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温もりに縋る

作者: 寺崎 征十郎

一部公序良俗に反する表現が存在します。

苦手な方はブラウザバックを推奨します。

 散らかっている訳でもないのに狭苦しいワンルーム。無機質なエアコンの駆動音に紛れ、男女の吐息とベッドの軋む音が室内に響いている。

 常夜灯に照らされた二人の体は汗にまみれ、水滴の反射も相まってその輪郭は曖昧にぼやけて見える。

 そして、部屋に満ちていた三つの音のうち二つが途切れた時、部屋の半分を占めるベッドの上で行われていた情事は一区切りを迎えた。


「…っはぁ、いったん休憩」


「はぁはぁ、なによ、もう限界なの?」


「うっせ、お前も似たようなもんだろ」


「…まぁね」


 息を切らした青年は汗だくの体をベッドに横たえ、両脇を軽く開けた状態で腕を投げ出した。その左側にするりと入り込むのはわずかに幼さを残した少女。


「…汗臭い」


「そりゃ体動かしてりゃ汗もかくだろうさ。それとも離れるか?」


「やだ」


 少女は文句を言いつつも、同じく汗に濡れた肌を青年のそれにぺったりとくっつけ、乱れた息を整えるべく深呼吸をしている。

 肌をくすぐる呼気に、青年はくすぐったそうに軽く身を捩るが、何も言わず少女の肩に腕を回して少女もそれを当然のように受け入れる。


「ねぇ」


「ん…?」


 声をかけた少女は軽く顔を上げ、自分に回されていない腕が垂れた、ベッドの反対側をぼんやりと見つめる。

 そこにあったはずの大切な何かを探す様に向けられた目線だが、しばらくして少女は青年の胸に顔を寄せた。


「…死んじゃったね、あの子」


「…そうだな」


 寂し気に呟かれた言葉に相槌を打つ青年は、気だるげに部屋の入口に視線を向ける。

 そこあったのは乱雑に脱ぎ捨てられた二着の礼服。大部分が黒色の生地で仕立てられたそれらはいわゆる喪服と呼ばれるもので、彼らが今日どこに行っていたのかをありありと示していた。


「轢かれそうになってた子供を助けて自分が死んじゃうなんて、ほんと、あの子らしい」


「…昔から決断力だけはあったから」


「考えなしとも言うけどね?」


 軽い調子で言葉を交わす二人。

 しかし、その様子とは裏腹に表情は曇ったままだった。


「でも、そういうところが好きだった。変わった子だったけど、だからこそ救われてた」


 噛みしめる様に言葉を紡ぐ少女。


「中学生の頃にいじめられ始めた私を助けようとしてくれたのもあの子が最初だった」


「結局返り討ちに遭って毎日泣きながら一緒に帰ってきてたけどな」


「うるさい、寄ってたかって言い寄られたら、か弱い女の子二人が勝てるわけなくない?」


「…それもそうか」


「まぁ、私たちを助けてくれたのはあんたな訳なんだけど」


「そりゃ、妹とその親友が困ってるってんなら兄貴が一肌脱ぐしかないだろ」


「はいはいかっこいいかっこいい」


 かつての出来事を普段のテンション感で思い出していく。

 それは残された二人にとって、心の整理と呼べる作業だった。


「それがきっかけであんたと付き合い始めて」


「あいつ普段ぎゃーぎゃーうるさいくせに寂しがりで、全然二人きりになれなかったよな」


「そうそう、なんだかんだ理由付けて離れようとするんだけどずっとべったりで」


「あいつ友達多かったくせに俺たちのところにばっか来てたから、次第に遊びに誘われなくなってってな」


「『づい゙でぎで~』なんてギャン泣きするからあの子の友達とも遊ぶようになったけど、正直居心地悪かったでしょ?」


「男一人、なおかつ学年違いだったからな。逃げてぇって何度も思った」


 記憶の中の少女の泣き顔に青年は苦笑する。


「それで、何とか二人っきりになってようやく初めてってところでノックもなしに入ってきてさ」


「あー、あれは酷かった。普通自分の兄と親友が裸で向き合ってたら悲鳴上げて走り去っていくだろうに」


「こっちが驚きすぎて固まってたら部屋に入り込んで…」


「「わたしもいれて!」」


 自然と重なった異口同音に少女はけらけらと笑い、青年は顔を顰める。


「あははっ!ほんとぶっ飛んでたよね、あれ」


「笑い事じゃねぇよ。あいつマジであの場で服脱いでベッドに突っ込んできたんだぞ」


「めちゃくちゃ拒否ってたよね、あんた」


「当たり前だろうが、妹だぞ?そんな目で見れるかよ普通」


「でも結局ヤったじゃん」


 ニヤニヤと青年の顔を覗き込む少女。それに対し青年はぷいと顔をそらした。


「…うるせぇ、あの場ではヤってねぇし、ちゃんと一日考えたし。そもそもお前も嗾けてきただろうが」


「私は初めてさえもらえればあの子ならウェルカムだったもん」


「…お前、俺のこと責められねぇくらい業深いからな?」


「でも後悔してないでしょ?」


「それは、まぁ」


「あの子、あんたに抱かれてる時めっちゃ幸せそうな顔してたし」


「お前らでヤってた時も相当だったけどな」


「あ゙?」


「なんだよ?」


 しばらくにらみ合った後、二人は揃って吹き出した。

 笑いが収まった頃には乱れていた息は整い、あれだけかいていた汗も引いていた。


「…ねぇ」


「ん」


「抱きしめて」


 伏し目がちに呟かれた少女のお願い。青年は何も言わず体を少女の方へ向けると少女の体を掻き抱く。それに合わせて少女も青年の腰に腕を回した。


「両腕で抱きしめられるの、久しぶりかも」


「こういうのは三人でって決めてたからな」


 すっかり温まった部屋で素肌のまま抱きしめあう二人。

 寒さなど介在するはずのない空間で、それでも少女の体は震えていた。


「おかしいな、いつもよりくっ付いてるはずなのに、寒いね…」


「…あぁ、寒いよ」


 胸元に熱い雫が零されるのを感じた青年は、目の前の少女も感じているであろう胸中の空白を想った。

 唸るように動き続けていたエアコンがピッと音を立てて停止した。

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