血塗られた過去
「久しぶり..."お姉ちゃん"」
長く探し求めていた懐かしい声によって、自然とリアの手は握っていたカットラスを離し、カットラスは甲高い金属音を周囲に響かせながら屋根に落ちた。
「嬢ちゃん、大丈夫か? お〜い」
ヘルガが横目でリアに話しかけるも、聞こえていない様子である。
「ルイン...本当にルインなんだよね?」
リアは震える声で問いかけ、ルインは返事のかわりにふっと笑ってみせた。
(今言わなきゃ、謝らないと)
リアは唾を飲み込み早まる鼓動を必死に落ち着かせる。
「ルイン...ごめんなさ」
「リアはずっと味方だった」
ルインの一言によってリアの謝罪は遮られ、リアは困惑するも、ルインは続けて語り始めた。
「私は竜紋を持って生まれてこない。ただの人間と同じ、無力な存在」
「そんな事...」
「当然私は虐げられ差別されて、まったく散々な人生だった」
リアの否定を打ち消すようなルインの自虐的な発言は、リアも黙って俯くしかなかった。
「覚えてる? 私が虐められてた時、リアは一目散に飛んできていじめっこ共を追い払ってくれたよね。本当に感謝してる」
ルインは自身の胸にそっと手を当て穏やかな笑みを浮かべていたが、再び暗い表情に戻り話し始めた。
「けどねリア、助けられるたびに私は無力感に押しつぶされそうになるの。いくら鍛えても、いくら勉強を頑張っても...私の居場所はあそこにはなかった」
「いいや、アンタは自分で自分を追い込んでるのさ」
煙草に火をつけながら発したヘルガの一言にルインは面食らっていたが、ルインも負けじと反論する。
「あの村で私を理解してくれる人なんていなかった」
「理解しようとする奴らをお前が拒絶したんだろ」
「違う違う違う違う違う!」
「リアの嬢ちゃんは味方なんじゃなかったか?」
「リアでさえ私の痛みは理解できなかった!」
「最後に逃げたのはお前だろう!」
「知ったような口を聞くなあああ!」
怒りに任せてルインが放った6発の弾丸もヘルガの頑丈な身体によって弾かれる。
ヘルガは厳しくも優しい眼差しでルインを見つめ再び口を開いた。
「ああ、お前のことはよく知らない」
ヘルガは至って冷静であるが、反対にルインは過呼吸気味になり、リボルバーを持つ手が小刻みに震えている。
「だがな嬢ちゃん、お前の苦しみに価値なんかない。それだけは確かだ」
「知ったような口を聞くなっつってんだろ! 私はこれまでずっと一人で生きてきたんだ! 今更生き方を変えるつもりはない!」
「これまでは...ね」
リアの一言にルインがハッとし、彼女の方へ視線を向けた。
「私はルインを守ってあげられなかった。だけど今なら、守ってあげられる」
リアはゆっくりとルインの方へ歩みを進める。
「言ったでしょ、助けはいらないって」
「違うよルイン、貴方にも私を助けてほしいの」
ルインはリボルバーを下ろしきょとんとした顔でリアを見つめた。
「は? どういう意味?」
「私はずっとルインに会って謝りたかった。今なら言えるよ......ごめんね、ずっと一人にして」
リアの目尻には涙が溜まり、それを見たルインは後悔と悲しみに心臓が潰れるような感覚に陥る。
「私は...もう昔みたいには戻れないよ」
「戻れるよ! 私はルインと馬鹿なことして、はしゃいで、笑いあったあの頃をただの過去では終わらせたくない! 助けってって私が言うのは、そういうことなの。たった一人の妹が私の一番の生きる意味だからお願い、ずっと側にいて、私を助けて...」
リアは地面にしゃがみ込み手で顔を覆った。指の隙間から涙が滴り落ちる。
その時ルインは、いままで心を縛っていた鎖から開放されたように感じた。
ルインも、自分の足元にポタポタと地面に落ちる水滴に気づいた。
「初めてだよ。人から助けを求められるのは」
ルインは涙を腕で拭いリアに手を差し伸べ、それを見たリアは手を取ろうとする。
「お前達! そこで何をしている!」
突然響いたその声に気づいた3人が辺りを見回すと、大勢のメストルーンの衛兵がリア達のいる家を囲んでいた。
「銀髪の女、貴様には無許可での入国や国内での大規模な戦闘行為及び竜紋村出身者無差別殺人の容疑がかけられている。速やかに屋根から降りてこい」
槍を構えてジリジリと距離を縮めてくる衛兵達を前にしても、リアはカットラスを抜かなかった。
「おい嬢ちゃん、戦わねえのか?」
ヘルガはリアに臨戦態勢に入るよう促すが、視線は常に衛兵たちに向けられている。
「シドと約束したの。メストルーンでは人を殺さないって」
数秒の沈黙の後、最初に口を開いたのはルインだった。
「シドってさ、もしかしてシド・ラングヴェール?」
「あっえ〜と、シドっていう名前の! 別の男の子だよ!」
必死に誤魔化そうとするも、ルインとヘルガは死んだ目でリアを見つめる。
「無理がある...かな?」
リアの問いかけに二人はブンブンと首を縦にふる。
「お姉ちゃん...お姉ちゃんって昔から面倒事に巻き込まれるよね。呪われてるんじゃない?」
「リア...シドに関する情報があれば教えろって言ったろ...」
「はああああああいストップ! 今は目の前の危機に集中しようぜ二人ともッ!」
リアは手をバタバタさせながら会話を強引に終わらせる。
「こいつらから逃げ切ったらじっくり話を聞かせてもらうぞ」
そう言うとヘルガは煙を吐き、再びパイプを口に戻した。
その時である、3人の前に突然扉が出現して勢いよく開いた!
「皆さん、早くこちらへ!」
3人はシドの声が呼ぶ扉の中へ全速力で駆け込み、しばらく周囲に何もない無の世界を歩くと新たな扉が見えてきた。
扉を抜け、最初に目に入ったのはとある看板であった。
『フライズの武器・防具工房』
「シドが言ってたのは確か、ミーリン・フライズさんだったっけ?」
ひび割れた石レンガの壁と錆びた金属の扉、窓から出た灯が外の地面を照らしている。工房というより、牢屋と言ったほうがしっくりくる気がする。
恐る恐る、重たい扉を開いてみる。
「こんばんはぁ...」
リアのあまりに小さな声にヘルガは溜息をつき強引に扉を開けた。
「お〜い! 入るぞ〜!」
ヘルガが先に中に入り、2人もそれに続いて店に入った。
「リア〜! 待ってたよ!」
「間に合ってよかった。全員無事ですか?」
二階からマリネルが飛んできてリアに勢いよく抱きつき、シドも階段を降りてきた。
全員無事だが、問題なのはルインだ。
ルインはシドを見るなり顔を赤くしてリアの後ろに隠れ、リア自身もルインの行動にひどく驚いていた。
「ちょっとルインどうしたの?」
小声で話しかけると、同じく小さな声で返事が帰ってきた。
「さっきは暗くて分からなかったけど、あの人すごくスタイル良くてかっこいいじゃん。リア、あんな人と旅してたの?」
「いや、知り合ったのは昨日だよ」
「付き合ってる人とかいないのかな」
「それは分からないよ」
「あの〜、二人でなんの話をしてるんですか?」
シドが首を傾げて二人に問いかける。
「ん? いや、なんでもないよ!」
「それならいいんですが、後ろにいるその人、俺達を襲撃した女じゃないんですか? だったら聞きたいことが山ほどある」
「そうだった、ルインの紹介がまだだったね」
「ルイン?」
「そう、3年前に失踪した私の妹。いろいろあったけど今は仲直りしたから心配しないで大丈夫! ほらルイン、挨拶して」
そう言うとリアは後ろに隠れていたルインを前に出した。
「ルイン・フォーレです....えと、よろしく」
ぎこちない挨拶だったが、シドとマリネルにはしっかり届いたらしく、二人は大きく頷いた。
ルインは再び口を開き、「まず、シドに聞いておかなきゃいけないことがあるんだけど」とシドを指名した。
「答えによっては世界の運命を左右する大事な質問だから真面目に答えて」
シドは唾を飲み、質問を待つ。
「シドは...」
緊張した空気、煙草を吸っているヘルガも視線だけはルインの方へ向けられている。
「彼女とかいるの?」
その瞬間、さっきまでとは違った雰囲気の静寂が訪れた。
しばらくして、ヘルガがフッと吹き出し腹を抱えて笑い出した。それに続き、リアとマリネルも笑い出す。
「皆ヒドイ! 人が大事な質問してるのに〜!」
ルインは赤面して、頬を膨らませている。
リアは目尻の涙を拭い答えた。
「ゴメンゴメン、もっと怖い質問が来ると思ってたから面白くって」
ヘルガも呼吸がままならないまま口を開いた。
「で? シドの答えはどうなんだい?」
シドは明らかに動揺している。
「俺は、生まれてから彼女なんてできたことないですよ」
質問の答えにルインは「ふ〜ん」とそっけない態度を示したが、口元が緩んでいて喜びが隠しきれていない。
「よかったな、ルイン」
「ヘルガのイジワル」
ルインは再び頬を膨らませ赤面した。
その時、二階から水色の髪でゴーグルを付けた女が降りてきた。
「皆揃って面白そうな話をしはって、ウチも混ぜてや〜」
「遅いじゃないですか、どうせどのゴーグルを付けるか迷ってたんでしょ」
「飛行船の最終チェックや、上空一万メートルから落ちて死にとうないやろ」
「あなたがミーリン?」
リアの質問に彼女は「そうやった!」とパチンと手を叩いた。
「ウチの紹介がまだやったな、ウチは『ミーリン・フライズ』
好きな食べ物は『ウォーバードのハニーマスタードグリル』で、趣味は発明と機械いじり...まあ続きは旅の途中にでも聞かせたる! ほな荷物持って着いてこい」
ヘルガ、シド、マリネルはミーリンに続いて奥の部屋へと入っていき、残されたのはリアとルインのみ。
「ルイン! 皆待ってるよ、行こう!」
「リア...」
「どうしたの?」
「私、上手くやっていけるかな」
リアは二コッと笑いかけ、ルインの手を取り言った。
「私の力と、ルインの頭脳があれば怖いものなしだよ!」
「そう...かな、そうだよね」
ルインも二ッと笑い、繋いだ手をギュッと握り返す。
旅の次のフェーズへの一歩は、いや、二歩は踏み出された。




