家系。そろそろ地主ではなく代官に任命され、租税を集めるだけでなく自ら管理したいと熱望している男だった。


 アレクシアが握らせた小金が効いたのか、あるいは彼の知る以上の王宮ゴシップが楽しかったのか。女官と愛人の逢引だと聞かされたことをそのまま信じ、彼は食糧を下し終わった荷台に乗り込む二人を受け入れた。


 アレクシアはその姿を離れたところから見送り、王宮内部へ戻った。そろそろ、本当に身が危うくなりつつある。アレクシアが現れたことで王はわざわざ地方都市の殺人事件を再調査し、そのためにジョードメル協会の商人が呼び出され、そして今、王女が消えた。


 誰が悪いのだ? という話になれば、誰しもが一人を指差すだろう、そんな状況である。

 だがアレクシアの中に恐怖はなかった。むしろ苛立ちがあった。あともう少しで知っていることが知らないことの間に嵌り、すべてがわかりかけているのに。そんな気持ち。


(何かを忘れている気がする。何かを見落としている気がする……)

 五人を殺した者のことを、アレクシアはきっと知っているのだ。なのに。だが今更、堂々巡りに考えても仕方がない。彼女は足を急がせる。すでに廊下のない王宮のつくりにも慣れた。好きになることはなさそうだが、人とのすれ違い方や使用人がどこに隠れて様子を伺っているかはわかるようになった。


 自分の部屋へ行くと、すでに旅装姿のデルマンスがいる。

「これを」


 アレクシアはポシェットの中から丸めて封印を施した手紙を取り出し、彼に渡した。

「フュルスト商会への斡旋書よ。これを見せて、私に保護されたのだと言って。当面の間仕事をくれるはずだわ。リュイスが気に入れば定住していいし、テトラスに戻りたいのなら路銀を稼いで戻るといいわ」


「ありがとうございます、お嬢様……。なんでここまでしてくれるんだ?」

 彼は彼女を見下ろして、呆然とした。途方に暮れているようにも、迷っているようにも見えた。


「あなたが無実だと知っているからよ。それに、おそらく私たちが選んだ拠点に指輪を置いてせせら笑ったりしないだろうということも」

「指輪?」

「とても貴重な指輪が、借りた家に置かれていたの。私はそれを見てモルセリアへやってきたのよ。間違いなく、モルセリアの人しか持てない指輪だったもの」


「指輪……」

 デルマンスは何かに気づいたような顔をした。

「その、指輪は、金だったか?」

「え、ええ。そうだけど」


 彼はアレクシアの手からそっと手紙を受け取ると、丁寧に荷物の中に収める。


「アレクシア嬢。ああ、……その。最初に会ったとき、暴行を加えたことをお詫びする。申し訳なかった。謝って許される問題ではないが、謝らせてほしい」


 彼の頭の下げ方はドレフ式だ。彼の母親はきちんと彼を躾て育てたのだ。それだけで、きっと幸せなことの方を多く覚えている幼少期だっただろうと思う。

 アレクシアは首を振ってデルマンスの肩を叩いた。


「大丈夫、気にしていないわ。職務に忠実なのはよいことだし、私だってあなたの立場だったら同じようにしたと思う。早く犯人を挙げなくては、住民も不安だったろうしね……」


 カーミエールの街の治安の悪さでは、その不安がアレクシアの思う不安ほど大きかったかはわからない。とはいえ、守備隊の面々がやる気がないなりに治安部隊として機能していたのは確かだった。


 アレクシアはもっとひどい街も村も知っている。領主の権限がまったく機能せず、住民がつくった自治軍事組織が勝手に徴発をして回る街。寺院と山賊が手を結んで騎士団を追い出した街さえあった。代官が差額を懐に入れるため重税を課し、領主の騎士団と結託してそれを山分けする村もあった。

 それらに比べれば、カーミエールの街ははるかに司法が生きていた方である。


「アレクシア嬢。よくしてくれたことを俺は忘れない」

 デルマンスはとつとつと話した。

「もし再びお会い出来たら……あとは何もかも、あなたのご命令通りにします」


 そうして青年は身を翻し、駆けていく。不慣れだろう王宮のどこをどう通ればいいのか、もうわかっている様子だった。

「元気ですねえ」


 衝立の向こうからエマがぴょっこり顔を出して笑う。

「弟たちを思い出します」


「あなたも一緒に帰ってよかったのよ? これから多分、面倒だから」

「いいえ、何度も言いますけど最後までご一緒しますよ」


 エマはふふん、と薄い胸を張った。

「こうして誰も彼もそれぞれの事情でいなくなってしまいましたけれど。私の事情はアレクシア様、あなたそのものですからね!」

「頼もしい限りだわ」


 アレクシアはけらけら笑った。

 決してエマを道連れにはしまいと決意を新たにした。


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