ガイガリオンの場合③
と、――異変があった。ぶくぶくっとあぶくが立ち、柵の破片も沈み、完璧な凪となったかに思われた水面が、突然、ざばりと割れたのである。アレクシアが立ちすくむうちに、その人影は確かに、岸へ向かって移動し始めた。ざばざばと水が波立つ。明らかに溺れた人の動きで向かってくる。
こちらに。
アレクシアが動揺しなかったと言えば嘘になるが、こんな事態もたしかに予想はしていた。
アレクシアは何かを、頑丈な木の棒を探した。柵の一本でもいい、転がってないだろうか。ああもう、どうしてあいつが溺れるのをぼけっと眺めていられたの? 騎士たちを呼び戻すには――時間が足りない。
水しぶきは確実にこちらに近づいている。暗くてよく見えないながら、奴の憎悪の視線が、そして生き残るのだという意志が、近づいてくる。
アレクシアは思い違いをしていた。たとえ王の寵愛頼みの無能だとしても、一度権威の側についた者のそれへの執着は凄まじい。生来の頑健さ、意志のなさを凌駕してしまうほど。死の淵からよみがえり、空気を求めて溺れながらも泳いでしまうほど。
意志のない者は弱いが、それはつまり動物に近しいということだ。動物は単純な身体のつくりであればあるほど、生きることへ強く執着する。一種高潔と言われる人間のように、自害によって己の人生の幕引きすることなどできない。できやしないのだ。
アレクシアは焦る。自分で蹴って水へ押し戻そうかとも考えたが、彼女は小柄な体格である、死にかけた人間、もとい男の馬鹿力に対抗できるとは思えない。引き込まれでもしたら下手したら道連れだ。何か、ないか。何もないのか。武器になるものは。
焦るうち、階段を駆け上がって離宮に逃げ戻るという方法さえ頭から消えかける。自分があいつのせいで焦っているという事実にさえ腹が立つ。
「――詰めが甘いな。そんなんじゃだめだよ」
と声がかかったのは、そのときだった。アレクシアは振り返った。騎士がいた。兜を目深に被り、彼女ではなく今にも岸辺にたどり着きそうな男を眺めている。
彼は足取りも軽く池まで歩くと、がばり、と飛び出てきた太った手を蹴った。ボキン。骨が折れる音があたりに響いた。アレクシアは息を呑んだ。
ぼぐっ、籠手に守られた手が奴の頭を殴り、掴んで、水へ押し込んだ。
がぼがぼがぼ、と溺れる声にならない声、あぶく、死に瀕した人間がもがき苦しむ末期の音。アレクシアは棒立ちになり、吐き気をこらえ――だが目を離さない。
これは彼女自身が望んだことの結末であり、ならば、きちんと最後まで見るべきなのだ。だってそう教えてもらった。たとえどんなことでも、自分が追い込んで破産と自殺に追い込んだ男と家族の死に際だって、目を見開いてよく見ろと。見るべきものを選別して差し出したりなどしない、見るべきものは、見ないままにするものは、自分が決めるのだ。
「こいつは学院で、ロザリア……ブレインフィールド伯爵夫人と同じ乗馬クラブだった。当時から王太子殿下、タリオンに近づこうとしていてね。ロザリアを通じて親交を持とうとしたんだ。そして次の年の選択授業の講堂で、ルクレツィアがこいつに見つかった。思えば、あのとき止めていればよかったんだろうね」
ぶくぶくぶく。あぶくが、最後のひとつが、止まる。数多の波紋が徐々に消えていく。
「だがタリオンの破滅は、彼自身の責任だ。私が家を出た結果を自らの責任として引き受けたように、彼もまた自分の選択を引き受けねば」
アレクシアは両足で濡れた地面を踏みしめ、手を身体の前で交差させる。ドレスのひだはもう鳴らない。彼女の言動を留める音はなにもない。
完全な静寂。
騎士が振り返る。
「お父様」
アレクシアは片足を引き、スカートの裾を持ち上げ丁寧に一礼する。
「お目汚しをいたしました。申し訳ございません」
「うん。君らしくない失敗だったね。せめて騎士たちは下がらせず、そばに控えさせておくべきだった。――が、よくやった」
彼が兜を取ると、双子と同じ灰色の髪がさらりと広がった。雄々しいというよりは凛々しいと言ったほうがいい、思慮深さが前面に出た白皙の美貌。整った目鼻立ちに嵌め込まれたエメラルドのような緑の目。
ぽん。籠手を嵌めた手が伸びてきて、アレクシアの土色の髪のてっぺんを撫でる。騎士のそれより明らかに薄い、けれど温かい手。知っている手だ。情けなくもじわりと涙の味がこみ上げてきて、彼女は必死にそれを飲み下した。
「まあまあ、及第点かな。でもひとつだけ減点がある。さっき言ったこととは別にね。――なんだと思う?」
「お父様へのご報告なく、ことに及ぼうとしたこと、でしょうか」
地面を見つめたまま問うと、フュルスト卿は正解、と笑った。虎が喉を鳴らすような、みぞおちに響く低い声で。
「そうだぞ。君は私に報告しないといけなかった。あれを殺そうと思いますとね」
「申し訳ございません。移送が迫っていました。今夜が最後のチャンスだと思ったのです」
「わかるよ。自分の手でこうしてやりたかったんだ、そうだろう?」
アレクシアは頷く。優しい父の手に促され、顔を上げる。
ぎらぎら。そこに、緑色のけだもののまなざしを見つける。けだものなのに、理性がある。たまにいる、賢すぎて決して捕まらない魔物と同じ色だ。アレクシアはその深淵を覗き込む。理解も共感も拒む、彼が見た絶望の色を。そこに触れられるのはただ一人、母ルクレツィアのみである。
「でもね。あれは私の獲物だった。考えてもご覧? 私から愛する人を奪っていったくせに、大切にすることさえ放棄したんだよ。君がそうしたいと思っていた何倍も、私も奴を殺したかった」
「すみません……」
「うん、いいよ。結果として今、我々で奴を殺した。そうだろう?」
「――はい」
アレクシアは頷いた。父と共同作業をしたのだと思えば嬉しく、自分の手落ちに対する自己嫌悪も少しは和らいだ。
二人は離宮へ歩き出した。フュルストの隣で彼の香水の香りに包まれて歩く短い道のり、アレクシアは幼い子供の頃を思い出す。
「お父様」
「なんだい?」
「残りのガイガリオンは私がやってもいい? それともあれらは、お母様の取り分?」
フュルストはしばらく沈黙したかと思うと、からからと笑い出した。同じ中年男の哄笑だというのに、伯爵と卿ではあまりにも笑い方が違う。アレクシアはくすっと年若い少女のように微笑む。
「いいよ、いいよ。そっちは好きにおやり。僕もルクレツィアも、平民女には興味がないからね」
「わかりました、ありがとうお父様」
「怖い娘だね、アレクシア」
彼の笑顔は年を経るごとに母に似ていくようだ、とアレクシアは思う。あんなに虎のようだったのに。
初めてフュルスト卿に出会ったのは、母ルクレツィアが開いたお茶会の席だった。母は二度目の流産から回復しきっておらず、だがしきたり通りに敢行された大規模な慈善パーティー。
参加者の大部分は貴婦人だったが数人の男性がいた。高齢の聖職者と会話していた彼がふと、アレクシアに目を留めて、あ――。という顔をしたのを覚えている。そのときアレクシアはいくつだったろう? まだ物心もついていなかった頃だ、たぶん。
アレクシアは母がふらりと自分のかたわらを立ち去ったのに気づいた。見上げる、広がるレースの端っこ、大きなつばのついた帽子、コルセットに締め上げられた細い腰。思い詰めた、と今なら形容できる表情の、斜め下から見上げた美貌。
結局、母の不在に怖気づいたアレクシアが泣き出したので、その日彼らは挨拶するだけに終わった。学院時代はおしどり夫婦ともからかわれたフュルストとルクレツィア、ふたりの愛情はそうして再燃した。
そして、今がある。虎は死んだのだろうか? あるいはアレクシアに乗り移ったのだろうか。小さな恋愛ゲームを楽しむのが趣味の双子は、少なくとも虎ではない気がするし。
望むところだ、とアレクシアは思う。
もうこんな失敗はしない。腕力で勝てないのが分かっているなら、信頼のおける戦える者の腕を借りればいい。信頼のおける者を作るには、金と真心を持って接すればいい。簡単なことではない。けれど、やり方は知っているのだからできるはずだ。教えてもらったんだもの。
先を行くフュルストが振り返って少し止まった。
「息が上がっているね。階段がきついかい?」
「ううん。――興奮してる、それかおののいているのだと思うわ。人を死ぬのを見たのははじめてだもの」
「そうか。もうやめるかい?」
「いいえ」
アレクシアはぎゅっと目を瞑る。嫌だと言えば、フュルストは適当な嫁ぎ先を探してくれ、社交界からも商売からも、この世のあらゆる戦場から遠ざけてくれるだろう。けれど。
「お父様、私議会に選出されて女王になるから。そのあと、テトラスを征服して二国を再び統合させるの」
「そうか」
「私の敵は誰も残さないわ。だって、一人でも残っていたら増殖して再び立ち塞がってくるでしょう? 私は、誰にも邪魔されない安全なところへいくの。家族みんなで」
「そうか」
フュルストはしっかりした足取りで階段を上り切り、アレクシアを引っ張り上げる。離宮の灯りはとうに消え、静まり返っている。寝ずの番のはずの騎士たちも、ずる休み中らしかった。
「なら私もルクレツィアも君を手伝おう。できうるかぎり――私たちの愛しい子」
「ありがとう」
心からアレクシアは言い、彼の腕から手を離す。右手を差し出し、商売敵同士が敵意を込めてするように握手する。
かつて大人たちが学院でどんな人間模様を繰り広げたのか、アレクシアは知らない。知らなくていいと思っている。両親は両親、弟たちは弟たち。それでいい。
「女王になったら婚姻法を捻じ曲げてでも、お母様とお父様を結婚させてあげるからね」
フュルストは苦笑した。そうするとますます母に似ていた。穏やかで、この世の喜びを経験していますという。
「私たちは今のままでも十分なんだが。楽しみにしておくよ」
「ふふふっ」
笑い合ったそのとき、離宮の窓がカタンと音を立てる。タリオンがそこにいた。髭のなくなった、夜明けには王でなくなる男。
「……お久しぶりです」
「久しいな、フュルスト」
アレクシアは、自分が生まれていない頃の新聞記事を見るように二人を見守る。二人は対照的だった。打ちひしがれたタリオンの筋肉のないたるんだ身体つきと、まだ若さを残した面差しのフュルストの細身ながらまっすぐに立つ様子。
「セオドア・ガイガリオンは先ほど私が殺しましたよ」
と父は言う。元王は深い溜息をつく。
「あれにはその方がよかったかもしれん。……ひとつ、頼みがある」
「内容だけお伺いしましょう」
「我が息子マリウスをご息女の婚約者にしてくれんか。臣籍降下し、王族位を返上させ平民の商人として貴家で守ってやってほしい」
「いやです」
「お断りいたします」
アレクシアとフュルストの声が揃った。父が面白そうに目で笑う。
タリオンはこの時初めて、アレクシアをまともに見た。彼女がフュルストの操り人形ではなく一人の人間であったことに、ようやく気づいたようだった。
「ガイガリオン伯爵子息ザイオスが学院の卒業式の夜、ブレインフィールド伯爵令嬢に婚約破棄を宣言いたしました。マリウス様はその場におられましたのに、側近たるザイオスを止めることもせず、ブレインフィールド伯爵令嬢を庇うこともありませんでした。ましてやテトラス王女ヴィヴィエンヌ様が二人に割り入ろうとしたのをお止めになりました。私はあんな男はごめんこうむります」
吐き捨てるような口調になったことは勘弁してほしい。タリオンは細い息をつき、片方の頬を上げて笑う。
「――どうやらお前に救いの手は来ないようだな、困ったことに」
と、離宮の中に向けて声を上げる。室内に魔法灯は灯っていない。本当に、監視のために外に備え付けられているだけだ。暗がりの中から植物油を入れたランプを片手にマリウスが姿を現すのが、オレンジ色の灯に照らされる。
王族がまとめて一つの離宮に軟禁されるのは、珍しくはあってもないことではない。アレクシアはマリウスを眺めた。あのくだらない婚約破棄騒動の折が初対面。改めて見る彼は凡庸だった。どこにでもいる貴族の子息に見える。顔はどちらかと言えば王妃フィルセナに似ていた。少し鷲鼻だが高く整った鼻をかいて、彼は言う。
「別に助かりたいとも思っていませんよ。どうだっていい」
「父はお前と、王妃だけでも日の当たるところにいてほしかったのだが」
「そうですか。……まあ、母上は楽しくやっていけると思いますけどね。何も考えてないから」
瞬間、唐突な怒りがアレクシアの胸を満たし破裂するかと思った。きゅうっと頭の芯の部分が収縮する感触が、実際に、する。皮膚が震え産毛が逆立ったのがわかる。
彼女はここがどこで、目の前にいるのが誰かも忘れた。激昂。これほどの怒りを感じたことは、商談ではなかった。
「――ヴィヴィエンヌ様は?」
「ん?」
マリウスの濁った眼がアレクシアにひたりと焦点を合わせ、彼は首を傾げる。
「ああ、お前がフュルスト商会の……」
「あなたはヴィヴィエンヌ様にねぎらいのお言葉ひとつおかけにならないのですね。父親にそっくり。自分の認めたものだけが大事で、それ以外はどうだっていいんだわ」
「当たり前だ。誰だってそうだろう?」
マリウスは気取った仕草で両腕を広げた。
「誰だって愛するものが大事だ。まあ俺は、残念ながら在学中に本当の愛を見つけられなかったけれど……」
「父親のように愛する男爵令嬢を見つけて、真実の愛を携え王宮に入るおつもりでしたの? 父方の血が確かなら母親なんてどうでもいいだろうと言って?――アハッ」
アレクシアは虎のように笑った。ざわざわと、心が制御できなくなりかけていた。マリウスは黙って話を聞いている。目はうつろで、きっと胸の内でここではないどこかの夢を見ている。
その何もかもが気に入らなかった。――誰もがそうして逃亡することさえ許されないでいる。マリウスは自分が恵まれていることに気づいてもいない。それが、それが。許せない。
「母親がわからないことは子供に教えられるわけがないでしょう? 母親が王家のマナーやしきたりを理解できないなら、子もそうなるのです。あなたがいい例」
「……乳母が教えてくれた」
「乳母は仕事です。仕事だから教えたんです。それと母の愛は別です」
アレクシアは畳みかける。
「リュイスとテトラスが同盟を固めるため、貿易摩擦による戦争回避のためにあなたとヴィヴィエンヌ様を娶せようとした。ほんの二十年前まで敵国同士だったのに、そこに嫁いでこられようとした彼女の覚悟をわかっていたのですか? いいえ、あなたは何もわからず、わかろうともしなかった。テトラスがこの国の宮廷で影響力を増すことを恐れ、またテトラス王家の血が入った子孫が王位を継承することを恐れ、保守派の貴族たちはヴィヴィエンヌ様を嫌ったことでしょう――あなたは、彼女を守らなかった!」
「私はまだ学生だったのだぞ」
「言い訳!」
切り捨てて、フウッと肩で息をした。くらくらと眩暈までがやってくる。フュルストが腕を伸ばして娘を制したのは、だからちょうどいいタイミングだった。
「もうやめなさい、アレクシア。彼は王の息子だった人だ」
タリオンとマリウスは苦笑した、ようだった。室内の灯りが乏しすぎて朦朧としてしか見えない。彼らは幻想、あるいは霞のようだ。ふらふらと理想に生きて、本当の意味で生きてきたことなどないのかもしれない……。
アレクシアはぶるりと身を震わせた。それは、彼女がなっていたかもしれない姿だった。あの小説を思い出す。今はもう違うけれど、たどっていたかもしれない未来。小説でアレクシアは自我を持たない貴族のお嬢様だった。ただの不快感、感情を制御できず妾の子であるザイオスとペルアをいじめにいじめ、しまいには断罪される愚かさの擬人化。
「――王であるならば、両腕に抱えたものだけを愛するわけにはいかないわ。あなたたちはそれが理解できなかった」
アレクシアはこうはならない。決して。
自分が愛していないものさえ守ろう。それが義務だと思うから。
「いずれわかるだろう、娘さん。……いずれわかる」
タリオンが意味深に遠くを眺めて言う、その声はあまりに疲れ切って年老い、深い。アレクシアは眉を寄せる。
「愛しても返ってくるとは限らない」
「それでも構わないわ。責任ってそういうことだもの」
タリオンがマリウスの肩を抱き寄せる。彼が息子を本当に愛しているのは、そのしぐさだけでわかる。だからこそ、歯がゆい。どうしてその愛を立場にふさわしく国じゅうに向けることができなかったのか。どうして貴族への敵意にすり替わったのか。
だが答えが出ることは永遠にないのだろう。本人にもわからないのに違いない。
フュルストが歩き出したのにアレクシアは従った。王だった親子と商人の親子はそうして完全に分かたれた。離宮から本宮への道のりは暗くて遠い。お説教が降ってくるかと思ったが、そうはならなかった。アレクシアは聞いた。
「お父様、話してもいい?」
「なんだい?」
「お父様が心底憎んでいたのはセオドア・ガイガリオンだけだったの? 彼への復讐のためだけにリュイスへやってきたの?」
ぴたり、彼の足が止まった。振り返ったその凄絶な美貌に、にっこりとたおやかで女性的な笑みが広がる。
彼はすでに虎ではなかった。虎以上の何かへ変貌したあとだった。
「お父様にだって成し遂げたいことがあるのさ、娘や。お前が王の位を望むのと同じくらいにね」
(ああ――そういうこと。お父様)
アレクシアはこくりと頷いた。
「もっと大きなものを手に入れるおつもりなのね」
「そうとも。ずっと続く、幸せをね」
二人はそっくりなまなざしで頷き合い、もう二度とこの話はしないだろう。
アレクシアが王位への欲望を見せれば、父フュルストがこの賭け事に乗ってくるだろうということも、彼女にはわかっていた。
何故なら彼が望むのは母ルクレツィアの幸福と贅沢だからである。ルクレツィアがいつまでもうつくしく笑っていられること。そのためになるあらゆることに、彼は努力を惜しまない。
商人ではだめだ。貴族でもだめなのだ。ルクレツィアがいつまでも輝いていられるためには。もっと上の地位がいる。たとえば、――女王の家族として揺るがぬ名誉を得ることなどが。
本宮の華やかさが近づいてくる。貴族たちは相互にいたわり合い、あるいは貶し合うのに夢中で、一人の伯爵が死んだことなど気づかない。すでにフュルストの手の者が死体をどうにかしていることだろう。王宮は策謀と暗殺に満ちた世界である。
二人は互いを見もせずに別々の方向へ別れ、パーティーに復帰した。べろんべろんになった双子のどちらかが視界を掠めた気がするが、とりあえず放っておこう。今をときめくフュルスト商会の商会長がごく自然と現れたことに気づき、何人かの貴族がそれとなく近づいて挨拶の機会をうかがっている。
アレクシアは通りすがりの従卒からシャンパングラスをもらうと、ちびりちびりと飲み始めた。酒は甘く、泡はきめこまかく、罪の味がした。




