その男
リア達がコロンの街を出発した頃、メストルーンのとある薄暗い路地裏で、一人の男が俯いて地面に座っていた。
シルクハットにダスターコート、艶のある金髪は顔を覆うほど伸びていた。
「おい、見つけたか?」
「いいや、こっちを探そう」
路地の奥で衛兵達の会話が聞こえる。どうやらこっちへ来るらしい
彼が震える手でパチンッと指をならすと、すぐそばに扉が出現した。
「いたぞ!おい止まれ!」
「捕らえろ!」
「ッッ!しつこい奴らめ...」
彼はよろよろと立ち上がり扉を通ると、瞬く間に扉は消えてしまった。
扉を抜ければそこには端が存在しない真っ白な世界が広がっていた。人一人いない、空白の世界。
彼は歩きながら、事件より前の日々の記憶を思い返していた。何もかも上手くいっていたあの日々を...
「ねえシド!何読んでるの〜?」
「おっ、王女様?!」
「王女様って呼ぶのやめて!わたしにも名前があるんだからちゃんと名前で呼んでよね?」
「え〜と、シャロン.......王女」
「も〜呼び捨てでいいよ、ねえシド、遊ぼ!」
「承知しました、シャロン」
「シャロン!何処ですか!どうか返事をして下さい!」
「シ.....ド」
「シャロン!どうしてこんな事に...待っててください、今助けを呼んできますから」
「いいの...シド...逃げて、もうすぐ衛兵が来るから、そうしたらあなたが捕まるわ」
「そんなことどうだっていい!貴方さえ助かれば」
「もう手遅れ、分かるのよ...助からないって」
「そんな...嫌だ、諦めてはダメです!私を...俺を置いていかないで下さい...........シャロン?」
「...」
「どうか...返事をしてください...」
「...」
いくら明るい過去を思い出しても最終的に思い出すのはあの日、全てを失った日。
いっそ死んでしまおうかと何度思っただろう。
それでも彼に生きる目的を与えるものそれは、とある伝説だった。
『竜の泉の伝説』
天界には竜の泉と呼ばれるものが存在し、願いを思い浮かべながら水を一口飲むとその願いが叶うという話だ。
しかし、天界への入り口を開くには四大竜が集う必要があるらしい。
子供しか信じないであろう夢のような話だが今の彼には、たとえおとぎ話であろうと生きるための希望が必要だったのである。
「シャロン、俺は貴方のために生き続けます。必ず四大竜を見つける。その日まで待っていてください」
そう言ってシルクハットをより深く被った。
ようやく扉が見えてきた
そう、先程彼が出した扉は離れた2地点を結ぶポータルの様なものである。
扉を出ると外から眩しい光、ではなくまた薄暗い路地裏に出た。けれども先程いた路地とはまた別の場所である。
「俺の魔法じゃ国境を越えられない...か。フフッ流石ですよ宮廷魔術師さん達」
どうやら先代の宮廷魔術師達は、逃亡者が魔法によって国境を越えようとする事を想定して、魔法を遮断できる結界を張っていたらしい。
「これじゃ四大竜を探しに行けないじゃないですか......畜生」
突然視界がぼやけ、その場に倒れる。
「ああ、あの事件からどのくらいの間寝ていないんだろう....とにかく...疲...れた...」
そうして彼は眠りについた。6日間追われ続け、朝も夜も眠ることはなく、自分を責め続け、泣き、苦しみ、故に疲労感は限界に達していたのだ。
彼が眠りについても尚、その涙が止まることはなかった。