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【書籍化決定】どうやら私は悪役のようですね。それで?【第二部完結】  作者: 重田いの
テトラス編

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捕縛



「まあ飲め」


「結構ですわ」


と出された何やら酸っぱいにおいのするお茶を、アレクシアはつんと顎を上げて拒絶する。煉瓦づくりの小さな部屋だった。密室である。背もたれもない椅子に座らされ、小さな机が立ち上がるのを防ぎ、目の前にも後ろにも見知らぬ男、扉の向こうには守衛という状況。それでこんなことを言えるとは、我ながら肝が太い。


彼女はことさらゆっくりと、見せつけるように足を組んだ。細かい模様が織り込まれたドレスも、細い足首から続く刺繡入りの靴も、爪に塗られた紅のひとつとして、彼らの給金で女に買ってやれるレベルのものではない。


案の定、守備隊隊長の顔は歪む。髭の端がピクピク動く。おほんと大きすぎる咳払いをして、彼はわざとらしく腰の剣の柄を握った。アレクシアがビクつくだろうと予想していたのだろう、しかしそれは外れた。


「――それで?」

氷のように冷たく、苛つきを隠さない尖った声が赤い唇から飛び出る。


「早くしてくださいな。ご存知の通り、連れが病気なんですの。早く帰ってあげなくちゃ。もし私が戻らなければ、あの子はすぐにフュルスト商会に伝書鳩を飛ばしてしまうわ」


後ろ側にいる男がやや動揺したのが感じられたが、隊長の方は微動だにしない。余裕がある、とも違う。アレクシアという厄介ごとをとっとと片付けて、さっさと通常業務に戻りたい、と顔に書いてあるのだった。つまり、彼から見て責任をなすりつけられる立場の人間が背後にいるということだ。


「あー、罪状を読み上げる」

隊長は億劫そうに机の上の書類を目の高さに上げた。


「まず、昨日未明、アルバ河にて五つの死骸が上がった。エドマンド・ハロド、ナッサン・フィリオ、リトルト・グレゴー、ロズ・クォウッド、トリエッテ・ハミルト。いずれも外国人である。ま、カーミエールで通り魔だの一家皆殺し強盗だのは日常茶飯事だが。運が悪かったのだろう。だがな、アレクシア嬢、あんたが即刻リュイスに彼らを送ってしまったのは悪かった。つまり、痛くもない腹を探られたくないんなら、もうちょっとこっちの道理にも合わせてくれるべきだったな」


「それで?」


アレクシアは大仰なため息をつくと足を組む。挑発である。紗入りの生地の裾がさらさら揺れる。

「つまり、なんですって? まさか遺体を祖国に送り返したことがご領主様のお気に障ったとでも?」

隊長は重々しく頷いた。


「そのまさかである。あー、つまりだな、あんたが何やら後ろ暗いところあって、あんなにも速く動いたと、そう思われたのだよ」

「私ども商会に所属する商会員の遺体を、私が処理したのです。褒めていただいてもいいくらいだわ」

「正直言って小官もそう思う」


――隊長、と小声が後ろから飛ぶ。アルバ河のほとりで、アレクシアを生意気と評した声であることに彼女は気づく。なぜだろう、その声音は叱責じみていた。部下が、上官に?


アレクシアは内心を表に出すことなく、淡々と続けた。


「我々の問題です。街にも、ご領主様にも、ましてや守備隊の皆様にもなんらご迷惑をおかけしておりません。何故私はここに連れてこられたのですか?」

隊長は一瞬だけ、苦笑した。そうくると思った、とでも言いたげな笑み。


「殺人疑惑だ」

「――は?」

「あんたたちの内輪揉めがあって、あんたが彼らを死なせた。その結果、死体を隠蔽したと、そう思われているのだよ」


髪の毛の根本が逆立ち、大声が喉を割り開いて転がり出る、刹那、アレクシアの理性は身体のコントロールを取り戻す。危ないところだった。本当に、危ないところだった。ここはまだ、フュルスト商会の権力の及ばない街である。


机の上でお茶が冷えていく。彼女は口を開く。


「つまり、こういうことですか。ご領主様にとりましては、私たちフュルスト商会は木っ端傭兵ギルドのように内輪揉めで殺人が起きるごろつき程度の集団であり――彼らの死もまた、その程度の扱いをされるべきであった、と」


「まあそう怒るな」

隊長は苦笑して髭を撫でた。粗末な椅子を壁の傍らから引っ張ってきて、アレクシアの目の前に腰かける。


「な、アレクシア嬢。あー、つまりだ。ちょいとばかりあんたがご足労いただければ、それですむんだよ。ご領主様は都モルセリアにおられるが、幸い、お代官様がほんのちょっと行った先の市議会堂におられるのだ。そこに行って、釈明してくればそれでいい。なあに、こんな逮捕状はほんのこけおどしだってこと、あんただってわかっているだろう? 物事には本音と建前が必要なんだ」


「お断りいたしますわ」

「であるならば、我らも権限を行使しないわけにいきますまい」

後ろから口を挟んできた男を、アレクシアは肩越しに振り返った。


ドレフ人である、少なくともその血を引く証の浅黒い肌の男だったが、例えばフィリクスに比べて色が薄い。真四角の額や眉と目がほとんどくっついているところなど、どちらかといえばテトラス人に見えた。


「お断りです」

アレクシアの声は、シャーと叫び出す寸前の野良猫じみて尖っている。震えもひっくり返りもしないのは、ひとえにこなした商談の数の多さのおかげである。


「それは私の名誉に関わることですから。代官の元まで行けば、疑いをかけられるにふさわしい行為をしたと認めるも同じこと。私に疑いがかかれば、それはフュルスト商会そのものへの疑いにたやすく変わります。商会長の娘として、商会に迷惑がかかることだけはできませんわ。ええ、できませんとも――痛くもない腹を探られ、こんな扱いをされてまでテトラス人に従う謂れはありません。私はリュイス人ですから」


あえて持ち出した国名に、男たちに怒気がよみがえったようだった。背後の男の毒蛇のような声が地を這う。

「アレクシア嬢。あまり大事にはしたくないのだが」


「結構ですこと。私も同じ思いです。けれど往来から連行された外国人が一人、いることを人々は覚えているでしょう。私が行方不明になれば、我が父は必ず私を探し出すでしょう。そうしたらあなた方はおしまいです。決して許されません――フュルスト卿はあなたたちの背後にいる人より、たぶん、強いから」


背後の男が机を蹴り飛ばすと、隊長は器用にひょいとそれを避けた。アレクシアの右の袖が宙に舞い、髪の毛がくるくると浮き上がってまた戻る。その間、彼女が表情を変えることはない。ただ静かに、漫然と、何かを考えて見える。


「ほざくなよ、小娘ェ……」

「どうやら隊長殿よりあなたの方が高い地位にいるようね。ああ、ひょっとしてあなたは貴族の生まれなのかしら? 生まれ持った身分と後ろ盾だけでそうも居丈高に振る舞えるとは、テトラスは野蛮なお国柄ですこと」


アレクシアは頭だけで振り返り、嘲笑を放つ。背後にいた男は手を伸ばしてアレクシアの髪の毛を掴もうとする。さすがに、顔面を殴っては厄介ごとになるという理性は働いたようだ。アレクシアとしては、そうなった方が優位に立てそうで望むところだったのだが。彼女の肘が粗末なお茶のカップを押しやり、カチャリと音を立てた。


それがなんらかの合図になる――はずだった。


目論見は形にならなかった。刹那、かちゃりと音を立てて部屋の扉が開かれる。分厚い装飾のない錆びた鉄扉を、いとも簡単に片手で開けた男はにっこり笑った。


「やあやあ、お邪魔しちゃったかな? ゴメンなさいねえ、隊長さん。今しがたカーミエールに着いたばかりでね。ご挨拶をと思ったんですよ。お取込み中だったとはね」

「じょ、ジョードメル協会のルド・クラック様! こりゃあ、とんだところを見られてしまって……」


隊長は腰を低くしてへどもど言い訳をする。アレクシアは浅黒い肌の男から目を離さないまま、新登場の男の声を耳だけで聞いた。下手をすれば本当に殴られそうだったので。


「まあまあ、抑えて抑えてデルマンス殿。お貴族様のご落胤ともあろう人が短気ではいけませんや」

まっすぐな白い髪を頭の後ろで束ね、品の良い笑みを浮かべた顔は左右均等に整っている。黒い目、それを彩る白い睫毛。高い鼻梁と形のよい耳、まっすぐな顎の線。胸に当てられた手の爪は短く、指先に対してやや大きすぎる。まるでけだものの鉤爪のように、指そのものを覆い尽くすよう。


いけすかないだけでなく、この男相手の商談だけは死んでもごめんこうむると言いたくなるような、そんな威圧感のある男だった。


ルド・クラック。名前は聞いたことがあった――というか、テトラスに食指を伸ばす商売人の娘として、知らないわけにはいかないだろう。彼はジョードメル協会に三人しかいない商会長補佐のうちの一人。中でももっとも実入りのあるテトラス宮廷への出入りを任された、テトラス経済と流通を牛耳る男であった。


ジョードメル協会はドレフ傭兵の斡旋を仲買する組織から始まり、今ではテトラス王家のお抱え商人となった一大組織。バルドリック王の覚えめでたく、国の専売品である塩や羊毛の販売から、混乱した地域の租税の徴収までを代行する、まさしく御用商人だ。主に平民相手の小売業や投資、貴族への贅沢品の販売を得意とする新興のフュルスト商会とは、文字通り格と種類が違う相手である。


アレクシアが見守るうちに、デルマンスと呼ばれた浅黒い肌の男がようやく彼女から身を離す。途端、彼の整髪料と馬のにおいが混じった体臭がやってきて、彼女はぐっと唾を飲み込んだ。情けない、鼻が利かなくなるほど緊張していたなんて。


クラックは白い髪の先を揺らしながら隊長と談笑したかと思うと、ぱっとアレクシアを見てにっこりした。耳まで裂けるかと思うほど、薄い唇を吊り上げて笑う。

「やあ、嬉しいなあ。今をときめくフュルスト商会の女秘書さんに出会えるなんて。ご挨拶させてくださいよ、お嬢さん」


アレクシアはゆっくりと立ち上がった。血が足の先まで染みわたっていくのを待つ間もなく、クラックが手を出す。そして腰を曲げるなり、アレクシアのまだ差し出されてもいない手をうやうやしく取った。強引だが、文句をいいようがないほど丁寧な礼儀作法だった。


「はじめまして、ルド・クラックと申します。ジョードメル協会で下働きをさせてもらっているしがない男ですよ。ははは」


「……はじめまして、クラック様。フュルスト商会のアレクシアと申します」

するんと手を彼の手から抜いて片足を引いて礼をすると、クラックは大仰にのけ反った。まるでよくできましたと子供を褒めるときの仕草である。


「これはこれは――」

「私がしかるべきところに今日のことを報告する際、あなたは証人になってくれますか、クラック様?」

「……おやおや」

彼は苦笑した。本音を見せてくれたのだと勘違いしかねないほど、人の心の弱いところを包むようなまなざしだった。


「隊長殿、そしてデルマンス殿も。ちょっとばかり、これはしくじったかもしれませんねえ。カーミエール守備隊はフュルスト商会に借りを作ってしまったかもしれませんよ」


アレクシアは瞬きもしない。もはや他の二人は彼女の眼中になく、新しくやってきた獲物を前に目まぐるしく頭の中の計算機を働かせるばかりである。


(この男、独自の情報網を持っているのだわ。私がここへ連れられてきたことを知るなり動ける行動力もある。そしてバルドリック王とのパイプがある――何か、知っていることがあるはずよ)

大商人と商人の娘は、互いの胸の内だけを見て互いと目を合わせた。先に手を打ち鳴らしたのはクラックの方だった。


「お嬢さん、あなたがどうしてここにいるのかお聞きしても?」

「私には逮捕状が出ていると聞きましたわ。我らの同胞を殺した罪があるのだと」

「そりゃ怖い。で、お心当たりがあるんで?」

「あるはずがないわ」


アレクシアはきっぱりと言う。机の上、いつの間にか転がったカップから薄いお茶がこぼれ、床の上にぽたぽたと垂れている。


「私が、彼らを害するはずがない。今はその話をしていたところだったのです。そうしたら、どうやら別のところへまで連行される予定だったようで」


「いや、それは……」


隊長がぶつぶつ言う。状況は混迷し、明らかに彼の手には負えなくなっていた。


アレクシアは肩をすくめた。デルマンスがいらいらと足を踏みかえ、さらに口を挟もうとするのを無視して続ける。


「とはいえ、それはできません。私は貴族の血を引く女ですから」


ふむ、とクラックは右手の親指と人差し指で顎をさすった。か細いようにさえ見える長い指は節くれだって、何本かの指に嵌められた金の指輪が抜けなくなっているのではないかと心配になるほどだ。


「なるほど、ご評判の瑕疵になることはできやしない、と。お父上の商会のこともあるんでしょうしねえ」


「ええ。そうですとも」

「なるほどなるほど、つまり、これは行き違いですな!」

クラックはぱっと破顔するなり、隊長に歩み寄りその肩を抱いた。


「書類、見せてくれません? なあに悪いようにはしないから――ほう! ああ、つまりこういうことだ。あんたがたは不審な死体を多数見つけて、現場と指揮官の間で混乱が生じたんだね。何しろ外国人の死体なんて、さすがのカーミエールでも珍しいから。それで、このお嬢さんに話を聞くため呼んだんだ。あくまで重要参考人として。違いますかな?」


隊長はもごもごと口ごもり、デルマンスが大声を張り上げる。太鼓でも叩いたかと思うほど、張りのある実に切れのいい罵声だった。


「貴様ッ、商人ごときが我らの決定に口出ししてただですむと思うな――」

「そう怒りなさんな、デルマンス殿。あんたの乗ってらっしゃる栗毛馬を調達している馬商も、世話してる馬丁もうちが斡旋したんだってのに!」


いくつかの訛りの強い言い合いがあった。いきり立つデルマンスをクラックがはいはいといなす調子の。アレクシアの耳では聞き取れない言葉だった。テトラスの北方、都モルセリアよりさらに山岳地帯に分け入った土地の方言混じりの公用語。


やがて捨て台詞を吐いたデルマンスがこれ見よがしに壁を殴り、音を立てて行ってしまうと、壁の向こうの守衛も含め全員がほっとした。アレクシアに向き直り、クラックは闊達に見える様子で笑うが、目が笑っていない。まるで女衒が小娘を騙すときの笑みそのものである。


だがどうやらアレクシアに選択肢はなさそうだった。


「それじゃ、ジョードメル協会が身元を引き受けますよ。隊長さん、それでいいですね?」

「もう好きにしてくれ……」

「お許しが出たということで。行きましょうアレクシア殿」

クラックはなんてことないように鉄の扉を押さえ、アレクシアを手招きする。


「お疲れでしょう。まずはここを出ないと。ね?」

彼女はそのようにした。彼の横を通るとき、遠い南方のスパイスと海の香りがするように思った。





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