駒と天狐
「ほっほっほ、さあ始めようぞ。レッスンを!」
ハドラスの一声でモンスターを含む周囲の生き物はすべて逃げ去り、重く冷たい空気がリアの鼓動をより速くする。
しばらくお互いに見つめ合った後、カラスの鳴き声と同時に戦闘は始まった。
リアはカットラスを抜き、ハドラスの方へ走る。
マリネルはリアを援護する形で空へ舞い上がった。
「いっくよ〜おじいちゃん!ムーンミスト!」
ハドラスを紫色の霧が包み、その姿は見えなくなる
「なぁんだ、世界征服を企む極悪集団だってリアから聞いてたけど、拍子抜けだね」
マリネルは霧を見ながら嘲笑した。
「いや、これじゃ簡単すぎる。まだ...まだ終わってない」
リアは警戒を緩めず
「マリネル!もう一度ムーンミストの準備をお願い、一応ナイトメアもね」
「ほっほっほ、今の攻撃をまともに喰らわせても尚警戒を緩めんとは、感心感心〜」
霧の中から現れたハドラスは未だに暖かい笑みを浮か
べそこに立っていた。
「その警戒心は非常によろしい。グロークがやられたのも納得がいくわい」
「ニヒヒ、そうだねそうだよねぇ!そうこなくっちゃ!久しぶりだよ、こんなにわくわくするのは!」
マリネルはナイトメアの準備を始め、リアは呼吸を落ち着かせカットラスを構え直した。
「次は私が行くよマリネル!」
「ほいさー!」
リアは変則的な動きで一気にハドラスへの間合いを詰める。
「ほほう、駆け出しにしては中々いい動きをしておるな」
ハドラスは一歩も動かず、構えるわけでもなくただリアの攻撃を待っていた。
リアはハドラスの面を狙って振り翳した刃を止め、素早く胴へとフェイントを仕掛けた。その甲斐あってハドラスの腹部はがら空きである。
「もらった!」
手応えは...感じない
リアの刃はハドラスの杖によって弾かれていた。
「その判断、間合いの掴み方。駆け出しにしては良い方であろう」
「ッッ!」
攻撃を止められたリアは素早く間合いをとる。
(止められた!完璧なフェイントだったはずッ)
「止められた、完璧なフェイントだったはず...と思っているんじゃろ?」
まさにリアが考えていた事をハドラスに言われ、リアの背筋が凍りつく。
「心が読めるの?」
「いいや、動きと表情からなんとなく考えていることが読めるだけじゃ。その単純さが今のお前さんの弱点じゃよ」
「殺そうとしている相手に戦いを教えるなんてハドラス、貴方何考えてるの?」
「ほっほっほ、聞きたいか?いいじゃろう」
そう言うとハドラスは地面にあぐらをかいて座った。
リアは構えを解き、マリネルもナイトメアを解く。
「儂はな、正直教団の目的なんぞ興味ないんじゃ。儂がしたいのはゲーム、人間という駒を使ったゲームじゃ」
「意味が分からないんだけど...」
「じゃろうな、儂に言わせれば今教団の行いは善とは思えん、完全なる悪じゃ。しかし影があれば光もあるように、善の心を持つ者が必ず闇を阻止しにやってくる」
「その善っていうのは?」
「お前さん達じゃよ」
リアは首を横に張りながら
「悪いけど私は善でもなんでもないし、妹を探すのが最優先で教団を潰すのはそのついで」
「つまりいずれはザルアと戦うことになる、じゃろ?」
ハドラスは糸目を少し開きリアに問う
「貴方さっき私の処刑人だって言ったじゃない」
「ああ、ここで殺すつもりじゃぞ?儂も信仰心は無いが一応ザルア側の人間なんでな」
ハドラスの暖かい笑みが少し冷たい笑みへと変わる。
「貴方、狂ってるわね」
リアは肩の汚れを払い再び立ち上がった。
「ほっほ、それは認めざるを得んな」
ハドラスも立ち上がり杖を手に取る。
「よぉし!第2ラウンド開始だ!」
マリネルはナイトメアを用意し空へ舞い上がる。
「ああ、お主は見学じゃ」
「え?何言ってんだよおじいちゃん」
きょとんとするマリネルを正方形の結界が覆う。
「な、なんだこれ!コラァジジイ出しやがれー!」
マリネルは結界を何度も壊そうとするが、全く効果がみられない。
「すまんのう、四大竜は生きたまま連れて来いとの事なんでな。さあリア、ここからは儂も少し本気を出すぞい」
先程まで感じられなかった殺気がリアを襲う
(ッッ!何これ、殺気だけで腰が抜けそう)
リアは恐れを払うようにカットラスを振り、前より変則的な動きで間合いを詰める。
(感情を表に出しちゃダメ、動きも無駄なく!)
しかし、振った刃はまたしても杖によって弾かれた。
「まだまだ!」
崩れた構えを素早く直し、再び攻撃を仕掛ける。その繰り返しによる連撃でリアはハドラスの防御を破ろうとしているのだ。
「おらぁぁぁぁあ!」
「甘い!」
ハドラスはリアの刃を杖で払い、リアの鳩尾に打撃を入れた。
「グハァッ!」
リアはその場に突っ伏して苦闘する。
「リア!」
マリネルが結界をドンドンと叩いてリアの名を呼ぶ。
「立て、リア。お主の力はそんなものでは無いであろう」
ハドラスは冷たい目でリアを見つめていた。
「言われ...ゲホッゲホッ....なくても」
リアはなんとか立ち上がり左手で鳩尾を抑え、右手で構える。
(近距離でダメなら、遠くから魔法を撃ち込む!)
リアはバックステップで距離をとり、カットラスを鞘に収める。
「ほほう、今度は何を見せてくれる?」
ハドラスは両手を広げて無防備な姿勢をつくる。
「フレイム...バースト!」
リアが地面に手を突き、フレイムバーストを発動させると瞬く間に地面は割れ、割れ目から炎が噴き出した。
炎は30秒程燃え盛り、火が消えると先程までハドラスがいた場所には灰しか残っていない。
「ハァ...ハァ...これで...」
「これで....なんじゃ?倒せたとでも?」
(後ろ、いつの間に?)
リアは素早く振り向き、ファイアブレスを使おうとするが魔法が出ない、魔力不足である。
「どうやら...もう魔力が残っておらんようじゃのう。下級モンスター狩りで消耗したのか?」
ハドラスの笑みからは何も感じ取れない、故に恐ろしい。体が動かない、動けば死ぬ、そう体が感じている。
「あ....あぁ...」
「恐怖で声も出せんか、残念じゃ。お主はいい駒になれるかと期待しておったのじゃが...まあ、来世で頑張るんじゃな」
「貴様、ちょいとお待ち」
何処からか女性の甘く、優しい声が聞こえる。
「儂にようかの?お嬢さん」
ハドラスの注意がそちらの方向へ向いた。
リアもその方向を見ると
和服に身を包み、頭には藁で作られた傘を被り、腰と背中に一本ずつ刀を差した狐の獣人が立っていた。
その獣人はリアとハドラスの間に割って入り、リアを護るようにハドラスと向かい合った。
「よう頑張ったなリア、ここは妾に任せるのじゃ」
リアはその後ろ姿を見つめ
(この人、何処かで...)
「狐のお嬢さん、儂の前に立つということは死を望むことを意味するんじゃぞ?」
ハドラスは笑顔でその獣人を脅す。
獣人は怯える素振りもなく
「あいにくこの子の命は貴様にはやれん、ある男との約束でな。代わりに妾が遊んでやろう」
ハドラス相手に平静を保てるその獣人にはリアでさえもうっとりしていた。
「肝の据わったお嬢さんだ、名前を聞いてもよろしいかな?殺した相手の名前は覚えるようにしてるんじゃ」
「良いじゃろう、妾の名は『ツクモ』
それとも、貴様にはこっちの名前が分かりやすいのではないかの?『天狐』という名が」