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【書籍化決定】どうやら私は悪役のようですね。それで?【第二部完結】  作者: 重田いの
リュイス編

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宴のあとで影が踊る③

 

 レイヴンクール公爵アラリックは都アリネスの邸宅に戻り、政界を去った。元々、議員席を保持するもほぼ名誉称号に等しかった武勇の人である。妻エルヴィーラもまた、社交界で目立つこともなく老夫婦は訥々と日々を過ごしている。レイヴンクール公爵家は武門の名家。武を使う必要があるときは誰よりも早く立つが、ことが終われば退く。


 すわ武力による変革が始まるかと身構えた者がいたとしても、胸を撫で下ろしたことだろう。


 さて、議会はまず、満場一致で議長であるトンムーク侯爵の罪をでっち上げ追放した。恐ろしいことであったが必要だった。トンムーク侯爵は代々議会に議席を持つ上流貴族だったが、タリオンが官僚制度を変更し始めたとき真っ先にしっぽを振って恭順を示した。彼が議長であったおかげで議会はその権能を十分に発揮できず、従ってもっとも重要な役目である国王権力の牽制が不十分だった。何かをなせば、時流が変わったときしっぺ返しがくるものだ。必ず。


 一歩間違えれば次の反乱を誘発しかねない頭のすげ替えを、議会は迅速にやり遂げた。普段はいい年して口喧嘩以外することがないのかと首を傾げたくなるリュイス議会だが、国の大事のとき、彼らは一丸となる。


 次に、トンムーク侯爵の後釜にブレインフィールド伯爵が議長に選出された。カレンナ・ブレインフィールド伯爵令嬢の父親である。

 元々ブレインフィールド伯爵家は王家に仕え、宰相位を歴任する家柄だった。タリオンはその堅実な国家運営を疎み、伯爵を閑職につけた上で都アリネスから遠ざけた。

 ブレインフィールド伯爵は彼の家が代々育ててきた文官機構を再構成した。聖職者や大学教授など閑職で我慢の時を重ねていた有能な人材が国家の中枢に復帰した。


 タリオンが取り立てた官僚たちはほぼ全員が解雇されていた。中でも運が悪かった者は追放に連座させられ今頃辺境の空の下である。都アリネスに残った、つまり大した仕事をすることのなかった小者には能力に応じた再雇用の道が示された。反対派もいたが、下手に知恵のある者を放逐すると後で反乱軍でも興しかねない。ただタリオン一派であったという理由で白眼視されていた若者たちにとっても悪くない話である。


 アレクシアがブレインフィールド伯爵家のパーティーに参加したのは、ちょうどそのように王宮内の勢力図が書き換わったときだった。今回はカレンナ・ブレインフィールド伯爵令嬢からの正式なご招待である。クリーム色のシンプルなドレスにダイヤのイヤリングとネックレスを身に着け、父フュルスト卿にねだってエスコートしてもらったアレクシアはご満悦だった。


 今回、双子はホテルでお留守番である。彼らが女の子から集めてくる噂話は案外役立つし、逆に流してほしい噂を広めてくる手腕も見事なのだが……ルルシエルの方の成績が壊滅的なことが、父にバレたのだ。あと数日して政局も安定すれば、双子は学院の寮に戻る。あんまりだ、と吠えるライアンダーと一緒にホテルの一室に軟禁され、問題集を一冊解き終わるまで出られなくさせられた。父は基本的に放任主義だが、度が過ぎれば怒る。そして怒ると怖い。


 髪の毛を後ろに撫でつけ、いつもより若く見える父をアレクシアは見上げた。

「ん?」

「お父様、綺麗な恰好すると若く見えるわね」

「本当かい? 嬉しいことを言ってくれるねえ」

「いつもそうしていればいいのに」

「家でも? それは肩が凝ってしまうな」


 などとこそこそ話す。パーティー会場はほどほどの込み具合である。輝くシャンデリア、光を反射する紳士淑女のレースと絹の服、ひそやかな喋り声と笑い声、冬が近く夜はしんと冷える。窓が締め切られているので、立食形式に用意された軽食のクラッカーやチーズの香りが胃をきゅっと刺激する。


 斜め前の歓談の輪が崩れて、一人の令嬢が水の上をすべるように抜け出してきた。まっすぐな黒髪を頭の後ろの高い位置でひとつに結び、そこに金の粉を散らしている。身体の線を際立たせるが決して下品ではない群青色のドレス。袖口から覗く細い腕に嵌った金の腕輪以外、装飾品は見当たらない。だがそれが彼女の高潔さを際立たせる。


(よかった、元気そう)

 アレクシアはほっとした。父の腕を掴んで合図した。カレンナに向かって会釈すると、彼女の方も顔をほころばせる。さも、今しがた二人に気づいた様子を装いカレンナは言う。


「ああ、アレクシア様」

「カレンナ様。ご機嫌うるわしゅう」

「よく来てくださいました。お隣は――フュルスト卿でしょうか。当家の娘、カレンナでございます」

「はじめまして、ブレインフィールド伯爵令嬢。これの父フュルストと申します。小さな商会を運営しております」

「小さいだなんて、おかしなことおっしゃるのね。大陸随一の商会だと誰もが知っておりますよ」

 黒髪を揺らしてカレンナはコロコロ笑った。


「面白いお父様ね、アレクシア様」

「うふふ。自慢の父ですの」

「――よければ我が父にも会っていってくださいませ。お話がしたいと前々より言っておりますの」

 アレクシアはフュルストを見上げた。父は柔和な商人の顔で胸に手を当てる。

「なんと光栄なことでしょうか。今をときめく議長閣下にお会いできるとは、身に余る栄誉です」

 それでそのようになった。

 ブレインフィールド伯爵と夫人は主催者らしく会場のあちこちを歩き回って挨拶を繰り返していたが、娘に呼び止められると振り返った。アレクシアとフュルストが誰か、一目見て分かったらしい。


 父親同士が代表者として進み出て、やや大仰な美辞麗句つきの挨拶を交わし始める。

 アレクシアは微笑みを浮かべながら、母親の元へ近づくカレンナを見た。母娘は仲睦まじく、夫人が娘の頬を撫でる。――アレクシアは夫妻の大事な娘を馬鹿げた断罪劇に巻き込み、主演に引き上げた。令嬢の評判を貶めたと言われたら返す言葉がない。


 だが伯爵夫妻の態度は思っていたのと違った。父が隣に戻ってくると、佇むアレクシアの両手を、伯爵夫人が手に取る。

「よくきてくれましたね。ずっとお会いしたかったのよ、アレクシアさん」

「光栄でございます、ブレインフィールド伯爵夫人」

「いいの、いいの。堅苦しい挨拶などしないで。さあ、こっちにいらっしゃい。お父上もご一緒に」


 夫人の微笑みはカレンナによく似ている。たっぷりとした黒髪を丸い形に結い上げて、装飾品は真珠のネックレスがひとつきり。シックな緑色の夜会ドレスは裾にいくにつれ色が薄くなる特殊な染め方でつくられたもの。燕尾服をぴたりと着こなした伯爵の隣に並ぶと、二人は息を吞むほどお似合いの一対だった。――アレクシアはこれを知っている。夜会のときの、父と母だ。


 案内されたのは会場の壁際にあるカーテンで区切られた空間だった。ごく私的な会話を短時間交わすための場所である。丸い黒檀のテーブルを囲んで五人が座ると、やや狭いくらい。長椅子と揃いの椅子の、使い込まれて光る木枠がアレクシアには好ましい。


「さてと。まずは、娘を救ってくれてありがとう。とても感謝しているよ」

 と、何の前置きもなくブレインフィールド伯爵その人が話し始めたものだから、アレクシアは内心かなり驚いた。父が落ち着いているところを見るに、おそらく防音結界魔法がカーテンにかけられているのだろうが。それにしても、貴族の男性というものはどんな場所であれこうもあけすけに内心を話したがらないものだ。夫人と娘が落ち着いているところを見ると、彼はこういう人なのだろう。


(私が家に押し掛けたときは、きっと焦っていらっしゃったのね)

 アレクシアは自分の無知を恥じた。思い出すのは、ザイオスが暴走する前の話だ。アレクシアはブレインフィールド伯爵家へ押しかけ、異母弟の処断を任せろと迫った。結果として思い通りになり、拍子抜けしたものだ。


 あのとき、ブレインフィールド伯爵家は追い詰められていた。タリオンの官僚たちが起こした汚職事件への追求を勧める伯爵に、圧力がかかっていた。それはまるで罪人への尋問のように苛烈で、伯爵家は領地を取り上げられかねなかったのだ。

「とんでもないことでございます。仮にも異母弟にあたる者がしたお嬢様への仕打ち、申し開きもありません」


「彼は今どうしているのかね?」

「死にました」

 アレクシアは伯爵の目を見てハッキリと言った。伯爵の目は娘と同じ冬の空のような青。海のように濃いアレクシアの目とは似ても似つかない。


「相続の相談の折、私の身体に手をかけましたので。貴族保護法に基づき処断を司法官の御手にゆだねました。彼は法律通りの結論をお出しになりました。詳しくは、裁判所の記録をお調べください」

「そうか。それはよかった。すまないね、最近忙しかったものだからそこまで手が回らなかったよ」

「当然でございましょう。議長職といったらこの国で王に次ぐ御多忙さと伺いますもの」


 アレクシアはしとやかに頭を下げて見せる。これで笑顔が隠せただろうか? 虎のように笑ってしまったのを。

「ご心痛を少しでも払って差し上げられましたのなら、望外の喜びでございます」

 伯爵は頷いた。フュルスト卿がくつくつと笑い出した。


「いやはや、娘がかしこまっているのを見るのは父親として面映ゆいものがあります」

 おそらく全員の心にガイガリオン伯爵の件がよぎっただろうが、誰も顔には出さない。なごやかな笑いが場に満ちた。夫人がカーテンの向こうに控えた給仕を呼び寄せ、すぐに銀の盆に乗ったシャンパングラスが配られた。


「よい報せを聞きましてわたくしも気が晴れてございます。――この場にてお話できた幸運を祝して、乾杯などいかがでしょう?」

 一同は細く繊細な脚のグラスを掲げ、一息に飲み干す。こんなに爽やかな酒を飲んだことはない、とアレクシアは思った。喉を通り過ぎるとき、泡しかないのかと思うくらい軽い。


「アレクシア様は、学院にはご通学にならないの?」

 グラスを弄びながらカレンナが問いかける。アレクシアは苦笑した。

「もう年がいっていますし、父について商売を勉強するのに手間取っておりますの」

「あら、弟さんたちは楽しく過ごされているのに。――そういえば、今日はお二人は?」

 アレクシアが目くばせすると、フュルストは両手に包んだグラスを撫でながら笑う。

「それが、真っ白な課題集を見つけてしまいましてね。一喝して閉じ込めてきました。勉学を放り出して遊び回るなど言語道断です」


 くすくすと笑い出したのは夫人である。

「まあ、そういうあなただって。学院時代はろくに講義に出てもいなかったでしょうに」

「やあ、何十年前のことを持ち出すのですか、レディ」

 そういえばこの二人は同級生だったのだ。アレクシアはつくづく、人の縁というものを不思議に思う。

 夫人より年上の伯爵がえへんと咳払いし、優しい父親そのものの目でアレクシアを見る。

「お父上について商売を。それでは、将来はフュルスト商会を継いで経営なさるのかな?」

「いいえ。別の道をと考えております」


 アレクシアは穏やかに言う。ふむ、と伯爵は顎髭を撫でる。

「女王になりたいと?」

「……まあ、いったい誰がそんなことを?」

「ただの妄想だよ。ふうむ。よし」

 と彼は頷いて、にっこりした。アレクシアは背筋がぞっとする。かろうじて微笑んで隣の父を伺う。彼が微動だにしないのは年の功か、場数の違いか。


「議会の方で触れ回っておいてあげよう。それで貸しはなしだ。いいかね?」

 ……父のように笑わず、腕力を誇示するわけでもなく恐ろしい男というものがいるのだと、アレクシアは初めて知った。これは、敵に回してはならない人物だ、ブレインフィールド伯爵。――いや、ブレインフィールド伯爵家そのものを、決して敵に回してはならない。


 アレクシアはうなじの毛を逆立たせたまま、こてんを首を傾げるようにして頷いた。

「……もしもご助力いただけましたのなら、生涯御恩を忘れませんでしょう」


 そうして話題はあくまで和やかに、緩やかに、最近の社交界の流行や季節の催しへと変わっていった。

 リュイスにおける、議会とは。王の招集によって不定期に開催される、貴族たちの議論の場である。大きく分けて上流貴族院と庶民院と呼び分けされるが、庶民院といっても平民が参加することはごく稀で、地元の名士である貴族が議席を持ち、それを通じてなんらかの嘆願のため貴族院に届けるという形を取るのが一般的だ。


 議会は王、女王の統治を補佐する役割を持ち、同時に王と宰相が行うまつりごとを監視する。戦争などにかかる軍費の特例課税の承認、国王の提案する法案の審議と可決・否決。――そしてもっとも重要な、請願権。民を代表し、国家に対する懸念を国王に伝える権利を議会は持つ。


 例えば隣国のテトラスの議会にこの権利はない。ドレフ帝国においてそんなことをする貴族がいれば、即座に打ち首である。ファーテバの政治は実質族長たちの合議制なのでやや事情は異なるが、それでも権力のある者にわざわざ口答えなどしないし、したくないのが人情である。


 国王は議会の請願を受け入れなくてもいい、もちろん。だが完全に無視することはできない。王権は常に議会に対して優位であり、とくに外交や戦争において議員の出る幕はない。それは王と、王をお守りする騎士の家系の問題である。

 だが、それ以外のすべてに議会は影響を及ぼすことができる。歴史の中では宰相が議長を兼任することさえあり、あまりに権力が一点集中しすぎるので法律で禁じられたほどだ。


 議員の多くはこう考えている。王はなるべく議会に口を出さないでいてくれた方が望ましい。――タリオンはそんな事情から選出された、かつての少年王だった。彼の即位はたった九歳で行われ、学院に入って男爵令嬢フィルセナに恋をするまで、反抗らしい反抗もすることはなかったという。おそらく、自我そのものを周囲の大人たちに剥奪されて育てられたのだ。


 彼は議会の厄介さ、貴族たちの権力争いの醜さと弊害を誰よりもよく知っていた。彼の父は議会を通じて利害の一致により結託した貴族に暗殺された。だから、タリオンの治世下では一度の議会も開催されることはなく、貴族ではなく手飼いの官僚をこそ、彼は信じた。

 結局、そのやり方は間違っていた。タリオンは敗北したのだから。


 アレクシアはシャンパンの味が残る喉が渇いていくのを感じる。グラスはとっくに給仕が回収していった。ブレインフィールド伯爵家はガイガリオン伯爵家より古く、レイヴンクール公爵家と同等の古い血筋だ。使用人も躾が行き届いている。


「あなた、そろそろ……フュルスト卿もアレクシアさんもご予定がおありでしょうから」

 と夫人がとりなす形で、この場は解散となった。

 カーテンを出るのは年長者順である。貴族社会にはこうした暗黙の了解が多い。順番を待つ間、数拍だけ、アレクシアとカレンナは二人きりになった。


「私たちはあなたに本気で感謝してます、アレクシア様。あなたなら、見果てぬ夢を見ても許される人だと思っているわ」

 とカレンナは言う。冬空の目に真摯な思いと、かすかな期待を込めて。


「その上でお聞きしたいの。女王になってあなたは、この国をどうなさりたい?」

 アレクシアはカレンナの透明なまなざしを受け止め、覗き込んだ。揺らぎのひとつもない目を。

「私は――誰も自らを犠牲にしなくても生きていける国を。豊かな、とても豊かな国を、作りたいのです」


 商業が発展し誰もが生業を持って自活できる国。失敗しても再起できる国。女が意に染まぬ結婚によって不幸にならなくてもすむ国。そして、女が――上位の男に尻を振って気に入られることでしか階級を移動するすべがない、なんてことがない国。


 アレクシアはそんな夢を見ている。

 敵は殺す。味方も信用できなくなればあるいは。

 殺さなくてすむような人生を歩めるようになる日を、思い描いている。


 カレンナはあでやかに微笑んだ。そうすると夫人というよりも伯爵に似ていた。彼女たちはカーテンの庇護下から外に出て、パーティーに戻っていく。社交界のざわめきはシャンパンの泡より儚かった。


 ……それから奇妙な噂が流れるようになる。

 ガイガリオン伯爵家の逃げた貴婦人の子供――一番上の、長女。取るに足らない、今となってはただの商人の娘。ガイガリオン伯爵位と家を相続したらしい。では、結婚相手は誰になるのか?――いやいや。

 その女、なんでも生家に入ってすぐに異母弟妹と父親の妾を皆殺しにしたらしい。

 うわあ、さすがにそれは……さよう、品がない。そうとも、下品だ。あまりに、直截的だ。


 そんな噂。


 貴族社会では感情を表に出すことは歓迎されない。誰もが薄い笑みを顔に貼りつけ、優雅な言動を心掛ける。内心を読み取られることは恥である。


 同様に、家の中で起きた醜聞を外の連中に嗅ぎ取られた時点で、それは耐えがたいほどの悪評になる。通常、夫の死後に妻がすべき最初の仕事は彼の愛人の一掃だ。決して貴族仲間に知られぬように、若い妾には嫁ぎ先を、婚外子には養子先か就職を。トウが立ってどこにも行けない妾には、ため息半分田舎の一軒家をくれてやることもある。誇りを胸に、憎悪を押し殺してそれをできてこそ、一人前の貴婦人なのだ。


 いいえ? 父親の妾とその子らを排除したのが間違っているというわけではない。相続に口出しをされたり、あることないこと言いふらされたりするのを予防したのだから。だがそのやり方が、あまりに暴力的だという話。


 異母弟が目の前で処刑されるのを見ていたのだって? 妾と異母妹は、『あの』大工やら騎士やらに嫁がされて、辺境へ? 行方は? 行方知らず。ほう!――それはあまりにも、あまりにも! 直接的すぎ、優美でなく、力任せ。感情に振り回されてやりすぎたね。

 アレクシアはこんなふうに噂されるようになる。それは彼女が神聖集会に出かけても、耳に入るくらいに大っぴらに。


(感謝します、ブレインフィールド伯爵――)

 アレクシアは目を閉じ祈るふりをしながら、心の中で彼らを称える。


 やはり、ザイオスが過ぎた宝を手に入れようとしているのを阻止したのは正解だった。あの男にカレンナはもったいなさすぎた。


 ガイガリオン伯爵家を継いだ、癇癪持ちの娘。手の付けられないはねっかえり。逆上して人を手にかけたようなもの。いや、ひょっとしてガイガリオン伯爵も娘自ら手を下したのでは?

 そうした噂はやがて議会にも蔓延し、徐々に浸透していく。アレクシアは自分の『悪評』が広まっていくことにさえ気づかない、愚かな娘を演じる。人々のうち口さがない者は、やはり商人ごときが分を弁えぬことをしたから……と陰口を叩く。彼女の情報網はそれを言った者を、聞いた者を、相槌打った者を決して忘れない。


 議会はやがて、王に選出すべき適当な人物があまりに少ないことに気づいて嘆きの声を上げる。早く、国には王か女王が必要なのに。タリオンの父、臆病王イナスが敵を殺し過ぎたのだ。王族が残っていない。残っていても、他国に嫁いだ娘がいたり、他国人の嫁をもらっていたりで関係が深すぎる。国体が弱体化した今、他国の干渉を招くのは危険である。ただでさえ未だ都アリネスに駐屯するドレフ帝国軍を一刻も早く追い返さねばならないのに……。


 噂と噂が結びつく。さも自分が思いついたかのように声を上げた一人目は、誰だったのだろう?

 そうだ。――そうだったのか。


 レディ・アレクシア。レイヴンクール公爵家とクラシュフ侯爵家、いずれも王族の血の流れを汲む貴族の家に関わりのある娘。戸籍上でもガイガリオン伯爵家に属し、歴史こそ浅いがれっきとした貴族の血筋である。後ろ盾は商会。なに、ただの商会などあとでなんとでもなる。

 あの娘のことを考えてみてもいいかもしれないのだ、と。

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― 新着の感想 ―
これはアレクシアかなり上手い手。 良かれ悪しかれ名前がしれて候補に挙がれば、あとはその噂が真実かどうかの手が入るわけで、悪評ならそれを言い始めて広げた者たちにたどり着いて、まとめてゴミ掃除ができる可能…
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