迷宮小隊 (パイロット版)
カビ臭い通路はまっすぐ暗闇へと消え、その先からは冷たく湿気った風が吹いてくる。
ぐるり数フィートを照らしている薄明かりは魔法の明かりがそう見せてるだけで、実際のところはここも通路の先とおんなじ真っ暗闇の中だ。
何せ地面のずっと下だから、光の届きようがない。
こういう暗がりで明かりに寄ってくるのは大概は面倒のタネと相場が決まってる。
ケタ外れにでかい蛾やら空きっ腹抱えた野犬の群れ、地下迷宮専門の追い剥ぎとかな。
ランプの油だってタダじゃないし、となりゃ暗視魔法の方が、後でしばらく明かりが眼にしみて痛いのを割り引いてもマシってことだ。
そもそも地上へ帰ってこれなきゃ、どのみち同じことだけどな。
俺達の小隊は4人編成。
プラス今回は依頼人が1人。
前列に俺、クルト、それに今回は依頼人が居るせいで後列から繰り上がったゾイカ。
後列にマギー、そして依頼人。
依頼人はごく最近訓練所を出たばっかりの新兵さんだ。
依頼内容は仲間の探索。
なんでも、その子が免許の発給で手間取ってる間に、他の同期の仲間だけで地下迷宮へもぐってったきり帰ってこないって顛末だそうで、そりゃもううんざりするほどよくある話だ。
先代の王さん(ちょいとイカレちまってたって話だが)が国中に触れ書きを出してからこっち、都のすぐ外れに口を開けた地下迷宮へは、続々といろんな連中が集まってた。
一発当ててやろうって奴らの中には、俺達みたいな傭兵くずれは別として、まるでズブの素人もわんさと居たわけだ。
王軍もさすがに抜け目がないのは、地下迷宮のすぐ隣にそういう素人相手の訓練所をこさえちまったとこだね。
地下迷宮の攻略は一大国家事業ってヤツだからな。
そういう一山いくらの素人ん中に、すごい逸材でも居たら儲けもんだろ。
まぁそんな具合で、理想やら立身出世の夢に燃えた若い衆は20週かそこらの訓練を受けて、晴れて一丁前の迷宮探索兵になって地下迷宮にもぐって行く。
で、大体はそのまま帰ってこない。
今日び、迷宮ん中の魔物や追い剥ぎ達も、なかなか訓練どおりに動いちゃくれないからね。
世の中ってのは厳しいもんだ。
俺達の副業は、そういう連中相手のサルベージ稼業だ。
全滅しちまって身寄りもないのはしょうがないとして、何かの事情で迷宮から仲間を拾って来たいって手合いが俺達の客だ。
迷宮も最深部までもぐるとなりゃこっちも命がけだが、上~中層域ならフルパーティでなくてもなんとかなる。
探索中のメシ代は依頼人持ち、上手くサルベージに成功すりゃあ国から補助金も出る。
その依頼人がこの先やっていけそうな逸材なら、先々組む相手の候補にコネクションも出来るしってんで、まぁ悪くない商売ってわけだな。
もっとも、ドジ踏んで帰ってこれなきゃ、やっぱり同じことだけどな。
迷宮の通路もここいらの階層じゃずいぶん狭くて天井も低い。
暗闇にちょろちょろと水の流れる音と、できるだけ抑えた俺達の足音だけが聞こえる。
それとなく後列をうかがうと、依頼人は迷宮の圧迫感に見事にやられちまってる様子だった。
視線は定まらずに左右へ泳ぎ、呼吸は浅くて早い。
一応探索兵の免許は貰ったらしいが、これが初陣ときちゃムリもない。
ムリもないが、こりゃ援護を期待するどころか、ゾイカを後列のガードにまわさんと危ない。
斬り込みはクルトと2人でやるとするか。
ブロックサインでクルトとゾイカに合図を送って、陣形を右下がり気味に切り替えた。
そのまましばらく通路を進むとT字の分岐点に差し掛かる。
左へ進むと昔の衛兵詰め所跡、右はクランク状に曲がって奥へ続く。
入り口から約10分。
実際のところ、迷宮らしくなるのはここから先なんだが、運の悪いヤツらはここらで探索終了だ。
依頼人のお仲間も、多分ここらより奥へは行けてない。
いや、そいつらに限った話じゃなくって、新兵さんはほぼそうなる仕組みになってんだ、この手の地下迷宮ってのは。
例えば、新兵さんばっかりの10個小隊が迷宮へ踏み込むと、まず6個小隊までは最初の戦闘で全滅する。
こいつぁ訓練不足だとか何だとかじゃなくって、単純に、訓練はいくらやっても実戦の代わりにゃならないって現実のせいだ。
最初の数回の戦闘を生き残るのは、正直いって運だけだな。
探索兵ってのは当たりゃデカいが、リスクも高い稼業だからな。
並程度の運しかないヤツぁ、どのみち長生き出来っこないんだ。
さてと。
通路の突き当たり周辺に転がってないとこをみると、どっちかへ曲がりはしたらしい。
右か左か。
ここは左からだ。
左の衛兵詰め所跡を確保しないまま右へ、迷宮の奥へ進んでっちまうと用心が悪いからだ。
浅い方からクリアにしていくのは、サバイバルの鉄則だからな。
挟み撃ちにされんのは、今さら小鬼風情が相手でも遠慮しときたいだろ。
後ろの警戒はマギーと、半身になってカニ歩きするゾイカに任せて、左へ曲がって通路を進む。
ほんの数ブロック先で通路は行き止まりになってて、その壁に頑丈な防護扉が嵌めこんである。
昔の衛兵詰め所跡だ。
じめじめしてて居住性が悪いのと、駐留経費の削減ってんで、今の衛兵詰め所は迷宮の外の掘っ立て小屋へ移動しちまった。
放棄された詰め所部屋は当然荒れ放題で、色々と面倒なヤツが巣食っちまってる事が多くってな。
知らずに侵入してった新兵さん達がいきなりタコ殴りにされるケースが多い。
大体の見当をつけた俺は、小声で後列へ話しかけた。
「えーとな、確認なんだがね。お仲間は3人で、あんたが呪文使い(スペルキャスター)だから、内訳は剣士に斧使いに僧侶だな?」
必要以上にびくりとすくみながら、依頼人は目だけこっちに向けて何度も頷いた。
大声出すなとは言ったが、ここまでビビる事ぁない。
「たぶんお仲間はこの中だ」
アゴをしゃくって、地面に残った何かを引きずってった跡と防護扉を示す。
彼女は目をいっぱいに見開いて、杖を両手で握り締めた。
もう一言付け加えようとした所で、クルトが短くぼそりと言った。
「来るぞ、複数だ」
言いながら両広刃の剣を横へ倒して構えなおす。
俺も左手の盾を持ちなおし、身体を半身に入れる。
後列ではゾイカが同様に小盾とメイスを構え、マギーは地面に突き立てた杖を両手でゆったりと支えて呪文の予備動作に入った。
一呼吸するかしないか。
ほんの半瞬ほどおいて、重い防護扉が弾けるような大層な勢いでこっち側へ押し開かれた。
新兵さん達が毎シーズン、必ず何小隊かは、戦う前にこの防護扉に押し潰されて全滅する。
こういうのが運ってヤツだ。
次の瞬間。
扉の奥の暗がりから、甲高い奇声とともに小柄な影がいくつか突っ込んでくる。
1…2、いや、3だ。
手に手に粗末な小剣を振りかぶり、申し訳程度の丸盾をひっさげて、こっちの隊列の先頭(つまり俺だ)めがけて殺到する。
間髪入れずにこちらも雄叫びをあげつつ盾を掲げてチャージをかける。
先頭きって突っ込んできたヤツ(犬面のコボルドだ)から順番に、左気味からぶちかまして右へ受け流すわけだ。
ヤツらに比べてこっちは体格差で勝ってるから、タイミングさえズレなきゃ、そう力はいらない。
振り下ろされる小剣は無視してぶちかます。
右へ受け流しざま、脇を狙って右手の剣で横へ薙ぐ。
体勢崩してたたらを踏んだ1匹目は、クルトの両手剣で銅をなで斬りにされて横ざまに倒れこんだ。
上出来。
2匹目は盾を喰らう直前で踏みとどまった。
さすがに身のこなしの軽い連中だ。
だが、動きの停まったヤツは、後ろから来る仲間の行き足も停めちまう。
むしろ連中としちゃあ、そのまま突っ込んでた方が被害は少なかったはずだ。
動きの停まった2匹目が、突如、灼熱の火球に包まれる。
マギーが用意してた呪文をくくったんだ。
オレンジの光が眼に突き刺さってひどく痛いが、当の2匹目は、狂ったような絶叫をあげながら数歩よろめいた。
すかさずクルトが左袈裟に斬り下げ、ゾイカがトドメのメイスを左から斜めざまに叩き込む。
右の横っ面に鈍い音と共にメイスを喰らった2匹目は、右の眼球を半分めり出しながら血反吐を吐いて地面に叩きつけられた。
そのままビクビクと大きな痙攣を繰り返してるが、きっともう二度と起き上がれないだろう。
この間わずかに5秒足らず。
俺達は勝ちを確信しながら、残る3匹目を血祭りにあげるべく一歩、二歩と前進した。
…つもりだったが、なぜか俺の両足はひどく重くて、気づくと身体まで前のめりに傾いでるじゃないか。
(…しくじった!…犬面どもにも呪文使いがいやがったか…!)
ひどく朦朧とした視界の中で、3匹目の突き出してくる小剣に太ももあたりを刺されたのに気がついた。
痛みに一瞬だけはっきりしかかった意識は、しかしすぐに泥のような深みへ落ち込もうとする。
3匹目の後ろには、なんだかゾロリと長いボロをまとって、首からサルの頭蓋骨をいくつもぶら下げたコボルドが見える。
妖しげな動作で詠唱する甲高いコボルド語が、たまらないほどの眠気を降らせる。
見ればクルトも完全に足を停めてゆらゆらとよろめいてるし、ゾイカに至ってはメイスを支えに片膝ついちまってる。
頼みのマギーも、詠唱の声が聞こえないとこを見ると、似たり寄ったりな有様だろう。
どうにもツイてない時ゃこんなもんか。
(チクショウ、せめてベッキーが居りゃあなぁ。カード博打で勝ってるからってサボりやがって、引きずってでも連れてくるんだったぜ…)
必死に考え事を回しながら意識をつなごうとするが、なにせあっちはまだ呪文くくりっぱなしだ。
たちまち意識が遠のいていく。
犬面野郎め、ここぞとばかりに鎖帷子のスキマを切り刻みやがって。
なんとか右手の剣を振ろうとするが、ハエの留まるようなザマじゃあ気休めにもなりゃしない。
(ベッキーのヤツ、俺達のサルベージなんざぁ依頼するかな…)
がくりと垂れた視線の先に、俺のつくった血だまりの赤がぐにゃりとゆがんで見えた。
いきなり特大の激しい痛みとともに、意識が眠りの淀みから浮かび上がった。
動けるじゃねぇか!
やたらとあちこちヒリヒリするが、指先まできっちり醒めてやがる。
動けるんだ。
そのまま前へ倒れこむとみせて、俺は左手に後生大事に持ったままだった盾を力いっぱいぶん投げた。
まっすぐすっ飛んでった盾がコボルドシャーマンの鼻面をぐしゃりと潰し、調子外れのくぐもった悲鳴とともにくくられてた呪文はほどけた。
同時に前転しざま、剣で3匹目のコボルドの足元を思いっきり斬り払う。
跳ね起きた俺は、よろめいたコボルドの背中に身体ごと剣を突き込んだ。
失血のせいでくらくらする頭を振って立ち直すと、正気に返ったクルトが大股に走ってってシャーマンの脳天へ両手剣を叩き込んでるのが見えた。
肩で大息ついて呼吸を整えながら後列を振り返った。
ゾイカもマギーも座り込んだままだったが、二人とも妙な顔でこっちを見てる。
「なんだ、俺の顔に何かついてるか。血と泥の他に」
ようやくマギーが片手で肩のあたりを指しながら言った。
「ゲンタ、あんた背中から煙が上がってるよ」
言うなりゾイカと二人で爆笑しやがった。
俺は慌てて石壁に背中からぶつかって、くすぶってた火を消すのに成功した。
そして、二人のさらに後ろへ目をやった。
そこにこの背中のボヤの原因がいた。
へたり込んだ依頼人は、事の成り行きに目を丸くしてたが、この新兵さんが俺達を全滅から救ったわけだ。
俺の背中に火球の魔法をぶつけて。
狙ってぶつけたんだか、それとも撃った狙いがすこぶる悪かったんだか。
いずれにせよ、こいつぁ間違いなく「運」のなせるワザってヤツだ。
この子は運を持っている。
それも多分、特大の運を。
「いやぁ、助かった。そういや、あんたの名前、まだ聞いてなかったな」
彼女の前まで歩いていって、立ち上がるのに手を貸そうと、俺は篭手を外した右手を差し出した。
「…ユーリ。ユーリ・カラシニコフ」
ぎこちなく笑いながら、ユーリは俺の手をとった。