断罪劇の様子②
「証人がいないというのに何を信じてもらえると思っていますの? ブレインフィールド伯爵家は代々王家に忠実に仕えてこられた名家です。そのカレンナ嬢をお疑いとは」
アレクシアはザイオスを問い詰める。異母弟は、確か彼女より年下だったと思うのだが……まるで破産寸前の中高年のように、今にも泡を吹きそうだ。ハフハフ息がうるさい。
「貴族の言葉がそれほど軽いものだったとは、私は思い違いをしていたようですわ」
「貴様ッ。俺と殿下がいじめがあったと認定したのだぞ! マリウス殿下に歯向かうのか」
「まあ、そのように不用意に王子殿下の名をお出しになるとは。――殿下、これは王家の総意ですか? ガイガリオン伯爵家は、王陛下の許可もなく王家の権威を笠に着ることを許されているのですか?」
アレクシアはマリウスを見つめる。王子の目の中にあるのは愚鈍さばかりではない。隠れない聡明さがある。ただそれら全部を含めて、濁っている。彼は人生に飽きている。父王にひたすら追従する姿勢も、尊敬や将来への展望ではなくそうする方が楽だからだ、とアレクシアは気づく。
「……俺は知らん」
かくして、当然にマリウスは言い放った。
「ザイオスが勝手にやったんだ。俺は関知していない」
「お言葉、承りましたわ」
「人の話を聞かない奴だからなあ、ザイオスは。どうせ一人で突っ走って赤っ恥をかいたんだ」
マリウスの口元がにやあっと歪み、嘲笑が漏れる。王子がそうすれば、当然他の取り巻きもそうする。友人だと思っていた男の子たちからの蔑みに、ザイオスはいよいよ地団太を踏みかける。体面を保とうとする意識は貴族並、だが内面が追いつかないので取り繕いきれない……哀れなことだ。
「ではザイオス様、あなたは思い込みによりブレインフィールド伯爵令嬢を糾弾したということですか? その目的は我がフュルスト商会の保護するエマ・リシャルにあったと。なぜですの? 理由は?」
反論すれば王家への反抗とみなされ、黙り込めば憎むべき異母姉に負けたことになる。ザイオスはふうふう息をして、握り拳を上げ下げするしかない。
アレクシアはわざとらしく両手を打ち鳴らした。
「――ああ! やっと得心がいきました。なんてこと。ザイオス・ガイガリオン様はエマに恋慕されていたのですね! その思いの強さのあまり、ついつい暴走してしまったと? そういうことですのね!」
いよいよ、周囲からは失笑のどよめきが漏れた。リュイスの貴族にとって、恋慕をはじめ感情を積極的に表すのは恥だ。しかもエマは男爵家の、今は保護者のいない令嬢。ザイオスはご立派な伯爵家の令息。身分をかさに着た男が、立場の弱い女に無理強いをした――そう言われても仕方がない。そしてそれは恥である。貴族の男が女優を口説いて愛人にするときでさえ、その女が自由意志でそうしたのだという格好をつけるのが粋であり文化だった。
ザイオスはここで男としての沽券から、伯爵の息子という立場の持つべき矜持までをアレクシアに侮辱されたことになる。彼が黙り込み、目を血走らせ、狂気に犯されかかるのも無理はない。アレクシアは満面の笑みで続けた。
「けれどもザイオス様、エマは卒業後、我がフュルスト商会で仕事をしてもらうことになっております――そうよね、エマ?」
「はっ、はい! そうです、私はアレクシア様のところに行きます。行きたいです!」
「本人もこのように申しておりますし? まあ、おあいにく様でございます。うふふっ」
虎のような笑みでする、虎がするより残酷ななぶり殺しの嘲りであった。
ザイオスの顔と名前は今後、失笑と共に思い出されるのだ。学生時代の一過性のあやまち? いいえ、ここはもう卒業式。子供時代は終わったのだから。
「何より我が商会も、ブレインフィールド伯爵家のお怒りを買いたくありませんもの。――カレンナ様、声掛けをお許しいただけますか?」
さやさやと衣擦れを響かせ、アレクシアはザイオスに公然と背中を向けた。平民がそれをすれば背徳行為とみなされてもしかたのない無礼である。だが誰も、咎めない。マリウス王子がそれを半笑いに眺めているからだ。
アレクシアは王家の威信をこの場で背負う王子に認められ、王家の公認を得て、ザイオスを取るに足らないもの扱いした。このことは明日までに社交界を駆け巡るだろう。
「なんでしょう、アレクシア様?」
カレンナの声はわずかに震えている。先ほどまでの堂々とした立ち居振る舞いは、やはり生まれたときからの躾のなせる業であり、彼女の本当の部分はまだ十八歳の女の子だ。
「知らぬこととはいえ、エマが失礼をいたしました。この場を借りてお詫び申し上げます」
「いいえ。エマ嬢は、どちらかといえば被害者だと思います」
「なんてお優しいお言葉でしょう。ブレインフィールド伯爵令嬢の寛大さに心より敬意を表します――エマ、頭を下げなさい」
エマはそのようにした。エマも、カレンナも、涙ぐんでいた。
カレンナは扇で顔を隠して一息を入れると、胸を張ってザイオスの前まで進み出る。彼はがたがた震え出そうとする身体を息を止めて抑えているところだった。怒り? 屈辱? 悔しさ?
(半分貴族の妾の子にそんなものを理解する頭があるのかしら?)
アハハ。アレクシアは内心、意地悪くそう思う。
「ザイオス様、お気持ちはよくわかりました。今夜のことは家に戻り父に報告いたします。両家を交え、後日お話いたしましょう」
「待てっ、カレンナ、待てよ……!」
カレンナはアレクシアとエマに向かい、深々と礼をして聖堂を立ち去った。最後まで背筋を伸ばし、しっかり前を向いていた。
アレクシアはかすかに犬歯の覗く緋色の唇を歪め、ザイオスを睥睨する。エマに手を差し伸べ、マリウス王子へ微笑む。虎のようではない、柔和な商売用の笑顔で。
「めでたい場をお騒がせし、申し訳ございませんでした、殿下。わたくしどももこれにて失礼させていただきます。今後ともフュルスト商会をご贔屓に!」
笑顔のまま踵を返す、大輪の薔薇。
それに振り回されながら楽しんでいるエマ。
彼女たちはそのうち笑い出す。ミナ・ラグスが遅れて軽快に笑い始め、楽隊に合図をした。指揮者が慌てて指揮棒を振ると、ダンス音楽が流れ始める。人々の間に談笑が戻る。話題はもちろん、先ほどの馬鹿馬鹿しい喜劇について。
壁際でカリスがくつくつ笑っている。それでも給仕の仕事をしているふりが本物よりうまいのはさすがである。双子はヴィヴィエンヌの供をすると決めたようで、退出する王女の両脇を騎士のように守――ろうとして、シルヴァンに押しのけられている。
まるで大団円を迎えた演劇の終幕。
アレクシアはころころと笑い、エマと手を取り合ってそこをあとにする。
……一人、取り残された者がいる。ザイオスである。マリウス王子は彼への興味をなくし、他の取り巻きたちと会話しながらダンスフロアから降りた。追いかけようにも、人垣に跳ね返されて追いつけない。誰も彼もがザイオスをいないものとして扱った。
わけのわからない言い分で婚約者を追求し、反撃されればろくに言い返せないような者に優しくしてやる人間はここにいない。今夜の一件でガイガリオン伯爵家は王家の信頼をなくしたかもしれず、となればますます、そんな危険要素に触れられない。
ザイオスがようやくそこから逃げ出せたのは、次の次のダンスが始まり、終わってからだった。彼の胸の中にずっと燻っていた、アレクシアへの憎悪と殺意は決定的なものになった。
「……ころしてやる」
呟いた声を聞く者はいない。今はまだ。