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魔王が可愛くて仕方ない勇者の話。  作者: 新村 蒼
俺が【魔王】と剣に出会う迄。
1/9

苔むしる石の塔の上で。

壮大な石造の城の中で一人の男が歩を進める。

男の身なりは戦場に立ちいる人間のそれではなかった。

普通の革靴、普通の服。

若干小汚いだけのなんの変哲もない男が魔王城の中庭を抜けていく。

この男の唯一の特徴はその片手に持っている剣である。

男は鞘を持っておらず、ずっと片手に剣を持ち続けてぶらぶらとさせている。

この男から一切の覇気を感じないが、この剣は別だ。

圧倒的な風格と覇気がこの剣からは漂っていた。

白銀の剣は両刃であり、身に受ける光を余すことなく弾き返す。その様は剣自身に神聖さを与えていた。

一方でその意匠や、柄は艶のない漆黒の作りになっていた。

鏡のように光を弾き返す剣身とは対になるようにあたり全ての光を奪い取るような異様な雰囲気を醸し出していた。

矛盾すら体現したようなこの剣が他の有象無象の剣とは違うことは誰が見ても一目瞭然であった。

男はただただ、歩を進める。その足はとうとう魔王本人がいる最奥につながる螺旋階段まで来ていた。


「ここまで来ちゃったけど…こんなに魔物がいないもんなのか?

もしかして女神様の加護が不良品とか?…いやあまさかねえ?」


男の言葉通りここには魔物がほとんどいなかった。

たまに見かける魔物は動物と言っていいほど脅威のないものしかいなかった。

男が近づくのに対して、後退りしながら威嚇する哀れな魔物すらいた。

男はそれに対して、ひどく傷ついたようで…。


「えっ…ご、ごめんね?」

そう謝りながらそばを通って行った。


男は半信半疑で階段を登る。

本当にここが魔王城なのか、その疑念を男は拭いきれていないように見える。

男はとうとう中庭を抜け、この城の中で一番でかい塔の前に立っていた。

天まで延びかねないその塔を囲むようにこの城は作られていた。

だから…


「流石にここにいなかったら…この女神様の加護は使い物にならない加護ってことになるけど…」


最初は強い魔物や魔王はあわよくば弱いもしくはいない方がいいって思ってたけど流石にここまでいないとなんかな…

流石に魔王様くらいはいてくれるといいんだが…


そんなふうに考えながら俺は塔の最上部へと続く石造の螺旋階段を抜けていく。

その作りは相当しっかりしていて複雑な作りの割には一切きしんだり不安定な様子はなかった。

しかしその一方でこの塔が最近作られたものでないことは一目瞭然だった。

この螺旋階段に使われている石がかなり風化しているのだ。ところどころ苔も生えている。

しかし螺旋階段の外壁からは全く風が吹き込むことはない。

それはいかにこの塔の作りが確かなものであるかを示していた。

螺旋階段は真上からの陽の光しか入らないようで少し薄暗いような気もするが、その雰囲気は決して陰鬱なものではなかった。それどころか…


「…すげえ…」

思わずポロッとそう男が呟いてしまうほどこの螺旋階段の構造は神秘的なものだった。

まさかこの先に魔王が住んでるなんて思えないほどの。

この圧倒的な完成度の螺旋階段のせいだろうか、男はこの場所にどこか安心感すら覚えていた。

もはや自分の止まっている宿屋を寝巻きで歩くような。

そんな足取りで男は登っていく。

塔は外から見た時には永遠に続いているかのように見えた。しかし、そんなことはない。

いつの間にか男は螺旋階段の終わりまで来ていた。


男の目の先には螺旋階段を照らしていたガラス天井から差し込む光によって照らし出される大きな扉の前に立っていた。

男は一切の迷いなく扉に近づいていく。その様子に恐怖の感情はないように見える。

しかし。


「…おっ、…なんだこれ?」

男は扉に近づく前に何かに弾かれた。

目にみえるような結界の類ではない。

それでいて男には一切の気配を感じとらせず、男を弾きかえし侵入を頑なに拒むもの。

決して結界を熟知しているわけでない男ですら理解することができた。

これはかなり上位の結界であると。


「まじか…ここまで来て出直すのも流石に嫌なんだけどなあ」

男がどうにかできないかと考えていると、男は張り紙を見つける。

一つは男の文字で「ひらけごま」といえと。

もう一つは先ほどの男の文字よりは少しばかり小さく丸っこい文字で。

魔法が発動するよ!!!by怠惰の魔王


「いやいや魔王がそんなんでいいのかよ?」

だってこんなこと書いてあったら誰でも魔王城の最新部である魔王の部屋に入れてしまうではないか。

いやここに来て罠が?

しかしそんなそぶりもないどころか、もしかすると中には誰もいないのではないかと不安になってしまうような雰囲気すら流れていた。

それに。

その文字には一切の悪意がなかった。

この文字を書いた人はきっとそんなことで人を殺したりしない、そんなふうに感じ取れる文字だった。


「ま、とりあえず言ってみるか」

息を吸ってー…。

「ひらけごま」


いやそれっぽくいうつもりではあったんだけど…

あんまりそれっぽくなかったんだろうか、何も動いた様子も、俺が魔法を使ったような感触もない。

魔力も…多分減ってない。

発動した俺が感知することのできないほどの微量な魔力減少量で解除できるような結界でもないことを考えると俺の魔法とやらは失敗か。

っつーかよく考えて魔法の詠唱ですらなくひらけごまでなんとかなると思ってる時点で俺って相当…。

ため息混じりに先ほどあった結界の位置に手をかざすと…


「…あれっ?なんか結界なくね?」

この高度な結界は俺のやる気と覇気のないひらけごまで解除できたらしい。

結界がなくなったせいだろうか今では確かに感じ取れる人の気配が扉の中にはあった。

しかしそれは俺が想像していたような強者の雰囲気ではなかった。

何かが中にいることは感知できてもその実力は自分が感知できるほど低くないということなのだろうか。

俺は今まで自分の危機感知能力だけで生き延びてきたんだがその感知能力が働かないということは危険な人物ではないと思うんだけど。

自分の直感を信じ扉をこじ開ける。

中に入ったらその場ですぐ銭湯になるかもしれないと考えた俺はこの大きな扉を蹴り開けることにした。

力加減を調節できず、扉を蹴り飛ばしてしまった。

そして3日前に手に入れた相棒を掲げ、大きく叫んだ。

「俺は【勇者】が一人オーウェン!!怠惰の【魔王】、貴様を倒しにきた!!」

そして俺はそのまま剣を落とした。

その【魔王】と目があったからだ。

魔王本人は最奥の部屋にある非常に大きな本棚の横で本、いやあれは魔導書か?それを読んでいた。

最奥の部屋は豪華絢爛かと思ったがそんなことはなかった。

部屋は綺麗とは言えなかった。あたりには本が散乱し、本棚も一部は雑に本が入れらているのが見える。

少しだけ見える長机の肌はほとんど魔導書や書類で覆われているのが見える。

奥には一段上がったところに大きな背もたれのついた椅子があるのが見えた。

石造の床、壁からは寂しい感じがするかとも思ったが…とても温かみを感じる内装であった。

天井は先ほどの螺旋階段の最上部のようにガラスで貼られており、優しい光が部屋全体を満たしていた。


魔王、いやそのエルフの少女は深い深い深緑の瞳を輝かせていた。

ふわふわとしたボブカットの少女は理知的な口元といやリングを揺らす。

魔王もこちらに驚いたのか、手に持っていた魔導書を落とした。

静まり返った部屋で俺の剣が落ちる音と、本の落ちる音、全く違う二種類の音が響き渡る。

俺はその少女の双眸に魅入られて。

俺は剣を落とした。

俺はあろうことか、この少女を【魔王】を今好きになった。

浮ついた感情を持て余す俺とは対照的に魔王は少し動揺…いや不安な様子が目に映る。

確かにそりゃそうだよな絶対的な存在だった結界があっさりと破られて、部屋の中に【勇者】が入ってきた。

そして叫んだ挙句、いきなり剣を落としたんだもんな。そりゃ怖いよな。

その不安そうな、わずかに怯えている様子に一切気を使うことなく俺は口からついて出た言葉を声に乗せる。

なぜか一切戸惑うことなく俺はその言葉を口にしていた。

本来ならば、一般人ならば、今この場面でこの言葉叫ぶわけはないだろう。

まして俺は【勇者】で彼女は【魔王】。

きっとこの世界が生まれてからこんなことは一度たりともなかったことだろう。

俺は口をついてでた言葉に思いを乗せる。

「あの…!!俺と、結婚してくれ!!」

その煌めく双眸から決して目を離さず、その奥にある彼女自身を見ながらそういった。

滑稽だと笑われるかもしれない。

これを好きと考えて俺のことを攻撃してくるかもしれない。

それでも、俺はこの言葉を言わずに入られなかった。

本当に驚くほど心の奥の方から言葉が出てきた、そんな感覚だった。

言葉が足りない。そう感じた俺は自分の思いをつなげる。

「俺、俺は【勇者】であんたは【魔王】かもしんない!けど、俺はあんたのことが好きなんだ!

今あったばっかだし、浮気者っぽい言葉だとか、思うかもしれないけど」

変なところで声がひっくり返りそうになる。

ところどころ息が足りなくなってしまう。

それでも、俺は言葉を止めなかった。

「だから!…だから、俺と結婚してください、お願いします。」

それだけ言って。

息を吸って。

迅る心臓をにひどく体を揺さぶられながら。

再び少女の目を見て、俺は気づく。彼女は俺の話を一切よそ見せず聞いていた。

自分の気持ちを、ありったけ叫んだ。

彼女に届いたかはわかんない。

けれどこれ以上どうしたらいいかがわからなくなって。

すると徐に彼女は口を開いた。

「結婚はできないよ。」

そう言って彼女は先ほど落とした魔導書を拾い上げ目の前の本棚に本を戻した。


頭が真っ白になった。

「…え」

唖然とただ唖然と。

それだけが口から漏れた。

そこで彼女は堪えきれなくなったように笑いだす。

「…ふふ、バカじゃないの?そもそもお付き合いもしてないのに急に結婚なんてできるわけないじゃん?」


そう言って。

彼女は。

「こちらこそよろしく。私もあなたを見た時思ったの。この人と結婚したいなって。」


そんなふうには一切見えなかったから。

俺はその言葉に驚いた。

彼女はどこか軽い足取りでこの部屋の奥にある椅子に腰掛ける。

椅子に近づく時何か魔法を使っているのか、少しふわふわと浮きながらスキップで椅子の腰掛けた。

そのあんまり高くないヒールと膝下のスカートを揺らしながら彼女はニコニコとはにかむ。


彼女に最初見えていたような不安は一切感じられなくなっていた。


???いやちょっと待て待て!!今なんて!!

「え!!!、いいの!」

あんまり驚いていると。

「いいですとも、いいですとも。」

彼女は見た目の割におおらかに頷き出す。

そして、


「ってうか、初手で結婚って。

他の人だったらなんていうか…私以外に言わなくてよかったね。本当によかった。」

そう、うんうんと頷き出して。

笑い出した。

もうそれは腹を盛大に抱えて。

その見目からは一切想像できないくらい豪快に。

笑いすぎて目から涙が溢れるほどに。

「これ、私がいいって言ってなかったら…あっはは!!」


そう言って彼女は小一時間。

いやもっと。

ずっと。

笑っていた。

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