④-1
窓の外は雨。大雨と言っても過言ではないくらいに降っていて、窓には横向きに大粒の雫が流れている。
「ああこりゃ、あっちでも相当降ってるな」
っと、思わず声に出てしまった。1人暮らしを始めてからというもの心の内が声にでることが増えてしまった。風の噂でなんとなく、そういう人が一定いるということは聞いていたがまさか自分がそちら側になるとは思っていなかった。まあ、そこまで困っていないし別にいいと思っているが。
今ちょうど三河安城を通過したところ。
ということは京都まではあと1時間ぐらいか。長いな。俺は今、上司に言われて京都に向かっている。本当は出張などしたくなかったが、「旅費は全て出す!帰ってきたら美味しいご飯も奢る!」と熱烈にオファーされてしまえば断る余地もなかった。にしてもまだこの仕事についたばかりの俺が出張させられるなど人手不足にも程がある。いい加減人を増やして欲しい。
まあ、仕事柄それが難しいことは知っているが。俺たちの仕事は一般市民に堂々と公にできるものではないからな。
新幹線がスピードを落とし名古屋に着いた。
隣の人間が慌てて降りる準備をしている。おっとすまんね。・・・・あまり荷物をこちらに寄せないでくれないかな。
「おっと、ここに座るのかよ」
しまった、また声に出てしまった。全く困った癖がついたものだ。これはなんとか治すように意識するしかないか。
名古屋から乗ってきたと思われる乗客が俺の上に座った。うええ、何も感じないとはいえこれは気分が悪いな。俺は急いで隣の席に移動した。隣の席にはわずかに暖かさが残っている。名古屋で降りてくれて助かった。また席を探すために彷徨うところだった。上司にはどうせ俺たちは見えないのだから適当に座っておけばいいと言われるが、なんとなく生きている人間と接触するのは気持ちが悪いからできるだけ避けたい。東京からは2時間もあるのだ。たった3分でも触れているのは限界なのに。
ああ、そういえば君に説明するのを忘れていたね。俺は所謂『天使』だ。
大まかにいうと、亡くなった人間を案内するのが仕事だ。案内を仕事とする案内課の中でも3つの部署に分かれており、そのまま転生を促す転生部と、罪を洗い流すための地獄行きを促す地獄部、そして、俺が所属している別世界に案内する別世界部(通称:べっせ部)だ。まさかそんな仕事があるとは驚いたかな。まあ君も死ねばわかるさ。
べっせ部の話を詳しくすると、人間は死んだら記憶をなくして生まれ変わる。生まれ変わる先は人間かもしれないし、別の動物かもしれない。はたまた機械などの無機質の場合もある。それは完全に運だ。自分で選ぶことはできない。そして、生まれ変わる前に行く場所が別世界または地獄だ。地獄は悪人とされた者が問答無用で連れて行かれる。拒否権はない。現世での罪を全て洗い流さないと生まれ変わることはできないからだ。その罪に合わせ何十年、何百年かけて洗い流した後で生まれ変わる。一方で、地獄へ行くほどの罪はないと判断された者は、別世界に行くことができる。まあ、絶対に別世界に行く必要もなく、行くかどうかは自分で選べる。行かずにそのまま生まれ変わってもいいし、行ってから生まれ変わってもいい。どこの別世界に行けるかも自分で選べる。大抵の世界は存在している。そもそも存在しない世界などこれまでなかった、、、らしい。俺は新人だから詳しくは知らないが。そして、俺はべっせぶで別世界への案内と、別世界への受け入れ審査をしている。
人間は死んだ場所からそれぞれの進む先に行くため、人手が足りなくなるとこうして誰かが出張して案内兼審査を行うのだ。今回は俺がその出張に当たったというわけだ。俺たちも魔法の門のようなもので行き来することができたらいいがそうは行かない。生きている人間と同じように時間をかけて移動しなくてはならないのだ。まあ俺たちの歩行速度はおおよそ人間界の飛行機とやらに匹敵するため人間ほど時間がかかるわけではないが、エネルギーは使う。俺たちは寝たら回復するし、生きている人間に姿形が見えるわけでも触れられるわけでもないから、疲れたらその辺りの道路で寝ていても問題はない。ただ、俺はなんだか気持ち悪くてそんなことは1mmもしたくない。そう思う天使が多いのだろう、だからこそこうして乗り物移動が許されていると思っている。
ん?なんで乗り物には乗れるのか?って、それが不思議なもんで、天上界の偉い研究者が飲めば乗り物に乗れるという不思議な飲み物を開発したからだ。どういう理屈かは分からないが、それのおかげで移動がかなり楽になった。徒歩移動と乗り物移動ではエネルギーの消費量が違う。自分で移動する方がはるかに疲れる。まあそんなこんなで俺は仕事で京都に向かっている。全くもう面倒だ。